第59話 乱入者(女神暦1567年4月30日/蜥蜴人族の村・ザラ)

 延々と続くかと思った宴会騒ぎも一段落し、皆々がそれぞれゆったりと弛緩した空気の中、私はゾランが淹れてくれたお茶を飲みながらフローラと稲作事業の子細を熱心に語り合っている二人の姿を壁にもたれて、壁のひんやりとした感触に気持ちよさを感じながら眺めていた。

 彼らの周りにはこのザラの村で農業を生業にしている蜥蜴人族リザードマン達も車座になってフローラの話に聞き入っており、宴会が始まる前に試しに湖畔の水辺に植えておいた稲に稲穂が出来ていたことを様子見の為宴会を中座して外に出ていた蜥蜴人族リザードマンが報告に戻ってきた途端、赤ら顔で船を漕いでいた者も食べ過ぎで床に突っ伏すようにしてうめていた者も飛び起きて、新たな作物の栽培事業に俄然やる気を漲らせ、フローラが稲の栽培方法や収穫したお米の交易についての話を丁寧に説明し始めると、集会所の一角を埋め尽くす人混みが出来上がってしまった。


「お米かあ。フローラがあんなに楽しそうに話してる姿を見てると食べてみたいかも」


「カレンは食べたことないの?」


「うん。東大陸ではメジャーな食べ物みたいだけど、私は東大陸には行ったことないからねえ~」


 私の膝に頭を載せ、クリっとした可愛らしい瞳で私を見上げてくるシャーロットの髪を手櫛で梳きながら、濃い緑色をした渋めのお茶をのんびりすする。

 う~ん、結構渋みが強いけど、慣れればこれはこれで美味しいかも。

 宴会料理は湖の村らしく魚介系の料理が比較的多くて淡泊な味の料理が楽しめたけれど、獣肉の串焼きや炙り焼きといったガッツリ系の料理も出たので、ああいう脂多めの食事を終えた後にお茶で喉を潤すと、体に溜まっていた脂が綺麗に洗い流される感じがする。


「そういや、カレンはアルトの村に来る前は諸国を回ってたんだっけか?」


「まあ、逃げるように生まれ故郷を飛び出しての当てのない旅だったけどね。色々と国は渡り歩いたけど、のんびり観光気分って感じでもなかったなあ」


「……そうか。なら、こういう雰囲気ってのはあんまり馴染みがねえか?」


 ついさっきまで蜥蜴人族リザードマンとの飲み比べをして本当に酒樽一つを空っぽにした酒豪コンビの片割れが隣に座り、顎先で集会所の様子を示す。

 アルコールが未だ抜けず、頭を押さえてうめいているニーナは、蜥蜴人族リザードマンの子供達から団扇の風を送ってもらい、「う~ん、ありがとニャ~」と苦しそうな声音でお礼を言っている。返事ができるだけ、ほんの少しだけど楽になってきたかもしれない。

 新しい作物の栽培に心躍らせながらフローラから稲の苗を貰い、早速植えに行こうと声を上げる若者に「早すぎるわ馬鹿もん!」と、笑いながら肩を叩く壮年の蜥蜴人族リザードマンを柔和な笑みで見つめるゾラン。

 自分の持ち込んだ作物を嬉々として受け入れてくれている蜥蜴人族リザードマン達に口元を綻ばせているフローラ。

 さっきまで木苺の汁でべたついていた口元を優しく布巾で拭っている間、嬉しそうに首を小さく左右に振っていたシャーロット。

 皆、楽しそうに幸せそうに笑い合っている光景。

 今までの人生では全く無縁だったこんな日常だけど……。


「ううん、今はそんなことない」


 だって、私はもう知っているもの。

 これと似た温かな日常を。

 初めて手にしたから、どう享受したらいいのか分からなくなる時もある。

 だけど、一度手にしてしまったら手放すのがどうにも嫌になる不思議な気持ちも。

 最近は、いつも思い出す。




 異世界からやって来た不思議な黒髪の男の子と一緒に、一緒の食卓でご飯を食べる時の普段よりも数段美味しく感じる胸をくすぐるようなあったかい気持ちも。


 人の何倍も傷付いているのにそれをおくびにも出さずに気丈に振る舞ってばかりだった友達が、新しく出来た家族と一緒に居間で本当に屈託のない笑顔を浮かべ、自分を慕ってくれる年下の少女達の世話を焼きながら隣に座る男の子と指が触れ合った瞬間にほんのりと頬を桜色に染める可愛い姿も。


 本や物語が大好きで、ルイーゼやフランソワと一緒に読書を楽しんでいる時に鼻歌混じりに気に入った文章を口にしているドロシーの幸せそうな笑顔も。


 家事を手伝おうとして失敗ばかりだけど、懸命に私達の役に立とうと様々な手伝いを率先してこなしているエルザの頑張りも。


 幼さを感じされる言動が多いけれど、二人のお姉さんや新しいパパとママが悩んでいるとよしよしと頭を撫でているシャーロットの優しさも。


 私達が「美味しい!」と絶賛すると、調子に乗ってフルーツを大量に生産しまくってアレンに怒られているフローラの困り顔も。


 自分の殻に閉じこもっていたドロシーに、自分がいてもいいと思える居場所と外の人達と自分の好きな分野を通じて触れ合える場所を用意したルイーゼの不器用な思いやりも。


 自分が仕えているアレンにだけじゃなくて、私やドロシー達の好きな味つけごとに料理の味を微妙に調整し、それを口にすることなく粛々とキビキビと家事をこなすセレスの気遣いと献身も。




 いつの間にか、こんなにも手放し難い宝物に囲まれた日々が自分の側に出来てしまった。

 初めてのことばかりで戸惑うことも多いけれど、一つだけ言えるのは……。


「守りたいんだよねえ……」


「ん? 何か言ったか?」


「ううん、別に。ただの独り言」


 アレンやゼルダ達がいない間、アルトの村の留守を守るのが私の仕事で、私のやりたいことだ(まあ、今は村を離れちゃってるんだけど、そこはご容赦願いたく……)。

 あの二人とエルザとセレスが帰って来た時に笑顔で「おかえりなさい」と言って迎える。

 一緒に仕事をして、一緒にご飯を食べて、一緒の家で眠る。

 そんな日々がずっと続くように頑張ろう。

 それが、私の今の夢だ。

 シャーロットのサラサラとした髪の感触を感じながらそう心の中で自分の想いを整理していると、「おおおおっ!」という大きな歓声が聞こえ、顔を上げる。


「それでは商談は成立ということで」


「ええ、これからも良い関係でいきましょう。ビジネス的にも友人的な意味でもね」


 集会所の隅で互いに固く握手を交わすフローラとゾランの周りにいた蜥蜴人族リザードマン達が喜色満面の笑みを浮かべて歓声を上げ、一際大きな拍手が巻き起こる。

 どうやらこの村での稲作事業の開始と、収穫したお米の取引についての話し合いは円満な結果に落ち着いたらしい。

 実際にお米を栽培・売買するまでの流れを軌道に乗せるにはまだまだ時間が掛かるかもしれないけれど、こちらにはあれでも腕の良い商人であるニーナがいる。

 彼女が流通の仲介人として間に入って細々として調整を行っていけば、アルトの村のフルーツや野菜と共に、カザンを中心に売り出される未来もすぐに来そうな感じがする。

 そんな期待に胸が躍ってしまう。

 アレンやゼルダ達が戻って来たら、どんな顔するのかな……?

 彼らの留守中に色々と独断で決めてしまった感はあるけど、アルトの村が少しでも良い方向に向かっていけば、彼らは笑ってくれるかな……。

 そんな風に思いながら、商談もまとまり、祝いの宴会だー!! と祝宴の後に更に祝宴を重ねようと、酒と料理を自宅から持ち寄ってくると息巻い蜥蜴人族達に苦笑していると、



「おい! なんて俺達の村に人間がいやがるんだ!」



 集会所の空気が一気に冷えた。

 突如響いた怒号に宴の浮かれた空気が掻き消され、皆が何事かと集会所の入口に目を向ける。

 ピリッとした怒気を孕んだ鋭い眼光で私達を睨んでいたのは、比較的若い蜥蜴人族の青年の集団だった。

 彼らは私達に対する強い敵意を滲ませていて、明らかにこちらを視線でロックオンしていた。


「カレン……」


「大丈夫よ、シャーロット。とりあえず、私の側から離れちゃ駄目だからね」


「うん」


 自分達に向けられる敵意に射竦められ、私の胸元に顔をうずめるようにして身を寄せてきたシャーロットの背中を優しく掌で撫でながら、隣のマーカスに目配せする。


(このだけは守るわよ)


(はなっからそのつもりだ)


 蜥蜴人族の青年達に気取られないようさりげなく腰元のホルスターに伸ばし、いつでも抜き放てるよう戦闘態勢に移行したマーカスに心強さを感じる。

 フローラも今は事態を静観するつもりのようで、前には出ずに彼らの動向に目を光らせている。

 ニーナは……あっ、子供達と奥さん達が壁になってくれていて、見つかってないみたい。

 酔いが回ってダウンしている友人は、青年達の視界に入らないよう私達を歓迎してくれた蜥蜴人族達が前に陣取っている為、気付かれていない様子だ。

 あまりまじまじと見つめていると、青年達にニーナの存在が気取られる危険があるので心の中で「ありがとう」と感謝の言葉を呟き、ドシドシと荒々しい足取りで近づいてきた一団に視線を向ける。

 人数は5人か。

 全員が剣や槍といった武器を所持していて、革鎧や手甲といった防具で身を固めている。装備の所々に細かい傷や汚れが目立っていて、屈強そうな筋肉に覆われた肉体と合わさってどう見ても荒事を生業にしているような風体だ。

 そして何よりも気になる、殺気にも似た強烈な敵意。

 流石にアルトの村を襲撃した『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の奴らほど完全にこちらを殺す気満々のガッツリとした殺気じゃないけれど、ついさっきまで歓迎ムード一色の空気にいたのではっきり言って居心地が悪い。

 一団の中でも先頭に立ち、腕を組んでこちらを見下ろすように睥睨してくるリーダー格とおぼしき青年が苛々を隠す気もなく口火を切る。


「おい、人間の女。ここは蜥蜴人族の村だ。何故、人間がここにいる?」


「ガガン、失礼だぞ! そちらの方々は私の客人だ。手出しするというのであれば、たとえ息子であろうと容赦せんぞ!」


「はっ、親父は人間共のこともろくに知りもないから、そんな呑気な言葉を吐いてられるのだ」


「なんだとっ!?」


「俺は親父と違って外の世界で傭兵として身を立てている。人間共が俺達に向ける侮蔑の視線に何度も晒された。だからこそ、俺達は人間は好かねえ。さっさと追い出しちまえばいいんだよ」


 私達を庇うように前へ出てくれたゾランに対し、辟易とした表情を浮かべながら一笑に付す青年。

 成程、二人は親子なんだ……。

 丁寧な言葉遣いと物腰で接しやすい父親とは対照的に、息子の方は好戦的で威圧感バリバリって感じだけど、親子仲はあまり良くないのかもしれない。

 息子さんの方、ガガンは父親が私達がここにいる経緯を憤然とした面持ちで聞いていたけれど、話がアルトの村との交易や稲作の話題に移ると、目を剥いて激昂した。


「親父も他の連中も正気か!? 人間共と交易だと!? 俺達が傭兵の仕事で村を留守にしている間に勝手な真似をしやがって! そんなもんを始めれば、俺達の食い物も生活に必要な物資も根こそぎはした金で買い叩かれるに決まってるだろうが!」


「ちょっと、そんなこと絶対しないって!」


 ガガンのあまりの物言いに、咄嗟に私はシャーロットをマーカスの側に預け、立ち上がって食って掛かる。


「うるせえ! どうせそのうち、俺達の鱗もおいはぎのように剥ぎ取って売り捌くに決まってるんだ!」


 ……一瞬、向こうでお酒にやられた守銭奴娘の顔が浮かんだけど、私達がそんなあくどい商売なんてする訳ないでしょ!


「私達の村の野菜や果物とかも交易品として売買する予定だし、不当な値段でこの村の物を買い付けるような真似なんてしないから!」


「ふん、口ではどうとでも言える。世間知らずの親父は騙せても、俺の目の黒いうちはこの村で勝手な真似はさせん!」


「そんなに言うならうちの村のフルーツを一口でもいいから食べてみて! 貴方のお父さんも絶賛してたんだから! きっと、気に入ってもらえると思うから!」


「素性の知れん連中が作った食い物なんぞ、口に入れる気にもならん!」


「もう、ならどうしたら私達のことを信用してくれるの!」


「何をしようとお前達のことを信用する気はない! さっさと荷物をまとめて村を出ていけ! さもなくばここで斬り捨ててもいいんだぞ!」


 ガガンがサッと手を上げると、取り巻きの傭兵仲間とおぼしき仲間達がそれぞれの得物を抜き放ち、一瞬即発の緊迫した空気が室内を支配する。

 蜥蜴人族の子供達は青年達の放つ怒気に萎縮して縮こまっており、女性の蜥蜴人族達はそんな彼らを背に庇って事の成り行きをおずおずと見守っている。

 男性の蜥蜴人族達は宴会の席の為全員無手だけど、青年達が私達に斬りかかろうとしたら全力で制止しようと軽く腰を屈め、いつでも跳び出せるよう身構えてくれているのが嬉しい。

 この場の空気は完全に人間嫌いのガガン達の空気に飲まれているけれど、私達は別に孤立している訳じゃない。

 私達を信じてくれている人達がいる以上、ここで尻尾を巻いて退散する道理なんてない。

 だけど、目の前のガガン相手に話し合いをしても平行線のままで和解に至る結末が全く見えてこない。

 う~ん、どうしたものか。

 私が内心でそう思案していると、「おい、シャーロット!」と慌てた様子マーカスの声が響き、私は思わず振り返る。

 そこには、食べやすい大きさにカットされた果物を載せた木皿を持ったシャーロットがこちらに歩き出している姿があった。


「えっ、シャーロットどうしたの?」


 私の困惑混じりの声を受けながらシャーロットは、「カレン、勝手なことしてごめんなさい。でも、どんな事になっても怒らないでほしいの」とそう私に耳打ちして、私とガガンの間におずおずと足を踏み出す。


「あ、あのこれ、食べてみて下さい」


「……なんだこれは?」


「私達の村で、私の大切な人達が育てたフルーツです。美味しいので、是非食べてみて下さい」


 ガガン達が放つ威圧感に気圧されながらも、シャーロットがガガンに差し出したそれは私達がこの村への道中の食料として持ってきていたフルーツだった。

 フローラが村人達にもいくつか試食用として宴会の席に出していた分があった筈なので、恐らくはそれだろう。

 一向にこちらを敵視するガガン達が少しでも、こちらのことを知ってくれるよう彼女なりに考えて行動したんだ。

 とても勇気のいる覚悟。

 怖い気持ちを無理矢理押さえつけて少女が差し出した皿を一瞥したガガンは、




「そんな物が食えるか」

 少女の手を払いのけ、床に散乱したフルーツを一切の躊躇なく踏み潰した。



「あっ……」


 シャーロットはか細い声で漏らし、ガガンがグリグリと踏み続けているフルーツの欠片はグシャグシャに踏み潰されて見る影もなく、無残な姿になってしまった。それを呆然と見つめることしかできないシャーロットの悲壮な背中が視界に否応なく入る。


「……」


 シャーロットのそんな姿を見詰めながら、私はただただ拳を握る。

 駄目だ。

 抑えなくちゃ。

 今からアイツをぶん殴りたい。

 だけど、シャーロットは言った。

 どんな事になっても怒らないでと。

 彼女はこうなることは分かっていたのかもしれない。

 それでも、私達のことを理解してほしいと勇気を出したんだ。

 今ここで私を出せば、彼女が繋げようとしたその想いも一緒に踏み潰してしまう。

 だから、ここで踏み止まるのが正解の筈。

 筈なんだけど……。


 取り巻きの青年達が項垂うなだれる少女にニヤニヤと下卑た笑みを向ける。



「はっはっ、ガガン様に媚びるような真似をするからだ」

「人間の小娘風情が生意気な真似をした罰だ」

「そういえば、アルトの村といえば、近頃奴隷のガキを買い取ったとかいう噂を聞いたぞ」

「へえ、ならコイツがその奴隷じゃないのか? 奴隷なら奴隷らしくその潰れた果物でも食ってろよ」



 我慢しなくちゃ駄目だ。我慢しなくちゃ……。


「ほう、奴隷か」


 ガガンは身を屈め、シャーロットを侮蔑と哀れみを合わせた嘲笑を浮かべる。


「たしか、アルトの村にはそこの女以外に女騎士とどこから来たのか分からん小僧がいた筈だったな。奴隷を金で買う奴らだ。さぞや、村では酷い目に遭わされているんだろう。

 どうせお前のご主人様達は、お前のことなんてで、同じ人に飼われて媚びて生きるしか能のねえなん……


「取り消せっ!!」


 もう我慢なんてできなかった。我慢なんてする気もなくなった。

 せせら笑うガガンの胸倉を猛然と掴み取り、無理矢理力づくで立たせる。

 下に見ていた女に突如胸元を掴みかかられ、真正面からマグマのように燃え盛る勢いの怒気を浴びせられたガガンがこちらを呆然と見遣る。

 いきなり何をしているんだ、コイツは?

 そう目が語っていた。

 だけど、もうそんなもの知るか。

 こっちはもう我慢なんてできない。

 だから私は、私の家族を、私の大切な人達を侮辱したコイツに正々堂々真正面から言ってやる。

 目なんて一瞬たりとも離さない。

 全部コイツにぶつけてやる!


「ふざけんな、ふざけんな! アンタがこの子の何を知ってんの! アンタがアルトの村の何を知っているの! アンタに食べて欲しいってフルーツを差し出したこの娘の何を知っているっていうの!」


「なっ、貴様、俺を誰だとっ……!」


「私は貴方のことは知らない。けど、人の厚意をヘラヘラ笑って踏み潰せる奴に遠慮なんてしないから」


「何を訳の分からんことを……」


「どこにこの娘を道具としか思っていないクズがいるの!」



『カレン、シャーロットに似合いそうな服がカザンの服屋にあったんだけど、今度一緒に見に行ってくれないか? 可愛い服を着て、皆で一緒にピクニックにでも行ければもっと笑顔になってくれるかなって思うんだけど』


『カレン! 私の動物ぬいぐるみコレクションの中からシャーロットが喜びそうな物を一緒に選んでくれないか。私達がいつも側にいられれば良いのだが、中々そうもいかないので、彼女にいつも寄り添ってくれるような物があればと思うのだが……なっ、何をクスクスと微笑ましい笑みを浮かべているんだ! 私は真剣なんだぞ!』



「この娘がどんなに優しい人達に囲まれているかも知らない癖に!」



『カレンさん、シャーロットが私に花冠をプレゼントしてくれたんです。なので、図書館でシャーロットの好きそうな本を選んでこようと思ってるんです』



「この娘がどんなに優しい心を持っているのかも知らないで、勝手なこと言わないでよ!」



『カレン様、シャーロットがカレン様に食べてほしいって、頑張って梯子に上って果樹の結構上にある実を取って来たんだ。これ、きっと凄くおいしいよ!』



「シャーロット=フリージアは、私達の大切な家族よ! 私の家族を侮辱する気なら、全力で私が相手になるわ! 言いたいことがあるなら、かかってきなさい!」


 一気にそうまくし立てて啖呵を切り、私はガガンの胸元を荒々しく突き放つ。

 ガガンはこちらを忌々しげに睨み付けながら、ガハガハッと喉元を軽く手で押さえながらむせ込み、それまで私の剣幕に呆気に取られていた取り巻きもハッとした様子で「ガガン様!」と慌てて駆け寄り、「貴様、よくもガガン様に無礼な真似を! ここで殺してやる!」と2人が槍とバトルアックスを抜き放ち、こちらににじり寄って来る。

 向こうも完全に頭に血が上っていて、ここでこちらが謝罪をしたところで矛を収めてくれる気配は完全にゼロだった。

 だけど、私は沸騰しそうなほど胸の中に沸いていた怒りに身を委ねながらも、静かに腰元のロッドホルダーに手を滑らせる。

 シャーロットが紡ごうとした想いを断ち切ってしまった自分の沸点の低さへの呆れもある。

 彼女の優しい想いや、ガガンが冷徹な言葉を放った瞬間殴りかかろうと足を踏み出す直前だったゾランを始め蜥蜴人族の村人達や、腰元のホルスターに収めた銃を抜き放つ寸前だったマーカスの優しさへの感謝も。

 自分の行動が浅慮だったと見られても仕方がない。

 祝いの席をぶち壊しにして刃傷沙汰が起こりそうな物騒な空気を作ってしまったことへの申し訳なさもある。

 けど、私がガガンに言い放った言葉は私の紛れもない本音だ。

 あの場で何も言わずに突っ立ているだけの人間が、これからどの面下げて彼女の家族を名乗れるというのだ。

 だから、私は自分の行動には後悔していない。

 だからこそ、ガガンが血走った眼で背中に背負った大剣を抜き、剣先を荒々しく突き付けて来た時も自然と言葉を発していた。


「このクソ生意気な小娘が! 決闘だ! 我ら5人と貴様1人のな! 全力でなぶり殺してやるから覚悟しろ!」


「上等よ。全員かかってきなさい。私が勝ったら全員シャーロットに謝ってもらうから、覚悟しなさいよ」

 

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