第6話 入部のサキュバス の巻

「くわぁー! 今日も悪夢をいっぱい片付けたですよ~。グッジョブ私! ですよ~」

 「三人しか来なくてグッジョブもないと思うぞ」

 「お仕事の本質は数ではなく、内容の濃さですよ。ままま、そういう訳で私めにささやかなご褒美、鍋くんのデリシャスドリームをご馳走してくださいよ~」

 ピシャリと額を叩いた手をほっぺに当て、顔と腰を左右に振りながら、獏天が夢のおねだりをしてくる。

 今回こそ、記憶に残らない例の悪夢を見て、それを食べて貰いたい。

 つーかそれを食べて大いにマズがって欲しい。と、思ったその時、部室の戸を叩く音がした。

 「はーい、どうぞぉ」

 来訪者へ声を掛ける俺に、非難めいた調子で、ぶーっと獏天が唇を震わせる。

 「あ!?」

 「うぇっ!」

 開かれた戸を見た俺と獏天が、同時に声を上げる。

 そこに立っていたのは、食堂で見たガリメガネのサキュバスだった。

 「頼もうー! でわなく、でわなく、拙者夢部へ入部希望でござる。しゅきーん!」

 分厚いメガネを指で押し上げると、どっかで見た戦隊モノのポーズを決めるサキュバスに体が固まる。そんな俺をよそに漠天が噛み付いた。

 「こんにゃろですよ~、私にコバンザメの夢魔風情が、何ぬけしゃあしゃあと入部希望してるんですよ~」

 「おお、拙者のはらから! 是非に及ばず、さあこの入部届けを受け取るでご……」

 「誰がはらからですか~! こんにゃろこんにゃろ!!」

 余程腹に据えかねていたのだろう、百メートル走でも見せた事が無い速さでサキュバスに駆け寄った獏天が、両腕を振り上げ、頭頂部をポコポコ叩き始めた。

 「止めるでござる! 止めるでござる!」

 「飛んで火にいる夏の虫ですよ~! 積年の恨み、思い知るですよ~!」

 本人は必死なのだろうがヘロヘロと繰り出される両拳はまったく痛そうに見えない、しかもほとんど当たってない。

 それなのにサキュバスが徐々にうずくまり出した。小柄でガリなだけにダメージは深刻らしい。

 「ちょっと止め」

 獏天の両手をいとも容易く掴み、俺はこの事態を収めた。

 「な、何で……ゼーゼー、止めるんですか~、な、鍋ゼーゼー……く、ん」

 大きく肩で息をする獏天を横へ移動させ、サキュバスの前に立つ。

 「ねえ、君ってその……この人と知り合い? というか、サキュバスって知ってる?」

 両手で頭をガードしてしゃがみ込んでいたサキュバスが立ち上がり、アニメのお子様みたいな声で勢いよく喋り出した。。

 「あいや、拙者がそのサキュバスでござる。その獏とは持ちつ持たれつの、いわば水魚の交わりな、古い古い付き合いの間柄で……」

 「誰が水魚の交わりですか~! それ言うなら三顧の礼に来てくださいよ~! ふぎゃっ、鍋くん、その手を放してください~」

 またもや殴りかかろうとする獏天のアホ毛を掴み行動を封じる。

 「その獏、凶暴につき、でござるな。いやいや、助かり申した。拙者、一年三組、咲馬ノワル(さくばのわる)と申しまする」

 と、ちびっ子兵隊のように敬礼した。

 「あ、俺は……」

 「むひひひ、知ってるでござる。鍋島卓巳殿、通称鍋くんでござろう? 拙者の変化した獏に淫らな欲情をたぎらせていたでござるな、むひ」

 左手で口を隠し、右手をひらひら上下させた咲馬が、笑いを堪えるよう体を震わし、俺と獏天を交互に見る。

 「こんにゃろーは、鍋くんの夢に入り込んだ時に、こっそり記憶をのぞき見して鍋くんや私の名前を入手してるのですよ~」

 「むひ、むひ、拙者の忍びの術にかかれば個人情報など容易いでござる。むひ」

 「驚いたな、本当にサキュバスなんだ」

 「だからそう言ったでござろう。夢主の好いておる女性の姿になり、精気を頂くセクシーな魔の眷属、それが拙者ことサキュバスでござる。むひー!」

 自分の言葉に得意気になったのか、両手を腰に当て、園児遊戯のようなスキップダンスを始めた。それを見ながら俺は『夢主の好いている女性の姿になる』という部分に首を傾げる。

 「ちょっと待て咲馬、獏天の姿になって俺の夢に現れたってのは……」

 「卓巳殿はその獏が好きなのでござろう? 記憶の中に女性の姿は、その獏とお主の母親しかおらなかったでござる」

 「そ、そんな~、な、鍋くん……わ、私獏ですよ~。こ、困りますよ~、らりひゃ~!!」

 顔を真っ赤にした漠天が頬に両手を当て、左右に体を揺らし始めた。

 「獏と人間の許されざる恋! むひひっ! これは萌え~! 萌えでござる!」

 何てこと叫んでんだよ! このサキュバスは。うわ、今度はコサックダンスを始めた! しかも早くて上手い! 何なんだ~、この展開は。

 ……母さん以外、部室とはいえ女性と二人きりになったことないからな。おそらくその記憶を勘違いしたんだろう。つーか、人外二人と一緒に何をやってんだ俺は。

 「……ところで咲馬。もう一度聞くけど何で入部しに来たんだ? 今度は本音で言えよ」

 コサックダンスを止め、シャキっと直立不動の姿勢になり

 「わかり申した。本音で言うとでござるな。ここ最近、精気が少ない人間ばかりになって、ひもじい生活を続けていたのでござる。そこで、獏部長殿の側におれば、精気を吸える人間にありつけると思ったからであります!」 

 と、再び敬礼した。

 「これまた今回は露骨に近づいてきたですよ~、まったく厄介な~。どうしてやりましょうかね~、鍋く~ん?」

 両手を握り締めた漠天が俺と咲馬を交互に見る。それに答えず俺はこう言った。

 「つまり、獏天が悪夢を食べて、健全になったその人間の精気を吸おう、そういう魂胆か」

 「むひ、理屈上はそうでござるな」

 理屈も何もそのまんまだろ。何、この人外タッグコンボ構想。

 「ところで精気吸うってこっちが眠ってる時だろ、相手が中々眠らなかったらどうするんだよ。つかストーカーみたく相手の家の前で隠れてじーっと眠るの待ってたりするのかよ?」

 「むひひ、拙者ら夢魔もそこまで暇ではござらんよ。こう、スパーンっと眠らせる術を持ってるでござる」

 「へえ、どんな?」

 「接吻でござる」

 「はあ? ヤバイだろそれ、そもそも簡単に接吻なんかさせないだろ普通」

 「何百年も生きているので隙を見て接吻するタイミングというものを身に付けているのでござる。例えば――――鍋どの、肩に汚いシミがあるでござるよ?」

 「え? どこ?」

 と言いつつ、俺の唇を狙い、ひょっとこみたいな顔を突き出してきた咲馬をサッとかわした。 

 「今時そんな手に引っ掛かるヤツいるかよ」

 「むひょー、薄汚れた心の鍋殿には通用しないでござるか……」

 「じゃあ薄汚れた心の人間の精気を吸うなよ。まあいいや、それは置いといて……精気を吸うってのはどうにもヤバい感じがする。ミイラ化、みたいな」

 「あいや、そんなに吸ったら拙者『ひでぶ』と破裂してしまうでござる! ちびっとでござる、つゆだく特盛り牛丼を一口頂く位でござる」

 「そうなのか、獏天」

 「う~、こんにゃろは下級夢魔だからその程度しか吸えないんですけど~。やっぱり嫌です~、人の仕事を汚されるみたいで~」

 獏天が不満気に口を尖らせる。

 その気持ちは何となくわかる気もする、でも、人に深刻な被害を与える奴じゃないみたいだし。それに何よりも――――

 「部員が一人増えるじゃないか」

 苦虫を噛んだような獏天の顔が、あっ! という顔になる。

 「むひひ、入部させるしかない状況なのも知っているでござる」

 それにプルプルと体を震わせ、唇を噛みしめた獏天が、

 「入部、に、みとめますよ~。こんにゃろ~」

 と絞り出すように言う。

 「やったでござる! これでひもじい精気吸い生活からおさらばでござる。安定を手にした拙者は勝ち組でござる~! むひっ、むひひー!!」

 今までかなりの精気不足に陥っていたのだろう、吹けば飛びそうなチビガリ体をくるくる回し、バンザイして喜んでいる。

 「むひひー! むひっ!?」

 チビガリで回転が出過ぎたメガネが顔からすっ飛び、床に転がった。

 「ああ、メガネメガネ」

 四つん這いになり、手探りでメガネを捜す咲馬。

 俺は転がっているメガネを拾い

 「はい」

 と、アメンボのように床を撫で回す咲馬の肩を叩いた。

 「あ、かたじけないでござる」

 こちらに手を伸ばす咲馬を見て俺は驚いた。

 大きな瞳の色が左右で違っていた。右は普通の黒で、左はアメジストのような紫。

 その瞳が分厚いメガネで隠れる。

 「む、どうかしたでござるか? 卓巳殿」

 「いや、その、片方の目、色が違ってない?」

 咲馬が、顎に指を当てニヤリとする。

 「オッドアイでござる。現実体を日本人化する際、日本文化をいろいろ調べ、これに決めたでござる。萌え~であろう? 小さい体に、大きめなこの制服も萌え~であろう?」

 このサキュバス、どんな日本文化参考にしたんだ? 誰をターゲットにした萌えだよ。

 「ああ、それいいな~。私ももっと調べてから決めればよかったですよ~」

 自分の顔や体を手で触れた獏天が、考え込むように人差し指を額に当てる。

 いやいや、お前がこんな恰好してたら絶対俺この部に入らなかったから――――とはいえ新しい部員が一人増えたのは良かったというか何というか……ん? なんで俺が部員増えて喜んでるんだ? つーか、仮入部のままだし俺。



つづく

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