第5話 現実のサキュバス の巻
「また酷い夢を見た」
「え~? どんな夢ですか?」
「それが憶えてないんだよな、これをお前に食べて欲しいんだけど、何故か部室じゃ見ないし」
「う~ん、すっごく食べたくないけど、どうしてもというなら、鍋くんの部屋で膝枕するけど……」
「い、いや、今に部室でも見ると思うから」
昼休み、俺と獏天はこんなやりとりをしながら、学生食堂の空いている席へ座った。
「しかし、夢を食べるだけかと思ったらリアルにそんなのも食べるんだな」
焼きそばパンのラップを剥がそうと必死に爪を立てる獏天。本当に勉強以外はまったく不器用だ。
「人間の食べ物って私にとって何の栄養価もなんですけど、味は大好きなんですよ~。アップルパイも大好きだし、この焼きそばパンも大好きなんですよ~」
でろでろになったラップをテーブルに置き、ほくほく顔で焼きそばパンを頬張った。
「ふーん」
気の無い相槌を打ちつつ俺もロースカツ定食へ箸を伸ばした。
「ぐっ!」
突如、獏天がくぐもった異音を放つ。
「どうした?」
「うっ、んがんぐっ!」
両手で首を掴む獏天へ慌ててコップの水を差し出した。それを受け取った獏天が一気に飲み干す。
「ぷはっ、助かったです。鍋くん」
一息ついた獏天が、俺の耳元に顔を寄せてきた。
「奴がいたのですよ。それに驚いて喉に詰まらせそうになったのです」
「え、誰がいたって?」
「夢魔ですよ、サキュバスですよ~、ムキー!」
「え、どこ?」
そろりと獏天が伸ばした指先へ俺は目をやった。
賑わうテーブル、人と人の隙間の向こうに、長髪の女子がサンドイッチを手にしている姿が見える。
切れ長な目、陽光に輝く黒い長髪、サンドイッチを食べる度ナプキンで口を拭く几帳面さ、そして豊満な胸。
あんな素敵な人が俺の夢に入り込んでたのか……とはいえ何で夢の中ではまな板の胸だったのだろう。あんな豊満な胸してるのに……。
そんな邪まな視線に気づいたのか、長髪女子がジロリとこちらを睨む。
「やばっ、こっち睨んだ」
「え? 鍋くん、誰見てんですか~! パンの人じゃないですよ、カレー食べてる方ですよ~」
「カレー食べてる方? ああ、長髪女子の隣か……って、ええ!?」
本当のサキュバスは全然妖艶ではなかった。小柄でガリな体型の上物凄い猫背、肩まで伸びたボサボサの髪はサイドテール、アニメでしか見たことが無い分厚いメガネ、とどめにまったくサイズが合って無いブカブカの制服。あんなのが俺の夢に入り込んでたのか……うぇぇ、マジ信じらんない! 勘弁して欲しい、いやマジで!
「……おい獏天。本当にあれがサキュバスなのか?」
「日本人に容貌を変えているけど、私のザ・バクアイで正体は丸見えです、間違いないですよ~」
「ザ・爆愛? どっかのアイドルグループの曲か」
「何を言ってるのですか鍋くん~、漠の目ですよ~、どんな変身も全て見破る人知を超えた獏の目、それがザ・バクアイなのです」
「ふうん。っていうか俺の中でサキュバスは妖艶なお姉様さまってイメージだったんだけどなあ。あれ色気も何もないガリメガネじゃないか」
「鍋くん、そういうお色気満点な夢魔とは、有名人や政財界の実力者の精気を吸っている上級夢魔なのです。奴は全然下級の夢魔ですからあの体形が限界なのですよ~」
その下級夢魔にコバンザメされてるお前はどうなんだよ!? と思ったが口には出さなかった。
「ふーん、しかしカレー食ってるけど、サキュバスも人間の食べ物好きなのか?」
「らりひゃはは、夢魔は幽体で精気を、現実体で食物を取らないといけないんですよ~。な~んて面倒な構造体なんでしょうね~。その点私めは夢があれば生きていけますから、えほん!」
誇らしげに慎ましい胸を叩く獏天からサキュバスへ目を移した俺は小さな溜息を吐く。
あんなガリメガネが獏天に成りすまし、夢の中で俺に手足を絡めてきたとはどうにも信じられなかった。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます