第8話 獏炎の夢香さん! の巻

 瞼を開けた俺の目に映ったのは、獏天の下顎。そして後頭部には柔らかい太ももの感触。

 「も~、私の為に夢を見てくれてるんですよ~! 勝手に食べちゃダメダメです~!」

 獏天の顎に頭を当てないよう、縮こまりながら、俺は体を起こした。

 「ふん、相も変わらずそんな恥ずかしい姿でしか夢を食べられないとは、まったく……。む、起きたか、鍋島」

 凛とした目付き、和風美人な顔立ち、夢の中で俺の腕を食べた先輩が正座姿でこちらを見る。しかし、何で俺の名前知ってんだ?

 「あ、鍋くん。紹介しますよ~、私の幼馴染のお姉さんで~、……えーと今は何て名前になってるの~?」

 「獏炎夢香(ばくえんゆめか)だ。君の事は優夢から聞いている。本日付で二年一組に転校という形で入った、よろしくな」

 そう言って、礼節という言葉が頭に載ってるんじゃないかというようなお辞儀をした。

 「獏天の知り合いですか。こ、こちらこそよろしく」

 先輩の名前にも、獏と夢の字が入ってる、獏一族はそういう決まりでもあるのか?

 「うわ~、今回のその名前かっこいい~、いいな~私もそういう名前がよかったな~」

 かっこいいって、俺からするとムッチャ物騒な名前に聞こえるんだけど。戦隊モノの怪人が倒れた後のドカーンというか。

 「あのさ獏天、今回の名前かっこいい~、とか言ってるけど獏って何なの? ころころ名前変えるもんなの?」

 「え? 何言ってるんですか~。名前だけ変える訳無いですよ~、容姿も一緒に変えるんですよ~、任務の度に」

 「鍋島、私が説明してやろう。夢の神モルペウス様の命を受け、我ら獏は世界中の悪夢を食べているのだ。任務先は世界中に及ぶ、だからその都度姿と名前を変えているのだ」

 「ちなみに私の前の名前はモニカ・ドリームテイパーで~、イタリアが任務先だったんですよ~」

 「イタリア……何かスゲー。しかしその名前もその……モル何とかっていう夢の神様が付けてくれんの?」

 「モルペウス様は途方も無い面倒臭がりなのだ。出される命令などヒドイものだぞ、『南米のサッカー強い国に悪夢集中してんだわ、いつも通りやれよ』とかな。まあそれでは困るので、獏一族の精鋭がD・E、つまりドリームイーターという運営組織を設立したのだ。そしてモルペウス様の命令を詳しく分析し、各支局に伝達。それに基づいて支局長が命令を出すという仕組みだ。そして名前についても各支局長に命名権を任せている」 

 「そうなんですよ~、今回の名前も私が決めたこの姿を見て日本支局長がつけてくれたんですよ~」

 ――――って、そのほわほわした顔でバクテンかい! ヘンチクリンなダジャレ入ってるし、その支局長って、おっさんじゃないのか? 

 「ところで夢香ちゃん、何でここ来たの? カナダ支局で働いてたんじゃないの?」

 「ここの支局長に呼ばれてな。お前に任務を伝えよと仰せつかった」

 「え? 日本でマイペースに悪夢食べる様に、って任務受けてたんですけど~?」

 「それはお前がレベルの低い漠だから与えられたお情け任務だ! これから言う任務は全ての獏に出された緊急任務だからな、心して聞け!」

 「は~い」

 ビシっと背筋を伸ばした夢香先輩の顔が、横になりスマトラフォンをいじっている咲馬へ向いた。「お兄ちゃん、らめぇぇ!」という音声からエロゲをプレイしているようだ。

 「その前に……こほん、あいつは夢魔じゃないのか? 何故、当たり前のようにここへ居るのだ?」

 「それがですね~、人の精気に全然ありつけないから私の所に頼み込んで来たんですよ~。で~、しょうがないから部員にしてあげたんですよ~」

 やっぱり、獏一族にとって夢魔はよろしくない存在みたいだ。夢香先輩の鋭い目が咲馬を捉えて放さない。

 「夢香ちゃん? 聞いてる?」

 「ん? ああ。じゅる……」  

 じゅる? 

 

 つづく

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