第4話 豊穣の樹精霊・フローラ(女神暦1567年4月20日/アルトの村中央広場近くの畑前)

 異世界に来て初めての『隷属者チェイン』の召喚。

 いつもなら当たり前に行ってきたその行為だが、今は一抹の不安が胸にジワリと広がっているのを感じる。

 カレンとゼルダには、一応俺から少し離れた位置で見守ってもらっている。

 召喚の際に周囲に被害が出るようなトラブルは『ブレイブ・クロニクル』では一切起きなかったが、この世界でもそれが共通している確証がなかったため、杞憂だとは思うが俺の近くにはいない方が安全だと判断した。

 遺跡で偶発的に異世界召喚の魔法陣を起動させたカレンだが、自分で魔法を発動させたという手応えを全く感じていないらしく、召喚魔法を己の意思で発動できるアレンの一挙手一投足を見逃すまいとこちらを見詰める姿はどこか可愛らしかった。

 一方、「危険だと感じたらすぐに中止してくれ」と何度もこちらに念押ししていたゼルダは、落ち着きがない。

 表情には好奇心も浮かんでいるものの、こちらの身を案じる心配の方が勝っているようだった。

 それぞれ反応に差異はあるが、二人が俺のことを大切に思ってくれていることはとても伝わってきた。

 ……こりゃ、是が非でも成功させないと格好つかねえな。


「じゃあ、今から召喚を始めるぞ!」


「うん! 頑張ってね、アレン!」


「発動中に危険を感じればすぐに止めに入るから、魔法の発動に集中してくれて問題ないぞ」


 二人の励ましを受けて、思わず口元が綻ぶ。

 『ブレイブ・クロニクル』では『隷属者チェイン』の召喚の際に簡単な文言を唱えてMPを消費したが、異世界であるこちらでは魔力っぽいものを燃料に魔法の行使を行うのだろうか? という疑問もある。

 だが魔力なんてものがこの体に備わっているのかも不明だ。

 そんな不安もあるが、今回はいつも通り召喚詠唱を使った形式で行おう。


「大樹の守護者にて豊穣の女神よ。我が喚び声に応え、その身を現せ! 顕現せよ、フローラ!」


 その瞬間、地面に若草色の魔法陣が展開した。

 中央に大輪の花が秀麗に咲き誇る紋様が刻まれおり、魔法陣の端々からは桃色や赤色、すみれ色等、様々な鮮やかな色彩の花々が芽吹いてきて、豪華絢爛に多種多様の花が咲き誇るその姿は百花絢爛と称するに相応しいものだった。


「わあ、凄く綺麗だよ!」


「なんと美しい……」


 突如目の前に出現した魔法陣の美麗さに歓声を上げるカレンと息を飲むゼルダを視界の端に入れながら、アレンは内心では狂喜乱舞していた。

 よし、問題なしだ! この世界でも俺は召喚士として生きられる!

 二人の少女がいなければ衆目を気にせず叫び出していたかもしれない程の歓喜と安堵で胸が満たされる。

 それと同時に体の奥底から何かが魔法陣の方へ流れ込むような奇妙な脱力感を僅かに感じる。

 どうやら魔法陣を生み出した事で、俺の中にある魔力かMP的な何かが消費されているようだ。

 これで自分にも魔力のような力が備わっている事も確認できた。

 魔法陣の展開は順調そのもので、この派手で色鮮やかな召喚演出は『ブレイブ・クロニクル』にいた時と変わらない『彼女』がその姿を現す際のものと全て合致している。

 そう確証したと同時に、魔法陣の中央から美しい若草色の長髪をたなびかせた美しい少女が顕現した。

 魔法陣の色合いと同じ艶のある髪を腰元まで伸ばし、頭には桜色の宝石をめ込んだ花々の精緻な装飾が施されたティアラを戴いている。

 服装は上下に別れたセパレートタイプで、若草色を基調とした胸元の服とミニスカートには花びらを模したフリルがふんだんにあしらわれており、肩口と整った脚線美を大胆に露出している。


「わあ、とっても綺麗な女の子が出てきた! ねえ、アレン! 私達もうそっちに行ってもいい?」


「ああ、大丈夫だ。ちゃんと紹介するよ」


 ワクワクした表情で歩み寄ってくるカレンに相好を崩しつつも、二人も興味津々といった様子で魔法陣から出現した少女の前に立つ。

 だが、肝心の少女は何故か寝ぼけ眼といった様子で、目元をゴシゴシとこすった後、「ふわぁぁぁ~」と片手で大きな欠伸を隠しながら、胡乱うろんげな声を漏らす。


「どうしたの、アレン? またリースのお尻に敷かれながらダンジョン探索でもするの?」


「昼寝中に起こしてすまないな、フローラ。あと、俺はリースの尻に敷かれてなんかないからな、断じて!」


「まあ、リースに色々とドロップアイテムを恵んでもらってうだつが上がらない私の主様は別にいいとして、私はどんな用件で呼ばれたの?」


「それについては詳しく説明するが、まずは紹介したい人達がいるんだ」


「紹介? リース以外友達ゼロのアレンが私に紹介したい人なんて存在するの?」


 ……コイツが腹の中で俺をどう評価していたのかがよく分かったが、今はそのことに苦言を呈すのはやめておこう。話が進まない。

 俺は軽く咳払いをした後、先程のこちらのやり取りに少し目を白黒させて呆気にとられていた二人の少女を指し示すと、フローラは今まで自分達以外の人間がいたことに漸く気が付いたようで、「あら、結構可愛い娘達じゃない」と興味深そうな視線を向け始めた。


「はじめまして、私はカレン。アレンの友達って言えばいいのかな? 言っていいのかな?」


「私はゼルダだ。訳あってアレンをこの村に招待した者だ。よろしく頼む」


「あら、ご丁寧にありがとう。私の名前はフローラ。アレンの『隷属者チェイン』よ」


 友好的な微笑みを向けるカレン達が差し伸べる手をそれぞれ握り返したフローラだが、ジィィィィー、という擬音が聞こえてきそうな程二人の少女の顔を穴が開くほど見詰め始める。


「ええと、どうしたの?」


「我々の顔に何か付いているのか?」


 案の定、二人は困惑げだ。

 互いに顔を見合わせて、(私達何か失礼なことでもした?)と目配せしている。

 堪らず口を挟む。


「おいフローラ。一体どうし……」


「アレン、ちょっと来て」


 ニコッと朗らかな笑みを浮かべ、頭に疑問符を浮かべるカレン達に軽く会釈したフローラは、俺の背中をグイグイと押してキョトンとする二人から少し離れた位置まで移動させてきた。

 そしてこちらに何故か神妙な顔つきで向き直ってくる。


「ねえ、アレン。これはどういうことなの?」


「ど、どういうことって何が?」


「あんなに可愛い女の子を2人を侍らせてることよ! いつ陥落させたの!?」


「はあぁぁあ!? あの二人は別にそんなんじゃねえよ! というか声デカい!」


 慌てて若草の少女の口元を押さえ、チラリと何やらとんでもない誤解をしている『隷属者チェイン』の背後をおっかなびっくり見遣るが、


「フローラちゃんって凄く綺麗な|娘(こ)だね! ゼルダもああいう格好したら似合うと思うよ」


「いや、私はあまり露出が多い服は、その、あれだ……恥ずかしすぎて死ぬ」


 よしセーフ! 頬を赤く染めながらモジモジするゼルダが可愛いことしか確認できない!

 とりあえず声の音量を下げて話すよう小声で眼前の少女に伝えると、フローラもこちらが二人の少女にあまりこの話題を聞かせたいない意図を汲み取ってくれたようで、少し訝しげに目を細めながらも頷いてくれた。


「いいか、あの二人は……」


 俺は城塞都市でリースといつも通り他愛無い雑談を終え、彼女と別れてからの経緯をかいつまんで説明する。

 はっきり言って、こちらも想定外のことばかり発生していて脳内を完全に整理できている訳ではないため、理路整然で簡潔明瞭な状況説明が行えたと言えなかったが、説明が進むうちにフローラはばつが悪そうに視線を下げて、ペコリと申し訳なさそうに頭を下げた。


「ここが私達がいた世界とは違う異世界で、私の契約者がリースという者がいながら他の女の子と浮気していたと誤解しちゃっていたのは理解したわ。疑ってしまって、ごめんなさい」


「そ、そうか。なら、いいんだけど。というか、なんでリースの名前が出てくるんだ?」


「……リースには同情するわ。肝心の相手がこれだもんねえ」


「? まあいいや。それにしても、異世界に召喚されたって聞かされた割りには、リアクション薄いな」


 俺はこの世界が『ブレイブ・クロニクル』とは異なる場所だと悟った時は息が詰まりそうになったが、説明を受けてもあっけらかんとした表情を浮かべるフローラにはそういった動揺や寂寥感といった感情が希薄な印象を受ける。


「そりゃビックリしてはいるけれど、唐突に異世界って言われてもあんまり実感湧かないし。私の中にある魔力とかも問題ない感じだから、生活面や戦闘面にもそんなに影響しない感じだしね。別段不自由はしないと思う。ただ……」


 そこで一度言葉を区切り、絢爛な花の衣装に身を包んだ少女は、


「リースに会えないのは、正直なところ結構キツイわね」


 一瞬だけ儚げな笑みを見せ、名残惜しそうにそう言葉を継いだ。

 フローラは、『隷属者チェイン』の中でもリースとかなり親密で馬も合ってたからなあ。やっぱり、寂しいって気持ちはあるか……。


 だが、それも見間違いだったと思う程の僅かな時間で、すぐさま本来の快活そうな笑顔に戻ると、バンバンと力強くこちらの肩を叩いてくる。


「まあ、どこにいようとも変わらないことはあるわ」


「? 何だよ、それ?」


「私達『隷属者チェイン」は絶対に貴方を見捨てたりなんてしないってこと」


「っ! ふっ、それなら一安心だな。フローラや皆がいてくれるなら、どんな敵が来ても負ける気がしねえ」


「ふふっ、勿論よ。じゃあ、問題の芋とやらを拝見させてもらいましょうか。あの娘達も随分待たせちゃったし、それも謝らないと」


 色鮮やかな色彩のフリルをヒラヒラと揺らしながら、律儀にこちらの話が終わるのを待っていてくれていた二人の少女の元へ駆け寄っていく花の少女の背中を見送りながら、俺もゆっくりと後を追う。

 まだ分からないことだらけだけど、やれることからやっていかないとな。

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