第3話 アルトの村(女神暦1567年4月20日/アルトの村中央広場)

 ほとんど焼け落ちて本来の仕事を成すことが出来なくった村を囲う木柵。

 石造りの建築物以外はほぼ全て焼け落ちた民家や集会所等の公共施設。

 日々の食卓を彩る肉や卵を得るための家畜がかつていたのであろう、無残に打ち壊された鶏舎や牛舎。

 人々の憩いの場だった広場の各所に残るおびただしい量の血痕。

 やせ細った土壌から顔を出す、枯れ果てて水分を失ってミイラのようになった野菜とそれを覆い隠すように根を張る茶色い雑草の群れ。

 森を抜けた先の平原にポツンと忘れ去られたように姿を現したアルトの村は、一目で分かる程過去にここで起きた凄惨な事件の爪痕と、濃厚な死の匂いを周囲に漂わせていた。

 森の中や平原を歩いている時は笑顔を浮かべていたカレンとゼルダも、村の全容が十分に視界に映る程近づいた時にはチラチラとこちらの顔色を横目で窺うような仕草が目立つようになった。

 今この時も、破壊された噴水が鎮座する中央広場のど真ん中に立ち、人間の生活の営みがかき消された村の惨状を目に焼き付けているアレンに少し恐々とした声音の声で問いかけてきた。


「どうだろうか、アレン。招いた私が言うのもアレだが、私の村は半年程前に旧王権の兵士達にとある理由で滅ぼされてな」


「ゼルダは、その時は無事だったのか……?」


「ああ、私はこの村の出身ではあるが、国軍の襲撃があった頃には村を出て別の町にいたからな」


「……そうか。村の人達はその……」


「赤子から老人に至るまで一人残らず殺された。村民達も野盗や魔物の襲撃に備えた簡素な武器や設備は用意してはいたが、その程度の装備では突発的な一国の軍隊の大規模な粛清の前には無力だったのだろう。凶報を聞き付けて早馬を走らせて到着した時には全てが終わった後だったよ」


 そう言ったゼルダの表情にはまだ癒えない様々な辛い想いが色濃く残っていたが、どこか達観したような落ち着いた雰囲気を纏っていた。

 故郷や家族、知人を喪った心の傷はまだ癒えていないけれど、ある程度の心の整理はついたって感じなのかな……。

 この村の荒れ果て様、多くの人々の命が大きな悪意に踏みにじられた悲惨な光景に当初は息を飲んだが、この光景に一番胸を痛めている本人がいるのに、下手な慰めの言葉を滑らせることはどうしても憚られた。

 こんな時に何か気の利いた言葉の一つでも言えればいいのだろうが、頭の中には打ち壊され焼き捨てられた村の真ん中で立ち尽くす少女に告げるべき言葉を見つけ出すことができなかった。


「私は元々旅人だったんだけど、旅の途中でこの村で一人黙々と瓦礫を撤去したり、荒廃し切った田畑を耕して種芋を植えたりしているゼルダに出会ってからは、ここに腰を落ち着かせてるの」


「カレンにはとても助けられていてね。人手が増えて復興作業の効率も上がったし、何より静まりきった夜に一人で火の手を免れた屋敷で毛布にくるまっている時間がなくなって気分転換にもなっている」


「別に目的地もなく色々な場所を彷徨うばかりのアテのない旅だったから、別に構わなかったのよ。ほら、あそこの家の裏で野菜を育ててるのよ。アレンにも見せてあげる」


 場に満ちた物悲しい空気には似合わない快活な笑顔でグイグイと背中を押されながら、アレンは広場から離れた位置にある畑まで誘導された。

 カレンには気を遣わせてしまったな。俺も何かゼルダの支えになれるように頑張らないと。

 生来の性格なのか放浪生活の中で身に付けたものなのかは判断がつかないが、この少女は感情に素直で表情もコロコロと変わることも多く純粋そうな印象がある一方で、相手の気持ちや場の雰囲気を鋭敏に感じ取り、それを汲み取って空間の空気を良い方向へ軌道修正することが得意なようだ。

 この少女が村に腰を据えた事でゼルダが村の修復作業の効率化以外にも、精神的な面でも助けられているということが決して嘘ではないだろうと推測できる。

 内心でそんなことを考えていると、すぐにくだんの畑とやらに到着した。

 そこは屋根が燃え落ち、所々が黒く焦げて煤が付着した石の骨組みだけが残された民家の跡の裏の一画に隠れるように位置していた。

 土壌は程よく耕されているようで、畑の片隅に置かれたくわ等の農具にも水気を含んだ真新しい土の痕跡があることから、日頃から手入れがされているだろう。

 だが肝心の栽培されている野菜は、


「あんまり生育が順調じゃないんだな」


 どうやら育ているのは根菜の類のようで、土の上からは果実のような物は確認出来ず、幅広の葉が特徴的な葉が伸びているのだが、ほとんどの葉が全体的に萎びていて生気がなく、ぐったりとした印象を受けた。


「肥料は使ってるのか?」


「うん、一応この村から馬車で30分ぐらい走った先にカザンっていうこの国でも有数の都市があるんだけど、そこにある園芸屋で仕入れてるの」


「害虫が近寄らないように虫除けの香を焚く時もあるから、今のところは虫害等も起こっていないが、肝心の野菜の育ち具合が何故か悪くてね」


「私も旅に出てる時は野菜は新鮮なうちにサッサと食べるようにしてたし、果物系は日持ちするように干した状態の物ばっかで、野菜作りのノウハウなんて持ち合わせてないから何のアドバイスも出来ないのよね」


「私も村に戻って来てから自給のために農業に手を出してみたものの、今まで剣ばかり握ってきたこともあって野菜作りは専門外で上手くいかなくてね」


 悩ましげに唸る二人は同時に溜め息を吐き、カレンは葉をめくって裏側を覗き込んで状態を確認し始めるが、触り過ぎて葉がボロボロと崩れてしまい、悲壮に満ちた小さな悲鳴を上げた。

 どうやら畑仕事を始めてみたものの、この土地の所有者も亡くなり、農業を指導してくれるような人物もいないため、野菜作りはかなり苦戦しているらしい。

 まあ、農作業の知識なんて俺も持ってないし、的確な助言とかは出来ないけど、肥料が合ってないとかそういう単純な話じゃないよな?


 素人目で見てもこの生育不調の原因を特定できるとは思わないが、何もしないよりはマシだろう。

 土で膝が汚れてしまうことも構わず、先程の失敗を引きずっているのかアワアワとしながらも美術品に触るように慎重な手つきで葉のチェックをしているカレンを尻目に、こちらは土の表面から飛び出す茎っぽい部分を屈みこんで注視する。

 生の野菜ってスーパーで売られてる状態しかあんまり見たことないから、こうやって畑で栽培している状態だと、これが何の野菜なのか分からないな。


「なあ、ゼルダ。これって一体何のやさ……い?」


 目を凝らしても眼前の植物の正体も看破出来なかったので、背後でこちらを見守っていたゼルダに視線を移そうと顔を上げようとした瞬間、




・個体名称:【ロロ芋】

・状態:D(肥料内部に微細な悪性の細菌の存在を確認。土の入れ替えと専用の農薬による浄化を推奨)

・情報解析:現在地であるアリーシャ騎士団領のアルトの村周辺原産の芋類。温暖な気候を好み、痩せた土地でも比較的育ちやすいため、アルトの村では主食として食べられていた。しかし、土壌内に生息する悪性の微生物等に弱く、土壌環境によっては生育不良を起こしやすい。




 唐突に虚空に浮かび上がった文字の羅列にピタッと静止し、唖然とした表情を浮かべる。

 今の情報はまさか、この野菜の情報か!? だとしたらこれは……!!

 アレンはガバッと頭を上げると、野菜の葉の表面を寂し気にツンツンとつついていたカレンに視線を向ける。

 (毎日お水もあげてるし、雑草取りも定期的にしているのにどうしてしっかり育ってくれないんだろう……)と肩を落としていたカレンは、唐突にこちらの体躯を凝視し始めたアレンの行動に若干狼狽えながらも、コテンと横に首を傾ける。


「どうしたの、アレン。私の体をジロジロ見始めて?」


「すまない、少しそのまま動かないでくれ。少し確かめたいことがある」


「確かめたいこと? ……はっ!? もしかして私の3サイ……」


 何やら急に赤面して火照った頬を両手で押さえだしてモジモジし始めたカレンが何か言っていたが、アレンの耳にはそれらの言葉は一切入っていなかった。

 適度に運動をしているせいで健康的に日焼けした肌、布地を押し上げる豊かな胸、贅肉のない引き締まった肢体等、眼前の少女は同性も羨むような見事なプロポーションを誇っているのだが、今のアレンの視線を釘付けにしているのは彼女の均整の取れた体ではなかった。

 困惑と何故か気恥ずかしさが入り混じった表情を浮かべる彼女の情報が開示されている、アレンの目元の前の宙に浮かび上がった文字の羅列に目を走らせる。




・人物名:カレン=カーヴァディル

・年齢:16歳

・種族名:人間ヒューマン

・クラス:虹の魔女エレメンタル・ウィッチ

・スキル:『二重詠唱ダブル・スペル』、『魔法耐性』、『呪詛耐性』




 自分の前に表示されているのはカレンのステータス情報で間違いない。

 これが眼前に現れているということは、

 ──【鑑定】スキルが使える! なら『スキルホルダー』は発動状態のままなんだ!

 『スキルホルダー』は、召喚士が契約した精霊や魔物(総称して隷属者チェイン)という)の持つスキルを自由に5つまで自由に召喚士も発動できるというスキルだ。

 一度組み合わせを行うと変更可能になるまで1時間以上の時間経過が必要となる制限はあるが、所有する『隷属者チェイン』の数が増えていけばかなり強力なスキルを連発することも可能だ。

 リースと別れて『ブレイブ・クロニクル』を最後にログアウトした時は、ダンジョン探索を終えた後で、宝箱の中身のアイテムを価値を判定するため、とある『隷属者チェイン』の保有スキルである【鑑定】スキルをスキルホルダーにセットしたままだった。

 ログアウトボタンやアイテムストレージも出せなかったため、『ブレイブ・クロニクル』時代のスキルも必然的に使用不可になっていると思い込んでいたのだが、それは誤りだったようだ。

 つまり、召喚士としてのスキルはこの世界でも問題なく使える。

 ならば……。


「カレン、ゼルダ。この畑どうにかできると思う」


「本当、アレン!?」


「それが事実ならありがたいが、本当に可能なのか?」


「ああ、任せてくれ。俺の力がこの世界でも使えるのなら、この畑だけじゃない。この村中の畑をあっという間に喰いきれないくらいの野菜溢れさせることもできる」


 確信に満ちた声音で断言したアレンの言葉に二人は目を見開いて驚嘆する。

 そんな二人の反応は当然だろう。

 半分枯れかけているように見えるほど栄養不足に陥っている目の前の野菜を、そして他の畑でも同じような状態になっているのである他の畑の作物をどうにかすると言い放ったこちらに動揺の目を送るのも無理はない。

 というか俺が二人の立場なら、一体コイツは突然言い出したんだ、って思うし。

 まあ、実際に見てもらった方が手っ取り早いか。


「今から二人に俺の仲間を……召喚士である俺の能力を見てもらう」


「召喚士!? アレンって召喚士だったの!?」


 瞳をキラキラと輝かせたカレンがグイっと身を乗り出して来た。


「あ、ああ。言いだすのが遅れたのは悪いと思ってるけど、それってそんなに驚くことか?」


「凄いに決まってるよ! 召喚魔法を使える魔導士なんてこの世界でも片手で数える程度しかいないんだよ!」


「カレンの言う通りだ。この世界では召喚魔法は『古代魔法』という古代に創造されたとされる古の魔法の一つだ。行使できる者など現在ではほぼ皆無だよ。あの遺跡の魔法陣なんて、本当に例外中の例外と言っていいだろう」


 尊敬と期待の眼差しを向けてくる興奮気味なカレンと、表情的には冷静だが少し声が上ずっているゼルダの興味深そうな視線が顔に刺さる。


(『ブレイブ・クロニクル』ではほとんどこんな反応してもらったことなんかなかったけど、結構嬉しいもんだな)


 どうやらこの世界では召喚士というのはほぼ絶滅扱いされているほど稀有なものらしい。

 この世界では召喚士であることを嘲る者も不遇職扱いする者もいないということだ。


 ──すまん、リース。俺、異世界に強制召喚されたけど、今スゲーテンション上がってる。


 心の中で元の世界に残してきてしまった相棒の少女に頭を下げ、アレンは一気に袖を肘までまくり上げて気合を入れ、声高に宣言した。


「よし! 異世界での初めての召喚魔法発動、全力でやってやるぜ!」

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