第8話 出発準備(女神暦1567年4月21日/アルトの村南門付近)

「ふう、ようやくこれで全部運び終わったね」


「ああ、アレンがいてくれたおかげでかなり作業も楽になったおかげだな」


「いやいや、俺の力なんて微々たるもんだって」


「そんなに謙遜しなくてもいいんじゃないの?」


「たった一人で半分以上運び切ったゼルダが今日の功労賞だよ」


 アルトの村の出入口付近。

 焼け崩れた建物もある程度撤去され、砕かれていた石畳も新たに舗装されたのか、傷の少ない真新しい石材が敷き直された場所に、大量のフルーツを積んだ台車を曳いて来た俺達はいた(フローラは果樹園の世話をすると言って留守番をしている)。

 試食会を終えた俺達は、カザンの商会に持ち込む分のフルーツを収穫し終わった木籠を台車に載せて定期馬車が立ち寄るという村の出入り口まで、台車を引きずってきたのだ。

 最初は余裕綽々しゃくしゃくといった感じで、「アレン、村の出入り口まで競争ね!」「よっしゃあ、絶対負けるか!」と調子に乗ってカレンとレースに興じていたのだが、村の北側に位置する果樹園から村の出入り口がある南側まで走り込んだ結果、脇腹を押さえてうずくまり荒い息を吐く使い道のなくなった馬鹿二人をカバーする羽目になったゼルダが何往復もしてフルーツ運搬の中核を担うことになった。

 だが、上半身を覆う鎧を纏った状態で人一倍力仕事に従事したばかりなのに、少女騎士の額には汗も大して滲んでおらず、「いい足腰の鍛錬になったな」と逆に運動になって良かったと嬉しそうに頬を緩める姿に唖然としてしまう。


「ゼルダは疲れていないのか?」


「いや、あの程度の運動量では疲労を感じることはないが?」


 グサッ、と『あの程度』の運動量で根を上げて地面に座り込んでいる二人の胸に痛みが走る。

 足腰や体力を強化するスキルはあるが、それらのスキルの所有している『隷属者チェイン』は封印状態にある。

 そして、召喚士のステータスではHPや物理攻撃系の数値は、他のジョブと比較するとかなり低く設定されており、体力面でも劣る部分が多い。

 なので、召喚士はこういった力仕事系のミッションには不向きな部分があるのだが……。

 流石に体力なさすぎだな。これからは朝にジョギングでもして、少しでも体力と持久力を付けよう。

 内心でそう決意し、今も若干息が上がっているカレンに手を差し伸べる。


「立てるか?」


「う、うん、ありがとう。ごめんね、私が競争しようなんて言い出さなければ……」


「いや、俺も自分の体力とか全く考慮せずに突っ走っちまったから、気にしなくていい」


「そう言ってくれると嬉しいかも」


 そう言って、ゆっくりと腰を上げたカレンがギュッとこちらの手を握ってくる。

 重なる手のスベスベとした肌触りの良い感触に、頬に熱が集中するのを感じた。

 女の子の手って、結構柔らかいんだな……。

 現実世界では姉も妹もいなかったし、恋人と呼べるような異性もいなかったので、女性の手を握るなんて経験は皆無だった。

 『ブレイブ・クロニクル』では、ダンジョンの宝箱や肉汁滴る鶏の丸焼きの屋台に突撃するリースに手を引かれて連れ回された経験はあった。

 だが、剣士職で1日に何度も魔物相手に剣を振るい続けていた彼女の手は鍛え抜かれた歴戦の戦士のそれで、こんなマシュマロのような柔らかい感触ではなかった気がする。


「? 顔が赤いよ、アレン。大丈夫?」


「全然問題ないから、気にしないでくれ。それより、カレンはもう体調は大丈夫か?」


「うん! もう大丈夫だよ! 気遣ってくれてありがとう」


「お、おう。ならいいんだけど……」


「? さっきより顔が赤いよ、アレン?」


「な、なんでもないから!」


 疑問符を浮かべながら上目遣いでこちらを覗き込んでくるカレンの視線に堪らず視線を逸らすと、平原の奥から一台のほろ馬車が村の方向に向かって駆けてくるのが視界に入った。

 アルトの村は、遺跡が存在していた北の大森林と三方に広がる平原に囲まれた地形にひっそりと佇む小村だ。

 村の出入り口から南に向かって伸びる旧街道も、馬車のわだちを避けるように所々に雑草が生い茂っていて、はっきり言って見栄えは非常に悪く、歩き辛い悪路となっている。

 だが、二頭の栗色の毛並みをした立派な体格をした馬を器用に操りながらこちらに近づいてくる馬車は、そんな悪路をものともせずに走行しており、御者の高い技量が推し量れた。


「おっ、定刻通りだな。相変わらず時間に正確な男だ」


「あれが定期馬車か?」


「ああ。こんな廃村に暮らす私達がカザンで食料品や日用品を買い求められるように、朝はこうして迎えに来てくれて、夕方にこの村まで送り届けてくれる奇特な人間なんだ」


「へえ、随分と親切な人なんだな」


 直接ゼルダに言うことはしないが、はっきり言ってこんな辺鄙へんぴな場所にあり、住人も2人しかいない村にわざわざ馬車を走らせたところで、1日に得られる乗車賃なんて雀の涙程度だろう。

 安定した収入を得るなら、これから向かうカザンや他の大きな町を結んでいるような大きな街道で商売した方が日々の暮らしも楽になる筈だ。

 それなのに、外界と半ば隔絶したような村で暮らす少女達を運ぶために採算度外視で馬車を走らせる御者は、きっと優しく温かい心根の持ち主だろう。

 そうこうする内に、村を囲う焼け焦げた痕が痛々しく残るボロボロの木柵を横切り、蹄鉄を嵌めたひづめで地面を踏み締めながら元気にいななく馬達に曳かれた馬車が、俺達の前でゆっくりと停車した。

 巧みに馬車を停めて御者台から降りてきたのは、西部劇に登場するガンマンやカウボーイが被っているようなテンガロンハットを被った茶髪の男性だ。

 正確な年齢は分からないが、顔に目立った皺もなく生気がみなぎった健康的に日焼けした若々しい姿を見ると30代前半頃かもしれない。

 腰には護身用なのか二丁拳銃を収めたホルスターが腰のベルトに吊り下げられており、薄茶色のズボンとブーツには屋外での仕事が多いせいか泥が跳ねて少し汚れていた。

 男性は眠そうに目元をゴシゴシとこすり、大きな欠伸を隠そうともせずにこちらに大口を開けて近づいてきたが、俺の存在に気が付くとほんの少し目を見開いて、さも意外そうな声を上げる。


「こりゃ、驚いた。いつの間にかゼルダが所帯を持っていたなんてなあ」


「なっ!? おい、マーカス! からかうのも大概にしろ!」


「はっはっは、冗談だって。そんなに顔を真っ赤にしなくてもいいだろう」


「あ、赤くなどなっていない! アレン、私は赤くなんてなっていないだろう!?」


「お、おう。いつも通りだ」


 ──嘘です。さっき収穫した林檎と同じくらい真っ赤になってます。


「ほら、アレンもこう言っている。私は平常通りだ」


「はいはい、そういうことにしておくよ」


 実際にはまだ頬の赤みが引いていないゼルダだが、これ以上この話題を引っ張っても意固地になるだけだと判断したのか、マーカスと呼ばれた男は適当に頭を下げてゼルダに詫びると、俺の方に向き直って黒革の手袋を付けた右手を差し出してきた。


「お前さんとは初対面だな。カザンで馬車便を営んでるマーカスだ」


「この村で訳あって世話になってるアレンだ。よろしく」


 マーカスの快活そうな笑顔に気持ちが暖かくなるのを感じながら、俺も彼の手を握り返す。

 すると、予想していなかった妙な感覚を感じた。

 あれ? なんか鉄というか金属を掴んだ時のような硬い感触が……。

 思いがけず一瞬怪訝そうに眉を寄せてしまうが、マーカスはこちらの表情の変化に気を悪くした様子もなく気さくな笑みを浮かべた。


「おっ、すまねえ、俺の右手は義手でな。普段はこうして手袋をして客には見えないように配慮してるんだが、こういう場面だとついつい利き腕を出しちまってな」


「あっ、道理で硬い感触がしたんだ」


「若い頃に暮らしていた国でちょっとした内戦があってな。そん時に腕をなくしてから世話になるようになったんだ」


「そうなのか。悪いな、辛い思い出を掘り返すような反応しちまって」


「なに、とっくの昔に終わったことだ。それにコイツも慣れれば愛着も湧いてくるし、悪いことだらけってもんでもないからな」


 豪快に笑いながら、「気にするな」とこちらの背中をバンバンと叩いてくるマーカスに苦笑していると、俺の背中に回り込んでひょこんとこちらの肩口に顔を出したカレンが頬を膨らませて抗議してくる。


「もう、3人だけ楽しそう! 私だけ仲間外れにしないでよ!」


「はっは、別に忘れてた訳じゃないぞカレン。お詫びに、今日は御者台に乗せてやるからよ」


「本当に!? 私、一度乗ってみたかったの! 馬の操り方も教えてね!」


「流石に初心者に手綱を預けるような自殺行為は慎んでお断りさせてもらうが、傍で見てる分なら問題ねえよ」


「わーい、やったぁ! それじゃあ、このフルーツの山を荷台に積み込んだら早速出発ね!」


「あん? フルーツだと? おいおい、ここら辺に自生してる野生の果物の数なんてたかが知れてるだろ? どこにそんな……もん……が……」


 最初は馬鹿にしたように軽口を叩いていたマーカスだが、カレンが得意そうに指差した一画に積まれたフルーツ満載の木籠の群れを一目にすると、言葉尻もどんどん萎んでいき、ポカンとした表情になった。

 まあ、この反応は当然だろう。

 マーカスは普段からこの村とカザンとを行き来している関係上、村の惨憺さんさんたる窮状も把握していたと考えられる。

 果樹園が使い物にならないほど焼き払われていたことも知っていた筈だ。

 これほどの量のフルーツがこの場にある光景がにわかには信じられないのだろう。


「お前ら、これだけの量の果物をどこから持ってきたんだ? しかもこんな上等なもんを」


 マーカスは木籠の中から大ぶりの林檎を掴み取り、しげしげと見詰めながら、訝しげな声を漏らす。


「それは企業秘密だけど、決して他所よそ様の所から盗んできた物じゃないから安心してね」


「お前らがコソ泥じみた真似はしねえってことはよく分かってる。だから、これを積み込むのは問題ねえ。ただ、後で昼飯代わりにいくつか美味そうなのを見繕っておいてくれ。金は払うからよ」


「分かったわ。でも、日頃お世話になってるから、お金はいらないから」


 それから俺達は手分けして大量のフルーツを幌馬車の荷台に積み込み、もともとそれほど広くなかった荷台の面積をほとんど占領させてもらった。

 御者台に乗り上がったマーカスが後続のカレンの手を引いて御者台に引き上げ、馬の手綱を握るマーカスの隣に嬉々として座る。

 俺とゼルダは、所狭しと押し込まれたフルーツの山々の間に作った狭い空間に肩を寄せ合うようにして座り込む。

 ち、近い……。

 荷台には他の積み荷や馬の餌を詰めた革袋も載せられていたので、こちらの積み荷を強引に積み込んだ荷台部分は大量の物品で溢れている。

 そのため、互いの呼吸の音が聞こえそうになるほどの近距離でゼルダと隣り合わせになる機会なんて、完全に想定外だった。

 チラリと隣の少女をこっそり見遣ると、心なしか落ち着きがない様子で時折モジモジと体をぎこちなく動かしている。

 ゼルダも、この状況に緊張してるのかな?

 そんな風に俺が勝手な想像を膨らませていると、ゼルダは唐突に何かを思いついたようにハッと顔を上げた。


「そうだ、アレン。君も異世界に来たばかりでこちらの世界に関する知識はほとんどないのではないか?」


「ああ、そういえば確かにそうだな。アルトの村が、その……滅ぼされた詳しい経緯とかも知らないままになってるんだよな」


 ルイーゼの【神眼】スキルを使えば、アルトの村で起きた惨劇の真実を暴くことも可能だったかもしれなかった。

 だけど俺は、興味本位で当事者であるゼルダに無断で無遠慮な詮索を行うことはどうしても気が引けたのだ。

 なので、アルトの村がどんな数奇な運命を辿った結果、あんなに救いのない結末を迎えたのかは全く知るよしもなかった。


「昨日は畑と果樹園の種まきで丸々1日潰れてしまったから無理はない。そこでだ……」


 ゼルダはどことなく得意げな笑みを浮かべると、人差し指をそっと己の唇に近づける。


「カザンに到着するまでの間、私がこの国とこの村のことを教えよう。そして……私のことも」

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