第23話 迎撃戦、開始!(女神暦1567年4月26日/アルトの村南門付近)
夜の帳が降り、静寂さに包まれた深夜。
火災によって崩落した家々が村全体の寂寥感を濃密なものにしているが、まだ原型を留めている家屋の中には騎士団の騎士達が密かに息を潜めている。
クーデターから半年程が経過したが、カザン支部長であるマルガは常日頃から部下の鍛錬に熱心なので、その精強さは折り紙つきだ。今回の任務に参加している騎士の中には、副団長時代の部下も何人かいたので挨拶をしに行ったら、涙ぐんで頭を下げる者までいたので少々面食らった。
国の立て直しという大事な時期に、仲間よりも瓦礫と灰の山だらけの終わり切った村を選び、故郷の人々の鎮魂を願って村を再興することにした私を未だに慕ってくれている者がいる。
そのことがたまらなく嬉しかった。
「自分は幸せ者だな」
ゼルダはそうひとりごちると、村の各所に身を隠して『
現在このアルトの村には、カザン支部に所属する騎士達が数多く集結していた。
アレンから『
自分がいる南門付近には五十人以上の騎士が割り振られており、そのほとんどの兵は敵に気付かれぬように家屋や物陰に息を潜めているが、数人の騎士達は私の側で緊張を孕んだ面持ちで村の先に広がる平原を見据えている。
「本当に『
今回の迎撃戦で使用するとある道具の点検を終えた壮年の騎士が、懐疑的な声を漏らす。
「ドロシー達を是が非でも取り戻したいと考えているのならば、必ず現れるだろう。だが、今回は諸君達、騎士団の面々がいてくれるので随分心強く思っているよ」
「ご謙遜を。アリーシャ様に次ぐ実力を持っておられる救国の英雄の前では、我らの剣技など児戯に等しいものです」
「救国の英雄か……。私はそんな大層なものではないのだがな。王都攻略戦の際に王の首を刎ねることよりも、生まれ故郷を救うことを選択した私にそんな立派な呼び名は相応しくないだろう」
「王都攻略戦に参加した兵の一人として、そして貴女様直属の部隊に所属させて頂いた身で言わせて頂きますと、あの日あの戦場にいた者に貴女様を恨んでいる者は誰もおりません」
「だが、私が抜けた穴を埋めるために攻略戦の前線の矢面で戦ったリサは戦死した。私はそれがどうしても今も割り切れないんだ……」
「副団長……。リサ隊長のことは残念ではありましたが、それは副団長の責任では……」
張り詰めた表情で俯くこちらを励まそうと声を紡ごうとする騎士に気を遣わせてしまったことにチクリとした罪悪感を感じていると、
「話の途中ですまないが、顔を上げ給え。招かれざる客達のお出ましのようだよ」
先程からずっと退屈そうに横倒しになった樹木に腰掛けていたルイーゼの落ち着き払った声でハッと我に返る。
顔を上げて平原の先を見据えると、荒々しい馬の疾走する足音と巻き上がった砂埃を突っ切りながらこちらに向かって来る十台の馬車の姿が確認できた。
その馬車の御者台で手綱を握っているのは、見るからに荒くれ共といった凶悪な人相の男達で、明らかに友好的な解決は望めないことが窺える。
「……来たか。信号弾を放て」
「了解であります!」
かつての部下はこちらの指示に素早く反応し、事前に弾を装填しておいた拳銃を真上に掲げ、引き金を引く。
即座に発射された弾丸は瞬く間に上空に達し、一気に弾ける。
パァァァアアアアアアアアア!
天高く咲いた閃光の花がアルトの村を照らし出し、敵襲の襲来を告げる。
開戦の狼煙はここに上がった。
今頃村の警戒に当たっている者達は臨戦態勢に移行した筈だ。
そして、この戦の戦局を大きく握る彼も例の準備を始めたことだろう。
「君は少し下がっていてくれ。最初は私達が相手をする」
「はっ! 了解であります。しかしながら、その黒髪の少女を伴われて戦場に立つおつもりなのでしょうか?」
見るからに非力そうで、武具の類を何一つ身に付けずに、「今日は曇っているから月明りも届かないのか。これではまともに読書もできんな」と鬱陶しそうにぼやいていた黒髪の少女に不安げな目を向ける。
「彼女のことは心配しなくていい。君達は私が敵をある程度切り崩した後の雑兵達の相手を頼みたい」
「了解しました。……ご武運を」
そう言い残して後衛に下がった騎士の背中を見送ると、億劫そうに欠伸をしながら歩いて来たルイーゼが、
「これから戦端が開かれる訳だが、手の方は大丈夫かね? ドロシー達を救出した際に血塗れになっていたそうだが?」
「もうかなりの前に塞がったよ。『
「我々『
「つくづく底の知れない男だな、彼は。……死なないでほしいと、本当に心の底から願うよ」
「心配かね、管理者殿のことが?」
「当然さ。彼は大切な仲間だ。だからこそ、決して失いたくない」
現在のアルトの村の防衛態勢の内情は、この南門に自分達とカザン支部駐屯騎士団五十名、西門にカレン達と騎士団六十名、東門にマルガが指揮する騎士団四十五名、そして北の大森林には、
「あっ、北は俺らが担当するから、騎士団の人達はドロシー達の警固と村の三方の警備に全員回してくれる?」
と、皆が唖然とした宣言を行ったアレンと一人の『
大言壮語に聞こえる提案に最初は当然皆が反対したが、彼は自分が村の北側の防衛を一手に引き受ければ、ドロシー達がいるギルドハウスに近い平原側の警備に回す兵力をより充実させることができるという考えを曲げる気はなかった。
「もうそろそろ管理者殿からの魔力が流れ込んでくる頃合いか……。管理者殿の心配は結構だが、君の心の準備は大丈夫かね?
「ああ。久しぶりの対人戦で腕が鈍っていなければいいが。……頼りにしているよ、ルイーゼ」
「私はインドア派なのだが、ああも
不敵な笑みを浮かべる
……やはり誰かと共に戦うというのは、いつであろうとも心強いものだな。
そんな感慨に
突然の急停止に抗議の
荒々しくアルトの村に現れた『
およその人数は約百人。
一つの馬車に十人程度が乗車していたようだ。
一人一人の戦闘力は不明だが、それなりに戦闘訓練は積んでいるのか、ピりついた雰囲気を纏いながらも武器の構えは崩していない。
その統率した兵隊達でも一際異彩を放っているのが、後ろの方に控えている禿頭の青年だ。
短剣を片手でクルクルと曲芸師のように回しながら、青年が口火を切った。
「おいおいおいおい、なんで村の人間がこんな所にいるんだぁああああ!」
「貴様らが今日やって来るのはある筋の情報から分かっていた。大人しくここで捕縛されるなら、手痛い目に遭わずに済むが、どうする?」
「はぁぁああああああああああ!? たかが二人と後ろにいる数人ぽっちの騎士共に何ができるってんだぁぁあああ! 一人残らずぶっ殺して、奴隷のガキ共を連れ帰ればこっちの勝ちなんだよ! テメェらさっさと殺せ! 殺された後に俺が思う存分に切り刻んでやるから楽しみにしてろよ、女共ぉぉぉぉお!」
どうやらこの部隊の指揮官らしき男の号令が開戦の合図となった。
短剣に大槍に剣
「ルイーゼ、アレンからの魔力は届いたのか?」
「ああ、十分な量が流れ込んできた。……詠唱も終わったようだな。では、いくぞ、ゼルダ」
その瞬間、黒髪の少女の肉体の体が黄褐色の光に包まれ、微細な光の粒子に分解される。
薄闇をほのかに照らす蛍火のような光の粒はレモン色の髪の女騎士の体に吸い込まれるように溶け込んでいき、足元に突如展開した黄褐色の魔法陣が徐々にせり上がり、少女の全身を真下から頭頂部まで通過していく。
少女の全身を足元から頭上へと通り抜けた魔法陣がパリンと砕け散り、その場にいた者達は目の前に精悍な面持ちで立つ少女に目が釘付けになる。
そこにいたのは、美しいレモン色の髪を夜風に
漆黒の宵闇に同化しそうなほどに黒く染まった黒髪、普段のクールさに理知的な印象を付け足すような縁なしの眼鏡、鎖で雁字搦めにされたハードカバーの禁術書が描かれたマントをはためかせる白銀の鎧の各所に彫り込まれた謎の呪文等、今までこの場に立っていた少女騎士の様変わりした容姿に味方と敵の両陣営から動揺したどよめきが広がる。
「な、なんだ、ありゃ!? 何かの魔法か!?」
「ひ、怯むんじゃねえ! 見た目が変わっただけだ!」
「そうだ! こっちはこれだけの人数だぞ! 負ける道理はねえ!」
「一気に畳んじまえ!」
『
だが、それらがこちらの薄皮を切り裂く直前に、ゼルダは一気に抜き放った神速の一閃を見舞う。
ゼルダに機敏な動きをさせぬように瞬時に斬りかかった四人の男達には隙はなかった筈だった。
しかし、男達の手元にあった武器は回転しながら空高く斬り払われていて、その表情には純粋な驚きがあった。
「ば、馬鹿なっ……ぐはっ!?」
呆然と虚空に舞い上がる剣を見上げていた男の横っ面に剣の柄頭を叩き込んで吹っ飛ばすと、ゼルダは残りの呆然自失となっていた男達に肉薄し、同じように頬や後頭部にキツイ一撃を加えて同様に無力化する。
十秒にも満たぬ間に四人の仲間が地面で昏倒して倒れ込んだ様子を見て、男達は気圧されたように後ずさる。
それを視界に入れながら、ゼルダは口内に溜まっていた空気をゆっくりと吐き出し、呼吸を整える。
先程の男達の動きが手に取るように分かった。いや、男達が振るう武器の軌跡が先に頭の中に鮮明に描写されたといった方が正しいな。
敵の体の細かな動き、筋肉の収縮、精神状態等、多様な情報を即座に読み取り解析して、敵の行動を先読みする。
『
それが私がルイーゼと『
最初はアレンの『
その後は、時たまこの姿になってこの不思議な力(実際には予測以外の力や武器もあるが、それらはまだ扱いに慣れていない)の鍛錬に励んでいたのだが、こうして実戦で有効活用できるとやはり自信がついてくるものだな。
信号弾を合図に『
何度も彼の宿すずば抜けた超常の力には驚かされるが、それを他者にまで分割できるというのはあまりにも異常だ。
彼を敵に回せば、並の人間では全く歯が立たないだろう。
そんな少年がこちらに付いている。守ると言ってくれている。
こんなに心強いものはない。
敵は先程瞬殺された仲間を見て浮足立っており、誰も突出してこずに攻めあぐねている。
今が攻め時だ。
一気に地面を疾駆し、及び腰になっていた前線に斬りかかり、次々と敵兵を地面に沈ませていく。
狂乱した様子で剣を振り回したり、周囲の怯えた空気に飲まれず冷静に斬り込んできた者もいたが、彼らがどのように武器を振るうのかはまるで託宣を受けたように先読みでき、騎士として数多の戦場を駆け抜けてきた時に培った直感と能力を併用するすれば、それらを回避することは造作なかった。
数分後には、平原に立っていた男達の数は激減し、あっけなく気絶した部下たちの哀れな姿にワナワナと怒りに震える禿頭の青年と数十人の取り巻き達だけになっていた。
「ダリ―様、に、逃げましょう!」
「あの女、何故かは分かりませんが俺達の動きを完全に見切っています! 撤退しましょう!」
そう泣き言を漏らす部下の顔面を殴り倒したダリ―は、憤然としながら唾を飛ばす。
「うるせえぞ! ここで逃げたところで、後で兄貴とジルベスター様から粛清されるのがオチだろうが! 一気に突っ込めぇええええ!」
腰を抜かしてへたりこんでいる者以外を残し、斜めに構えた短剣を持ったダリーと呼ばれた幹部らしき男を先頭に一気呵成に駆けてくる男達を見据えながら、ゆっくりと剣を抜き、体の左斜め下に切っ先が向くような構えを取る。
すると、下げられた拳に握られた剣の刀身が冷涼な冷気を周囲に放ち始め、刀身全体に霜が降りたかのような極寒の冷気が纏っていく。
その異様な空気に目を剥いたダリーは、
「な、何だその剣はぁあああああ!? っ!? まさかテメェ、ジルベスター様と同じ『
それが人を殺す快楽に飢えた青年の最後の言葉だった。
「『
ゼルダが斜め右上に向かって氷の魔力を帯びた剣を斬り上げた刹那、ダリ―を含めた男達の全身が刀身から放たれた魔力の氷風を浴びて凍結し、全身氷漬けになった男達の氷の彫像が瞬きする暇もなく出来上がる。
「ダ、ダリ―様がやられた!?」
「もう終わりだ! に、逃げろぉおおお!」
指揮官を失い統制の亡くなった兵達は一目散に逃げ出すが、馬は氷の魔力を帯びた冷風の煽りを受けて暴れており、御者も制御ができずに右往左往している。
またその様子を見て街道を己の足で逆走して逃走する男達も多くいたが、ここはだだっ広く遮蔽物のほとんどない平原だ。身を隠す場所もなく、恐怖でふらつく足取りの男達の背中は丸見えだ。
そして、幼い子供達を捕え、他の悪人共に売り飛ばしてきた彼らをみすみす見送る道理など存在しない。
ゼルダは、体内で錬成した魔力を低く抑えながら、剣の切っ先を彼らの背中に突き付け、己の背後に控えるかつての同胞達に命じる。
「総員、逃亡する連中を一人たりとも逃がすな! アリーシャ騎士団、突撃せよ!」
「「「「おおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおお!!」」」」
数え切れぬ程の戦場で自分達を導き続けてくれた少女騎士の凛々しい声に従い、騎士達は
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