第43話 『狂焔の夜会』の暗躍(女神暦1567年5月1日/東の山脈)

 ピゾナの町を出立し、グレゴール伯爵の部下が手綱を握る翼竜ワイバーンの背中に乗せてもらってオレンジ色に染まった空を駆け続けていると、眼下で激しい戦闘の音が響いてきた。

 翼竜の背からずり落ちないように慎重に下を覗き込む。

 北に向かって前進しながら、背後から打ち込まれる魔法弾の弾幕を必死に迎撃している女性達の一団が、隠れ里で暮らしていた魔女達だろう。

 戦局はあまり芳しくないようで、魔法の心得がある少女達が魔力で形成した大盾のような防御術式を展開して、応戦してはいるものの、既に息も絶え絶えといった疲労困憊の状態で、防衛ラインの崩壊まで秒読みといったところだろう。

 彼女達を守るように武装したゴブリンの一団と、その中でも大将格であろう巨躯のゴブリンも大剣で燃え盛る業火の塊を打ち返し、斬り払っている光景には驚かされたが、経緯は不明だが彼らは少なくとも敵陣営と仮定しなくてもよさそうだ。

 問題なのは、彼女達を追い詰めている敵サイドだ。

 狡猾そうに目元を細め、嗜虐的に口元を歪めて魔法弾の発射指示を出しているのが敵軍の指揮官だろう。

 配下のゴブリン達は杖先に灯した火球や魔法弾を次々と射出し、横殴りの雨のように降り注ぐ赤い光弾が魔女達を苦しめ続けていた。

 まずは連中を止めなければ、魔女達の移送作業すらままならない。

 俺はギュッと手に握った白色の木刀を握り締める。

 既に俺はフローラとの『魔装化ユニゾン・タクト』を済ませている。

 『スキルホルダー』の構成は、ピゾナの町でのゴブリン軍掃討戦の時と同様だ。



1.【透過】(セレスの所有スキル)

2.【感覚切断】(セレスの所有スキル)

3.【自己再生】(フローラの所有スキル)

4.【剣術士の魂】(アールタの所有スキル)

5.【火炎耐性】(アールタの所有スキル)



 劣勢に陥っている魔女達の衰弱した姿を確認したグレゴール伯爵が手旗信号を行い、それを確認した俺やゼルダ、エリーゼ隊は一斉に敵軍のど真ん中に突き刺さる勢いで急降下を開始する。

 魔力の錬成回路に異常をきたしているルスキア法国出身の魔女達が、戦闘面では一方的に蹂躙される事は予想していた。

 唯一の戦力である武蔵国からの流浪の民である山の民達も、実戦で活躍出来る程の実力を持った者は少数らしく、こちらも安心材料としては些か弱かった。

 十中八九、『ゴブリン・キングダム』の交戦が始まれば、いずれ魔女サイドは押し負ける。

 それがピゾナの町を出立する前にグレゴール伯爵が出した結論だった。

 なので、俺達は隊を二つに分割する事にした。

 魔女達に攻撃を加えている『ゴブリン・キングダム』を叩き、奴らを足止めする部隊。

 前者の部隊が敵軍を抑え込んでいる間に、魔女達を翼竜の背に乗せ、ここに到着するまでの山中に設置した隠蔽術式を施した安全地帯に移送した後にとんぼ返りし、再び魔女の移送を行う部隊。

 俺とゼルダ、エリーゼは前者。

 グレゴール伯爵とその部下のアニス、エルザは後者の部隊だ。

 エルザに関しては、前線に出ずに避難民の誘導や負傷者の応急処置だけを行う事を条件に参加を許可したが、伯爵とアニスもいるし、救出部隊の護衛役としてアールタが同行しているので命の危険はないだろう。

 全員が何らかの役目を背負ってこの戦場に駆け付けた。

 敵は千を超える軍勢を率いる闇ギルド『ゴブリン・キングダム』。

 今まで戦ってきた中では、圧倒的な兵力差を誇る相手だ。

 しかし、もう二度とピゾナの町のような惨劇を起こさせる訳にはいかない。

 確実に仕留める。

 ここが最終決戦の舞台だ。

 俺を乗せた翼竜は雲を突き抜けて敵軍に肉薄し、親指を立てて健闘を祈ってくれた騎手に同様の挨拶を返して翼竜の背から飛び降りると、俺は敵軍の指揮官らしきゴブリンの脳天目掛けて木刀を振りかぶり、その頭蓋を粉砕した。






 

 魔導士部隊を率いていたギアンが闖入者の一刀の元に沈み、戦闘不能になった後、一気呵成に残存兵の掃討に移行した若草色の髪の少年の攻撃がゴブリン達の頭蓋やあばら骨を打ち砕いて再起不能にしていく光景を高台から観戦しながら、アリステスは感嘆の声を漏らす。

 あの少年と指揮官を失って命令系統を立て直す余裕すらなくした魔導士部隊とでは、力量差は歴然。遠からず、後者は全滅でしょうね。

 戦功を上げるために仲間であるガロンを出し抜いて本隊から離脱し、自分とその配下の部隊だけで魔女達を襲撃した結果があの有り様だ。

 ギルドに敵対する者達の殲滅や様々な汚れ役を押し付けられ続けて来たダガン将軍とその部下達は、圧倒的劣勢に陥ってもほとんど取り乱す事無く、粛々と手堅い防衛ラインや敵に隙を与えない瀑布のような攻撃に特化した好戦的な陣列を築く戦闘には慣れていた。

 だが、ギアンは権力と地位に胡坐をかいて前線に出る機会も将軍となってからは久しくなかったと聞いている。

 潜って来た修羅場の数、優秀な増援、魔女達が所有している珍妙な『樹宝アーク』。

 様々な要因が重なり合った結果、今回は魔女陣営に軍配が上がったようだ。


「アレンっていったか? アイツ、随分と面構えがマシになったじゃねえか」


 地べたに堂々と胡坐をかいて座り込み、砦の酒蔵からくすねてきたワインをラッパ飲みしながら、冥華ミンファさんは楽しげにアレンという少年の戦いぶりを眺めていた。

 前に回り込めば下着が丸見えになっているだろうに、この少女には恥じらいという感情はないのだろうか。

 ギアンがゴブリンキングに発見した魔女の隠れ里の場所を報告していた場面を盗み見て得た情報を元に、ダガン将軍を里に送り届けた後、僕は命令通り冥華さんを迎えに行った。

 風呂から上がって上気した頬と、面倒臭がってろくに拭かれていない濡羽色の髪から滴る水滴が深い胸の谷間に流れていく妖艶な姿で現れた彼女を見た時は少し頬に赤みが差したかもしれない。

 あれだけ覗くなと脅しをかけてきたにも関わらず、自分の出で立ちにはどうしてとことん無頓着なのか。

 着替え終わった彼女の要望で、こうして高台から魔女達と『ゴブリン・キングダム』の開戦を高みの見物としゃれこんでいたが、ピゾナの町でまみえたあの少年が登場してからは、今まで以上にテンションが上がっている。

 彼女がこんなに興奮しているのは刀を振るっている時ぐらいだが、随分とあの少年に入れ込んでいるようだ。

 ……少し妬けてきますね。


「ピゾナの町の時と、面構えが変わっていると?」


「ああ。あの時のアイツは逃げに徹するつもりで、俺と戦ってやがった。剣筋にも俺に食らいついてくるような気迫が感じられなかったし、俺に適当に一~二撃当てて怯ませてトンズラする気だったんだろうよ」


「下手に貴女に剣を打ち込んでいくような蛮行に及ばず、受けに徹していたのは賢明な判断だろうと思いますが、今は積極的にゴブリン達に剣を振るっていますね」


「アイツと後から翼竜から降りてきた連中が残敵を処理しなきゃ、後ろの魔女共を救助する事が難しくなるだろうから、必死なんだろうぜ。俺と殺し合った時も、あんな風に好戦的に挑みかかってくりゃもっと楽しめたかもしれねえのに、勿体ねえ」


 いや、貴女の性格だと積極的に向かって来る相手は容赦なくぶった切りますから、アレン少年はあの町で転がっていた死体の仲間入りを果たしていたかと。

 喉元まで出かかった軽口を飲み込み、グビグビとワインを呷るパートナーに疑問を投げかける。


「随分とあの少年の事を買っているようですが、冥華さんは参戦しなくていいんですか?」


「あん? 今回はパス。ここで酒飲みながら、対岸の火事を見物させてもらうさ」


「意外ですね。冥華さんなら嬉々としてあの中に突っ込んでいくと思いましたが……」


「折角風呂で汚れを落としたばかりだってのに、あんな砂埃が舞い上がってる場所に行くのが嫌っていうのもあるが、あのアレンって奴はこのまま放っておけばもっと強くなる見込みがある。熟しきっていねえ実を摘み取るより、熟した果実を手掴みで貪り喰らう方が面白れえ。だから今は、アイツを殺す事はしねえ」


「そういうものですか。まあ、僕としては『ゴブリン・キングダム』の皆さんに植えた種が芽吹く光景を見届けさえ出来れば、今回の出張任務は完了しますので、別に構いませんが」


「そういや、そんな任務だったな。あのクソ気持ち悪りい種、宿主が死んじまっても問題ねえのか?」


「まだ改良段階の試作品ですので何とも言えませんが、恐らく大丈夫でしょう。まあ、宿主が死亡していたとしても既に十分栄養は吸い取った状態ですし、しばらくすれば生死を問わずに芽吹くでしょう」


 今回の僕達の任務は、『狂焔の夜会ラグナスティア』が開発したとある兵器のデータ収集だ。

 宿主に寄生し、寄生した対象に気付かれぬように少しずつ魔力や体内の血肉を喰らいながら成長する悪魔のような種子。

 種族繁栄を謳い、そのための資金確保と称して『狂焔の夜会ラグナスティア』の傘下ギルドに義務付けている定期的な上納金を滞納し続け、再三の納付通告にも耳を貸さない愚物の集まりを被験体として選んだ。

 監査役としてギルドのグレゴール伯爵領侵攻に同行し、ゴブリン達の内臓に種子を転移させて苗床にさせてもらった。

 自分達が種子の苗床になっているとも知らずに、自分達の子を産み落とすための苗床を手に入れるために息巻いている姿は滑稽だった。

 ギルドの活動方針に懐疑的で、僕達に対して敬意を払いながらも一定の警戒心を持ち続け、ギルドを見限る機会を窺っていたダガン将軍とその部下達には種子を植え込む事はとりあえず見送っておいたが、別に構わないだろう。

 『狂焔の夜会ラグナスティア』が不要と判断したギルドの処分と新兵器のデータ収集。

 これさえクリアすれば、僕達が咎められる事はない。

 視線の先で奮戦するアレンとその仲間達の戦いぶりを見物しながら、




「さて、強制的に種子を発芽させて頂いたゴブリンキングが彼らの元に辿り着くまでもう少し。既に自我をなくした巨大な肉塊相手に彼らが絶望せずに立ち向かえるか、最後までとくと楽しませて頂くとしましょう」

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