2.風薫る丘

前書き

先日ゴミ捨て場の黄色いネットをかけるときに、ゴミ漁りしていたカラスを捕らえてしまいました。どうも。矢口です!

第一話お楽しみ頂けていればと思います。今二話を書いている時点では全く読者がおりませんが、いつか読んで頂けると信じて書き続けます!それでは、二話もお楽しみください!ウナムでした!


 流れに逆らう蛙を見送る。視界の先には無限に湧くのでは無いかというほどの水が、大小様々な岩によってできた不規則な道を流れる様は自然の力強さを示唆しているように思えた。ジャンプでも超えれなくはなさそうな川だったが、すぐ近くにこの大自然には似合わない、人工的なレンガの橋があるのを見つけたのでそっちを渡ることにした。

 しばらく進むとジェミニが妙な事を言い出した。

「なぁ?さっきのカエル、あれカエルじゃねえよな。カエルの形を何かだと思うんだが...」

さっきのカエルがなんだって言うのかわからないけど、レジェも同意を示していた。

「ジーク。あれはきっと誰かの使い魔だと思うのですが。実態を持たない存在の使い魔がなぜ、ジークの手に乗れたのか。それは気になる点ではあります。」

ジェミニもレジェもあれがカエルでない事を悟っていたが、何の確証もないし、きっと二人の早とちりだろう。それはさておきジェミニがいつもよりソワソワしてる気がする。

「おい。なんか視線感じないか?」

今日はヤケにジェミニが過剰反応するな。しかし視線を感じる点においては、さっきから少し気になっていた。

「これはきっと彼女ですね」

レジェは勿体ぶったように名前を伏せて、視線の正体が女性である事を伝えてくる。今日のみんなは少しおかしい。確証のない、ふわっとした抽象的表現をしてくる。なんて思って歩みを進めていると次第に風が吹き始めた。穏やかな追い風だ。僕の身体は風に追われるがまま前へ前へと進んでいく。

「お前は追い風でもトロいなぁ...ったく。俺の神器使うか?速ぇぞ?」

 それじゃ散歩にならないだろ。ってツッコミを入れたいところだけど、それよりも僕は驚いている。魔王とも呼ばれた残虐者が、人のために己が力を差し出そうとしたのだから。その時ふと、思い出したのだ。昨日の戦いを。

「ねぇジェミニ?昨日、今まで使ったことのない神器をなんで使おうとしたの?」

「それはだな...あの...その、そういう気分だったんだよ!」

ジェミニは本当に嘘が下手だな。なんて思っていながらレジェの様子を伺うと、レジェは少し、穏やかな気持ちでジェミニを思っているように感じた。

 ジェミニはあの会話以来、悶々としてしばらく話してくれなかった。

なんというか...乙女?みたいだな。なんて思ったりしたけど、ジェミニにバレて少し嫌に思われた。ごめんてば。

 追い風のおかげもあってか、かなり早く丘が見えてくる。同時に森を抜け、だいぶ進んだなと後ろを振り向く。登る前は日が低く涼しかったが、すっかり日が昇りきり、とっても暖かくなっていた。

「ねぇ?君?その剣がどんなものかご存知なのかな?」

いきなり知らない声が僕に問う。まるで待ち伏せでもしていたかのように手を振ってニヒルな笑いを浮かべていた。少し紫がかった髪の好青年だが、何故かとても存在感が強大で、圧倒される。

「自己紹介が遅れたね。僕の名前はトロイ。端的に言えば神さまなんだよねぇ。」

「通りで存在感が凄いんですね。で、その神様がこの剣に何の用ですか?」

僕は神様に物言いする態度とは少し離れた態度で青年を見た。実際この街は神がいても霊がいても、違和感なんてない。しかし、この青年にそんな力があるとは思えなかった。

「あぁ失礼!君が持っている剣のと似たものに星龍剣というものがあってね。そこに封じられている子に用があったんだけど。他剣の空似とでも言っておくかな!ごめんね。俺ってばこういうところあるから!」

そう言うと青年は、青と赤の炎を纏って消えてしまった。しかし、その炎には全く温度を感じなかった。

「何だったんだあいつ?気色が悪ぃ奴だな。」

「私もあのような神は知りません。しかし、あの強大な存在感は間違いなく神に匹敵するでしょう。」

二人の会話を聞きながらさらに歩みを進めると、めっきり視線は感じなくなった。やはりつけられていたようだ。ということはジェミニが気づいたカエルの件。あれもきっと...と、今までの態度と打って変わり、少し警戒しながら進むことにした。

 丘までそんなに距離がなくなってきた頃、僕の鼻孔をくすぐる優しい香りがどこからかした気がした。

「ねぇ二人とも?この丘ってこんなに不可思議なことが起こる場所なの?」

僕は流石に不思議なことだらけで、誰かが仕組んだものだと錯覚し始めていた。二人はこの丘について何も心当たりは無いそうで、ジェミニに関してはこの丘がある事を今日知ったとらしい。

 登り坂を登っていると少しずつさっきの香りが強くなってくる。近くに赤く艶めく花は生えているもののこの花は、全くをもって香りを発しておらず、これとはまた違う香りがどこからかしているという事を突き止める。

しかし、もうすぐ断崖絶壁の丘。何かあるとは到底思えない。焼き菓子のような香りを探しつつ僕は丘の頂上まで辿り着いた。僕は驚いた。

この景色についてもそうだが、一番この景色に感動していたのはジェミニだったからだ。ジェミニは最近、本当に道徳的だ。少し不器用だけど。

「なぁここの景色。なんか故郷に似てないか?」

ジェミニはあたかも僕たちが故郷を知っているかのように語りかけてきた。するといきなりジェミニの口調が変わった。

「あぁ我もそう思う。このような景色を見るのはひさしいな。」

レジェは状況を早い段階で自己消化したようで、もうほとんどを悟ったようだった。

「ジーク。ジェミニとはギリシャ語で"双子座"を指す言葉です。逆に今まで二つの人格が無いのがおかしいとまで思っていましたが、数百年封印されていて初めて二つ目の人格に干渉しました。」

という事はだ。ジェミニには二人の人格があって、何かの拍子にその人格が出てきたってことになる。そして僕は三重人格から四重人格だったってことになる。なら今まで"俺"と名乗っていた人格は本体なのかそれとも...

「どちらも違うわこのたわけが。我と奴は二人で一人なんじゃ。あやつは男の人格を持ってるし、我は女としての人格を持つ。ある種ハイブリッドなんじゃよ。」

脳内で浮かんだ疑問を悟られて、説教までくらってしまった。しかしどういう事だろう。人格が違えば、意見も違うはずなのに。

「お前さんは何もわかってないのぉ。本当に感覚が繋がってるのか疑わしくなってきたわい。あやつと我の脳は完全に同じ事を考えるようになってるんじゃよ。」

「って事はs...」

「その通り!お前さんがあのリベリナー・スネークと戦った時、あやつと我は同じことを考えてお前さんに神器の力を使ったんじゃ。」

僕の頭の中を完璧に読んで先駆的に喋ってくる。すごくグイグイくる。でも、あの戦いでこの子も貢献していた事を知れて良かったと思う。

「まぁ我はまた奴に体を預ける。それじゃあの。」

そう言うと、ジェミニは元の人格に戻った事を証明するかのように、

「お前ら何も聞いてないことにしとけよ!?俺はあいつと一緒なんかじゃねえぇぇぇぇぇ!!!」

と怒鳴った。しかしなんだか嬉しそうな雰囲気を感じなくもない気がした。

「レジェ。後ろを見てください。」

レジェは僕に景色を見る時間を与えてくれない。もう帰るのか。なんて思って後ろを向くとそこには、とても大きな屋敷じみた家が建っていた。

「さっきまでこんな家無かったよね...?幻影魔法みたいな...?」

と二人に尋ねると、答えたのは二人の内どちらでもない、とても澄んだ女性の声だった。

「半分正解で半分不正解です。これは結界ですよ。結界。」

空に浮く女性を見て僕は、リリスが言っていた「ふわふわ浮いている」という情報に酷似した人(?)だな。と思った。

「まずは自己紹介を。私(わたくし)の名前はマリン・フレデリカ。風の精霊王にしてこの花園の管理者です。」

僕たちの登ってきた道に花園なんてあっただろうかと周りを見渡すと、辺り一面が妖艶的な花園になっていた。僕はその事に驚いたが、自己紹介を返さなければと頭を下げる。

「レイン・ジークです。この丘では絶景が見えるとの話があって、散歩しにきたのですが、こんな美しい花園まで見れて今日はいい日だな。なんて!」

僕は精霊王のイメージがリリスだったので、礼儀正しい精霊王への接し方がわからずとりあえず、どうにか言葉を紡いだ。するとマリンさんは、

「あなた、私の花の良さが分かるなんていい子ね。お茶でもしましょう。おいでなさい。」

と家に僕たちを招待してくれた。

お邪魔すると、まず目に飛び込んできたのは家具がアンティークまとめられた貴族のような内装である。外見のオシャレさもさることながら、内面のオシャレさも負けていない。短い間だけでも、とても高貴な人なんだと感じるほどこの人のこだわりは尋常ではない。

       *

「俺はジェミニ。あんたどこかで見覚えある気するけど、まぁ人違いだろ。まぁ、よろしくな!」

「私はレジェ。大昔、聖騎士を生業とし、強さを追い求めていた者です。よろしくお願いします。」

僕の反対を押し切って二人はマリンさんに自己紹介をすることになった。

「ジェミニさんに関しては存じておりますよ。創星神の双子座様ですよね。それはさておき、ジークさんはお若いのに花の良さをわかっておいでのようで嬉しい限りです。」

「そう感じたってだけですよ。別段詳しいわけではないので...」

なんだかこれこそ王女って感じで逆にやりにくい。でも嘘はついてないし、お茶もとってもおいしいし。ん?そういえばこの紅茶、味の違いに鈍感な僕でも美味しく感じる。

すると、レジェが

「そんなに美味しいのですか?感覚が繋がっているとはいえ、直接頂いてみたいものです。よろしければ直接頂いてもよろしいでしょうか?」

僕は快くレジェに意識を渡した。

するとレジェはティーカップを見つめ、その次にマリンさんに軽く礼をした。そうするとマリンさんも微笑んで何も言わずに頷いて返した。

レジェは一口、音一つ立てずに静かに飲む。

「ご馳走さまでした。」

「お粗末様でした。」

なんとなく波長の似ている二人の静かなお茶会が終わり、ジェミニはマリンさんにどうしても聞きたいことがあるようなので、仕方なく意識を渡した。

「なぁ。精霊王さんや。なんで俺たちを結界の中に入れたんだ?あと、俺たちの屋敷にいた緑の精霊はお前のだろ?なんか企んでんじゃねぇだろうな?」

「私は風の精を放して情報を集めているのですよ。そして屋敷に入れた最大の理由は私の事を覚えておいてもらうためです。何かあった時のために...ね。」

「あぁそうかい。じゃあ信じるぜ。」

結局はジェミニの早とちりだったみたいだけど、リリスが寝言で言ってたのは間違いなくこの人だろうという目星もついて、少し話が繋がってきた気がした。

 そろそろマリンさんにも迷惑かと思い、お暇しようと立ち上がる。

その時不意に、マリンさんが

「リリスって精霊には気をつけてね。荒っぽいし、繊細だから。」

そう言うと僕達を玄関まで送ってくれた。玄関を出ると、猛暑と言えようほどの暑さが僕たちを襲った。

初夏と言うには蒸し暑く、何かがあると疑った。流石におかしい。

すると、ピンという何かが抜ける音がした。この金属音、まさか。

グシュー。プシュー。蒸気を発する機械がそこに浮かんでいた。ただの機械ならまだしも、この風格は間違いない。

「創星神...!」

僕を含め三人は少し気を荒立てる。そして創星神と聞いたマリンさんも結界から出て応戦しに来てくれた。

「目標補足っと。創星神に対してだいぶ敵意があるようだけど、僕なんかしたかな?」

「久しぶりだな。アリアスよぉ...あの蛇の件はどう落とし前つけてくれんだよ?」

ジェミニはリベリナー・スネークのことを引き合いに出した。すると羊は軽い口調でこう言い放った。

「スネーク?あの似非(えせ)創星神?あいつの事なんて知らないよ!創星神じゃないもの。」

あくまでシラを切るのか、もしくは本当に知らないのか。レジェは心を滾らせていた。僕とジェミニは一歩退くようにレジェに意識を渡した。

「あなたは仲間の傷に目を背けるのですか...!?...許せません。敵見方など関係無いです。仲間のことをここまで酷く見てるなんて...」

そうすると羊はレジェに煽るように言葉を発した。

「じゃあそこの双子に聞いてみなよ?僕は創星神最弱の名を背負っているけど、その名を僕に付けたのはそこの双子なんだからさぁ?ねぇ!?」

ジェミニは言い返すことも出来ず、自分の過去の行いが今、レジェを苦しめているという心の束縛を受けていた。

「ここは僕が引き受ける。二人じゃあいつの言葉のエサだ。君たちを悪く言うつもりはない。ただここは二人を馬鹿にしたあいつが許せない。だから僕にやらせてほしい。」

僕はマリンに"ある提案"をし、羊に向かって剣を向ける。

「スチーム・アリアスともあろう僕に人間如きが近づけるとでも思ってるのか?」

これ傑作と大笑いする羊。その名の通り、奴は羊の毛のような白い高熱蒸気を四本の足から噴射して飛ぶことや攻撃を可能にしている。ということは、空気の流れが変われば、当然奴も状況の変化による戦法の改変を行わなければならなくなる。僕は二人に救ってもらった。次は僕が彼らを救う番だ。

「アッハハ♪高熱で蒸してやるよ!死ね死ね死ねぇ!」

こんな蒸気に当てられたらひとたまりもない。しかし僕の選択は、剣を振る事だった。

「ハァッ!」

僕が全く見当違いの場所に剣を振った、その刹那。高熱蒸気は僕に当たらず風によって左側に逸れる。僕が剣を振ったのは相手に当てるためじゃない。"風を起こすため"だ。

マリンは風を依代にした精霊王。風さえあればそこに姿を現すなど造作もない。左側に剣を振ることでマリンを振った時の微々たる風にて現臨させたのだ。一旦姿を消してもらったのは不意打ちをするためだ。

相手の視界は今、確実にマリンしか見えていない。僕は突くようにして、実体のないマリンを貫いた。僕の剣はマリンをすり抜けて、羊に直撃する。すると羊の冷却装置に運良く突き刺さったようで、剣先が微妙に凍った。

「んな!?これは不味い!一旦修...」

その瞬間マリンは不気味なほど優しさに満ちた微笑みを見せた。

「それでは、ご機嫌よう。」

僕が突いたときに起こった風を利用して羊の中に入り込み、羊の前足にあたる二本の噴出口を風で押さえ込んだ。噴射口からの蒸気が止まり、バランスを崩した羊は、横転して目を回したようだった。

そしていきなりマリンは羊の中から出てきた。

噴射口が再び解放された羊だったが、いきなり噴射口が解放されたため制御不能となり、四方八方に飛び回った末、どこか遠くへ飛んで行ってしまった。

「過去なんて関係ありません。私にも辛い過去はあります。それはもうたくさん。しかし今の自分の気持ちに偽りがないのなら、それがあなたの選んだ道なんだと思いますよ。」

そう言うとマリンさんは一本の赤い花を差し出した。これはジェミニに向けた肯定であり、レジェに向けた激励であり、そして僕に向けた教訓なのだと。そう思って各々が心に刻んだ。

 一本の花をお土産に森を降りる。マリンさんはやる事があるそうで、見送りできないことを心苦しく思ってくれた。そして、いつもひいきにしている酒場には火の精霊王が人間として働いていると教えてくれた。

それにしても、ジェミニが自分の行いに反省をするなんて明日は火事でも起こるのでは無いかとヒヤヒヤする。最近丸くなったな。ジェミニ。

そういえば何か...忘れているような。火事...かじ...あ!鍛治!

 鍛冶屋に戻るために来た道を下っていく。行きも帰りも追い風だったのはきっと、マリンさんが見守ってくれてたからだね。

「なんだかそそっかしい人達でしたね。あなたは挨拶しなくて良かったのですか?」

        *

 少し時間は掛かったがレジェとジェミニが話し相手になってくれてるおかげでものすごく早く街についた気がする。帰るまでの話題にジェミニの女性人格について話を聞いたけど、何だか理にかなった二人なんだなって思って微笑ましくなった。今回羊を退けられたのは間違いなく、冷却装置を破壊出来たから。それに際してジェミニは、男の人格が莫大な熱を発するらしく、女性の人格はその熱を冷却する役目があるらしい。人格によって名前も違っていて、二人合わせてジェミニなんだとか。

「俺の本名はインフェルノっていうんだぜ。」

「我の名はブリザードじゃ。よろしくの。」

創星神様はやっぱりそのまんまな感じのお名前なのですね。

「失敬な!」

「失礼な!」

微妙に似た言葉で二人に怒られる。思ったことをそのまんま読まれるのはやっぱり少し慣れない。その様子を伺ったレジェが、

「ジーク。この二人はあなたのことを第一に考えてくれています。だから即座にあなたの思考に対応できるように、考えたことに即答できるのですよ。」

するとジェミニは、レジェに言われた事が図星で恥ずかしいのか、

「本当に好きになれない奴だなお前!くっそー!絶対お前を土下座させるまでは死んでやらんからな!」

そうするとレジェはどこか遠い目をして口角を上げた。

「そのいつかは絶対に来ませんよ。私はこれでも誇り高き聖騎士ですから。」

とレジェはどこか楽しそうだった。

       *

 その後鍛冶屋で剣を受け取った。

その時、鍛冶屋の店主さんから聞いたのだが、最近盗みが頻繁に起こっているらしい。気をつけるように言われたが、なかなか実感が湧かない。この文明の街では盗人稼業などしなくとも、生活は安定する。少し修行を積めば機械でも魔法でも、最低限は習得できる比較的経済に余裕のある街だから。

 剣を受け取り帰ろうとすると、路地からいきなり声をかけられた。

「なぁそこの君。さっき少しみていたんだが、人格が三つほどあるようにお見受けした。」

右目にはとても機械的なゴーグルが装着してあり、少し暗い少年が立っていた。

「そうだね。僕はジーク。君は?

なぜ僕をみていたの?」

すると彼は少し僕に近づいて

「俺の名はオウル。情報屋のオウルだ。この名を他言したら命はないと思え。君をみていたのは変な奴だと思って見ていたのだ。僕だの俺だの私だの。人格がコロコロ変わりすぎだ。」

そう言うと彼は鍛冶屋と同じように盗人の話をチラつかせ注意を喚起したのち、いきなり消えてしまった。

何だったのだろうか。しかし、悪い人ではなさそうと直感が言っていた。二人はなんだかそう思っていないみたいだけど。

 家に帰るとどっと疲れがのしかかり、お風呂に入るのもおっくうになっていた。しかし、今日のお風呂はレジェさん。女性にとってのお風呂というのはとても大切なのではないかと思い、竜魔法でレジェさんを体から解放した。今日は初対面が多すぎて疲れちゃったよ。

       *

 私は大昔にこの街を揺るがすほどの大戦を起こした大罪の背負い主。

自らの手で責任を取って命を絶ったが、運命とは残酷なものでいまだこうして生きながらえている。ジークという少年の中で。安らぎの時間であるこの入浴も、本来私が味わって良い娯楽ではないだろう。と考える時があり、これは私に与えられた最後のチャンスなのだと自覚している。今日はジェミニに自分は聖騎士であると豪語したが、あまりの愚言に少し恥ずかしく感じた。

 それにしてもジークはこの文明の街でもみんなに平等な精神を持っている。普通の人なら魔法か機械か。興味関心を持つ文明に偏りを見せる。だが彼は蛇や羊と戦った時も、相手を敬い、トドメを刺そうとまではしなかった。彼の中にいたからよく分かる。

 私に限っては毎日解放すればお風呂に入れるが、ジェミニが不満を言うだろうとローテーションをお願いされた時、私は昔の想い人の姿がジークに重なって見えた気がした。彼も平等であり、公平だった。

創星神の中で誰よりも。

       *

 レジェは時々、僕の知らない人を考えている時がある。あれは誰なのだろう。狩人のような出で立ちであり、若者でありながら肝の座った誠実な男性。

「んなこと考えたってしょうがねぇだろ!?いいから飯作れよ!俺は作れないんだからよぉ!」

自慢げに料理が下手なことを自白される。長く一緒にいるからまぁ慣れっこだが、料理を覚えようって気は無さそうだ。味の違いがわからない僕も差して変わらないのかもしれないけれど。

 いつの間にかレジェは僕の体に帰ってきていた。

「お帰りレジェ。ご飯できてるよ!」

「あら、ジークまたジェミニの当番手伝いましたね...?」

僕は少し申し訳なく感じたけれど、今日はジェミニ意外と頑張っていた。主に火力係として。

「ジェミニは神器の使い方を改めたほうがいいと思いますよ...」

そう言いつつも僕の体で美味しくご飯を食べる彼女はなんだか美しく、儚かった。

 翌日リリスが家に遊びに来たが、相変わらずいつものような憎まれ口を叩いていた。

「おうおう。遊びにきてやったぜ?せっかくだからジェミニ。遊んでやるよ...?」

ニタニタ笑いながらジェミニをおもちゃのように扱うリリス。僕とレジェは苦笑いしつつも、この二人の会話を楽しみにしていた。

「お前なぁ!こんのぉ...あぁもう!ザード任せた!」

「ハイサーイ!我に任せると良いぞ!」

ブリザードの存在もそんなに珍しく無くなってきたな。なんて思っているとリリスは、

「うわっおまっ...気持ち悪!ジェミニとレジェだけじゃなく誰かまた取り込んだのかよ!?」

僕をどんどん軽蔑の目で見るリリスだったが、君も人の事言えないくらいには軽蔑されてると思うよ。

 すると、レジェがブリザードについて事細かにリリスに説明してくれた。

「ふーん。つまり、ジェミニは元から二重人格だったってわけね。双子座ねぇ...」

なんだか、リリスの表情が徐々に緩んでいるような...と思っていると、

「あやつ、リリスと言ったか?なんだか我、あやつに好意を向けられてる気がするぞ...自意識過剰か?過剰なのか?」

いや、それは僕も感じていた。しかし、何故だろうか...

「ブリザードちゃんね...可愛いじゃん。口調と声がかなり好みだわ。」

そう言うリリスだけれど、インフェルノとブリザードの声って違うのか...?と少し思った。

「ジーク。流石に鈍感すぎますよ。ブリザードさんはインフェルノのようにしゃがれた声はしていません。どころか綺麗な声をしていらっしゃいます。まるで歌手のような。」

そうなのか。と思いつつ気になったのは、インフェルノには"さん"をつけない事。なんだかんだやっぱり仲がいい二人だと思う。

「我は悪寒がするのでフェルノにパスじゃ!」

「お、おいザード!待てよ!ったく...あいつと俺が二人で一人なんてよく言ったものだ。意見の相違ありまくりだぞ。」

リリスは残念そうな顔を一瞬見せるも、ジェミニに怒りを表した。

「おいコラ。ジェミニの野郎。早くザードちゃんに戻りやがれ!この!」

あのぉ...僕もレジェさんも入っているので、体をブンブン揺らすのはやめてくれるとありがたいのですが...

脳が揺れ続け目が回る。リリスは少しやりすぎたと思ったようでようやく手を止める。本当にこの人はどこか抜けてる。少し直せばいい人なんだけど。

 するといきなりリリスは怒りのような顔を見せた。いつもマリンさんに怒っている時の顔だ。すると、マリンさんから貰った赤い花が床に散らばっているのを見つける。

「おい。お前ら。マリンにあったのか。会ったら湖に教えに来いって言っておいたよな。ったく。あぁもうあの野郎許せねぇ!いますぐあいつの居場所教えろ!さもなきゃ街を水没させっぞ!」

だいぶ激昂しているようで手がつけられない。どうしてマリンさんをそんなに嫌うのだろう。と思っていた矢先、

「ご機嫌如何ですか?ジーク。とブラックバス。」

いきなり床の花がマリンさんになった。花も依代にできるのか。ということはこの前屋敷に飛んでた緑の生き物はマリンさんの使い魔か。

「てんめぇ...言うに事欠いてブラックバス扱いとは言ってくれるじゃねぇかクソガキが。いい子ちゃんぶりっ子のお前をぶっ潰してやるよ。今日こそはなぁ!」

と、戦闘意欲を剥き出しにするリリスとは打って変わり、マリンさんは、

「今日はあなたにかまっている暇はありません。ジークを借りていきます。ご機嫌よう。」

そう言うと、僕の体を風が包み込み浮かばせ、空を駆けた。後ろからリリスのギャーギャー言う声が聞こえたが、マリンさんは耳もくれずにどこかへ僕を運んでいた。たどり着いた先はこの前言っていた酒場だった。そういえば炎の精霊王がいるんだってね。だからマスターの炒め物は美味しいのかも。

 なんて料理の風景を想像しながら酒場に入って行くと、マスターが普段通り気前のいい挨拶で迎えてくれた。

「よう。いらっしゃい!あれ?マリンちゃん久しぶりだね!バーン君なら厨房だよ!」

バーンっていう名前なのか。なんだか、炎って感じだ。レジェは水の精霊王の事は知っていたけど、風の精霊王は知らなかった。火はどうなのだろうと思っていると、それを読み取ってくれたのか

「バーンとは面識がありますよ。そしてジェミニも面識があります。よね?」

するとジェミニは少し複雑な感情をあらわにした。

「俺はどうって事無いんだが、ザードに関しては苦手意識があるみたいでな。」

そりゃブリザードは氷の使い手なんだからそうでしょうよ。なんて思ったりもしたけどバーンさんに会うのはすごく楽しみだ。生きている間に、四大精霊王の内の三人に会う事が出来ているのだから。

 すこし待っていると、奥からとっても顔立ちの良い、橙色の髪をした男の人が出てきた。

「お!お前がレジェの剣を継いだ...ジェーク?だっけか!よろしくな!」

「よろしくお願いします。あと、僕の名前はジークですよ。」

すると、バーンさんはガハハと笑ってすまないと一言。

「ジークは竜魔法の使い手。あなたの魔法の遠い親戚みたいなものでしょう?だから会わせたかったのよ。私はこれからまだやる事があるからお暇するわね。ご機嫌よう。」

そう言ってマリンさんはどこかへ消えてしまった。

「とりあえず飯食っていけよ!奢るからさ!マスター!俺の給料から引いてこの子たちに飯お願いします!」

「何言ってんだバーン。ジーク君は一人じゃないか。」

「一人だけど一人じゃないんすよ!三人前で!」

そう言うとマスターはやる気で厨房に向かって行った。今のバーンの言葉をどうやって受け止めたのだろうか。マスターはなんだか本当に前向きな人生を送っている。

 しばらくしてテーブルに運ばれた料理の量を見て驚いた。五〜六人前ほどの量が運ばれてくる。

バーンが僕の耳元で、

「マスターには人格の事もう隠さなくて良いぜ。みんなで食えってマスターがさらに大盛りにしてくれたんだよ。」

とささやいた。バーンさんはそれとなくマスターに僕の素性を話してくれたようで、マスターさんは快くそれを認めてくれた。

「レジェさん。ジェミニさん。娘のためにあんた達も戦ってくれたんだろ?バーン君に多重人格と聞いた時ピンときたよ。ありがとう。」

深々と礼をされたあと口を開いたのはジェミニだった。

「マスター。あんたの娘さん守れなかった事は後悔してもしきれない。だから俺はジークと必ずあんたの娘さんの笑顔を取り戻してみせる。待ってろよ。」

そう言うとレジェに意識をパスした。

「ジェミニの言う通りです。そしてバーンさん。ありがとうございました。マスターに本音を言う機会を与えてくれた事に感謝を。」

そうするとバーンも少しくすぐったそうな表情をして、

「料理が冷めちまう!ほらほら!みんな!食って!食って!」

と少し照れを隠すように振る舞った。その時の料理はとても暖かかった。

「ご馳走さまでした。」

「おう!またきてな!」

そう言って酒場を後にした。僕はまだ未成年だけど体には何百年と生きた魂が宿ってる。ただ、僕の体だからお酒は飲ませてあげられないけどね。

       *

-その頃ある屋敷では

「ゼウス様。ジークという男のあの剣やはり...」

「まぁ予想通りだね。ねぇ?姉さん?」

「まあな。とりあえず、これからも経過を観察しておいてくれ。」

「頼んだよー?オ・ウ・ル・く・ん?」

「承知しました。」

       *

「だから!あの羊の神器は他の創星神と組み合わさると厄介なんだよ!」

僕は今ジェミニに、羊を倒しきれなかった事を叱られている。あの羊の神器は「神器・機関(クロック・エンジン)」と言って、他の神器を強化する働きがるのだそう。しかし、何故一人でそこら辺をうろついていたのだろうか。と少し疑問に思いつつ立ち上がる。

 鍛錬の最中に気を抜かすとまた、あらぬ方向に剣を振ってしまいそうだからね。その考えとは逆に、ジェミニは今日も僕の体で寝ようとする。感覚繋がっててもお構いなしなのはそろそろやめてほしいなぁ...。

「ジーク。ただ剣を降っているだけでは意味がありません。もっと全身の力を意識して下さい。」

そう言うとレジェは僕の体の所々を乗っ取り、直すべき場所を直してくれた。面倒見がいい。この人が大戦を起こさずに立派な妻になっていたら、なんてたまに考える。

「もうジーク。変なこと考えてないで集中して下さい!」

レジェはとっても恥ずかしがりながら僕を一喝した。

僕は最近、緑の綺麗な森の奥底で鍛錬をしている。もちろん優しく甘い香りのする丘の近くで。たまにいつも通っていた湖でも鍛錬するけど、リリスが茶々を入れてくると、ジェミニが過剰な反応を見せるので、一週間に一回ほどしか行っていない。

ジェミニ(ブリザード)が最近バーンと会うのを楽しみにしているので、酒場に足を運ぶ機会も増えた。苦手意識って言うのはこんなにも克服できるものなのかと脅威を感じる。

「ジーク!集中して下さい!」

ごめんレジェ。

       *

 鍛錬の帰りに、買い物にいこうと思い、財布を探す。ポーチにいつも入れて...

「ない!?」

そうするといきなり桃色の髪の女の子がボロボロのフードをかぶって、僕の前に財布をちらつかせた。

「返してくれ。それは大切なお金だ。」

「へへん!やーなこった。僕はこれでも盗人でね。貰って行くよ!」

レジェは僕の体を即座に乗っ取り剣を振るったがひらりとかわされてしまう。

「僕は戦うのは苦手さ。じゃあね!」

まずい。このままではお金を全て取られてしまう。その時、

「氷槍(ブリザード)。」

たちまちのうちに生み出された鋭利な氷が彼女の足を貫き、左足を地面に接着してしまった。ジェミニだ。

「さぁて。選んでもらうぞ?大人しく返すか。足が壊死するまで凍るか。」

彼女は手から財布を離し、手を挙げて命乞いをする。

「二度と俺たちから盗み働こうとするんじゃねぇ!このアマ!炎弾(インフェルノ)!」

彼女は恐怖のあまりか寒さ故か震えて声も出せていなかった。破壊的な爆発を地面に叩きつけるジェミニ。盗人は爆風でいつぞやの羊のように飛んでいった。

その時、やはりどこからか視線を感じた。この森で何か起こすとまた次の何かが用意されてるみたいに起こるから驚きだ。


「えげつない。ちょっかいはかけない方が吉かなあれは。」


        *

 後で聞いた話によると、あの盗人はマウスと呼ばれていて、男なんだとか。意外なこともあるものだ。

神や精霊に対しても盗みを働くため、ちょっとした厄介者として有名らしい。ここに住んでもう長いのに全く知らなかったな。

「あぁもう!最近やけに厄介事が多いんだよ!」

「私も気になりますが、私は賑やかな世界を見て、これこそ"文明の街"と感じていますよ。」

「レジェもジェミニも楽しんでるのは伝わるよ。良かった。笑顔が一番だからね!」

 実はあの夜、レジェが自分の事を大罪人だと感じている事は伝わってきていた。いくら竜魔法で解放しても、思っている事は多少繋がって伝わってくるのだ。強く後悔していないとあんなに濃くはっきりとは伝わってこない。どれだけの思いを背負って生きてきたのか。少し考えたかったけど、読まれる恐れがあったので、一瞬でもみ消した。

 それにしても、レジェさんが思っていたあの男性は一体...。

 今日も街を歩く。ふとした場所に答えが散らばっているから。何のために剣を振るのか。僕にはまだ分からないままだけど。

「ジーク。迷った時は自分の足元と人の心を見てください。」

「お前の出来ねぇ事は俺たちがやる。いいからその理由とやらを早く見つけてくれよ。」

この仲間となら、見つけられる気がする。今日も街の喧騒はおさまらない。僕もその波に乗るように淡々と歩みを進める。

「あぁ!いつか、みんなの笑顔見せてもらうから!」


後書き

矢口です!第二話どうだったでしょうか!沢山キャラクターが出てきて、「トロイ」君あたりはもう忘れちゃったんじゃないですかね?

ジェミニ君の新しい覚醒。結構よく描写出来たんじゃないかと思っております!それはそうと、Twitterで僕の紹介をしてくれたり、リツイートしてくれる方いつもありがとうございます!まだまだ読書がつきませんが、諦めず書いていこうと思います!

僕今回ジェミのことちょっと贔屓目に書いたんだけど、レジェの方が自分で書いてて好みです。あとマリンとリリスは相当仲が悪いですね。犬猿の仲でしょうか。間違いなくマリンが犬でリリスが猿だと思ってます。話が脱線しかかってきたのでここら辺で辞めときます。

第三話お楽しみにしていただけると嬉しい限りです。誤字などは気付き次第訂正させて頂きます。申し訳ない...

それではまたお会いしましょう!ウナムでした!

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