第9話 男はいらん、そうであろう? の巻

 「こほん、ところで優夢、最近食べる悪夢の中におかしな味は無いか?」

 「おかしな味?」

 「ブルーチーズを食べた事はあるな? あの緑色の部分を噛んだ時ジャリっというかビリっという刺激が来るだろう、ああいう味だ」

 「ああ~、あれですか~、最初はウゲゲってなりますよね~。でも~緑の部分をチーズさんと混ぜ混ぜするとマイルドな刺激になって美味しくなるんですよ~」

 「ほお、そうなのか……ではない! そういう味はあったのかと訊いている!」

 「え~、う~ん、無い……かな~?」

 「……ふむ、そうか」

 そう言いながら、夢香先輩が畳に目を落とす。

 「いったい何の話なんですか~?」

 「悪魔界のマッドサイエンティストとして名高いマアロックは知ってるな?」

 「知ってるも何もイタリアが任務地の頃、聖天使城で趣味の悪いコート振り回しながら下手っぴカンツォーネ歌ってるの何度も見ましたよ~。人間さんには見えなかったですけど」

 「ほう、マアロックは人間界に興味津々というのは本当だったのか、ってそれはどうでもいい!」

 「は~い、すみません」

 「……で、そのマアロックだがな、新種の悪魔を作りだしたのだ。その悪魔とは、人間の心に入り込みどんな夢も悪夢に変えてしまう、という悪魔なのだ。質が悪いのが、悪夢でうなされる人間の負の感情を糧に自身を分裂させ、増殖してゆくのだ」

 「え~、私達が一生懸命悪夢食べてるのに~! そんなヒドイ事するなんて許せないです~!」

 「そう、許せん! そんな新種の悪魔が一か月前、あろう事かマアロックの所から逃げ出し、この地域に一匹潜伏。分身を増殖させているらしいのだ」

 「あらら~、マアロックさん見るからに変な悪魔だから嫌われちゃったんですかね~?」

 「ふむ、マアロックは何度も自作の衣装を新種の悪魔に着せようとしていたらしいからな。ってそんな事はどうでもいい! 話を脱線させるな!」

 「は~い、すみません」

 「……という訳で、新種の悪魔を発見次第、退治するか捕えて欲しい、という要請を悪魔側がしてきたのだ。それに基づきD・E本局から出された特別任務だ、優夢」

 「あ、悪魔側からの要請なんですか~?」

 「悪魔は人類の負の感情で糧を得ている。無尽蔵に増殖する新種悪魔に負の感情を食べ尽くされてはたまらんからな」

 「う~ん、でも~、それだったら~、悪魔側がその新種を退治すればいいんじゃないですか~、そこにいる咲馬とか~。こっちに振ってくるなんて変ですよ~」

 「そう言うな、夢魔は戦闘力が無いに等しいのは知ってるだろう。それに夢について我らはスペシャリストだ。悪魔側へ貸しを作るいい機会と思え……そうだ、獏天」

 夢香先輩が傍らに置いてある巨大ハリセン(げっ! 夢の中で見たハリセンだ)と一緒に置いてあった、布に包まれた長細いものを掴むと獏天に手渡した。

 「何ですかこれ~?」

 「開けて見ろ」

 中にあったのは魔法少女が変身などに使うキラキラファンシーなステッキだった。

 「うわ~、凄いです~! 何か私、マジカルな変身しちゃいそうですよ~」

 目を輝かせた獏天がステッキを頭上でクルクル振り回している。なんじゃあれ、ほわほわな彼女にピッタリなアイテムだが、あれで何をしろというのだろう?

 「支局長がお前に合うものをと見繕ってくれたのだ。それで新種悪魔を捕獲するのだ」

 「わ~い、魔法出して捕まえるんですね。このステッキ凄いです~」

 「出るか! それで新種悪魔をぶん殴って捕獲するのだ!」

 殴るのかよ! 魔法っぽいステッキじゃなくてもいいいだろそれ、普通に木刀でいいじゃん。

 「わ、わかりました~。私人類の為に絶対捕まえてやりますよ~、その悪魔」

 ほわほわした顔を精一杯引き締めた獏天が、谷間らしい谷間の無い胸をぽいんと叩く。それを横目で見ていた俺の耳に

 「むひひ、やっと裏の実妹ルート見つけたでござる。両親に見つかるバッドエンドを迎えないよう行くでござるよー、むひっ」

 と、ニヤけた声が届く。

 「こら~、咲馬! 今の話聞いてましたか~、とんでもない事態になってるんですよ~!」

 そんな優夢の声にも

 「聞いてたでござるよ。まあ拙者には関係ないというか、獏ども乙! というか……むほっ! Hイベントキター!」

 と、スマトラフォンに目を落としたまま鼻息を荒くしている。

 突如、シュッと畳の擦れる音がしたと思ったら、いつの間にか夢香先輩がスカートをふわりとさせ、寝そべる咲馬の前へ着地していた。

 「夢魔、この事態お前には関係ないと本気で言ってるのか?」

 「……といいますと? ところで、拙者の名は咲馬ノワルでござる! 夢魔言うなでござる!」

 「なるほど、では咲馬ノワル、お前は人間の精気を吸って存在を保っているのだろう。新種の悪魔のせいで人類が悪夢しか見なくなれば、精気は激減するぞ。それでもお前は関係ないと言うのか?」

 「そ、そこまでは言ってないでござる。只でさえ夢魔一族は人間の精気不足に困っているのでござる。この上精気が減ったら一族存亡の危機でござるよ」 

 「ふむ、では我らと手を携えてくれるな?」

 「むひぃ……拙者は全然役に立たないでござるよ? それでいいなら、まあ……」

 「何を言っている! お前は十分役立っているぞ、じゅる……」

 「むひ?」

 「時に咲馬、手にしているそのエロゲ、男と女モノだろう?」

 「むひ……その、兄妹モノでござるよ?」

 「兄と妹でも所詮男と女であろう!」

 「そ、その、一体何が言いたいでござるか?」

 「私は男が出るエロゲは好かん。更に突き詰めれば現実世界にも男はいらん。男性ホルモンを含む奴らの息や汗は甚だ汚らわしく、おぞましい。そうであろう、咲馬?」

 「むひ? そ、その同意を求めるって事はつまり、お主は……」


  つづく

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