第22話 宣戦布告?(女神暦1567年4月25日/アップルトン商会カザン支店)

「この葡萄美味かったよ! 今日は八房頂くよ!」

「私はこの林檎よ! 蜜がたっぷり入っていて甘くて美味しかったわ!」

「おい、もうオレンジは売り切れたのか!? お袋がまた食いたいって前から五月蠅うるさくてな」


 外壁にクーデター時の銃創の痕が痛々しく残るアップルトン商会カザン支店。

 その店先に設けられたフルーツ販売の特別ブースには、開店直後から長蛇の列が成されていた。

 木箱の上に積み上げられた色取り取りの新鮮なフルーツ達は今朝から飛ぶような勢いで売れ続けていて、予想以上の大盛況っぷりに、急遽売り子として駆り出された俺達はひたすら客を捌くのに神経を集中させていた。


「梨が四個に、林檎が五個ですね。お買い上げ、ありがとうございます!」


「レモン三個と林檎六個のお客様の分はここに置いておくぞ」


「ニャニャ!? 釣り銭が足りないニャ! アレン、カレン、すまニャいけどしばらく二人だけで持ち堪えるニャ!」


「えっ!? この状況でニーナに抜けられるとこの客足を捌き切るのは無理なんだけど!」


「ニーナ、ダッシュで戻って来てくれ! そうじゃないとこの前線は瓦解するぞ!」


「了解ニャ! ニャ―が帰還するまで生き延びるニャ!」


 カレンが殺到する客達からの注文確認と会計、俺が商品を紙袋に詰め、ニーナが商品の補充と列の整理に奔走し続けて一時間以上経過するが、一向に客の列が途切れる気配がない。

 ニーナの店にフルーツを卸し始めてここ数日。

 店内での通常営業の時間よりも早い朝の時間に開かれる、フルーツ専用販売。

 多種多様な商品が店内に溢れ返っているため、店先での屋外販売専門で始まったそれは、カザンの市民の胃を鷲掴みにしたようで、試食台に用意しておいたカットフルーツはものの数分で食べ尽くされ、客達からの注文の声がひっきりなしに通りに響いている。

 既にカザンでは、寂れたアルトの村で生産されるこれらのフルーツの話題でもちきりだ。

 カザン周辺で果樹園を営む農家から、栽培方法を教えてほしいという問い合わせまでひっきしなしに来ているらしい。

 当然のことながら、フローラの魔力を栄養剤代わりに栽培している以上、栽培方法など公開する訳にはいかないので、ニーナ経由で丁重にお断りしているらしい。

 だが、むしろそれが門外不出の栽培技術で栽培されたという商品の付加価値になってしまい、その道のプロ達の舌を唸らせるほどの味わいであることも手伝って、アルトブランドのフルーツはカザンで大ブームを巻き起こしている。

 商品を届けにニーナの店の敷居を跨いだ途端に、弾丸のような勢いで泣きついて来たニーナが手伝いを懇願してくる訳だ。






「ありがとうございました! またいらしてくださいね」


 最後の客が商品を受け取りホクホク顔で帰路に着く背中を見送り、何時間も立ち仕事に従事していた俺とカレンはぐったりとした面持ちで吐息を吐く。


「なんとか乗り越えたな」


「本当にね~。フルーツが売れていくのは凄くありがたいけれど、この勢いが連日続くとなると結構疲れるね」


「お疲れ様ニャ! 日給は弾ませてもらうから、期待しておいてほしいニャ!」


「いいのか? そんなに大盤振る舞いして?」


「勿論ニャ! 労働にはそれに見合った対価が支払われるべきだニャ! 中に簡単なおやつとお茶が用意してあるから、帰る前に少し休憩していくといいニャ!」


「おやつ!? 食べる食べる!」


「俺は空いた木箱とか、カウンターの机を片付けてからご相伴にあずからせてもらうよ」


「そうかニャ。それじゃあ、ここにおやつ用に焼いたクッキーを入れた包みを置いておくから、軽くつまんでくれていいニャ。店の方にまだまだ残りはあるから、作業が終わったらおかわりも用意しておくニャ」


 今日の売上金の確認を終え、懐から可愛らしい花柄の包みを取り出して置いていったニーナと、おやつの誘惑に抗えなかったカレンは申し訳なさそうにしながらも店の奥に入っていき、俺は店先に置かれた備品の片付けに入る。

 開店前は山積みになっていたフルーツの山もほとんど完売し、売上は上々だ。

 今日のことを伝えたら、フローラも随分と喜ぶだろうな。

 そんなことを思いながら随分と身軽になった木箱を持ち上げて指定の場所に寄せていくと、一番端に置いていた木箱の底に小ぶりな林檎がポツンと残っていることに気付く。

 他に入っていた林檎の大きさと比較すると随分と細身だったので、売れ残ってしまったのだろう。

 廃棄してしまうのも勿体ない気がするし、あとでニーナに代金を払って買い取らせてもらおうかな。

 木箱から取り出した林檎をカウンターの上にひとまず置いてから、木箱の整理を再開させようとしていると、


「すみません、この林檎頂けますか?」


 突然背後から聞こえた落ち着いた声に振り返ると、そこには亜麻色の髪を三つ編みにした少女が机上の林檎を軽く指差していた。

 白いカーディガンと赤薔薇のような色合いのミニスカートを綺麗に着こなしていて、腰には柄頭に黒水晶をあしらった両刃の剣を《佩(は》いていた。

 カレンやゼルダも非常に整った容姿をしているが、こちらをどこか興味深そうに見詰めてくる琥珀色の瞳がミステリアスな雰囲気を醸し出していて、彼女達とはまた違ったベクトルの美少女だ。


「その林檎、結構小さいんですけど、大丈夫ですか?」


「はい。お散歩の途中で小腹が空いた時におやつ代わりに食べようかなっと思っていて」


「分かりました。袋に入れますか?」


「そのままでいいですよ。本当は最近町で評判のお店のフルーツを色々買ってみたかったけれど、遅かったみたいですね」


「すみません、もう少し早く来て頂ければ他にもっといい状態の物があったんですけれど……あっ、そうだ!」


 俺はカウンターの端に置いておいた包みを掴むと、林檎と一緒に眼前でキョトンと小首を傾げる少女に差し出す。

 ニーナから作業中に小腹を満たす用に貰った物だが、まだおかわりがあるようだし、折角来てくれたこの少女におまけ代わりに手渡しても大丈夫だろう。

 足を運んでくれたのに落胆した気持ちのまま帰ってもらうのも、どこか気が引けるし。

 う~ん、甘いのかもしれないが、渡してしまおう!


「これ、中にクッキーが入ってるのでもしよかったら、散歩の合間に召し上がって下さい」


「えっ!? いいんですか! わあ、すみません、ありがとうございます」


 林檎の代金を支払い、こちらが差し出した包みを開けて、「美味しそうですね! 食べるのが楽しみです!」と柔和な笑みを浮かべる少女はとても嬉しげで、渡して正解だったと感じた。

 後で一応ニーナに報告はするが、仮に怒られたとしても、この笑顔を見た後だとやはり思い切ってみて良かったと思えるだろう。

 自然と口元が綻ぶ。


「あっ、そうだ! 私も貰いっぱなしというも申し訳ないですから、少しお返しをさせてもらいますね」


「えっ、別にいいですよ。気になさらないでください」


「いえいえ、大したことじゃないので、どうか受け取ってください」


 そう朗らかな笑みを浮かべる少女が、どんなお礼をするというのだろうか。

 一見したところ、鞄やポシェット等なども持っていないし、何かしらの品を持っているようには見えないのだが。

 不思議に思っていると、「失礼しますね」と少女は軽くカウンター側から身を乗り出してこちらに耳元に口を近づけ、




「『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』は今日の深夜、貴方達の村を総攻撃します。色々と準備とかしておいた方が賢明ですよ」




 その瞬間、俺は即座に少女の腕を掴もうと腕を伸ばすが、そんな俺の反応など既にお見通しなのか、少女はサッと身を引き、軽くバックステップをして素早く距離を取る。

 俺もすぐさまカウンターを乗り越えて、彼女との距離を詰めようとするが、少女はその行動も想定していたようで一気にきびすを返し、細身の体躯から想像していなかった健足ぶりで雑踏の中に紛れ込み、その中に俺が飛び込んだ時には完全に見失ってしまった。


「クソッ、あの滅茶苦茶足が速い!」


 召喚士は魔力量に関しては自信があるクラスだが、身体面では『ブレイブ・クロニクル』において最底辺同然だった。

 この世界でもその設定は健在のようで、俺の足の速さは同年齢の男子と同じぐらい……いや、日がな一日ゲーム漬けの生活を送っていたので、それより更に遅いのかもしれない。

 早朝はジョギングをして運動を行っているが、一朝一夕で足が速くなるなどという都合の良い展開などはない。

 日頃の運動不足のツケが回ってきたのか? いや、あの娘の場合は、身のこなしも軽やかというか人の流れを瞬時に把握して間を縫うように誰とも接触せずに走り抜けていったので、何らかの訓練でも積んでいるのかもしれないが。

 突然来訪し、アルトの村を襲撃すると予告していった少女。

 『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』だとすれば、そんなことを漏らしても俺達が警戒を強めて、今日中にどこかに高飛びする可能性や騎士団に護衛を頼む可能性が増えるだけで、何のメリットもない。

 だが『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』と無関係だとすれば、そんな情報を知り得ているのが不可解になってくる。

 目的が全く分からない。

 掴みどころのない不気味さが、凄く気持ち悪い。

 だが、今やるべきことは、


「とりあえず、ニーナの店に戻ってカレン達に今のことを話そう。騎士団の支部にも連絡しないと」


 連中が村を襲って来るとするならば、全力で迎え撃つ。

 逃げ出したとしても、折角苦労して再興させている村を好き放題される可能性もある。

 敵の目的がドロシー達か、俺とゼルダへの報復なのかは分からないが、

 ──全力で潰す。あの村は俺達の家で、家族が暮らしている場所だ。誰にも手出しなどさせるものか。






「あっ、このクッキーやっぱり、美味しい! 中々の腕前ね。うちのギルドでもお菓子職人とか雇ってみない?」


『何を馬鹿なことを言っているのですか、貴女は? そんなことよりも、あの少年に伝えても問題はなかったのですか?』


「別に問題はないでしょ? 『彼女』の新しい居場所の中心にいる彼がどれだけの実力を持っているのか確認できる絶好の機会よ。姫様からの許可も下りてるから大丈夫」


 カザンの都市の裏路地。

 まだ復興作業の途中なのか、壁や屋根が崩れた家屋が目立ち、人通りもまばらな区画で先程の少年から貰ったクッキーに舌鼓を打つ少女は、チラリと足元に顔を下げる。

 そこにいるのは漆黒の翼を持つ普通の烏だ。

 そのくちばしから人の言葉を発してさえいなければ。


『あのような軽率な行動を取った後では、後々に彼らとの接触に支障が出るのでは?』


「一応その対応も用意してあるし、多分大丈夫よ」


『任務に差し支えない限りは貴女の方針を無理に歪める気はありませんが、十分注意してくださいね』


「分かってるわよ。姫様があの人と結んだ盟約だって聞いてるし、任務は問題なくしっかり果たすわ」


 超然とした口調で眼下の烏に話しかける少女は、その鳥の瞳の向こう側にいる同僚からの半信半疑な視線を軽く受け流し、手に収まる林檎の皮の肌触りに目を細め、ゆっくりとそれを齧った。


「うん、甘い。姫様にも食べてもらいたいわ」

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