第7話 夢部・オブ・ザ・リビングデッド の巻

 「二人ともこっちだ!」

 「らりひゃ~、もうダメですよ~、走れませんよ~」

 「むひ~、むひ~、歩幅が小さい分、足を動かす回数が多い拙者は不利でござる」

 立ち止まり肩で息をしている二人を背に、俺は薄暗い廊下の先へ目を凝らす。正午だというのに、空が厚い雲に覆われているせいで、校内は驚くほど暗かった。

 廊下の向こうから緩慢な足音が聞えてきた。一人や二人じゃない、クラス全員が移動する足音と同じ位、いや、それ以上か。

 「ここへ入ろう」

 近くの教室へ獏天と咲馬を誘導する。

 俺もその後に続き、そっと戸を閉めた。

 廊下を歩く大勢の足音――――俺と同じ、この学校の生徒だった人達――――が近づいてきた。

 屈みこんでいる獏天と咲馬に、俺は人差し指を口に当てる。

 コクコクと頷く二人。

 教室の前を通り過ぎる、多数の緩慢な足音。ときおり「うー」とか「あー」という声も聞こえる。

 このまま通り過ぎてくれ! そう念じながら息を殺す。

 「へくちっ!」

 廊下の足音が一斉に止まる。

 二人に顔を向けると、手で口を隠した獏天がぺこぺこ頭を下げている。 

 何やってんだー!! ベタ過ぎるだろーが!!

 怒り心頭な俺の耳に教室の戸がゆっくり開く音が響く。

 恐る恐る音の方へ目をやると、

 「ううぅー」

 と呻き声を上げ、大量のゾンビがノソノソ入り込んできた。

 とっさにもう一つの戸へ目をやる。それと同時にその戸からも

 「あ、あぁぁー」

 と、ゾンビが侵入してきた。

 くそ、窓から逃げるか? いや、確かここは三階だ。

 「わ~ん、ごめんね、ごめんね、鍋くん~」

 「むひ~、ゾンビに生きたまま喰われるのは嫌でござる」

 「こら! 二人とも、後ろから俺を押すな!」

 俺は二人を背にしたまま、教室の窓側後ろ隅に追い込まれちまった。

 「鍋くん~、掃除用ロッカーがありますよ~」

 「むひー、ここへ閉じこもるしかないでござるよー! 拙者が」

 「何やってるのですか~、私ですよ~」

 「むぎぎ! 放すでござるー、この落ちこぼれ獏がー!」

 「そっちこそ放すですよ~、このダメダメ夢魔~!」

 「おい、二人ともどけ! モップとか武器になるやつがあるかもしれない! ん?」

 ロッカーの奥に置いてあったのは――――黒塗りの鞘に納まった日本刀。

 学校のロッカーに刀!? 何で? まあいい、これで戦ってやる!

 鞘から抜いた刀を握った俺はゾンビの群れに刃を向ける。

 「やりましたね、鍋くん! 真形刀流奥州派免許皆伝の腕を見せる時が来ましたね!」

 え!? 何それ!? いや、待て。そうだ、俺はその力を封印、普通の生徒としてこの学校に来たのであった。よし! 今こそ、封印を解き放つ時!!

 「えりゃあ!!」

 一振りで目の前に迫った三体のゾンビを胴から切断する。

 「はあっ!」

 「りゃあ!」

 「ふんっ!」

 切っては進み、切っては進みを繰り返し、次々とゾンビの群れを崩していく。

 「らりひゃあ~! 鍋く~ん、助けて~!」

 「そこのエロい人、美少女守るの忘れてござるよー!!」

 む! 俺の隙をついて二人に手を出そうとは、ゾンビ共め。

 俺は二人の救出に向かおうと踵を返した。その時――――何者かが窓ガラスを突き破り、教室内に飛び込んで来た。

 ガラスの破片が降り注ぐ中、そいつは両腕で顔を覆い、膝を折り曲げ床に着地した。

 垂直に伸びたポニーテールがふわりと下がり、女性が立ち上がる。

 青ネクタイをしているから二年生、この学校の先輩だ。制服の上は丈を短くしていて、くっきりと割れた腹筋が見える。

 「助太刀する」

 ピンと伸びた背筋が美しい先輩が、凛とした眼差しをこちらに向け、背中から巨大なハリセンを取り出した。

 「とりゃあっ!」

 掛け声と共に先輩が跳躍。そして五メートルは離れている獏天達の前に着地すると巨大ハリセンを一振りし、横一列に並んでいたゾンビを壁際へ吹き飛ばす。それは恐ろしい破壊力で、壁に叩きつけられたゾンビ達は投げつけられたトマトの様にグチャリと潰れてしまった。

 「ハリセンと侮るなかれ、自分のハリセンは死のツッコミを入れるハリセンだ」

 ボケ役はマジ勘弁と思わせるセリフを吐き、ゾンビ達へハリセンを叩き込む先輩。

 床に、壁に、天井に、ゾンビがペシャンコに叩き潰されてゆく。

 ただモンじゃねえな、この先輩。どれ、俺もそろそろ本気でやらせてもらうぜ。

 小さく鼻を鳴らした俺は、緩慢な動きで迫るゾンビ軍団に奥義を炸裂すべく刃を向けた。


 全てのゾンビを倒し終え、教室に戻って来た俺を獏天と咲馬がはしゃいで迎える。 

 先程の先輩を目で探すと、教壇の上に腰掛け、こちらを見ていた。

 「助勢ありがとうございました。ところで先輩、何者ですか?」

 俺の質問に、教壇から降りた先輩が、凜とした眼差しのまま歩み寄ってきた。

 「自分か? 自分はだな……」

 目の前で立ち止まり、俺の手首をそっと握る。

 え、何? これは美味しいトキメキの予感が……

 そう思ったその瞬間、先輩が大きく口を開け、俺の手をムシャムシャ食べ始めた!

 「うむ、これは美味しい」

 口をモグモグ動かす先輩を、唖然と見詰める。

 な、なんだこれは? も、もしかしてこの人ってゾンビ!?

 頭上から何かが崩れるような轟音が響く、驚いて見上げると教室の天井に大きな穴が出来て、そこから巨大な獏天の顔が覗き込む。

 「こら~、鍋くんの夢を何勝手につまみ食いしてるんですか~!」

 「つまみ食いではない、ただの味見だ」

 先輩がムシャムシャ口を動かしながら、何後も無い顔で巨大獏天へ言い返す。

 あ~! いつの間にか肘のあたりまで腕が食べられてる! 何で俺食べられてるの!?


 つづく

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