第5話 【植物再生】スキル(女神暦1567年4月20日/アルトの村中央広場近くの畑前)

「そこのお二人さん、出会って早々中座しちゃってごめんなさいね」


「置いてけぼりみたいな感じにしてしまって、すまなかったな」


 状況整理とリース関連の問題も話し終えた俺とフローラは、完全に放置状態にしてしまったカレン達にペコリと頭を下げて謝罪する。

 二人は術者による召喚魔法の発動を生で見たことは初めてだったのに、召喚後に大した説明もしないまま数分間放りっぱなしにしてしまった。

 フローラに関しては、ほとんど俺の道連れ同然で異世界に来てしまったと言っても過言でもないし、今は畑の芋の生育不良の原因特定を依頼してそちらに専念することを了承してくれたので表面上は落ち着いてはいるが、リースのこともあるし精神面でのアフターケアも追々していくべきだろう。


「ううん、全然大丈夫だったよ。アレンもフローラも大切な人とこの世界で再会できたんだから、話し込んじゃうのは当然じゃない」


「ああ、私もカレンと同意見だ。積もる話もある中、私達の困りごとに巻き込んでしまってすまないな」


 無垢な笑顔を浮かべ、「私もフローラちゃんとお話したいし、アレン、後で交代してね」と無自覚に上目遣いで頼み込んでくるカレンと、「今では伝承上の存在と化した召喚士への最初の依頼が、畑の芋の成長具合のチェックという締まりのない内容で済まないな」と逆に申し訳なさそうに軽く頭を下げるゼルダを前に、


「……ねえ、この達、めちゃくちゃ良い娘なんだけど。抱き締めていい? 愛でまくっていい?」


「さっきまで浮気がどうこう言っていた奴の言葉とは思えんが、その気持ちはスゲー分かるよ。セクハラになるから、やらんけど」


 異世界最初の寝床が牢獄の固く冷たい寝台とか、絶対嫌だ。

 唐突に異世界に喚び出され、親しかった友人との別離を迎えることになってアンニュイな気分になっていただろうフローラも出会って早々にこの二人の少女のことが大層気に入ったようで、表情にも喜悦が滲んでいる。


「ふふん、私に任せておけば問題ないから、大船に乗ったつもりでいてくれて結構よ。早速だけど、畑の野菜を見せてくれるかしら?」


「うん、よろしくお願いするね。フローラちゃんはお野菜とかに詳しいの?」


「私は、あらゆる植物が自生すると言われていた『神々の花園』の中心にそびえる樹齢5000年以上の大神木に宿っていた樹精霊ドリアードよ。流石に異世界の植物は初見だけど、数百万種を超える植物の生態や生育の改善方法も熟知しているから、多分大丈夫だと思うわ」


樹精霊ドリアード!? 私、精霊に会うのなんて初めて!」


「そうなの? この世界には樹精霊ドリアードはいないのかしら?」


「いないことはないが、人間が暮らす場所とは隔絶された森の奥地や辺境に隠れ住んでいて、世俗とは距離を置いている者が多いらしい。私も精霊の類を目にするのは初めてだな」


「ふぅん、随分と閉鎖的なのね。まあ、私もどこかの物好きな二人が来なきゃ、外の世界に踏み出すことなんて思いもしなかっただろうけど。それじゃあ、チャチャっと始めますか」


 フローラは、茶褐色に変色し力なく項垂れるように葉を垂らしている芋の前に立つと、その場にゆっくりと屈みこむ。

 すると、小さな音量で何やら一言二言言葉を芋の前で呟き、その後おもむろに両手の掌を葉の前にかざし始めると、掌全体に若草色の光が包み込むように広がっていく。

 そしてその手で萎びた葉に触れた瞬間、先程まで弱り切った葉と茎がみるみるうちに生気に溢れた緑色に色合いが変化していき、瞬きする間もなく瑞々しく葉を茂らせた新鮮な姿に一新されてしまった。


「相変わらず見事なもんだな、フローラの【植物再生】スキルは」


「当然でしょ。私は『神々の花園』の管理者で、病気に罹った草花や樹木の世話だってしてたんだから。こんなの朝飯前よ。というか、アレンも『スキルホルダー』に私のスキルをセットすれば、わざわざ私を召喚する手間が省けたんじゃないの?」


「それが『スキルホルダー』のセットウィンドウが出せないんだよ。【鑑定】スキルはセットしっぱなしだったから使えたけど」


「ふ~ん、なんか面倒臭いことになってるのね。まあ、私が召喚可能な以上こういった仕事ならいつでも頼みなさい」


 たった今衰弱していた植物を一瞬で健康体に治療してしまった眼前の少女の契約者である俺でも、完全に枯れ果てていなければどんな植物でも再生してしまうこのチートスキルには舌を巻かされる。

 そして当然ながら、目の前で行われた神技めいた能力の成果を垣間見た二人は目を見開いて驚嘆していた。


「す、凄過ぎて何がどうなったのか分からないけれど、これで芋の収穫も問題ないってことなんだよね?」


「お、恐らくだが、問題ないのだろう。だが、こうも一瞬で私達の悩みの種を解決してしまうとは」


「土壌に悪性の微生物がいたみたい。この子達が色々教えてくれたから、すぐに分かったわ」


 フローラは青々とした葉を茂らせる芋達に視線を向ける。


「えっ!? フローラちゃんは植物とお話できるの!?」


「ええ、できるわよ。会話で原因も特定できたから、後は微生物に対する抵抗力をかなり底上げしておいたから生育に関しては改善されると思うわ。だけど、念のために使う肥料の変更をオススメするわね。今使っている物は品質管理のなってない粗悪品って断言するわ」


「了解した。肥料の購入先は別の店を当たることにしよう。本当に世話になった。何かお礼をさせてくれないだろうか?」


 冷静沈着な美人といった印象が強いゼルダだが、無邪気な喜色を溢れさせていて、フローラの手を握って何度も礼の言葉を述べていた。

 全力で感謝の気持ちをストレートに表現するゼルダの姿に最初は面食らって戸惑っていたフローラも、何かを思い付いたのか嬉々とした声で、「どんなことでも言ってくれ」と迫るゼルダに満面の笑みで返答した。


「それじゃあ、一つお願いがあるのだけれど、よろしいかしら?」







 夜のとばりが下りた深夜。

 鎧戸を通してくぐもった感じになった夜行性の虫や鳥の鳴き声が微かに聞こえる中、本日のMVPであるフローラの肩を揉み解しながら俺は疲労の滲んだ声を漏らした。


「それにしても、こんな夜遅くになるまで村中の畑に『神々の花園』産の野菜や果樹の種子を植えまくるとは想定外だった」


「いいじゃない別に。カレンもゼルダも喜んでたし」


 中央広場側の畑の芋の生育状態を一瞬で解決したフローラが提案したお願いは、村中の畑や果樹園跡に自分が生まれ育った場所で自生していた野菜や果物を栽培したいというものだった。

 最初はその提案に、「それでは私達が再び村の農業事情の改善に首をつっこませてしまうのでは……」と懸念の声を上げたゼルダ達だったが、俺からも是非やらせてほしいと懇願したことで折れてもらうことができた。

 アルトの村はゼルダとカレンしか生活していないため、何もかもにおいて圧倒的な人材不足を抱えている。

 実際、広場近辺以外の畑や果樹園も見て回ったが、雑草で荒れ放題になっていたり、炭のような状態で横たわる果樹だらけでほとんど手付かずの状態だった。

 ゼルダとカレンにもフローラが提供した多種多様な種子を渡し、今日は一日中手分けして数百個以上の種子を植え続けた(ちなみにフローラが調子に乗ってドバドバ魔力を種子に注ぎ込んでいたので、早朝を迎える頃には野菜も果物も結実しているらしい)。

 今は遅めの夕食を終えて、ゼルダとカレンが居住するかつての村長宅(現在はギルドハウスも兼ねているらしい)の一室を借り受けてそこで小休止を取っている。


「まあな。『神々の花園』の野菜や果物なんて、オークションに出品すれば1個数十万で競り落とされる超高級品だしな。味の保証は折り紙付きだし、値段は抑えめにしてアルトの名産品として近場の町で売り出せば、多少の経済効果ぐらいは出るかもしれないと思ったんだ」


「ご当地ブランドってやつ? 私はお金とか贅沢な生活とかには興味ないけれど、私が作った物が色々な人達の家の食卓を飾っている光景を想像してみると中々気分が良いわね」


「ああ。朝になったら朝食代わりに試食会をすることになったから、そこで評判が良ければカザンっていう都市で売ってくる予定だ」


「上手くいくと良いわね。それよりアレンは、『スキルホルダー』のことをどうにかするのが最優先でしょ。スキルの交換ができないと、これから何かと不便じゃない?」


 フローラの指摘は、全くその通りだというしかない。

 【鑑定】スキルと今日は使用しなかった4つのスキルしか発動可能なものがない現状は、どうにも歯がゆさを禁じ得ない。

 この問題は尚早に解決しなければならないだろう。

 そして、それに関してはある秘策というか、もう【鑑定】スキルの本来の所有者である『彼女』に泣きつくしかないと考えている。


「……ルイーゼを召喚する」


 その言葉にフローラは苦虫を嚙み潰したような苦々しい表情を浮かべるが、はあぁと嘆息し、


「あの本の虫か……。年がら年中本ばっか読んでいて、活字がないと禁断症状を起こしそうなあの娘は少し苦手だけど、まあ私達『隷属者チェイン』の中ではあの娘以上に博識な面子もいないし、適任かしらね」


「こんな夜分に召喚するのは気が進まないが、アイツは結構人見知りするタイプだから、ゼルダとカレンと会ってもらう前に色々と状況説明もした方がいいと思うんだけど、どう思う?」


「別にいいんじゃない? あの娘夜型だから、多分今も起きてるだろうと思うわよ」


「じゃあ決まりだな」


 俺は座り込んでいたベッドから下りると、フローラを召喚した時と同様に神経を集中させる。

 『隷属者チェイン』召喚の際の文言は全員分暗記している。落ち着いてやれば大丈夫な筈だ。


「叡智の書庫の番人、全てを見通す眼を持つ者よ! 我が喚び声に応え、その姿を現せ! ルイーゼ!」


 文言を唱え終わると同時に、それほど広くない室内に古ぼけた年代物の書物を想起させるような黄褐色の魔法陣が展開される。

 フローラの魔法陣の中央には満開の花が描かれていたが、今眼前で広がる魔法陣の中央には大判のハードカバーの書物が一冊描かれている。十字を描くように巻き付く鎖とそれらが表紙の中央部分にある小ぶりな錠前に連結していて、まるで呪法を記した禁術書のようなそれと、魔法陣の外周近くにまで綴られた判読不能の古代文字の羅列が見る者の目を釘付けにする。

 だが、魔法陣が十分展開した後に、その中央から黒髪を背中の半ばまで野暮ったく伸ばしっぱなしにした少女が姿を現す。

 外に広がる夜をそのまま凝縮したような漆黒の髪と瞳が特徴的で、左目の方には片眼鏡モノクルを掛けている。

 薄手の白いシャツの上に黄褐色のブレザーを着込み、しわだらけでよれよれのタイも曲がっていて、ロング丈の黒一色のスカートとニ―ソックスには何ヵ所かほつれも見受けられる。

 パンプスには目立った傷は見当たらなかったが、全体的にズボラというか他人の目を全く異に関していない性格なのかなという第一印象を受ける風体なのは間違いなかった。


 また自分の書庫に籠もりっきりになっていたな。

 俺は自分の姿に無頓着なこの少女の平常運転さに嘆息するが、彼女こそが『スキルホルダー』問題を解決する最大の糸口だ。

 本来なら姿見を見せて、自分で衣服や髪の乱れを整えさせ、着替えも促すところだが、今は苦言はグッと飲み込もう。


「悪いな、こんな夜遅くにわざわざ喚び出して。読書中だったのか?」


「その通りだよ、管理者殿。つい先程までリースに半ば強引に薦められた新作の推理小説をコーヒー片手に読み進めていたところだったのだがね。まさか、こんな非常識な時間に喚び出されるとは思わなかった」


 苦すぎるコーヒーを飲み干した直後のように顔をしかめながら、透き通るように澄んだ声で不満を口にするルイーゼはこちらにイラっとした一瞥を向けるが、壁に背中をもたれさせていたベッド上のフローラを視界に入れると、不機嫌さに拍車が掛かったかのように冷ややかな口調で口を開く。


「なんだ、君もいたのかフローラ」


「ええ、見ての通りよ。貴女も相変わらず私に手厳しい態度を崩さないわよね。昔はもう少しソフトな感じだったと思うのだけれど」


「貸した本の返却期限を余裕で過ぎ、現在進行形で延滞期間を更新し続ける君に敬意を表する必要性を感じないだけだ。さっさと、私が貸した本を返したまえよ」


「うっ、それについては返す言葉もないわ。返却期限をついうっかり忘れちゃうこともあるから、本の持ち主である貴女が憤るのも当然のことよ。でも一応言わせてもらうけど、私が返しに行くといつも書庫に籠って蔵書整理や読書三昧に興じていて、呼び鈴鳴らしまくっても全然出てこない貴女にも非があるんだからね!」


「むっ、返却しには来ていたのか。次回からは返却ボックスの設置も検討すべきか……」


「おーい、歓談中悪いんだが、こっちの事情も聞いてくれないか?」


 話が一向に進む気配を感じなかったので思わず横から口を挟む。


「なんだね、管理者殿。私は今後の貸出本の返却システムについて熟考中なのだが」


「申し訳ないがそいつは後に回してくれ。それよりも面白い話がある」


「面白い話? 悪いが世界中の本のほぼ全てを読み尽くした私は大抵のことでは興味を引かれないのだが……」


「ここは異世界で、ルイーゼが読んだことのない書物や物語で溢れ返ってるって話なんだけど」


「おいなんだそれは詳しく聞かせ給え」


 一瞬でガッツリ食い付いてきた文学少女に胸倉をガっと掴まれながら、俺もニヤッと笑みを返す。


「その代わりに、俺のお願いごとも聞き届けてもらうからな、ルイーゼ」


「無論だ。私は約束を反故にするような無礼な真似はせんよ。で、肝心の願いとやらは何かね?」


「ああ、実はな……」

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