第6話 叡智の書庫の番人・ルイーゼ(女神暦1567年4月21日/『四葉の御旗』ギルドハウス)

「うむ、話は理解した。要は管理者殿の『スキルホルダー』スキルを再び自由に使えるよう、私に原因究明と問題の解決の助力を請いたいという訳だね?」


「ああ、その通りだ」


 異世界召喚されてからの経緯と、目下の課題である『スキルホルダー』スキルの操作不能状態の改善の打開策の提案をルイーゼに伝え終わると、彼女は指で片眼鏡モノクルの位置を調整し直し、こちらに自信に満ちた不敵な笑みを向ける。


「では、早速始めるとしよう。管理者殿、そこのベッドに腰掛けたまえ」


「了解。もし何も分からなかったとしても、ルイーゼを責める気は毛頭ないから気楽な気持ちでやってくれ」


「その気遣いは受け取っておくが、私には不要だよ。私の【神眼】スキルがどういうものかは、君も重々承知しているのではないかね?」


 一見すれば、己の身だしなみに無関心な文学少女という出で立ちの少女だが、彼女は俺の契約している『隷属者チェイン』の中では抜きん出た情報収集能力を持っている。

 畑の芋やカレンの簡単な情報を獲得する時に無意識的に使用した【鑑定】スキルは彼女の固有スキルだし、これから彼女が使用する【神眼】スキルは【鑑定】スキルの上位スキルという位置づけだ。

 アイテムや動植物等の情報収集に長けている反面、人間や亜人等に対しては簡易的な情報しか解析出来ない【鑑定】スキルよりも性能は優秀で、建築物の間取りや、アイテムの製作者の情報や製造の経緯、個人の身体・精神状態から詳細なプロフィールまで丸裸にしてしまうチートスキルだ(使用者の負担が大きく、一日に一度しか使用できないのがネックなため、俺は【鑑定】スキルを多用することが多かったが)。

 コンプライアンスや個人情報保護等の観点から、『ブレイブ・クロニクル』では特定のNPCや遺跡系ダンジョンでの考古学的調査等への使用程度しか認められていなかったが、運営の手も届かない異世界ならそういった制限は取り払われている可能も高いと考えたのだが、これでダメなら打つ手なしと言う他ないだろう。

 ルイーゼの指示通りにベッドの端に腰を下ろし、背を曲げてこちらを覗き込むルイーゼの黒曜石のような澄んだ瞳にドキマギしつつも、軽く頭を下げる。


「それじゃあ、頼む」


「任せ給え。その代わり、対価として異世界の書物や文献を私に献上するのだぞ。フローラの作った野菜や果物をカザンとやらで売り捌いた後で、書店をチェックしておいてくれ給え」


「ああ、俺もこの世界の本には興味があるから全然問題ないぞ。なんなら一緒に行くか?」


「誘ってくれるのはありがたいが、今回は丁重に辞退させて頂こう。【神眼】スキルを使うと、体が鉛のようになってダルくて仕方がない。とても外出する気分にはなれないのでね」


「残念だが、分かったよ。悪いな、色々と負担を掛けてちまって」


「問題ない。私達は管理者殿の『隷属者チェイン』なのだ。仕える主の命に従うのは当然のことだと思うのだが?」


「俺は皆と契約を結んではいるけど、こっちが一方的に命令するような主従関係じみた関係性は嫌なんだよ」


「ふん、相も変わらず物好きで甘い性格は健在らしい。では、視させてもらうぞ」


 その瞬間、片眼鏡を掛けたルイーゼの左目に召喚時に展開された魔法陣と同様の紋様が映し出され、その超常の力を宿した眼で、こちらの頭から足元に至る体の隅々までを蛇が這うように視線を行き来させる。

 体感的には1分程経った頃だろうか、ルイーゼの瞳に宿っていた魔法陣も消失し、普段通りの黒く澄んだ瞳に戻り、一仕事やり終えた彼女はぐったりとやつれた表情で、ポフッとベッドにうつ伏せに沈み込んだ。


「はあ~、非常に疲れた。命に従うとは言ったが、やはり労働なんぞよりも本を読んでいる方がよっぽど有意義だと痛感するよ」


「はいはい、お疲れ様。珈琲は生憎ここにはないけれど、水でも飲みなさい」


 ベッド脇のサイドテーブルの上に置かれた真鍮製の水差しにフローラが手を伸ばし、備え付けられていたマグカップに冷水を注いで、疲労困憊ひろうこんばい状態のルイーゼの手に握らせる。

 億劫そうに顔を上げ、受け取ったマグカップの中身をゴクゴクと飲み干すと、「感謝する」と短く答えて器をテーブルの上に置き直した。

 そして彼女の顔色がある程度回復した頃合いを見計らって、俺は労うように声をかける。


「ありがとう、ルイーゼ。体調は大丈夫か?」


「も、問題ない。まだ若干の疲労は残っているが、解析結果を述べる程度の余力は十分ある」


「そ、そうか。なら早速で悪いが、結果を聞かせてくれ」


「いいだろう。単刀直入に言えば、『スキルホルダー』と、召喚士固有のもう一つのスキルである『魔装化ユニゾン・タクト』は現在は使用可能状態になっている」


「なっ!? そんな馬鹿な!? ウィンドウ出そうと試してみたけどうんともすんともしなかったぞ!」


 指が虚しく空を切るばかりで、この世界では『スキルホルダー』の調整は不可能だと断言しそうになったが、それが今は調節可能というのはどういうことなのか(ちなみに『魔装化ユニゾン・タクト』は召喚士自身が直接戦闘に参加するための特殊スキルなのだが、これは異世界に来てから試す機会に遭遇しなかったので異世界に来てからは確認していなかった)

 こちらの半信半疑といった態度にルイーゼは眉をひそめて鼻を鳴らし、「ふんっ、疑うならこの場でもう一度試してみ給え」と挑戦的な視線を向けてくる。


「わ、分かったよ。分析を依頼したのは俺だし、その結果にいちゃもんを付けるのも失礼だしな」


「理解しているなら構わない。早く実践してくれ給え」


「おう、じゃあいくぞ。『スキルホルダー』!」


 俺は指を虚しく空を切る物悲しい感覚を思い出しながらも、思い切って虚空に指を振るう。

 すると、宙にスキル名が記載された5つのウィンドウが表示された。


「おおっ! スゲー、マジで出たぞ!」


 見慣れたウィンドウが展開され、皆が寝静まった深夜であることを忘れて思わず歓声を上げてしまう。

 【鑑定】スキルもしっかりとセットされてる! これでスキル調整が異世界でもできる!

 『スキルホルダー』にセットするスキルの組み合わせ次第で、ダンジョン攻略や魔物と交戦する時に役立つ戦闘職や、野菜や果物、薬草等を育てる栽培士や武具の開発等に特化した鍛冶師等、幅広い職業の仕事ができるようになる。

 そしてそれは、このアルトの村を再興させていく上で、この上ないほど強力な武器になる筈だ。

 少なくとも、同じ年頃の女の子達に養われるヒモ生活からは脱却できそうだ!)

 感涙の涙でむせび泣きそうになるほど胸中は喜びで満たされているが、重要な疑問が残っていることに思い至る。


「そういえば、どうして今は『スキルホルダー』が使えるんだ?」


「管理者殿をこの世界に|誘(いざな)った魔法陣の呪詛が微弱ながら希釈されたからだよ」


「呪詛? 精神異常系のバッドステータス系の効果を持ってる特殊な魔法や呪いのことか?」


「細かく言えば異なるが、概ねその理解で正しい」


(おいおい、あの魔法陣ってそんな物騒なもんだったのか!?)


 自分をこの異世界に召喚した物にそんな仕掛けが施してあったのかと背筋が寒くなるが、こちらの怯えを孕んだ顔色を見たルイーゼは、やれやれといった面持ちで口を開く。


「実際にこの目で検分していない以上明言は避けるが、その遺跡に存在した魔法陣は召喚した者のあらゆる能力を弱体化させて封印させる機能が備わっていると推測しているがね」


「どんな意図があってそんなマイナス要素しかない機能を?」


「そんなことは分からんよ。ただ個人的な意見として言わせて貰えれば、召喚した異世界の人間を生け捕りにするためとも考えられる。まあ、どっちにしろその魔法陣を作った者は善人ではないことだけは間違いないだろうね」


「……生け捕りか。でも、どうしてそんな気色悪い呪いみたいなのがあったのに、俺はスキルが使えない程度で済んでるんだろう?」


 この世界に来てからは混乱することばかり続いているが、体の不調といった身体の異常は一切起きていないのだが……。


「本来であれば、管理者殿は召喚された時点で四肢もまとも動かせないまな板の鯉だった筈だが、呪いの効果を極限まで希薄にさせた要因がある」


「それは?」


「管理者殿が『スキルホルダー』にセットしたまま放置していた【呪詛耐性】スキルだよ」


「っ!? そうか、あらゆる状態異常系のスキルや魔法系の効果を無効化できる【呪詛耐性】スキルを『スキルホルダー』にセットしていたから、強力な呪いの効果も大分軽減されたのか」


「その通りだよ。【呪詛耐性】スキルの効果で『スキルホルダー』と『魔装化ユニゾン・タクト』の力は失われずに済んだと私は推察している。前の世界とこの世界では、空気中に含まれる魔力の量にも随分と差異があるようだから、管理者殿はそれに体が慣れるまでに時間が掛かっていたという訳さ」


 どうやら俺のスキル関連の不具合は、この世界に体が適応し切っていなかったということらしい。

 『スキルホルダー』には、【呪詛耐性】スキルの文字が表示されているが、コイツのおかげで俺は満身創痍の状態で異世界デビューせずに済んだという訳だ。

 ホッと安堵の息を漏らすと、気だるげにベッド上で横になりながら、暇潰しなのか既に寝落ちして顔をカクンカクンと上下に揺らしているフローラの、花びらを模したフリフリレースのミニスカートの花びら部分を摘まんで遊んでいるルイーゼの頭にそっと撫でた。


「本当にありがとう、ルイーゼ。お前のおかげで、かなり精神的に楽になったぜ!」


「私の【神眼】スキルを以てすればこの程度は造作ないことだ。アイテムストレージの機能も回復しているようだから、中に収納されているアイテム類も問題なく取り出せるだろう。所持金もこちらの世界の通貨に変化しているようだから、日々の生活に困窮することはないと思うがね」


「マジで!? もうお前最高じゃん! もう俺、カザン中の書店の本大量に買い占めてくるわ!」


 アイテムストレージには、『ブレイブ・クロニクル』サービス開始時からコツコツと蒐集してきた様々なアイテムや装備がたんまりと溜め込んである。

 それらを取り出せば装備もレアドロップ品の最高装備に一新できるし、億単位で貯蓄していた金も使用できるのなら、アルトの村の再興資金に充てることもできるだろう。

 まるで、光明の光が何筋も差し込んでくる感覚が全身を駆け回ってくるようだ。


「アイテムや金銭の問題も解決して、召喚士としてのスキルも全て使えるなら、異世界でもなんとかやっていける希望が泉のように湧き上がってくるな!」


 テンションが上がり過ぎて勝鬨かちどきの声を上げそうになるが、別室で就寝しているだろうカレン達に配慮し、片腕の拳をガっと胸の前で力強く握り込む程度に留めておく。

 危ない、危ない。嬉しすぎる気持ちが溢れてくるのは止められないが、ある程度自重しなければ。

 そう脳内で呟きながらルイーゼの頭を撫でていると、若干ウザそうにしていたルイーゼがばつが悪そうに顔を背ける。


「どうした、フローラ?」


「いや、少し言いにくいことがあるのだがね……」


「今日はお前に世話になりっぱなしなんだから、何でも言ってくれていいんだぞ?」


「では言わせてもらうが、管理者殿の『隷属者チェイン』の召喚能力も【呪詛耐性】スキルで保護されていたから、召喚自体は可能な状態にある」


「ああ、『|隷属者(チェイン)』の召喚に関しては一度も失敗しなかったな」


「『スキルホルダー』や『魔装化ユニゾン・タクト』は召喚士のスキルの中ではサブスキル扱いだそうだから、メインスキルである『召喚』の力は最優先で保護されたのだろうね。今後も『|隷属者(チェイン)』の召喚は可能だと断言しよう。ただ、【呪詛耐性】スキルでも防ぎ切ることができなかったのか、ある弊害が発生している」


 そこで言葉を濁し、一呼吸置いてから、ルイーゼが神妙な顔で重い口を開いた。



「管理者殿の契約した『隷属者チェイン』の中で、現状召喚可能なのは私とフローラ、そして【呪詛耐性】スキルの持ち主であるセレス殿の3人だけのようだ。他の『隷属者チェイン』を解放するには、ある物を見つけ出さなければならない。それは……」

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