小さな探検の思い出
水守中也
第1話
「おい、奈緒。『山』に探検しに行くぞっ」
「えっ。今日も?」
「ああ。なんか面白いものを見つけようぜ」
たっくんは私に白い歯を見せて笑った。
たっくんは私の家の隣に住む、同級生。
つい最近引っ越してきた私にいろいろ構ってくれて、たまにうるさいと思うときもあるけれど、いろいろこっちのことを教えてくれて、いちおう感謝はしている。
ここは埼玉県の所沢市。
駅前はビルがたくさん並んでいるけど、私のお家があるのは、駅から遠く離れた市の端っこ。お隣の狭山市との境目あたりだ。
この辺りは大きな建物やマンションなんてなくて、代わりに平べったい畑が周りにたくさん広がっている。
そんな畑の先、狭山市との境目に、すごく大きな雑木林があるんだ。端から端まで、ずーっと木が並んでいるくらい大きな林。「東京ドーム○○個分」かは分からないけど、学校の校庭分だったら、何十個分くらいたっぷり入ると思う。
そんな大きな雑木林。
地面が盛り上がっているわけじゃないけど、たっくんをはじめ地元の人は、なぜかこれを「山」って呼んでいる。
そんな山は、私たち子供にとってはお手軽に冒険できる場所なんだ。
「今日は何を探すの?」
「そうだなぁ。こんだけ広いんだし、死体を探してみようぜ」
「えー。そんなの見たくないよ―」
「じゃあ、宝だ。なんか、宝物」
「てきとー」
私は口をとがらせつつも、たっくんの後に付いて雑木林の中に入ってく。
草はぼーぼー。落ち放題の枝や葉っぱを踏んづけて、奥へと進む。蜘蛛の巣があるけど、気にしない。おうちで蜘蛛を見つけたら大騒ぎなのに、ふしぎ。
森の中には、所々に人が歩けるくらいの道がある。車が通る道路のようにアスファルトじゃなくて、ただ草と木が生えていない土の小さな道。
けものみち、じゃなくて、人間みちかな。たまに自転車で森を通り抜けようとする人とすれ違うこともある。
森を探検するようになって、私もどこの道がどこにつながっているのか、少し分かるようになってきた。
けれどそれだと、ただ森の道を歩いているだけなので、冒険っぽくない。
たっくんもそう思っていたのか、急にいつもと違うことを言い出したんだ。
「よし。今日はこっちにいってみよう」
「え……これ、道なのかなぁ」
たっくんが言った場所は、確かに土が見えていて道っぽいけど、その幅は三十センチ定規くらい。すぐ両脇は草がぼーぼーで、歩いていたら、きっと服が汚れちゃう。
でもたっくんは私の答えを聞かずに先に行っちゃったので、私もその後を追いかけた。
仕方ないなぁって思いつつ、ちょっと冒険っぽいかもって、ドキドキしながら。
「おー。なんかすげぇ、古いテレビ、発見!」
「なんか、普通のテレビと形が違うね」
「昔のテレビはこういう形だったんだぜ。前に見たことある」
「へぇぇ」
じゃあこれは、ずっと前に捨てられたテレビなんだ。
森の中にはこういう粗大ごみも多い。こんな奥まで持って行って捨てるも大変そうなのに。
結局、すぐに道っぽいものはなくなっちゃったけど、折れて倒れた木の下をくぐったり跨いだりしながら、私たちは森のずぅっと奥までやってきた。
周りに道がなくて木がぎっしり生えているからか、いつもより森の中が薄暗い。
右も左も前も後ろも全部、茶色と緑とまっくら。
家も人も空も見えない。車が道路を走る音も聞こえない。
鳥や虫の鳴き声が、いつもより大きく響いていて、まるで人が入ってきちゃダメなところのよう。
そう思ったら、急に怖くなっちゃった。
「ねぇ。たっくん。そろそろ帰ろうよ」
「…………」
へんじがない。
なぁんか、やな予感がした。
「……もしかして、迷ったの?」
「だ、大丈夫だって。適当に歩いてきたんだから、適当に歩けば戻れるさ」
「えっと、それって、やっぱ迷ったんじゃ……」
「あーもぉ。そんな顔するなよ。仕方ねぇなぁ。じゃあ秘密兵器を使うか」
そう言ってたっくんがポケットから取り出したのは、携帯電話だった。
「電話、するの?」
「ちげーよ。携帯で地図を見るのさ」
たっくんは得意げに言うと、ぎこちない操作で私たちがいる場所の地図を画面に映し出した。
「……あれ? 何もないよ」
私たちがいる場所は、ただ真っ白になっているだけ。
地図だと何にもない広場みたいだけど、実際はぜんぜん広場じゃない。
近所の公園は緑で塗られていて、木があるんだなぁってわかるのに、この大きな雑木林は、地図にもないんだ。
「ち、地図がなくてもまっすぐ北か南に歩いていればいつか山から出られるって」
「でも、あっちにある古い洗濯機。ずっと前にも見たような気がするよ。まっすぐ歩いていたはずなのに」
道のない森の中。歩きやすい方、歩きやすい方と歩いていたから、まっすぐ歩いているようで、実はぐるぐる回っていたのかも。
もうそろそろ日が暮れちゃう。このままじゃ遭難だ。
ぐすっと目頭が熱くなる。
そんな私を慰めるように、たっくんが力強く言った。
「とにかく目標を決めて歩こう。とりあえず、あっちのひょろりとした白っぽい木を目指すぞ」
「う、うん」
さっきよりもさらに草だらけ、木の枝だらけの中を突っ切って進む。
すごく大変だけど、たっくんがしっかりと通れるようにしてくれて手を引いてくれるのが、力強かった。
まぁ、元はといえば、たっくんのせいなんだけどね!
そんなこんなで進んでいく。
うっすらだけど、森の先が明るくなった気がした。
「あ。出るぞ」
「うんっ」
そして私たちは、ついに木々の間から抜け出した。
でもそこに広がっていたのは、雑木林の外の、家が並んでいる街並みじゃなかった。
けれど――
「わぁぁ」
「おぉぉ」
私とたっくんは、思わずそんな声をあげちゃっていた。
そこは大きな畑だった。雑木林のど真ん中に、ケーキの型取りで削り取ったような、ぽかんと大きな四角の空間が広がっていたんだ。
――秘密基地。
そんな言葉が真っ先に頭に浮かんだ。
ただの畑なのに、まるで宝物を見つけたような気持だった。
「なんか、すごいな……」
「うん……」
こんな森の奥でも、ちゃんと人が作ったものがあるんだ。
そういえば、この大きな森も、昔の人が植林して作ったって学校の先生から聞いた。
自然もすごいけど、人もすごいんだ。そう思うと、少し勇気づけられた気分。
そして、私ははっと気づいた。
「ねぇ。畑なら、どこかに農家の人が使っている道があるんじゃない?」
「あっ、そっか」
私の予想通り、畑の周りをぐるりと歩いてみたら、森へと続く、人が普段歩いているような道を見つけた。けものみちじゃない。ひとのみちだ。
私たちはそこを駆けるように進んだ。
そして。森を抜けだした私たちの前に広がっていたのは、まったく知らない場所だったけど、明かりがつき始めた家が何軒も並んでいる、人が住んでいる場所だった。
☆☆☆
そんな小さな冒険も、もう十年以上前の出来事。
昔は荒れ放題だった森も、今ではだいぶ整備された。
粗大ゴミはほとんど見なくなったし、枯れ木や倒木も撤去されたおかげで、森の中も見通しが良く明るくなった。
遊歩道も整備されて、散歩がてらに歩いている年輩者、お母さんに連れられた子供たちもよく見かける。
小さい頃は、畏怖を感じた森も、ずいぶんお手軽で身近になった印象だ。
冒険という感じはなくなっちゃったけど、それでもちょっと道を外れて森の奥へと足を踏み入れれば、まだまだ昔ながらの、原生林のような光景が広がっているだろう。
たっくんと携帯で電話しながら、そんなことを思いつつ、私は遊歩道から森の奥を見て言った。
「――ん? 私? うん。今は勉強の息抜きに、ちょっと「山」を散歩しているよ」
小さな探検の思い出 水守中也 @aoimimori
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