第2話 夢部(仮) の巻

「聞いて聞いて! 体育館の脇にボロ小屋あるでしょ? そこにあの獏天が夢部っての立ち上げたらしいよ。なんでも夢を研究したり、悪夢を解決する部とか」

 昼休みも終わる頃、教室に飛び込んできた女子が仲間へそう話すのが俺の耳に入った。

 ――――悪夢を解決する、か。ふうん……

 腕を枕に机の上へ突っ伏す俺は、その話を頭の隅へ留める事にした。

 俺は日々夢見る男、そうエブリデイドリーマーだ。

 ちなみに、俺の言う夢とは“将来の夢”とか“彼女に夢を語る”の夢ではない、眠りに落ちた時に見る夢の方だ。

 記憶を手繰り寄せると、保育園に入った辺りから欠かさず夢を見てきたと思う。

 他の奴らは「起きた途端、内容を忘れる」らしいが、俺の場合そんな事は無く、ここ一カ月見た五十近い夢は全て克明に思い出せる。恐らくこれまで見た夢も全部記憶にあるはずで、時間を掛ければ保育園時の夢も思い出せるはずだ。

 そして肝心要の夢といえば娯楽性の強いものばかり。それこそアクション、SF、ファンタジー、ホラー、コメディ、何でもござい! てなもんだ。しかもそこらの下手な映画より面白いときてる。

 そんなもんだから、昔から時間があればうたた寝ばかり。当然友達らしい友達も出来なかった。夢の中に行けばタフな相棒やら共に戦ってくれる美少女が必ず居るのだ。リアルで友達に恋人を作る必要がどこにある? って恋人は余計だったか、全然モテない俺が言うと強がりにしか聞こえないもんな。

  ―――で、高校の入学式から二週間経った今、当然のぼっち状態。

 『机でいつも寝てる人』

 『机のニオイを嗅いでないと死んじゃうやつ』

 『机が嫁』

 そんなクラスメイトの陰口も馬耳東風。

 今日の昼休みも机に突っ伏し夢の世界、家に帰ってベッドでうたた寝、また夢の世界、といった夢三昧生活を送っていた。

 そんな俺が夢部へ行こうと思ったのには訳がある。

 ちょうどここへ入学した頃だろうか、寝汗びっしょりで目覚める夢を見るようになった。

 悪夢は人生初体験。更に内容はほとんど憶えていないというもう一つの初体験。

 しかもその悪夢を見る回数が、徐々に増えている気がする。

 放課後、体育館の脇にある小屋へ俺の足が向かった理由はそれだったのだ。

 廃部になった柔道部が使っていたというボロくて小さい木造小屋。その引き戸に、

 

 夢部(仮) 夢を研究する部。あなたの悪夢、解決します

 

 という紙が貼ってある。

 あからさまに怪しい、ヘタウマの字が更に怪しさを増幅させている。

 俺は理由があるからこの戸を開けようとしているが、普通ぜってー開けないって、こんな怪しい紙貼ってあったら。

 とりあえずの第一歩、年季の入った木の戸をノックしてみた。

 ……返事はない。

 つかの間、引き返そうか悩んだが思い直して戸を開けた。そう、脳内裁判官が「怪しい」と判決下したら『急用思い出した』とか言ってトンズラすればいいだけの話だ。

 予想していた引っ掛かりもなく、思いのほか素直に戸は横へ開いた。

 開いた戸の向こうには畳が引かれたガランとした空間。正面の窓から入り込む陽光の中、室内の埃がゆっくりと漂っているのが見える。そんな部室の中央に、女子が背を向け正座していた。

 もみあげが長い特徴的なショートヘア、ピンと立ってるくの字型のアホ毛、クラスメイトの獏天とすぐわかった。

 「あのー……」

 背中に声を掛けたが気付いた様子は無い。猫の額程の玄関に目を落とすと、女子の靴が二組並んである。

 「あの……失礼しますよー」

 靴を脱いで畳へ上がった。ぷうんと、長らく使われてない部屋特有の臭いが鼻をつく。

 驚かす気はさらさら無いのだが何故か忍び足になってしまう。静かな雰囲気を壊していけないという日本人特有の、空気を読む性質が俺をそうさせているのだろう。

 とはいえ近づきつつある俺に、獏天の背中は今だ気付いた様子がない。

 傍から見たら女子に忍び寄る変質者にしか見えない俺は、彼女がどんな人物か思い起こしてみた。

 真っ先に思い出したのは入学早々行われたテストの事だ。高得点を取ったというのは女子達の話から知っている。この時思ったのは“頭いい奴”である。だが、バレーボールで、バスケで、何度も顔面にボールを受ける姿を目撃。運動神経がニブちんなのを知ることになり“頭のいいニブちん”という評価に変わる。更には天然入ってる事も判明、女子のたわいない質問に頓珍漢な答えを返して爆笑され、あたふたしている姿を目撃したのは一度や二度ではない。という訳で現在俺の中で獏天の評価は“頭がいいニブちん天然系”となっている。

 ――――俺のノックにも声にも気付かないのはその天然故かもしれない。

 獏天の真後ろまであと数歩という所で立ち止まった。

 真後ろからいきなり声を掛けたらどんな人間だって驚くだろう、獏天みたいな天然系なら尚更だ。下手すると大声出された挙句、先生数人により職員室へ連行されるかもしれない。

 ここはゆっくり彼女を迂回しながら前方に回り、『気付いてない様だから勝手に上がっちゃったんだけどゴメン』と片手を上げて声を掛けるのがスマートってもんだろう。

 俺は自分の紳士的なプランに頷きつつ、彼女から距離を取って歩き出した。

 『まだ気付いてないのか?』と横目で彼女を見ると、見知らぬ女子が獏天の膝枕で寝ている姿が目に入った。

 ははあ、玄関にあったもう片方の靴はこの女子のか。にしても何恋人同士みたいな事やってんだ?


つづく

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