第42話 ゴブリン魔導士部隊(女神暦1567年5月1日/東の山脈)

 寂寥とした荒野に爆音が鳴り響く。

 隊列の後方から五百メートル程離れた地点から、こちらに向かって一直線に飛来する火炎や氷塊の集合体が軌跡を描きながら大地に着弾する。

 火炎の大波が押し寄せたかと思うと、天を突く程の氷柱が誕生し、自重に耐え切れずに避難民の隊列のすぐ側に倒れ込んで、氷塵が周囲に吹き荒れる。

 間髪入れずに叩き込まれる魔法の波状攻撃に綴は舌打ちし、その元凶である『ゴブリン・キングダム』の軍勢を遠目に睨み付ける。

 紫色の法衣を着用した指揮官らしきゴブリンが木杖を振りかざすと、彼の横に整列した法衣姿のゴブリン達も同様の構えを取り、その杖先に火球が灯る。

 ニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべた指揮官が杖を振り下ろすと同時に、横列のゴブリン達も火球の絨毯爆撃を放つ。

 打ち上げられたそれらは、射線上に存在した大岩に直撃して幾つかは減少したが、生き残った十数発の赤い弾丸がこちらの隊列の後方に一斉に肉薄する。

 マズイ! 後ろの方には足腰の弱い老人や子供達が多くおる!

 隊列の後方には魔法の発動も困難な、魔力の錬成回路に支障を抱えている者達がいた。

 本来はそういった非戦闘員は敵軍の攻撃に晒されやすい後方に置きたくはなかったが、体力的にも身体的にも劣る彼女達はどうしても歩みが遅れがちで、隊列の中央や前方に移動させる余裕がなかったのだ。

 彼女達にも気休め程度ではあるが、らを持たせてはいるが、あの量の魔法攻撃を受ける前に出来る事なら撃破しておきたい。

 

「後方から魔法弾来ます!」

「直撃コースです!」

「防御術式、展開します!」


 隊列の殿しんがりを務めていた少女達が咄嗟とっさに防御術式を展開するが、次々殺到する魔法弾の直撃を受け続け、ガラスが砕けるような破砕音を響かせて術式が破壊され、あちこちから悲鳴が上がる。

 幸い魔法弾の直撃を受けた者はおらず、爆発の余波でよろめいただけのようだが、もう一度あの容赦のない魔法攻撃の雨を受け止めるだけの魔力の余力は残されていないだろう。

 岩場での一時休息の際に、慌てて駆け込んできた斥候から別動隊の存在が確認された事を聞いた瞬間に大慌てで総員を前進させたが、時すでに遅く、あれほどの近距離にまで接近を許してしまった。

 目的地である廃坑道まではまだ距離がある。

 そこに辿り着く前にあの魔導士部隊に追いつかれるのは必至だ。

 今更転進するにしても、この辺りは岩壁に囲まれた狭小な地形で、このまま前進して逃亡を続けるか、背後から迫る『ゴブリン・キングダム』の軍勢と矛を交えるしか選択肢は残されていない。

 くっ、一体どうすれば、全員を助けられる!?

 そんな物思いに一瞬とはいえ心が囚われたのが悪かった。


「っ!? 首領、そちらに一発流れ弾が!」


「えっ!?」


 狼狽した信者の女性からの緊迫した叫び声に思わず顔を上げると、燃え盛る火炎弾が頭上に降り注ぐ直前だった。

 アカン、この距離じゃ防げへん……!?

 里の住人全員の命を肩に背負う重圧に押し潰されそうだったとはいえ、戦場でこんな隙だらけの姿を晒すなんてどうにかしていた。

 こんな所で死ぬ事になるなんて……。

 ギュッとまぶたを閉じ、迫りくる業火にこの身が焼き尽くされる瞬間の到来を覚悟する。

 しかし、それは不要な事だった。


「ふんっ!!」


 ダガン将軍が背負っていた大剣を一気に振り抜き、巨木のような太腕で振るわれた豪快なスイングで、火球は夕焼け空に向かってホームランとなった。

 

「お、おおきに」


「気を抜かぬ事だ、綴殿。あの連中は魔法を使った連携攻撃に秀でている。油断していると、すぐに命を落とすぞ」


「なんや、休み暇も与えんようにバンバン魔法弾撃ってくるあのムカつく連中、将軍の知り合いか?」


「ギアン将軍という陰険な男の率いてる魔導士隊だ。魔法を発動出来るゴブリンはごく少数であるから人数自体はそれほど多くはないが、敵に反撃の隙を与えず安全な遠距離からの魔法攻撃で敵を殲滅するやり口は奴の采配だろう」


「ダガン将軍でも、あの魔導士隊をぶちのめすのは厳しい感じ?」


「近距離戦に持ち込んでの白兵戦ならば、我々の独壇場だ。しかし、あの魔法攻撃を掻い潜って奴らの懐に突撃するのはかなり厳しいな」


 その言葉通りダガン将軍の部隊は、岩場を天然の隠れ蓑にして刻々と位置を変えて魔法を撃ち込んでくる敵軍に攻めあぐねており、飛来する魔法弾の落下地点から魔女達を逃がす作業に追われるばかりで、本来持っている力を全く活かしきれていない。

 あれでは、折角屈強に鍛え上げた肉体も宝の持ち腐れだ。

 

「戦場での一番槍を担っていた俺が抜けた以上、先鋒はガロン辺りが務めると思っていたが違ったようだな。ギアンめ、手柄を横から掠め取ろうという魂胆か。……むっ、次弾が来るぞ!」


 ダガン将軍が再び大剣を構え、ウチも前方を確認する。

 敵のゴブリン魔導士部隊が掲げる杖の先端に赤色の光が収束し、火炎属性を付与された光弾が一斉に打ち上がる。

 円を描くように山なりに発射されたそれらは、避難民たちの頭上に落下するよう計算された弾道で、あれを防げなければ、黒く燃え尽きた炭の塊がどれだけ築かれるか分かったものではない。

 護衛役を任せている信者の少女達も度重なる魔法攻撃の防御で魔力が底を尽きたのか、ぐったりと肩を落としている。

 何とか気力で立ち続けて入るものの、あの様子では光弾の防御に割けるだけの魔力は残されていないだろう。

 ……ウチがやるしかない。

 腰元にいた一振りの長刀の鯉口を切り、丁寧に研がれた流麗な刃文はもんを泳がせる刀身を水平に構える。

 可愛い信徒を守るのも首領の務めだ。

 先祖代々から継承し続けてきた首領のお役目を病で急死した父から受け継いだ当初は、自分のような小娘が里の皆を導く指導者になんてなれる筈がないと思った。

 いつか絶対に見限られる。皆、自分の前からいなくなるに決まっている。

 どこの国や町でも奇異の目で見られる、山奥で細々と息づく民間信仰集団の長。

 そんな変な肩書きなんて、皆がウチを次代の首領だと認めなければさっさと放り捨てられると思っていた。

 だけど、それは間違いだった。

 降り注がんとしている破壊の雨を睨み付け、最早残っていない魔力を必死に錬成しようと足掻き続ける少女達。

 自分よりも大きく年の離れたウチを、首領と慕ってくれる婆ちゃん達。

 年寄連中や妻子を守らんと、ギュッと握り慣れない武器を離そうとしない数少ない男連中。

 ゴブリンの兵士に抱き抱えられ、恐怖に身を震わせながらも、一時もウチや周りの仲間達から目を離さない子供達。

 余所者であるウチらを温かく迎え入れてくれただけでなく、トイレやら釜にも神様が宿っているという荒唐無稽な教えに笑わずに興味を持ってくれたルスキア法国の魔女達。

 世代も出生地も、生まれ育ってきた環境も違うウチらが身を寄せ合って家族のように過ごして来た。

 久しく感じていなかった家族の温もりに胸が熱くなった事もあった。

 それが今全て燃やし尽くされようとしている。

 そんな事はさせない。させるものか。

 望んで座った椅子ではない。

 自分には分不相応ではないのかと今でも思う。

 だけど、この椅子に座った以上、絶対に守り通さなアカンものが沢山ある。


「ウチの大事な家族にこれ以上ふざけた真似しとんなや、この大馬鹿どもが!!」


 構えた刀を一気に横に薙ぎ、


「『風華一閃ふうかいっせん』」


 その言葉を静かにささやくように呟いた刹那、一気に刀身を振り抜く。

 そして、




 上空から降り注ぐ光弾の弾幕が、長刀から放たれた爆風の如く吹き荒れた風の刃でズタズタに引き裂かれて爆散し、魔導士部隊が潜伏していた大岩すらも両断していき、岩片と砂煙の間から激しい血しぶきが幾筋も噴き上がった。




 唐突に首や胸元を大きく裂かれて絶命した仲間を見た魔導士部隊は大混乱に陥り、生き残ったものの大きく混乱する部下達を叱責するギアン将軍が凄まじい形相でこちらを睨み付けているのが遠目に映った。

 そんな風に睨まんでも、もうさっきの一撃で品切れやっちゅうねん……。

 強烈に襲い掛かって来た脱力感で腰が抜けそうになるが、硬い地面でお尻をしたたかに打つすんでの所で、ダガン将軍に背中を支えられ、何とか立位を保つ事ができた。


「お、おおきにな、将軍」


「気にするな。我らは既に一蓮托生。助け合うべきだろう」


「そう言ってもらえると、やっぱり嬉しいもんやね」


「先程の一太刀、見事であった。その刀は『樹宝アーク』か?」


「そや。ウチの家に代々伝わる御神刀でな、銘は『髭切ひげきり』。切断力を極限まで高めた風の斬撃を放つ能力なんやけど、これ魔力の消費量が多すぎてそんなに連発できへんねん。里の皆に配る用に作ったお守りに魔力をほとんど使いきっとったから、さっきので弾切れや」


「お守り? それは一体……」


 ダガン将軍が疑問符を浮かべる中、隊列の後方から悲鳴が上がった。

 その方向にサッと視線を向けると、崩壊した岩場の陰から、隊列の整理をしていた少女目掛けて鋭利な先端と伸ばした氷柱つららが放たれたところだった。

 どうやら先程の一撃を逃れた敵魔導士が意趣返しの魔法を放ったらしい。

 あの距離では防御術式の展開も間に合わない。

 少女の心臓が冷ややかな杭で貫かれると思った刹那、くだんの少女は手にしていた釜の木蓋を反射的に胸元にかざす。

 一直線に飛来した氷柱はその粗末な盾に直撃し、音を立てて砕け散る木片が大地に散乱する。

 ダガン将軍とその部下のゴブリン達が少女の死を確信した瞬間、




 魔法を放ったゴブリンが突如吐血し、口元から滂沱のような大量の血を吐き零しながら前のめりに崩れ落ちた。




「な、何だ?」

「あの娘の持っていた木蓋が割れた瞬間、仲間が血を吐いて死んだぞ!」

「見ろ! 木蓋は壊れたが、氷柱も同時に砕けて娘にはかすり傷一つない!? どういうことだ!?」


 不可思議な状況が飲み込めず、困惑げに騒ぎ始める両陣営のゴブリン達。

 ……まあ、あんなものを初見で見せられれば、そういう反応になるのも無理ないわな。

 敵軍も仲間の突然の死に浮足立っていて、秩序だった動きに乱れが生じていた。

 ウチは部下と同様に怪訝そうに首を傾げる将軍に微笑みかける。


「ウチらが暮らしていた山里では、あらゆる物に神が宿るとされてきた。なんでそんな奇怪な教えが広まったんか? それは、最初は普段自分らが使う物を大切にしろという物資に乏しい山奥で生きる者への戒めやったもんが、信仰を集めるまで肥大化させるのを後押しさせたある『樹宝』の存在がデカい」


 首から掛けていた翡翠ひすい色の勾玉の首飾りを取り出し、それを将軍に見せつけるように掲げてみせた。


「人に長年大事にされてきた物品に、所有者の身を守る守護神を宿らせる『樹宝』、『神詔の秘跡ミコトオロシ』。微力な神格しかないけど、神は神。神が宿った依代を破壊した者には神罰が下る」


 どよめきが止まらないギアン将軍麾下の魔導士部隊に底意地の悪い笑みを向け、


「神殺しは重罪やで。破壊されて憤激した神の魂の残滓に体の魔力の支配権を乗っ取られ、制御を失った魔力が体の内側から爆ぜる痛みはさぞや強烈やろうな」











「落ち着きなさい! 冷静になるのです!」


 先程のかまいたちのような風の斬撃と、魔法を放った仲間の突然死。

 それらが美しく整えられていた私の部隊の秩序を一気に崩壊させた。

 全員が攻撃を加える事に尻込みし、混乱する頭で魔力を錬成しようとして失敗する者まで出始める始末だ。

 これでは、ガロンを差し置いて私が戦線に出て来た意味がないではありませんか! ここで武勲を上げて、今よりも更に王からの寵愛を頂く計画が丸つぶれになるではありませんか!

 ガロンには密かに遠回りの侵攻経路を提案し、女と弱者をいたぶる事しか頭にない馬鹿はそれにまんまと騙された。

 今頃は流石に謀られた事に気づいているだろうが、奴がここに到着するまでにケリを付ければこちらの勝ちだった。

 魔女共を捕え、次代のゴブリン達を大量に産み育てる母体を確保する。

 その計画は私の手で成就される筈だったのだ。

 しかし現状は、どんな奇策を弄したかは分からないが、こちらの士気は低下させられ、決して多くはない魔導士職のゴブリンの多くを失った。

 このままおめおめと引き下がれば、ガロンや王からは失笑と侮蔑の眼差しを向けられるだろう。

 それだけは避けなければならない!


「魔女共が我々に対抗できるだけの力があるのであれば、あのように追い詰められはしません! 先程の風の刃もあれっきりであるところを鑑みると、魔力切れでも起こしたのでしょう。同胞の突然の死については不明な点が多いですが、接近戦しか能のない裏切者のダガン達さえ近づけなければ我々の勝利なのです!

 総員、魔力錬成! 多少の人数は殺しても構いません! 連中に魔法弾を叩き込んでしまいなさい!」


 魔導士部隊の面々は、指揮官の指示に顔を合わせるが、命令を無視すれば後々酷い罰則を受ける事は確定である事は、あの指揮官の元に配属されてからは全員が知り尽くしていた。

 胸中に灯る不安の炎を無理矢理吹き消し、体内の魔力を錬成しようと身構えた時、頭上を何かの影が横切る。

 最初は鳥が飛び去っていったのだろうと思った。

 しかし、最初は小さな黒点だったそれが、徐々に大きくなっていく。

 それは前方にいる魔女達を血走った目で睨み続ける事に夢中で、自分の頭上には全く意識のいっていない自分達の指揮官の頭蓋に近づき、


「総員、一斉に魔法弾はっしゃがあぁあ!!」



 天高く舞い降りて来た若草色の少年が振り下ろした木刀の振り下ろしの一撃を眉間の間に食らい、ゴブリン族で最も強い魔導士が一瞬で地に沈んだ。



 己のプライドや自己顕示欲で視野狭窄に陥っていたゴブリンの魔導士の長は、顎先から地面に叩き付けられてピクリともせずにその骸を晒していて、音を立てて転がった杖に一向に手を伸ばそうともしない彼が二度と立ち上がる事はない事を如実に物語っていた。


「ギアン将軍!?」

「将軍がやられた!?」

「ば、馬鹿な!?」


 突然の指揮官の喪失に驚愕の叫び声を上げるゴブリン達を見渡すように一瞥した謎の少年は、


「まず一人目」


 そう呟くと、残りの魔導士隊を駆逐するべく、白磁のように白い木刀を振りかぶり、一気に駆け出した。

 

 

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