第24話 夜空を切り裂く流星(女神暦1567年4月26日/アルトの村西門付近)

 月明りも差し込まない曇天の夜空に閃光の花が打ち上がり、村の姿を照らし出す。

 敵襲を告げる閃光弾が弾けたのを見遣り、カレンは胸の前で頑張るぞと両拳を握る。


「ゼルダ達が最初に襲われたみたいだけど、私達も頑張らないとね!」


「はいはい、頑張るのはいいけれど、調子に乗って前に出過ぎないように気を付けなさい。まあ、命懸けの戦いを前にして及び腰にならずに、逆に勢い込むところが貴女らしいけどね」


 アルトの村の西門で敵の襲来を待ち受けるカレンとフローラは戦場には似つかわしくない弛緩した空気で、待機を続けていた。

 南門が襲撃を受けていることを知った西門担当の若手騎士の数人は救援に向かいたそうな歯がゆい表情を浮かべていたが、南門だけが強襲を受けるという可能性は恐らく低い。

 村の四方からの総攻撃を加えてくる危険が残されている以上、一時の感情で持ち場を離れる愚を犯す訳にはいかなかった。


「ゼルダ達なら、きっと大丈夫。昔の仲間の騎士さん達も一緒なんだから百人力だよ!」


 能天気な発言かもしれなかったが、あの少女騎士の実力を知る騎士団の面々も迷うそぶりも見せずに首肯し、数日程の付き合いしかないが、彼女が毎日欠かさず行っている鍛錬での剣技の冴えを見ていたフローラもこれには賛同してくれた。


「そうね。あのは十分強いし、滅多なことでは大怪我も負わないでしょ。心配するだけ無駄かもね」


「でしょでしょ、ゼルダなら大丈夫!」


「ゼルダは大丈夫でも、貴女は大丈夫なの? 一応魔法の腕は確かみたいだけど、肝心な場面でポカしないでよね」


「むっ、フローラが私を疑っている。私だって魔導士なんだから、絶対にこの村には一歩たりとも『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の人達を入れないんだから!」


「そう、それだけ気合が入っているならいいけれど、空回りはしないように注意すること」


「ううっ、フローラがまるでお母さんみたいなことを……」


 カレンが渇いた笑みで苦笑していると、自分の背後からシューという空を切るような音が響いて来たかと思うと、夜空を切り裂く光の閃光が再び村に降り注ぐ。

 どうやら村の東門でも戦闘が始まったようだ。

 あちらはカザン支部を束ね、アリーシャ騎士団の幹部騎士でもあるマルガ自らが陣頭指揮を振るっている戦場だ。

 並の兵では村の敷地を一歩たりとも踏むことができずに蹴散らされるだろう。

 南門同様、彼女達だけに任せておいても事足りる筈だ。

 そして、南門、東門が立て続けに敵襲を受けた以上、そろそろこちらにも……。


「っ!? 平原の西からこちらに向かって来る馬車を確認しました。恐らくは『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の奴らかと」


 かつての村民達が村の警備の際に使用していたという物見やぐらから監視を行っていた騎士の報告で、周囲に控えている騎士達の纏う空気も弛緩した和やかなものから、ピンと張り詰めたような糸のような緊張感に一変し、カレン達の戦闘にバックアップとして参戦する数名の騎士を残して物陰に身を隠す。

 そして、信号弾を装填した拳銃を所持していた騎士が夜空に向かって閃光を放った。


「さて、いよいよ戦闘だけど大丈夫?」


「勿論。ここは皆の居場所なんだもん。絶対に土足で踏み荒らすような真似はさせない」


「……本当に大丈夫そうで安心したわ。アレンからの魔力供給も数十秒で満タンになる。連中が馬車から下りてきたら、速攻で叩き潰すわよ」


「了解」


 そう言って私は、フローラと互いの拳の甲を軽くぶつけ、平原の彼方から激走してくる馬車を見据える。

 舗装されていない平原を突っ切って疾走しているため、車体がかなり派手に揺れているが、御者台で冷や汗をじんわりと滲ませている御者の腕がいいのか、転倒一歩手前のギリギリのバランスを保ちながらこちらに向かって爆走してくる。

 そしてその激走は、西門にかなり接近してきた段階になってもなお健在で、一瞬たりとも速度を緩める素振りもなかったが、先頭をひた走る三台の馬車がまず更に加速し、後続の七台はそれにゆっくりと追随するように減速する。


「まさか、アイツらっ!? カレン、予定とは少しズレたけど、やるわよ!」


「う、うん。分かった、お願い!」


 フローラの全身が若草色の光に覆われ、小粒の粒子に変換される。

 掌に容易に収まる小さなその粒がカレンの体に吸い寄せられていくと共に、足元に展開した若草色の魔法陣が徐々に上昇して全身を通り抜けいく。

 だが、カレンの全身を若草色の輝きが包み込む間も、半ば暴走状態と化した馬車はこちらを轢き殺さんと猛然と突っ込んでくる。

 既に御者は顔面蒼白だが、後続に控える一際大きな馬車の荷台から顔を出した禿頭の青年の射殺さんばかりの剣呑な視線に背中を刺されているのか、必死の形相で手綱を操っていた。


「ひゃははははははぁぁ!! そのまま轢き殺して、グチャグチャにしちまえ!」


 甲高い声で哄笑するその青年の下卑た声が平原に響き、背後にいた騎士達が身を挺して少女を庇おうと前に飛び出そうとした刹那、




「『花園を守護せし戒めの蔓鎖グリンウッド・ヴァインド』!」




 唐突に平原の地面に若草色の十数枚の魔法陣が展開し、そこから何本もの分厚い蔓が鎖のように射出され、大地を駆ける馬の脚部や馬車の車輪に間髪入れずに絡み付く。

 激走していた馬車を突然止めた反動で御者は弾丸のように御者台から放り出され、地面を何度もバウンドして止まった。全身を強く打ったのか、呻き声を漏らしたまま横たわったままで、立ち上がる気力はもはやないようだ。

 馬達も急停止した負荷で脚を負傷したのか、苦しげにいなないているが、あのまま分厚い鎧を纏った騎士達もいたこちらに突っ込んでいればより酷い大怪我を負っていたことだろう。

 後で治してあげるから、今は大人しくしててね。

 視線を平原に戻すと、特攻した筈の馬車が突然出現した植物の蔓に縛り止められて微動だにしていない光景に唖然としている『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の男達と、憎々しげにこちらを睨み付ける禿頭の青年が馬車から降りてきたところだった。


「ちっ、そこの女ぁああ! 一体何をしやがった! つうか、何だそのふざけた格好は!」


「むっ、ふざけた格好とは失礼ね。こんなに可愛らしい衣装なのに」


 フローラとの『魔装化ユニゾン・タクト』を行った結果、私の見た目はかなり変化している。

 林檎のような赤い髪はフローラと同じ新緑の若芽を思わせる若草色になり、桜の花を模した髪留めと若草色のトンガリ帽子、白地の生地に若草色の糸で茨の模様が刺繍されたローブや花の花弁を模したフリルをふんだんにあしらったミニスカート、桜色の琥珀が手の甲に取り付けられた手袋等、普段の装いとは一線を画すものになっていた。

 だが、腰元のベルトの左右に三本ずつ吊り下げたままのロッドホルダーはそのままで、中に入っている愛用の杖にも変化は無い筈(まあ、これを使う機会があるかは分からないけれど)。

 姿形は変わったとしても、私の戦闘スタイルを全く知らない彼らが私の魔法に初見で難なく対応できるとは思わない。

 油断は禁物だけど、落ち着いて戦えば十分勝機はあるわ。焦っちゃ駄目。


「カレンさん、我らも助太刀しますぞ!」


 背後で控えていた数人の騎士達は、突然私が身に纏う衣装が様変わりした状況に目を白黒させてはいたが、こちらの隣に駆け寄り、腰元の鞘から剣を抜き放つ。


「ははははっ、いいぜいいぜ、何人でもかかってこい! 馬車を停めた程度でいい気になってんじゃねえぞ! 俺は『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』幹部、ビリー=ダッド様だ! 今こうしている間にも、俺の弟が南門の方のお仲間さん達を全滅させてる頃合いだろうよ! お前らもすぐにお仲間のいるあの世に送ってやるから、安心して死んどけ!」


 大声でそう啖呵を切って腰帯にいていた短剣をヌラリと抜き放ったビリーは、側に控えていた男達に「やれ」と簡素に命じ、男達は大挙して私達の元へ一斉に駆け出した。


「カレンさん! お下がりを! ここは我らが!」

 

「……ありがとう。でも、悪いけれどもうチェックメイトよ」


「なっ、それは一体どういう?」


 疑問符を浮かべて困惑達にふふんと、自信ありげに胸を張って軽くウィンクすると、私は今まで下げていた右腕を天に向かって伸ばす。

 その手の中に握られているのは白磁のように白い一本の枝。

 いや、それは強大な魔力を宿した霊樹から削り出された魔女の杖。

 私がフローラと一体になった今だけこの世界に存在している、たった一本の魔杖。

 それに私は今まで密かに体内で錬成していた魔力を躊躇ちゅうちょなく流し込む。

 そして、私は悪しき者達を撃滅するための言葉を紡ぐ。



「『蒼天に煌け、我が愛しき翠星アルクトス・ジェライド』!」

 


 その刹那──

 月明りや星明りを覆い隠す雲の天蓋に閉ざされた夜空から、

 星一つ浮かんでいない天空から、




 無数の翡翠色の流星雨が、一切身を隠す場所のない平原を駆ける『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』の男達に容赦なく一斉に降り注ぐ。



 

 爆音。

 そして爆風。

 天より降り来る翡翠色の弾丸は、大地を抉り取って幾つもクレーターを生み出し、それらが成形される度に巻き上がる粉塵と突風が男達の悲鳴を掻き消しながら彼らを襲い、平原に着弾した星の爆発の余波で数多くの人間が空高く舞い上がり、地面に不時着した衝撃で意識が暗転していく。

 辺り一面に吹き荒れていた砂煙が晴れた頃には、クレーターに落ちたまま気絶していたり、着弾を免れた場所で腰を抜かしてへたり込みながら小刻みに震える男達の姿が散見しており、指揮官のビリーという男は大きく目を見開きながら夜空を見上げて、


「……おい、ありゃ何だ?」


 闇に支配された上空に曼荼羅まんだらの如く無数に展開するおびただしい量の若草色の魔法陣の威容に、ゴクリと息を飲みながら呆然と呟く。

 瞠目しながら天を仰ぐ青年の瞳に映っているだろう魔法陣の軍勢。

 それを夜空に描き切った私はゆっくりと歩を進める。


「アンタ達が徒党を組んで攻め込んでくることは大方予想が付いてたわ。だから私は、馬車を蔓で無理矢理止めた辺りから、アンタ達を一掃するための魔法を発動させるために魔力を密かに錬成し続けていたの。私達を甘く見ていたアンタらの負けよ。……多少やりすぎた感はあるけど」


「あの規模の魔法を発動させるなんて、常人の域を完全に超えてやがる! テメエは一体何者だぁあああああ!」

 

 声を荒げ、まだ僅かに残された戦意を振りかざして短剣を握り締めた青年が刺し違える覚悟で突っ込んでくる。

 だから私は平然と、


「アンタ達が売り飛ばした女の子達を全力で守り通すと決めた、ただの魔導士よ」


 夜空から降り注いだもう一筋の光が、再び大地を鳴動させた。

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