第7話 フルーツ試食会(女神暦1567年4月21日/アルト果樹園)

「ほ、本当に一晩で実ってる……」


「あ、ああ。それもこんなに大量の果実が一斉に実を付けるとは……」


 ルイーゼから、他の『隷属者チェイン』達を解放するために必要なとあるアイテムの存在を知らされた夜も過ぎ、ギルドハウスの敷地内にある井戸から汲み上げた冷水で顔を洗って眠気を洗い流し、簡単な朝食を摂り終わった俺達は、昨日フローラが提供した種子を植えた場所の一つである果樹園跡に来ていた。

 いや、もう果樹園というのは間違いだろう。

 濃い緑色の葉を茂らせた枝がしなる程大きくたわわに実った真紅の林檎、桜色の薄皮の奥にぎっしりと果肉と果汁を含んでいるだろう大ぶりの桃、手を伸ばせば容易に摘み取れる低木から垂れ下がる鈴なりに実った葡萄、白い花弁を元気に咲かせる側で拳二つ分ぐらいの大きさの実を付けているオレンジ等、この世のフルーツがここに集結していると錯覚する程の様々な品種の果物が視界一杯に広がるフルーツの楽園が一夜で顕現していた。


「ふふっ、私の魔力をたっぷりと吸った種子だもの。当然の結果だわ」


 えっへん、と細身の体にしては大きい胸を張るフローラが鼻高々に果樹の林を指差す。


「それにしてもこれはチートすぎだろ」


「うむ、流石にこの量では私達では消費し切れないだろう。この様子では野菜畑の方も大豊作だな」


「別に問題ないじゃない。私達が食べ切れない分はカザンの商会に売れば無駄にはならないし、これだけあればお肌もツルツルになるに違いないわ!」


 種植えの段階では、((案外楽しいかも……))と割と作業を楽しんでいた俺とゼルダも、この色彩豊かな果実の美しさと胃を刺激してくる甘い芳香が鼻腔をくすぐる度に、視界と嗅覚の両方で食欲を刺激される。

 それは構わないし、これらがアルト復興の軍資金に化けると考えれば、この豊作すぎだろと言いたくなるほど大量に実った果樹園は大成功の一言に尽きる。

(ちなみに今朝、俺の手持ちの所持金を再興費用に充てさせてもらえないかと提案したが、「それはアレンの金だ。私達がそれを使わせてもらう訳にはいかないさ」とゼルダにやんわりと断られてしまった)。

 だが、一つ問題があるとすれば、


「これ全部収穫できるのか?」


「私達で手分けしたとしても何日も掛かるだろうな。フローラが朝晩に魔力を注ぐことで、フルーツの腐敗はかなり遅くなるのが救いか」


「ちなみにカザンまでフルーツを運ぶ足とかはあるのか?」


「それについては問題ない。この村とカザンを結ぶ旧街道を朝と夕方に行き来する定期馬車がある。それに積ませてもらえる筈だ」


 俺の傍らに寄り添うに立つゼルダが顎で示した先には、収穫したフルーツを入れるための寸胴鍋のような大きさと形状をした木製の編み籠が地面に50個以上置かれていて、それらを定期馬車が訪れる停留所まで運搬するための台車も数台準備されていた。

 これから行う作業量の多さを匂わせていて俺は少し気が滅入りそうになるが、果樹園で実っているレモンと同じ色の髪が朝日の光で美しく照らされ、美術館に展示されている絵画に描かれているような女神と思ってしまうほど整った容姿を持つ少女騎士の横顔は喜びに溢れていて、非常に気分が高揚しているのが見て取れた。

 村の果樹園が焼失し、カザン近郊の果樹園でも不作が続いたことでフルーツの値段は高騰の一途を辿っているらしく、皮に傷が付いてしまったり十分に熟していない訳あり品のフルーツを時たま購入する程度だったようで、収穫前に行うフルーツ食べ放題の試食会を待ちわびて朝からこのようにご機嫌なのだ。


「随分と楽しみにしているんだな、試食会」


「勿論だとも。こんなに沢山のフルーツをお腹一杯食べられる機会なんて、今までなくてね。楽しみすぎて昨夜は目が冴えて中々眠れなかったほどなんだ。フローラ、早速摘み取りに行っても構わないかね?」


「ええ、好きなフルーツを思う存分好きなだけ取ってきていいわよ。というか、カレンは『目指せ、最高のモチモチ潤い美肌! そして私の大好きな苺さんはどこにいるの~!』って叫びながらとっくに果樹園の奥に特攻して行ったわよ」


 フライングで果樹の木々の中を縫うようにしながらフルーツ採集に向かったカレンの背中は既に遠くにあり、背中に背負った木籠は上下に激しく揺れていることから、彼女もかなりテンションが上がっているらしい。


「なっ!? 抜け駆けとは卑怯ではないか、カレン!」


「まあまあ、あんだけ沢山あるんだから、独り占めされることはないさ」


「そ、そうだな。私はゆっくりと自分の食べたい物を見定めさせてもらおう。では、いってくる」


「「いってらっしゃい」」


 何故か軽く敬礼してから果樹の林に向かって歩き出したゼルダのレモン色の髪を見遣りながら、俺とフローラも味見&収穫の旅に旅立つべく木籠を背中に背負う。


「それじゃあ、俺も行ってくるわ。『神々の花園』のフルーツなんて滅多に食う機会なんてなかったから、俺も結構楽しみにしてたしな」


「つまみ食いはNGだからね。後で、皆揃って食べるんだから」


「ああ、勿論だ」


 互いに「いってきます」と声を掛け合い、それぞれの持ち場に向かって散開しようと足を踏み出すが、


つや出しの液も塗っていないのにこれほどの光沢を持つ林檎があるとは! それにこっちの梨も非常に美味しそうだし、あっちの葡萄も捨てがたい。くっ、私は一体どれから口にすればっ……!?」


 と頬を緩めながら甘い誘惑に嬉しい悲鳴を上げるゼルダが、果樹園の入口付近から全然進めてない姿を見て、俺とこの果樹園の経営者である若草色の髪の少女はピタッと足を止める。


「……ねえ、もう一回言うけど、どうしてあの娘達はあんなに愛しいの? 凄く抱き締めたいんだけど」


「おい、落ち着け。俺も胸の中に溢れるなんかヤバい感情を抑えるのに精一杯だ」











 数時間ほど時間が経過し、俺達は果樹園の入口の脇に設置した樫材のテーブルの上に色鮮やかな戦利品の数々を広げていた。


「ねえねえ、もう食べていい? 収穫中はずっと生殺し状態だったの!」


「わ、私もできれば早く食してみたいのだが……」


 ウズウズとした表情で、目の前に広がる瑞々しく甘い光景にもう我慢できないという視線で訴えかけてくるカレンとゼルダに、俺とフローラは思わず笑みが零す。


「はいはい、分かったわ。好きなだけ食べなさい」


「よし! 私はまずこの真っ赤に熟した苺から!」


「では私は、こちらの葡萄を頂こう」


「じゃあ、俺はこの林檎にしようかな」


 それぞれ思い思いのフルーツに手を伸ばし、ゴクリ、と喉を鳴らした。

 まず最初に、真っ先に果樹園に突っ込んでいったカレンが、自分の髪の色と似た赤く熟した苺をゆっくりと口に運んだ。

 そして、へたのすぐ近くまで真っ赤に染まったそれを口内に含み、焦らずゆっくりと歯を立てると、感極まったように大きな歓声を上げた。


「なにこれ、すっごく甘い! 噛んだ瞬間に甘さたっぷりの果汁が口の中に溢れ出してきた!」


 腕を激しくブンブン振って、美味しさを全身で表現しようと興奮しているカレンは、一口で苺の虜になったようで、そこからは夢中で苺を頬張り始め、「う~ん、最高♡ こんなに甘みが詰まった苺なんて、食べるの初めてだわ!」、と口内に広がる芳醇な苺の甘さを含んだ果汁と歯触りの良い果肉に夢心地になっていた。

 指に苺を運ぶ手も一向に止まらず、次々と机の端に置かれたざるにツンッと上を向いて反り返ったへたが積み重なっていく。

 夢中で苺をモグモグ食べるカレンの食事風景に口元を綻ばせていたゼルダも、遅ればせながら紫色に染まった皮をギュッと指の腹で押して、皮の中からひょこっと顔を出した果肉を頬張る。


「おおっ! これは予想以上に瑞々しいものだな。こちらも果汁がたっぷりだ!」


 一粒一粒が大きい葡萄の実を一口ずつ口に運び、あっという間に1房完食してしまうような勢いで頬張るゼルダは、至福に満ちた息を吐く。


「酸味もそれほど強くなく、雑味の一切ない爽やかな甘さが口の中に広がっていく感覚が病みつきになりそうだ。そして……」


 机上に置かれた葡萄の山に手を伸ばし、たっぷりと実を付けた1房をもう一つに手元に持ってくると、ゼルダは丸く太った一粒を指で摘まみ、目元の高さまで持ち上げる。


「この肉厚の実が食べ応え抜群で、種も入っていないから食べやすいのも非常に良い」


「そうでしょう、そうでしょう。種有りの美味しい品種もこの果樹園にはあるけれど、種無しの食べやすさには敵わないのよね」


「ケーキ等の菓子には、この種無し葡萄が重宝されるかもしれないな」


「あら、良いわねそれ。サクサクの生地にあま~い果汁を含んだ葡萄をこれでもかと載せた葡萄のタルトとか、食べてみたいわ~」


 二人が果樹園で取れるフルーツを使ったお菓子やデザートについて談義し始めたのを眺めながら、俺も真っ赤に染まった皮が食欲をそそる林檎にそのままかじり付く。

 おお、齧った時はサクッと簡単に噛み切れて、噛んだ食感はシャキシャキとしていて、凄く食べやすいな。

 齧り付く度に口の中に溢れる、酸味と甘みのバランス程よい果汁の海が見事で、全体的に丸みのある優しい味わいで爽快感がある。

 このクオリティなら、多少割高の値段設定にしても十分売れる見込みはあるだろう。

 カレンとゼルダの反応も上々のようだし、今回の試食会は大成功だな。

 甘い真紅の雫を零しそうになり、アワアワと口元を布巾で慌てて拭うカレン。

 コロコロとした可愛らしい葡萄の粒を話の合間に口に運びながら、お菓子談義に花を咲かせるゼルダとフローラ。

 3人の少女達が木漏れ日の下で、自分達で摘み取ったフルーツを囲んで他愛無い話を続ける穏やかな光景に胸が暖かくなるのを感じながら、俺はもう一度甘美な泉を湛えた真紅の果実を齧った。

 

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