8.燦然なる刃

前書き

こんにちは!最近初めて自販機の当たりを引きました矢口です。ああいうのって大した得にはならないのですが、何故か高揚感をおぼえますよね?何故なんでしょうね。駄菓子で少し大きめの金額が当たったり、ゲーセンのジャンケンマシーンで勝ったりすると地味に嬉しいですよね。

そうでもないですか?ゲーセンといえば最近ガンバライジングに復帰して楽しませていただいております。もっとどうでもいいことでしたね。

少し話題を変えさせていただきます。実は近々執筆スピードが落ちているのですが、僕も今年が受験生ということで申し訳ないですが気長に待っていただければと思っています。しかしやる気に関しては相当なもので、設定ノートにもっとたくさんの情報を書き込んでより読み応えのある作品を目指しています!これからも身の丈守って頑張りますので、良ければ読んでくださいね!

というわけで怒涛のバトル展開から始まります八話。笑顔のために戦うことを決めた三人を良ければ応援して下さい!僕からも...頑張れジーク!それでは後書きでまたお会いしましょう。ウナムでした!


「不本意。でも命令。殺戮開始。」

 オクトパスはいつものクセのある片言で戦闘開始を宣言した。それに答えるようにレジェは僕の口を借りるようにオクトパスに言い放った。

「いつかジークの顔の傷の仇を。と思っていたんです。今がその時のようですね。」

 その言葉を返すようにマウスも声を上げた。

「そっちが逆らうのが悪いんじゃんか!?大人しく平伏してればいいのにさ。」

 この言葉を返したのはジェミニだった。

「そうもいかねえんだよ。お前らの正義は歪んでるぜ。ジークの正義に俺は乗っただけだ。」

 僕は今一度剣を強く握り、にじり寄ってくる三人の盗賊たちを警戒した。

「結局は綺麗事だ。自己満足するためだけの偽善はやめたらどうだ。勝った者が強いのだ。勝ち方が卑怯でもな。」

 盗賊三人と二人の罵り合いが終わり、刹那の沈黙が訪れる。その沈黙はオクトパスの一撃によって破壊されることとなった。

 オクトパスは音もなく服と連動したあの鞭を僕の背後からふるった。

「沈まぬ太陽・白夜」

 僕の体からは魔力が抜け切り、その魔力は僕を守る装甲へと変化した。流石にレジェの魔法は質が高い。相手のどこから来るかも分からぬ一撃を捕らえて防いでしまった。僕はオクトパスの鞭が鎧に当たった位置からオクトパス本体の位置を予測するように、大きく剣を振った。その一撃は大ぶりに反して軽く小さな手応えになって腕に伝わってくる。

「今のが本気の一撃か?それとも俺たちを舐めているのか?」

 オウルは腕のアーマーを上手く利用して僕の一撃を最小限の威力でいなした。しかし、この剣の起こす風圧によって追撃を入れる暇はなさそうに後ろに跳んで下がった。

「そういうわけじゃない!誰も殺したくないんだ!」

 僕がオウルに対して答えると、背後から擦り寄る殺気を感じた。

「綺麗事だね!黙って死ね!」

 背後からの攻撃を避けられないと悟ったその時、視界がいきなり回転し、僕の剣はマウスの振るった二刀流の短剣を受け止めていた。間一髪だったが、一体何が起こったんだ。

「ボーッとするなジーク!反応が遅いぞレジェ!」

 ジェミニの一言で、自分がジェミニに守ってもらったことを悟る。白夜はピンポイントで守る移動式の盾のような魔法のため、レジェが反応した攻撃しか防ぐことはできない。故に今の攻撃に気付いていたのはジェミニだけなのだ。さすがというか魅せられるというか、この二人なら僕要らなくないか?

「そんなことはありません。結局一人で三人相手していることに変わりはないですから。」

 確かに画だけを見たら一対三なわけで、呼吸する暇もないほど降り注ぐ攻撃を捌くので限界だ。攻勢に転じる暇もありはしないし、僕には切れるカードも限られている。今もし仮にデッドゾーンに突入して体の自由が上手く効かなくなれば良くも悪くも結果は芳しいものではなくなるだろう。それでも僕の選択は揺るがなかった。人の笑顔のためになら痛みにだって耐えられる。その自信が僕にはあった。自信というより、希望に近かった。

「レジェ。僕の魔力はもう空っぽだ。この鎧のおかげでね。そこで一つ提案がある。」

レジェは僕が提案をする前から勘付いていたようで驚く素振りはなかった。しかし、反対の色がレジェの気持ちから見て取れた。

「ジーク。自分の体に魔力が残っていないのに魔法融合だなんて本当に次こそ死にますよ。」

 いいやレジェ、僕は綺麗事でもいい。マウスの言う通り綺麗事でどうにかできる問題じゃない。でもやっぱり笑顔のためにできることをしたい。自分が笑顔になるのは人が笑顔になった後がいい。

「レジェ!ジェミニ!僕の今の思いがしっかり伝わってるなら...僕を、笑顔にしてみせろ!」

 レジェとジェミニは拍子抜けしたようだった。とても痛かった。二人の僕は笑顔に取り憑かれた悪魔とでも言いたげな眼差しが。

「ジーク!お前の志は間違ってない。でも、今のお前は間違ってる!」

 攻撃を受け止めながらレジェとジェミニは僕を止める。でももう僕は止まりたくない。衝動が体をうずかせるのが分かった。

「あぁもうじゃあどうすればいいんだよ!」

 発狂寸前の僕の前に、ニヒルかつ無邪気な笑顔をしたクリティカの姿が現れる。

「死ねばいいんだよ?簡単じゃない。一瞬の痛みでスッとね。」

 こいつはまだ理解出来ないようだ。命の大切さが。クリティカの悪意を肌で感じている。自分から悪を教えろと言ったとはいえ、これほどまでに深く染まった悪は全てを呑んで無くしてしまうようなゆらゆらとした恐怖を醸し出していた。そんなことを考えているとクリティカは僕の心を読んで言った。

「僕が命の大切さを知らない...ねぇ?じゃあさっき自分を犠牲にして戦おうとした君は命の大切さが分かっているとでも?」

 図星だった。僕は考えが詰まってしまいそれと同時に、足が絡まり転んでしまった。

「チャンス!」

 マウスは独特の素早い足取りで近づいてくる。一度距離を詰められたら三人で袋叩きされることだろう。

「ジーク!耳貸すな!お前にはお前の正義があるんだろ!?証明して見せろ!」

「ジーク!ジェミニの言う通りですよ!落ち着いてください!」

 二人の言葉が僕を救わんと投げかけられるがそれを無慈悲に踏み潰したのはオクトパスの言葉だった。

「ジーク。君の戦う理由。ごちゃごちゃ。矛盾だらけ。」

 うるさい。うるさいうるさい。僕の笑顔の理由はみんなの笑顔なんだ。そのために僕が命を賭すのは別に間違っちゃいないはずなんだ。僕は否定されることなんて。僕は間違ってない。僕は...

「そう!間違ってないよ?ジーク君は!だーかーら!サクッと死ぬか〜それとも、サクッとこの三人を殺るか!それのどちらも正しいことなんだって。どっちかが達成されるまで正義に決着がつかないじゃないか!」

 クリティカの言葉を横で歯を食いしばりながら聞くクロニカの顔は悲しく歪んでいて、僕は憤怒の湧き上がる血液の熱を覚え、薄く浮かべた涙ですら蒸発させるかのように口から紅蓮の炎を吐く。

「ブレスファイア!」

 僕の体には魔法を放つ魔力など残っていない。レジェの魔法、白夜にブレス魔法を重ねるのがもはや当たり前の戦い方のようだ。炎はクリティカに吹き付け、彼の顔を焦がさんと照り付けた。しかし彼の顔は全くの無傷で、あの気味の悪い笑顔が浮かべてあるのみ。

「見てごらんよ!僕はこんなに笑顔さ!君に笑顔の理由があるように、僕にも理由がある。それは...人間の醜い悪を晒された時だ!そう。僕が何をしなくても人々は悪事を働くのさ!つまり何をしていなくても僕こそが正義の頂点に立てる!」

 気味の悪い笑顔は意地悪とも下衆とも見える。ただ今はそんなことを気にしていられないほどに体が熱い。脳は焦げ付き思考機能が完全にショートしたかのようだ。つまりは死線を乗り越えるあの瞬間が訪れたということ。

「あぁその通りだよ。クリティカ。結局僕は偽善者同然のクズかも知れない!でもなぁ...死に物狂いで何かに努めてきた人間じゃなきゃ分からない事があるんだよ!教えてやるよ。次は僕の正義を教える番だ。」

 僕はとうとう自暴自棄になったように自分自身の愚かさを認めた。死んで、死んで、やっとの思いで生きている自分を一度でも当たり前だと思った僕に終止符を打つために。限界を知らない体は僕の思考のはるか先をいく。盗賊三人の攻撃は激しいものだったが一撃も当たることはなく、回避することがほぼ当然のようだった。

「なんだ。これ。当たらない。」

「なんなんだよー!こいつ!気持ち悪いやつ!ビュンビュンと羽虫みたいに!」

「噂に聞く、死の境界線デッドゾーンという奴か。しかし俺の目からは逃れられない。いつかは当たる。それまで攻撃を続けろ。」

 盗賊三人を翻弄し一歩先を行く。

 オウルは他の二人を下がらせ、一人で立ち向かってきた。純粋な肉弾戦を挑まれた気がした。僕は剣を鞘に納めて右手を若干前に差し出すように構えた。

「剣を使わずとは余裕か?相当な自信だな。」

 オウルは僕が剣を使わないことに不服なのだろう。しかし僕は殺すために剣を振ってるわけじゃない。だから悪いけど剣は振るってやれない。オウルには悪いけど眠っててもらおう。

 僕は足を踏み切って一気に距離を詰めた。オウルはゆっくり緩急をつけてこちらの動きを読むように一撃をいなした。

「デッドゾーンといえどその程度か。死する直前の状態など虫の息だ。」

オウルは勘違いしているようだ。デッドゾーンは死の直前の状態ではない。死の先にある覚醒状態だ。

「甘い...。僕の思考には追いつけない。」

オウルの脇腹に爪先が刺さり、オウルは目を見開きながら痛みを耐え、僕に反撃を仕掛けてくる。僕はオウルの反撃をスレスレで避ける。

「ジークやべぇぞ...このままじゃいくら死を乗り越えても後遺症が残りかねないぞ。」

「ジーク。本当にこれがあなたの望むものなのですか...?」

二人の声はもう僕には届いちゃいなかっただろう。だから僕は。

「しばらく寝てろ。邪魔するな。」

 そう言って僕の体はオウルの背骨を折るように蹴りをかます。蹴りを受けたオウルは体をフラつかせる。

「ぐっ...これがデッドゾーン...?」

オウルの唇の端から血が滴る。そう。僕の意識は今あの盗賊三人を眠らせることしか頭にはなかった。

「次は...どっちだ。」

ゆらゆらとした意識の中で破壊衝動が滾り、がなる心臓を抑えきれなくなっていた。オクトパスとマウスはオウルの惨状から察したのか腰が引けて逃げ腰だった。

「ジーク。許して。怖いよ。」

泣きながらに言うオクトパスに僕は黙ってゆっくり歩いていく。恐怖を与えるかのように一歩ずつ確実に。

「い、嫌だ...!嫌だ!死にたくない!」

「抵抗しなきゃはかり間違って殺すことはない。眠れ。」

相手の首元に刈り込むような蹴りを放った瞬間。

「やめてくれ!」

僕の前に立ちはだかったのはマウスだった。蹴りの勢いは殺すことが叶わず、マウスの首を刈り込んでマウスの顔面を踏みながら地面に叩き落とす。

「マウス...?嘘。だよね?ねえ。返事。して。」

オクトパスは涙に涙を重ねながら僕を憎悪の目で見る。

「やめろ。僕をそんな目で見るな。全てはクリティカとお前たちの笑顔のためだ。」

僕は僕自身でも歯止めが効かなくなっていた。自分がどんなにひどい言葉を発しても、もう止まらない。自分の正義が自分では実行できなくなっていた。デッドゾーンは感情が格段に薄くなるようで、これじゃあ本当に死人に口無しだ。

「ジークさん。やめて下さい。もう、もういいでしょう。ね?死人がでないうちにやめましょう。」

僕の前に立ちはだかったのはクロニカだった。これ幸いとクリティカは僕を悪のどん底に落とすような甘くて苦い言葉を吹き込んでくる。

「僕との戦いを邪魔するやつは全員敵でいいじゃないか。僕さえ葬ればそれで正義の遂行ができるんだろう?」

僕の拳はクリティカのその言葉を免罪符に、無慈悲にクロニカに向かって勢いを増す。その瞬間僕の理性は、拳を一瞬だけずらすことに成功した。

「やめろ。僕はこんなの望んじゃいない...。」

閉じ込められた意識の中で嘆き続ける。次第にそれは叫びに変わる。僕はこんなことのために力を使おうとしたわけじゃない。今誰よりも悪を全うしているのは僕自身だ。僕には暴力なんていらない。

「力なんて無くても...乗り越えられる...!間違いは時間をかけてでも正せばいいんだ!」

デッドゾーンと理性が体の中で対立する。理性がない以上は二人の声も聞こえない。でも、理性を取り戻しつつある今なら聞こえる。聞こえてくる。手を差し伸べるその声が。一筋の光になって。正確には二筋の光がさしているようだ。

「ジーク。お前の所々についたその血の代償は大きい。お前が人に流させたその血をお前は償うべきだ。」

「ジーク。あなたの強さは私が保証します。あとは心の強さ...ですね。」

 僕の意識と体が一致する。死の境界線を迎えた体に僕はやっとの思いで追いついた。僕の無慈悲な行動は決して許されないだろう。しかし僕は。僕は!

 それて対象を見失った拳を自分の腹に突き立てる。悪い夢から強制的に醒めるような。そして再び鞘から剣を抜く。デッドゾーンの強大な力は剣をまた黒く染める。死の色と呼ばれるようなどこまでも深いドスの効いた黒い剣。しかし、この前のように抑えきれない力が宿ったような感覚ではない。どちらかといえば、力を全て込め切ったような。そんな感覚だった。その剣はいつしか黒くなくなっており、星龍剣は紅く、蒼く、時に色の概念を超越した輝きを放った。それは壮絶な炎。それは異常な熱。それはまるで燦然なる刃に二つの混ざり合わない炎が舞うようだった。

「ジークさんの剣、美しい...!」

 クロニカは手元を口で押さえて驚きの表情を半分隠した。

 この温度を感じない二色の炎。まるであの自称神みたいだな。そんなふざけたことはどうでもいい。今はただ、誰かのために剣を振れ。

「僕と戦う...?あーあ!愚か者の考えることは分からないね...僕がどう戦うかもまだみたことがないし、君はデッドゾーンを解除した。もう君に勝ち目はないんだよ。君がその剣を進化させたところで、使いこなすまでには多少なりとも時間がかかる。負け試合を続けるのはやめにしないかい?」

 僕にはまだ考えがある。奴に賭けるのは癪だが仕方ない。僕は息を吸った。

「そんなの願い下げだ。君に勝って、君に一から笑顔を教える。それが僕の...正義の一つだ!」

「へぇ...じゃあ?君が死んだらそれも考えてあげるよ。君が望む笑顔は君が作ってくれよ?」

そう言うとクリティカの腕はたちまちなくなってしまった。そして輝きを放つ半透明の刃が僕を襲った。どういうことだかわからないが、あの刃はクロニカの指輪から放たれていたものと類似しており、なんらかの関係性があると踏んだ僕は思い切ってクロニカに聞いた。

「クロニカ!君の弟の武器ってもしかして...!」

彼女は渋るようなそぶりを続け答えようとしない。しかし休んでいれば真実を知る前に僕が殺されてしまう。僕は無数の封剣を避け続ける。デッドゾーンの余韻でやっと避けられているだけで、この体の熱が冷めればこの量の剣は避けきれないだろう。

「おい!あいつの体、細かい剣になるみたいだぜ!どうするよ!」

「埒があきません。あちらの攻撃は当たる。こちらの攻撃は空を切る。ということになります。」

深層意識で二人の会話を聞き続けるうちに僕の体からスッと熱が引いていくのを感じた。デッドゾーンが切れるその前触れだろう。しかしここで止まってはせっかく繋いだこの命が無駄になる。僕は覚悟を決めて右足を軸に前のめりになる。チャンスは一度きりだ。

「ジーク。何をするつもりですか!?」

 深層意識にいるレジェにすら悟られない秘密の戦術。

「開けてみなくちゃ分からない。トロイアの木馬さ。」

 二人はその一言で全てを悟ったようだ。僕とクリティカの封剣はあと数瞬で衝突することだろう。

その時全ての封剣は僕に触れず外れていき、またクリティカの体を構築する。

「何をしたんだ...?もう知ってる限りのカードは切らせたのに...?」

クリティカは憎しむような表情で僕を睨む。それを軽々しい態度でのらりくらりとかわすのはもちろん自称神"トロイ"だ。

「本当に切りたいカードは見せない。それが...切り札って奴でしょ?ね!ジークくん!そして...はじめましてクリティカくん。」

 トロイのいつもの狐火は温度を帯びていて、狐火では無くなっていた。近くにいると火傷しそうなほど熱い。そして何より今日のトロイにはいつものような軽い口調が声色によって重みを帯びている。いつもの存在感が圧を増している。神という垣根を超えた他の何か。きっと奴は時代の傍観者であると同時にこの街の守護者なんだろう。だからこの街の管理者を取り戻すためなら僕を助けてくれると踏んだのだ。

「ジークくん。俺の性格から行動を読んだでしょ?それは半分正解。その正解の回答として俺が今ここにいるってわけ。」

「ふざけるな。貴様は一体誰だ。人の家に土足で踏み込むとは...加えて僕の邪魔をするとは腹立たしい!」

「それはそれは失礼。でも俺はこの通り、浮いていて、土足でも床を汚したりしてないけどね。それより俺は今ジークくんの武器扱いだから邪魔じゃないんだよね。」

 いや、初耳だ。戦闘時に呼び出すと武器として来てくれるのか。いや、いくらピンチでもあまり使いたくない武器だな。それにしても僕の不正解とはなんだろう。今はどうでもいい。今は目の前の敵に笑顔を教えるまで黙って剣を握れ。

「ジークいつトロイを武器にしたんです?」

「俺は認めねぇぞジーク!武器扱いでもなんでもあいつと馴れ合うのはごめんだ!」

 二人には悪いがしばらく我慢してもらおう。

「あと!そこで顔をしかめたローブの君?オクトパスくん!もしジークくんを恨むのだったらお門が違ってるんだな。この結果を予測していて止めなかったのは何を隠そう俺だからね。」

 オクトパスはその瞬間怒りを露わにした。

「うるさい。うるさいうるさい!ジークも。クリティカも。意味のわからない自称切り札も。黙れ。僕の大切な仲間の仇。取らせてもらう。」

 オクトパスは音もなくトロイへ距離を詰める。そして鞭をトロイに振りかざす。するとそこにトロイの姿はなく、鞭は空を切り、床に力強く叩きつけられた。

「ヒュー!危ない危ない〜!うーん...心苦しいけどしばらく寝ててよ。」

 そう言うとトロイは二色の炎に姿を変え、オクトパスの周りをゆらゆらと舞い始める。オクトパスはそれを払おうと必死に暴れるが、予想を遥かに超えるスピードでトロイは炎の中から現れ、オクトパスを天井まで弾き飛ばし、落ちてくるオクトパスをやんわりとキャッチすると、マウスやオウルと一緒の場所にゆっくり寝かせた。

 クリティカはその様子を注意深く観察していたようだ。何も危害を加えるような行為に転じようとはしなかった。しかしクロニカは恐怖に打ち震えるような表情をしており、もう一言も発せないようだった。しどろもどろで何を言っているのか分からなかった。

「ど...なん...い...そんな...」

「ん?あー!君がクロニカか!初めまして!」

 トロイは自分が恐怖を与えている張本人とはいざ知らず、クロニカに紳士な態度でお辞儀をする。

「僕の姉に話しかけるな...僕は神に選ばれし者だ。言うことを聞いてればいいんだよ!」

 クリティカは今までにないほどの大声で叫ぶ。その姿はまるで、獣に睨み付けられた獲物の最後の断末魔のようだった。

「その選ぶ側がここにいるんだけどなぁ...みんな神だって信じてないでしょ?俺、悲しいよ?」

 いつもの軽口もクリティカを遥か上から押さえつける恐怖にかわる。今まで散々自分と同格に扱って来た神が圧倒的な力を携えて目の前に立っているのだから恐怖しないなんてことはないだろう。

 トロイはニヤッと笑うとクリティカに選択を迫る。

「時代の傍観者として、ジークを選んだ神として。クリティカ、君に問う。金輪際ジークに手出ししないと約束するか、今ここでジーク君の剣に引き裂かれるか。僕は手を下さないから、選んで欲しいな。」

 トロイは目に見えない速度でクリティカの後ろに回り込み、何かを囁いた。その瞬間クリティカは今までの余裕を全て失ったような表情でトロイを振り払う。その時のクリティカは顔が若干青白く息が上がっていて、立っているのすら辛そうだった。

「おい、あれは何をしたんだ...?俺には分からなかったぞ...」

「おそらくですが、恐怖を心の根元に植え付けるようなことをサラッと囁かれたのではないですかね...」

 トロイは謎が多い。神や精霊に干渉してきたレジェ、創星神という神を生業として来たジェミニのいずれも名前すら知らなかったくらいの神だ。どんなことができてもあまり不思議ではないのだ。

 後で聞いた話だが、レジェの考察は当たっていて、「|束縛(チェーン)」という暗示魔法らしい。あの時知らず知らずのうちに恐怖を与えていたのだということだった。

「さぁて!どうするのかな?僕はその他だなんて容赦はしないので、悪しからず〜。」

どんどん青ざめていくクリティカの顔を僕はじっと見つめるしかなかった。クリティカは次第にガタガタ震えはじめ、ついには発狂したように頭を抱えた。

「ぐあ!んぬ...ぐらぁぁぁ!」

まるで耐えがたい激痛を与えられたようにもがくクリティカをトロイは見下すようにしてずっと見ていた。

僕は我慢ならずクリティカに近寄るとクリティカは絶叫した。

「僕を殺せ!殺せばこの世界はまた悪と正義で分断されるだろうこの街の正義の頂点である僕を殺せば君は少なからず悪であることを認めざるを得ないのだからな!」

 息つく暇すらなさそうにクリティカが僕に叫ぶが、僕は毛頭クリティカを殺す気など微塵もないのだ。だから僕は手を差し伸べた。彼にとっては偽善者に映るだけの右手を、彼のできるだけ近くで。

 その光景を見たクロニカは驚いていたようだ。しかし僕もこんな事を自分がするなんて驚きだ。なによりも憎んだはずなのに、誰よりも殺意を抱いたはずなのに、僕の正義は剣よりも手のひらを選んだ。

「同情のつもりか...僕を弄んで楽しいか!?雑魚の分際で鬱陶しい!僕は...僕は...騙されないからな...お前らみたいな偽善者...傍観者...模倣者...全員見ているだけのクズに今まで僕の積み上げて来たこの街を穢されてたまるか!」

 クリティカのこの言葉にクロニカがついに怒りに震え、クリティカに声をあげた。

「うんざりしますね。あなたは自分一人でこの街を作って来たとでもおっしゃるつもりですか。釘を打つ者がいなければこの立派な王宮も街もなく、ものの売り買いを仲介するものがいなければこの大きな物流も回りません。だから...」

「うるさいんだよ...何もできないデクの坊な姉なんて僕は必要としてない...」

そう言うと体を封剣に変え、クロニカを襲うクリティカ。しかし奴がいる限り、その攻撃が通るはずもなかった。

「残念だけどこれ以上、君に人を殺されちゃたまらない。君のためにも、人々のためにも。俺にとってはどうでもいいことだけど、俺が選んだ人間はその未来を望んでる。」

トロイは無数の封剣を軽口を言いながら防ぎ切る。奴の魔法は今まで見たどの魔法とも違う。そして奴は他と違い、反撃に出る様子が全くない。人に痛みを与えることすら嫌っているかのように。オクトパスを弾いた時も直接触れずに気絶させていた。何が起こったのか分からずじまいということもあり得るほどの能力。その守りはまるでトロイの性格を体現したかのようなものだった。

「おいジーク!お前も戦えよ!あいつに全部持って行かれんの嫌なんだよ!」

「私もジェミニに同じです。戦いましょうジーク。」

二人の言葉で、トロイに見惚れて動きを止めていた自我が覚める。さすがに神を自称するにふさわしい強さ。しかし、これと相対する者がいるというのだから僕も先は長そうだ。

「よし。僕も戦う!クリティカの笑顔は僕が作る!」

 クロニカを庇うようにして魔法で封剣を防ぐ防戦一方のトロイ。これではいたちごっこである。ここでこの流れを止めるのは紛れもなく僕だ。この封剣を止める術はもう見つけてある。実は奴の体が全て封剣になる時、体の装飾品の中で唯一腕輪だけは封剣にならないのだ。ということはあの両腕にはめている腕輪を外せば、奴の能力は消えるはずだ。

この考えを深層意識にまで巡らせ、レジェとジェミニはうなずく。

 僕は無数の封剣に正面から突っ込んでいく。その時トロイは魔法の名前を口にした。

千刃鶴メタルウイングス

全ての封剣を無数の鋼鉄の鳥が受け止める。僕の攻撃の隙を作ってくれたのだろう。これ以上のチャンスはない。突っ込め!

「レジェ!ジェミニ!頼んだよ!」

僕は左右に二人を分散しながら解放し、二人は腕輪を奪取する。

 すると腕輪の中心部にさっきまでの細かい封剣がクリティカの体を構築する。僕は慣性に従ってクリティカに飛びつき、組み込み、関節をこれ以上曲がらない方向で固める。

「おぉ〜。剣が覚醒したにも関わらず、体術で勝ちに行くとはなかなか...俺でもちょっと引く。」

クリティカはバタバタともがき、唸っているが、言葉は一切発せていない。クロニカはそれを見て驚きや安堵、悲しみや怒りなどのどんなようにでもとれる表情を数秒保った後、目から大粒の涙を流した。言葉を失ったような彼女はただ黙々と泣いていた。レジェはクロニカに寄り添い、ジェミニはトロイと共に盗賊三人のこれからについて話していた。

僕は悪あがきを続けるクリティカを抑えるさなか、体に妙な熱さを感じた。冷や汗が体を伝う。僕の体はまたあの真紅に染まる感覚を味わう。

デッドゾーン。僕は魔力のない状態で二人を解放するために魔力を使った。故にまた、デッドゾーンが訪れたのだろう。今僕が意識を捨ててしまったら、クリティカの首はいとも簡単にへし折られてしまうだろう。他ならぬ僕の腕の中で。

 それにいち早く気づいたトロイが僕の方へ飛んでくる。僕はクリティカの首を一周して口元にあった手に顔を最大まで近づけ、唯一口に届きそうな中指を糸切り歯で思い切りかじった。想像を絶する鈍い痛みが僕の体を取り戻す。僕の体が僕の体であるうちに強制的にデッドゾーンから引き戻す。これが僕の死を乗り越えるやり方だ。

「ジークさん。すごい量の血...。」

大したことない。今まで数回死ぬほど血を流した。

「おいジーク!クリティカを抑えるのはもう良いんだ!そいつに戦力はねぇ!」

分かってない。今までの悪行を悔いてもらうまで僕はこいつを離さない。

「ジーク!それ以上は危険じゃ!奴もお前も!」

知らない。危険を冒さず結果が得られるほどこの世は綺麗事で回ってない。

「ジーク。すみません。」

 レジェのその言葉から数秒後僕の頬には鋭い痛みが走り僕はデッドゾーン特有の下降思考から抜け出す。これは俗に言うビンタという奴だ。

なんだか、痛い。なによりも心が。僕の心の中で何かが弾けてぐちゃぐちゃになったような。そんな感覚だった。僕はその瞬間両手を挙げてクリティカを解放した。クリティカはもう抵抗する意思も気力も無かった。そこに残ったのは虚しさで、僕の複雑を極めたこの感情が涙を残すのみだった。つられるように元々泣いていたクロニカが大声を上げて子供のように泣いた。クリティカは立ち上がりクロニカの方へふらふらとした足取りで歩いて行った。その時ふと目に入ったトロイは、黙って手を振るといつものように狐火を残して消えてしまった。

「姉さんはジーク君の正義を信じ切れるのかい?僕が間違っていたと言い切れるのかい?」

 クリティカはクロニカに問うのみだった。いつもの罵詈雑言や暴力的な動きもなく、その姿はまさしく家族そのものだった。

「はい。言い切りますとも。私が信じた正義ですもの。あなたも分かってくれますよ。」

微弱な笑顔を隠すようにクロニカは顔を上げた。僕はなんとなくそれが嬉しくて水を差すのも悪いと思い、黙って立ち去った。帰る途中、ピスケスに出会った。オリオンが来るということで手料理を振る舞う準備のために市場に来ているのだそう。しかし僕の体の具合が悪いのを隠せるはずもなく、ピスケスからこれでもかというほど心配してくれた。

 事情を事細かに話すには気力が足りず、大丈夫だよという一言だけ残して家へ帰った。

 帰る途中少し気になったことをジェミニに聞いてみた。

「ねえねえザード?なんでさっきいきなり僕に声をかけてくれたの?」  

 フェルノがいつも喋っているから、ザードが喋るのがだいぶレアなのだ。きっと何か意図があっての事だと思って聞いてみた。

「お前が体を熱する度に我が氷結が溶けそうになるのでな。」

ザードはなんというか、意外とドライな解答を寄越した。するとフェルノは

「こいつ実はジークの心意気が気に入ってるから、変わって欲しくないんだとよ。」

と、意外な答えを口にした。ザードはそれに照れ隠しで反論しているのが分かるくらいに声を荒げて否定した。しどろもどろで反論するものだからいつもの余裕がなくてなんだか可愛く思えてくる。

「ジェミニの二人はよく似てますね。」

とレジェが火に油を注ぐものだから二人の言い争いがいきなり激化した状態で始まる。それでも二人は似たもの同士。それが分かる瞬間はすぐにやってくる。

「俺はこいつと似てなんかねぇ!」

「我はこやつと似てなどおらぬ!」

うん。実はちょっと分かってた。

でも意外なのは、ザードがフェルノと似てるって言われるのが嫌になる日が来たって事だ。前まで自分から似たもの同士じゃ。とか言ってたのに、二人に何があったのだろう。でも何故か二人とも喧嘩しているどころか前より仲が良くなった気がする。僕にはよくわからない何かがはたらいているのだろう。

「ジークもきっと分かりますよ。いつかは。」

レジェは未来の僕を見据えているようだけど本当に分かるのだろうか。少しの楽しみと少しの不安と大きなプレッシャーを背負ってその言葉に軽く相槌を打つ僕の言葉は少し詰まっていたかもしれない。

 家に着いてひと段落しようといったときにふと思い出した事。何故クリティカはユグドラシルを見つけようとしていたのだろうかという疑問。そして思い出したくはないオクトパスの憎悪と憤怒に満ち満ちた苦い表情。きっと僕は取り返しのつかないことをしたという罪悪感。僕の眠気を蝕む蝗害として充分なほどの精神的な圧が僕を追い込んでいた。しかし僕はこの戦いで学んだことがある。それは「悪への道は善意で舗装されている」という言葉の信憑性。僕は自らの笑顔という正義のために盗賊二人を死の淵まで追い込んだ、その挙句あの空間にいる存在全てを皆殺しにしようとした。きっと死ぬ直前と死んだ直後は誰でも自分が可愛いのだと知った。人のために生きる者も自分の死を免れるためなら人を殺めても良いと正当化してしまうのだろう。そんなことが頭を回っているうちに寝ることもなく外が暗くなった。そしてお腹が空き始めた頃、玄関から大人しげなノック音が乾いた空気を震わせた。

 ドアを開けるとそこには盗賊三人が立っておりオクトパスは真っ先に頭を下げた。

「ジーク。ごめんなさい。元は僕たちの責任。ジーク。悪い事してない。」

「オクトパスの言う通りだ。俺たちが先に食ってかかったのは事実な訳で、死なずに済んだのはお前の裁量だ。改めて謝罪する。」

「ごめんな。でも、あんなに怖くて痛いのはしばらく御免だ。もうジークとは戦いたくないね。」

そう言うと三人は直角に頭を下げて謝った。しかし僕は納得がいかなかった。だから僕は三人に提案を持ちかけた。

「僕は謝ってもらうより、感謝される方が好きだよ。だから!今日から笑顔で感謝すること!僕たちと協力すること!これじゃダメかな?」

 三人は綺麗事だと分かっていてもこの提案に乗ってくれると信じている。僕は息を呑んで手を差し伸べた。するとその手をいち早くとったのはマウスだった。

「一旦はその案に乗ってやる!ありがとうな!でもお前の事が怪しかったりしたら悪即斬だからな!」

無邪気な笑顔を見せながら放つ言葉に僕なりの重みをまた重ねながらうなずく。また少しずつ笑顔を増やす。きっとこれが僕の剣を振る理由。それでもまだ納得しないこの心の奥底がもどかしくもあり、明日を楽しみにするスパイスでもあることを僕は知っている。そしてそれを教えてくれた二人は何も言わずにマウスとの握手を眺めていた。これから起こる苦難にも笑顔で立ち向かえる勇気を僕はこの時誓ったのだ。


後書き

はい!呼ばれてなくても飛び出る矢口です!八話に関してはほぼ会話と戦闘シーンでしたね。でもこの世界の謎を紐解くのもまだまだ先です!しかし今回は地味にジーク君が怖かった。闇堕ちジーク君も素敵でしょ?デッドゾーンの副作用なんです。前回言った通り、獣のような精神と身体能力が身につくため、自身の生存のためなら他を食い殺すような恐ろしい状態なわけですね。この世界にその状態を発現させた者がもう一人いると言うのだから恐ろしいことこの上ないですね。さぁ九話は八話で大きく変わったパワーバランスに注目して読んでもらいたいですね。あとトロイくんの傍観者をあくまで捨てない戦闘スタイルはきっと相手もうざったい事でしょう!書いてる最中めっちゃ楽しかったですね。あ、この話はまた九話の後書きで!それでは八話後書き締めさせていただきます!またお会いしましょうウナムでした!またね!

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星掴む剣朽ちるまで 矢口ウナム @chabaran

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