第21話 シャーロット=フリージア(女神暦1567年4月24日/『四葉の御旗』ギルドハウス)

魔導人形オートマタ? シャーロットが?」


「その通りだよ、管理者殿。私の【神眼】スキルでの解析の結果だ。間違いはない」


 『四葉の御旗フォルトゥーナ』のギルドの居間。

 そこには、【神眼】スキルを使用した反動でグロッキー状態になってソファに沈み込むルイーゼと、対面のソファで驚嘆の声を上げる俺がいた。

 ドロシーとエルザからは自分の出自や奴隷になった経緯を聞かされていたが、シャーロットに関してはそういった話しを聞いていなかった。

 もし仮に前者の二人のような辛い思い出を多く抱え込んでいるのであれば、こちらから無理に問い詰めることはしないでおこうと思っていたのだが、今朝それとなく彼女に以前にどういった生活を送っていたのかを訊いてみたところ、


「……パパ、ごめんなさい。私、奴隷になる前の記憶がないの」


 という衝撃発言を零したのだ。

 詳しく事情を聞いてみると、シャーロットはとある国の森の奥にある遺跡で休眠状態で保存されていたらしいのだが、豪雨による土砂崩れで遺跡が崩壊し、その衝撃で覚醒したが記憶に混濁があり、あてもなく彷徨っていたところを『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』に発見され、奴隷として捕縛されたというのだ。


「一応シャーロットの了承は得て使用したとはいえ、中々予想外な展開となったな」


魔導人形オートマタて言われてもあんまり実感ないしな。食事とかも人間と同じように摂ってるし」


「機械とは言っても、彼女の場合は元々は生身の人間で、そこに改造を加えて作り出された人間ベースの機体のようらしい。食事から栄養素を吸収することも可能だし、睡眠も普通の人間と同様に必要のようだから、『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の連中も普通の人間の少女だと思い込んでいたのだろうね」


「そうか。体に異常とかはないんだよな?」


「健康状態そのものだね。中に組み込まれている機構もほとんど正常だが……一つ気になる点がある」


 ルイーゼは疲労の溜まった表情を神妙な顔つきに切り替え、嘆息する。


「彼女の中には特別な術式機構という代物が搭載されているらしいが、それにプロテクトが掛けられた状態らしいのだよ」


「術式機構? それはどういうものなんだ?」


「有り体に言えば、大量殺戮も可能な強力な兵器だね」


「なっ!?」


 思わずその場で立ち上がり、窓の外へ視線を向ける。

 庭先に設けられた花壇の近くに座り込み、フローラと花冠作りを楽しんでいるシャーロットの姿がそこにはあった。

 あの娘の中にそんな物騒な物が?

 純粋無垢な笑顔を浮かべながら、側で見守るフローラに「ここはこうして、こうすると、ほら出来上がり」とお手本に作ってもらった花冠を被せてもらって大喜びしている少女に、そのような物が仕込まれているとは到底思えなかった。


「まあ、私もあのあどけない微笑みが似合う少女に最初はそんな物が内蔵されているなど、思ったこともなかったよ」


 俺と同様に窓に顔を向けるルイーゼは、


「だが、軍属だった彼女の製作者は流行病はやりやまいで死にゆく娘の肉体に、延命と兵器として優秀な殺傷能力の高さという二つの願いを同時に詰め込んだらしい。シャーロット自身は、その自分の力をいとい、無意識のうちにセーフティを掛けているようだがね。遺跡が破壊された衝撃で記憶に混濁が生じているようだし、今後も経過観察は必要だろうね」


「そのことはシャーロットには?」


「少なくとも今は我々の胸の中に秘めておく方が得策だと思ったのでね、伝えてはいない。今後どうするかは分からんがね」


 そう含むような言い方でルイーゼは言うと、ソファにもたれていた体をむくりと起こして居住まいを正す。


「シャーロットのことも気懸かりではあるが、管理者殿には他にも優先せねばならないことがあるのではないかね?」


「優先しないといけないこと? ……ああ、『霊晶石』のことか?」


「私を召喚した時に告げたことは覚えていたようだね? まあ、焦ってどうにかできるものでもないのは理解してはいるが、アレかアレの能力と同等の物を発見しない限り、他の『隷属者チェイン』の凍結状態を解除することは現状不可能だ。この異世界で現物に遭遇する機会があるのかは分からないが、こればかりはどうしようもない」


 『霊晶石』

 それは『ブレイブ・クロニクル』に実装されていた召喚士専用の特殊アイテムで、大地に根付いた魔力が地中深くを流れる地脈と呼ばれる魔力溜まりで生成される特殊な鉱物だ。

 火山活動や地震等の天災が襲った際に地上に出現し、霊格を帯びた潤沢な魔力を有するその石は『隷属者チェイン』のスキルや能力を飛躍的に向上させる力を秘めていた。

 現在俺が召喚可能な三人の『|隷属者(チェイン)』達以外の者達を召喚させるには、その特殊な鉱物の力を借りなければならないと、ルイーゼを召喚した日に告げられた。

 だけど、『霊晶石』が見つかる気配は今のところは全くない。

 元来『ブレイブ・クロニクル』という仮想世界限定の鉱物であるし、それに類する鉱物がこの世界でも存在しているのかという当然の疑問もある。

 『霊晶石』が見つけられなかったとしても、強力な霊格を宿した魔力の塊のような物があれば代用も可能かもしれないが、アルトの村やカザン周辺ではそういった物はないらしい。

 打つ手なし。

 それが今の正直な現状だ。

 だが、


「必ず見つける。俺と契約してくれた皆を眠らせ続ける訳にはいかない」


 俺はそう決意に満ちた声で宣言し、ルイーゼは満足げに目を細めた。








「クソッ! あの忌々しい二人のガキ共のせいで、私の人生は滅茶苦茶だ!」


 陽の光も届かない薄暗い室内を淡く照らす燭台の灯火に、荒々しく怒気を放つ肥満体の男の影が浮かび上がる。

 雑多に積み上げられた武具や保存食用の穀物や堅パンを詰めた麻袋が室内を占領し、梁に吊るされた川魚や家畜の燻製肉が頭上を掠める度に、苛立たしげに手で叩き落とす。

 机上に置かれた十本以上に及ぶ度数の高い蒸留酒の酒瓶と、床に散らばるガラスのコップの破片が男の錯乱と憤怒の強さを雄弁に語っていた。

 闇ギルド『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』のアジト。

 カザンから十キロ以上離れた森にある巨木のうろの底に広がる地下空間に造られた石造りの部屋で、ゲルグは精彩を欠いた喚き声を上げる。


「まあまあ、少し落ち着かれてはどうですか、ゲルグ殿。そのように当たり散らしていても事態は好転しないでしょう」


「落ち着けだと!? 貴様の部下共が不甲斐ないせいで、私は負け犬のように暗くジメジメとした不快な地下通路をほうぼうの体で走り回る羽目になったんだぞ!」


「ですが、貴方も最低限の資金は持ちだすことに成功はしたではありませんか。我々も数十名の部下を失ったものの、今回のオークションの売上金は貴方の護衛に付かせていた部下が無事に持ち帰ってくれたので、互いに痛み分けというところですな」


「ふんっ、貴様ら闇ギルドはこの騎士団領を引き払い国外に脱すれば、何度でも仕切り直すことは可能だろうが、私は長年この国で築き上げた富も名声も全てが水泡に帰したのだぞ!」


 ペルテ国時代に王権と癒着関係を構築し、過剰な利子の負担と強硬的な取り立てを行い、税を払えなくなる程経済的に追い詰めた者を奴隷身分に転落させ、国から見返りとして多額の報酬金を受け取り続けてきた。その時に得た資産は万全を期して、カザンの本邸以外の別邸や別荘に隠匿しておいたが、そのほとんどは騎士団の連中に全て押収されているだろう。

 今手元にあるのは希少価値の高い宝石類ばかりで、その量も持ち運びできる程度だ。

 到底、大銀行の頂点に君臨していた頃に有していた資産の足元にも及ばない。

 奴隷を好きなだけ買い漁る快楽に溢れた生活はもう戻ってこない。

 それが胸の奥に焼き印を押し付けられたような凄まじい熱量の怒りの火力を底上げする。

 そして、全ての元凶である二人のガキを八つ裂きにしてやりたいという執着も。


「あの二人の居所は分からないのか!? 他国に逃れるにしても、奴らだけは始末しなければ虫の居所が収まらん!」


「そろそろ調査に向かわせていた斥候が戻って来る筈です。それまではご辛抱を」


 悠々とした態度でビロード張りの椅子に腰掛ける男をゲルグは憎々しげに|睨《ね」め付ける。

 飾り気のない首輪を嵌めた頬のこけた犬の刺青いれずみを肩に入れたくすんだ茶髪の男は、葉巻から美味そうに煙を吐き、その視線を意に介さずに泰然としていた。

 『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』ギルドマスター・ジルベスター=ドニエ。

 鈍い光沢を放つ銀色の指輪をめた男は、鷹揚おうような笑みを浮かべた。


「そのような目で見ないで頂きたい、ゲルグ殿。我々はその子供らの共通の被害者であり、処分したいという方針は合致しているではありませんか?」


「私が例のガキ共を始末したいのは、私の輝かしい地位と最高の娯楽を奪い去ったことを心の芯から後悔させてやりたいからだ。だが、最早支援者としての能力を失った私に貴様らが協力しようという魂胆が分からんのが不気味なのだ!」


「我々としてもその者達の手に渡った三人の奴隷は是非とも回収しておきたいだけですよ。あの娘らにはまた大金を稼いでもらいたいのでね」


「ほう、捕えられた仲間よりも一度手放した奴隷を優先するとは。檻の中にいるガイオンが聞けば、さぞや落胆する話だな」


「あれには交渉役や外商役を命じておりましたが、戦闘能力に関しては大した価値もない。舌のよく回る代わりの人材は幾らでもおりますので、然したる痛手でもありません」


 何の感傷も抱くこともなく部下を切り捨てるジルベスターはそう言い放つ。

 そんな彼の言葉には虚偽の色は見えなかった。

 まだ言い足りないことは多いが、あのガキ共を始末してくれるのであれば問題はないかと、ゲルグは残り少ない蒸留酒を一気に呷り、気分を落ち着かせる。

 そうしていると、部屋の奥にある建付けの悪い引き戸が荒々しい足音と共に開き、三人の人間が堂々と入室してくる。

 蛇のような細い目をギョロつかせる禿頭の青年が二人と(恐らくは双子なのだろう)、亜麻色の髪を三つ編みにした外套を纏った少女だ。


「マスター! 鼠の住処すみかが分かったぜ!」


「ひっひっひ、久々に人間の肉を切り刻む感触を味わえると思えると胸が躍るぜ!」


 腰にいた短剣を抜き放ち、恍惚こうこつとした笑みでその刀身に頬ずりする異常な行動に走る双子の姿はいつものことなのか、特に何かを言うこともしなかったジルベスターは、己の側に歩み寄った女から何かを耳打ちされると、「ご苦労。今日はこれで下がれ」と冷淡に言い捨てて女を部屋の外に出した。


「……あの女、ここ最近入った新参者だが、諜報能力は中々のもんだな。ゲルグ殿、朗報です」


「なんだ?」


くだんの者達の居場所が分かりました」


「ほ、本当か! 奴らは一体どこにいる?」


「カザンより北に馬車で三十分程度走った所にある、アルトという廃村にいるようです」


「アルトだと? ……そういえば、騎士団の関係者が大粛清が執行されたあの村に今も暮らしていると聞いたことがあるぞ。騎士団に属していたのであれば、奴隷売買を見過ごす筈もないか。だがまあ、これで雪辱を晴らすことができるというもの。貴様は、どうする? この穴倉に籠っているつもりか?」


「いえ、今回は私とそこのダッド兄弟も出ます。二人もかなりの手練れですが、『樹宝アーク』持ちである私が出た方が成功率は上がるでしょう」


「『樹宝アーク』だと!? まさか貴様、ダンジョンに潜ったことがあるのか!?」


 ジルベスターが己の指に嵌めたそれを軽く撫でるのを見て、ゲルグは勝利を確信したように喜色を滲ませた笑みを浮かべる。

 世界各地に点在しているダンジョン。

 異常な生態系と過酷な環境に支配されたその魔境には、『宝樹ほうじゅ』と呼ばれる樹木が自生しているという。

 その樹は、魔法にも似た様々な能力を秘めた武器を宿した不思議な実を実らせ、その実から生まれた武器を『樹宝アーク』と総称すると聞いたことがある。

 しかし、生還者も数少ないダンジョン探索者の中でも、宝樹が存在するほどの深層にまで進んで帰還できる者は更に少数だ。

 そのごく少数に入る猛者が出陣するというのであれば、これほど心強いことはない。


「ふははははっ、これで我々の勝利は盤石だな! 『樹宝アーク』の使い手がこちらの陣営にいる以上、負ける訳がない!」


「ご期待に添えるよう尽力させてもらいますよ。『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』を敵に回した時点で、その子供達の未来は決まったようなもの」


 ジルベスターは、既に勝利を確信して喜悦に満ちた顔で楽しげにほくそ笑むゲルグと、獲物を思う存分惨殺できる機会を得られて舌なずりしながら下卑た声を笑い声を漏らす兄弟を順繰りに見詰め、ニタリと冷酷な笑みを浮かべる。


「奴隷のガキ共以外は全員皆殺しだ。明日の深夜、アルトの村に『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』全戦力を投入する。楽しい狩りの時間だ、存分に楽しませてもらおう」

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