獏ちゃんが「悪夢はもう食べたくない」といいました!

こーらるしー

第1話 おーぷにんぐっ! の巻

 城壁をも貫通する強力な呪文のつるべ撃ち、一撃でドラゴンを即死させる直接攻撃の連打、そんな魔王を前に、俺は満身創痍。体力を回復する呪文もアイテムも尽きた。

 「これを使うしかないか」

 力を振り絞り、鷹の刻印が刻まれた勇者の剣を掲げる。

 「勇者、まさかアジュール・インパクトを使うつもり!? いけないわ!!」

 「己の命と引き換えに魔王を滅ぼす気かい? やめな! アンタらしくないよ!」

 「魔王を倒したとしても、勇者、あなたがいなければ……私、私……」

 魂と引き換えの奥義を発動させるべく意識を集中する俺の耳に、思いが込められた仲間達の声が響く。

 剣先に蒼い光が浮かび上がり、剣全体にその光が行き渡った。 

 「みんな、魔王無き後の世界を頼むぞ!」

 危険を察した魔王が呪文防御を解除し、全ての魔力を込めた攻撃呪文を撃ち出した。

 俺は苦笑した。この最終奥義が発動した今、全ての攻撃は無意味なのだから。

 見えない壁に炸裂する攻撃呪文を前に、俺は奔流のような蒼い光りを放つ剣をゆっくりと魔王に向けた。

 「アジュール・インパクト(聖なる群青の衝撃)!!」

 そう叫ぼうとした、その時――――

 天井の壁を突き破り、巨大な人の手が現れた。

 その巨大な手は驚愕の表情を浮かべる魔王をあっという間に指先でつまむと、そのまま突き破った天井の穴へ消えていった。

 暫しの間を置き、魔王の悲鳴が遠くから聞こえ途絶える。

 呆気にとられていた俺を強烈な地響きが襲う。

 穴の開いた天井から、またもや巨大な手が現れた。それは穴を広げるよう天井を破壊すると、魔王の間の壁を手当たり次第に壊し始めた。

 「な、何なんだ、あの手は? みんな、大丈夫か!」

 降り注ぐ壁の破片を盾代わりにした剣で防ぎつつ、振り向いた俺の目に映ったのは巨大な手にさらわれる三人の仲間達。

 「うおお! そいつらを、そいつらをを放せぇぇ!」

 俺の声も空しく、悲鳴を上げる仲間達を握った手は雷光煌めく曇天へ消えて行った。

 瓦礫の山と化した魔王の間、そこで両膝を着いたままの俺は言葉も出ない。


 「らりっひゃあ~、こりゃまた香ばしくてピリカラな味ですよ~」


 女のご機嫌な声が空から響いてくる。


 「らりひゃひゃ~ん♪」


 今度は巨大な手が二つ空から現れ、魔王の間から見える山々をむしり始めた。余りにも大きすぎる手だったので、成層圏に頭が届く巨人の仕業ではないかとふらつく頭で考える。その冗談みたいに巨大な手は広大な田畑を、鬱蒼とした森をむしり続けた。その内、視界に映る全ての景色をむしり取られ、虚無の空間だけが残った。俺はその虚無の中、ただ一人立ち尽くす……。そこへ

 「やっほー、鍋くん」

 と先程のご機嫌な女の声。そして虚無の中から巨大な顔がぬっと現れた。

 この顔、見覚えがあるぞ。

 そう思った途端、身に纏っていた勇者の装備が乾いた砂の様に弾け飛ぶ。

 そうだ、これは――――


 「んふふぅ、鍋く~ん」


 瞼を開けた俺の目に映ったのは、虚無の中から現れた顔と同じ顔、それも鼻が当たるかと思うほど間近。

 そうだった……俺はこいつに夢を……だから膝枕されてるんだった。

 後頭部に当たる柔らかな太腿の反発力を利用して俺は慌てて起き上がる。

 「とーってもピリカラ香ばしい夢で美味しかったですよ~」 

 口からひと筋のヨダレを垂らした女の子が両手を頬に当て、妙に長いもみあげとアホ毛を揺らす。

 「俺、どんな夢見てたんだ? 獏天」

 「あれですよ、鍋くんが勇者になって、仲間のギャル三人と共に魔王退治に旅立つという、お約束ハーレムファンタジーな夢でしたよ~」

 「そうだった、今度はそんな夢だった。何かお前に夢を食わせる様になってから中二病っぽい夢多くなった気がするんだけど」

 「中二病上等! じゃないですか。こ~んな美味しい夢をいっぱい見れる鍋くんって、ある意味天才ですよ~」

 「いや、そんな天才聞いた事無いから、何の役にも立たないから」

 「またまたご謙遜を~、役に立っている者がここにおりますよ~。だから見てくださいよ~、見て貰わないと私生きていけませんよ~、だってここに来る人達の夢って本当にマズイのばっかりなんですから~。しっとりふっくら、絹のような舌触り、甘辛くもスパイシー、あっさり且つコクのある鍋くんの絶品夢が食べられないと私生きていけませんよ~!」

 「俺の夢は、三つ星レストランか!」

 俺の苗字は鍋島だ。そこから一文字拝借、鍋くんと呼ぶこの女子の名は獏天優夢(ばくてんゆうむ)。

 高校の入学式と同時に俺のクラスへ転校してきた彼女は驚くなかれ、夢を食べる伝説上の魔物、獏一族の末裔なのだ。

 それを知ってしまったのは、夢部、そうこいつが立ち上げた部へ足を踏み入れたからだった。

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