1.救う理由
前書き
皆様初めまして。矢口ウナムです!
作家志望の高校生です。皆さんに少しでも楽しんで頂けるように努力していきたいと考えております。何卒よろしくお願いします!
簡素なあらすじやら簡素な前書きの挨拶で飽き飽きする人も多いでしょう。しかし、1話だけで良いので読んでみて評価してください...!
面白いと思ったり興味が湧いたら
二話待ち望んだり、Twitterに来てください。待ってます!お話の後に後書きが書いてあります。そちらの最下部にTwitter載せときますので、絡んでください。エゴサ勢です。
長くなりましたがそろそろ本編をお楽しみ下さい。
*
「ジーク起きて。」
「ごめん...あとちょっとだけ...」
「おういいぜ。いくらでも休め。」
テンポのいい会話が僕の閑静な朝を喧騒なものへと変貌させる。朝の日差しが、風になびくカーテン越しに不規則な影を描いて僕に朝を告げる。
あとちょっとの"ちょっと"の時間すら僕には与えられていないようだ。
目を開けても誰も居ない。広い部屋の広いベッドの片隅でなんだか寂しい朝を迎える。
「おはよう。レジェ。ジェミニ。」
ハタから見れば広い部屋で独り言を言う寂しい少年だが、僕はしっかり名前を捉えて挨拶する。
「おはよう。ジーク。起こせど起こせど起きないから心配しましたよ。」
とても水晶のように透き通った声が僕の鼓膜を体内から震わす。
「チッ。もうちょっと寝ててくれてもよかったのにな。」
と、その水晶を砕かんばかりの暴言が体内から漏れだす。声だけなら可愛いのだけれど。出す言葉はとても可愛いとは言えない。
体内からという表現はあながち間違っていない。何故なら僕は自人格の他に二人の人格を身体に取り込んでいるから。
僕がこうなってしまった理由は話すとこの暖かいおひさまが1周してしまいそうだ。今は、父の形見の剣を握ったらこうなってしまったと、簡略的に話しておく。僕はともかく、この二人は喧嘩が絶えない。なんでも大昔に大戦を起こしたの当事者らしい。
衣服を着替え、身なりを整え、今日も剣の鍛錬のために外に出る。ドアの軋みながら閉まる音を聞き終えるより先に、街の賑わう声が聞こえる。ここは文明の街「リビゼー」
魔法も機械も、神も精霊もすべての文明が手を取り合って均衡を保つ不可思議な街。この街の均衡をここまで保つ政治家はさぞかし心穏やかではない狂人なのだろうと思わない日はない。そんな街の外れには、精霊たちの舞うという伝承のある、太い木に囲まれた小さな湖がある。その湖には水の精がいるとされているが、実際に見たことがあるという情報は全く耳にしたことがない。僕はいつもここで剣の鍛錬をしている。僕の剣は元々聖騎士様が大昔に使っていたもので、並の剣とは違って威力が段違いであるが故、鍛錬中他人に危害の及ばない場所を選ぶ。そのような場所は街の近くに此処らしかないのだ。僕はいつものように湖を取り囲む林の木を的にして剣を横に一振りした。それだけで巨木はなぎ倒れ、あまつさえ剣の軌道に入らないはずの背後の湖水が生きた魚の如く飛び跳ねる。
「まだ腰が入っていません。意識して一からやり直してください。ジーク。」
いつも厳しく優しいレジェは鍛錬に励む僕をいつも見守ってくれている。その逆ジェミニは黙っていると思いきや、スースーと寝息を立てている。僕の体内で寝るな。感覚が共有されてるから眠くなる。間接的な睡魔と闘いながら、虚ろに剣を振る。その拍子、剣は僕の片手を離れて標的を見失う。この剣を加減なしで振ったら湖が真っ二つになってしまう。何とかして止めなければいけない。が、剣は重く、片手では到底止めきれそうにない。その瞬間僕の意識は闇にへと消えた。
「鍛錬中に居眠りだなんて、やれやれです。」
剣の威力を押さえつけ、地面に突き刺す。今の僕の身体では到底有り得ない力を発揮している。僕のメインの人格がレジェに切り替わったのだ。レジェは剣の勢いを完全に落ち着かせたあと、僕に人格を返してくれた。しかしいくら力を制御したとてこの剣の威力は絶大で、湖に小さな竜巻を作ってしまうほどだ。小魚たちが陸に打ち上げられ、ピチピチと跳ねている。その魚に紛れて明らかに、小魚ではない人型の影が打ち上がっている。心配で駆け寄ってみると足には魚の尾がついており、人魚というにふさわしい見た目をしたとても綺麗な顔立ちの女性が倒れていた。女性はとても高価そうな髪飾りをしており、とても庶民とは思えない。見て数瞬の間こそ驚いたがとても流暢に
「マリンあのクソガキ...いつか土下座して懺悔させてやるわ。このクソッタレ。」
と寝言をぼやいているところを見て、ひとまず安心した。けど、容姿からは想像できないくらい口が悪い。それにしてもマリンって人はこの人から相当嫌われてるんだな。
「おぉ!こいつはなかなか上玉な女だな...ジーク!俺に変われ!」
さっきまで寝てたはずの厄介者が厄介なタイミングで起きてしまった。
「ダメだ。君はもう少し倫理という物を持った方がいいと思うよ。」
「うるせぇ変われ!」
無機物のくせに人間的な感情も五感も持ち合わせているっていうのはどうもやりにくいし、返答に困る。でも、感覚が繋がっているからなんとなくジェミニのやりたい事も分かる。僕は自分の選択とジェミニを信じて身体をジェミニに預ける。
「久しぶりの体だぜ。さてと、この女どうしてやろうか...」
やっぱりダメか。こいつをチリほどでも信用した僕が馬鹿...
「こいつ、怪我が酷いな。おいジーク、こいつ抱えて帰るぞ。レジェの光魔法で回復するまで面倒見るぞ。」
ジェミニはそう言うと意識を僕に返し、何かあるのではないかと思うほどに急かしてきた。僕はジェミニのあまりに意外すぎる行動に言葉を失い、理由を問おうとした。しかし、僕もこの人を救うことを最優先にしたい。ジェミニへの言及は後だ。レジェもこの人を救う気持ちに反対はなさそうだった。が、しかしジェミニに命令紛いのことされたのが癪なようで、少し心中穏やかじゃないのも読み取れた。感覚繋がってるからジェミニに敵意が筒抜けなの気づいて、レジェ。
復路は下り坂なので、一人抱えても十分すぎるほどに楽ではあった。それにしてもこの女性、全く重みを感じないのだ。どころか、自分の身体の一部と錯覚するほど存在感自体が薄い。魚の尻尾といい体重の軽さといい不思議な人だ。この街では不思議なことなんて当たり前になっちゃうけど。
いつもより相当早く剣の鍛錬を終わって林を下っているのだが、いつもと違って木漏れ日が白銀に輝きながら揺れている。いつもは風が止んで静止し、紅く染まった木陰を眺めながら帰っているため、見たことのない世界を見ているようで、なんだか楽しく思えた。そう考えると、今背負っているこの人は足がないから、この景色は彼女の瞳にどう写るのか気になった。そんな事を考えているとレジェは僕に向けて意外な言葉を口にした。
「知らない方がいい景色もあるんだよ。ジーク。」
いつも心優しい彼女にこんな事を言わせるなんて、その経験は一体どんなおぞましいものなのか。想像するのも恐ろしい。
「珍しく意見が合うな。聖騎士。」
なんてジェミニは茶化すけど、ジェミニも少し不安というか、恐怖に近い感情を隠しているように感じた。
そうこう話してるうちに、大きい家に帰ってくる。一人で住むには大きすぎる家だけど、実際3人(内一人無機物)住まい。そんな無駄に広くて多い部屋の中でも、一番奥の客室のベッドはいつ誰がきてもいいように特にふかふかに整えてあり、できることなら僕も毎日あんな布団で寝たいと思うほど気持ちのいい布団が準備されている。さて、彼女を看病しないとな。
とは言ったものの、流石に女性の裸体を拝むわけには行かない。そこで、緊急時のみ使うと決めている僕の竜属性の魔法を発動することにした。僕の持つ星龍剣には例の如くレジェとジェミニの人格が封じられているが、竜属性の魔力を注ぎ込む事でその封印を、一時的に解除する事が出来る。要約すると女性であるレジェさんを解放して、彼女の看病を頼もうというわけだ。レジェさんは大昔の聖騎士で、光属性の魔法を使いこなす聖騎士だったそう。光属性の魔法には人体回復や戦闘補助系の技能が多いため、看病に最も向いている人材である。
そうと決まればと、魔法の発動のために呪文を詠唱する。その最中、ジェミニは俺も外に出せとか言ってたけど無視無視。
レジェはとても精巧な鎧を身に纏い、淡い山吹色の長い髪の毛をなびかせてその姿を現す。レジェは久しぶりの自分の身体を軽く動かし、右手の拳をグーパーと交互に動かして久しぶりの体を少しずつ慣らしていた。
「さて、治療を開始しましょう。」
光属性の魔法の詠唱を始めるのと同時に僕たちは部屋から退室した。部屋から少し離れると、ジェミニが僕に静かに問いかけてきた。
「あいつの傷、お前が湖から打ち上げた時はもっと深かったよな?」
僕はあまり変わらないように見えるけど、ジェミニにはそう見えるのだろうか。
そんな掛け合いをしているといきなり、レジェのいる部屋から爆発音が聞こえた。治療しているとは到底思えないような音が鳴り響き、僕は驚いて即座に振り向く。爆発によってドアは破壊され、部屋の前にレジェが飾っていた花瓶は粉々に砕け散っていた。爆風は僕まで届く頃にはだいぶ弱くなっていたが、廊下のホコリが舞って僕の視界を奪い去っていった。目をゆっくり開けると、人影が倒れている。彼女だろうか。だとしたらまずい。打ち上げた挙句、爆発に巻き込まれるなんてことがあれば大惨事だ。舞い上がったホコリを払い除けながら人影に向かう。しかし驚くべきことに、そこに倒れていたのはレジェだったのだ。
僕はどうしていいか分からず、急いで剣にレジェの体を戻した。それにしてもなぜ、爆発なんて起こったのだろうか。
「おい、マリンのクソガキ!ゴラァ!ふざけんなよお前!?」
いきなり客室から知らない人を罵倒する声が聞こえる。たぶんこの家を駆け巡るほどには声が大きい。しかしとても太く張った声で、とても女性のものとは思えない。部屋の中へと入るとやはり、少し大人びた女性の姿があり、裸を見てしまったことに申し訳なさを感じた。実際、視界に裸体が写ってすぐに謝った。
「すみません!女性の方が寝ているのに!」
そうすると女性はとてもこの世のものとは思えないほど、怒りをあらわにした表情を僕に見せた。怖い。とても怖い。やっぱり精神的にダメージを負わせてしまったのだろうか。
「俺は男だ!女じゃねぇ!見てわかんねぇのかこの節穴が。今すぐ目を見てもらうんだな。」
なんか府に落ちないけど、なんか今までの言動的な点が繋がった気がする。それにしても必要以上にジェミニが怯えているのは何故なんだろう。いつもは君もこんな感じなのに。そしてさっきから、レジェが僕の意識にリンクしない。しかし剣に戻る事ができている時点で、生きてはいるようだ。
それにしても、部屋が爆発したことに関しては説明がつかない。どういう事なんだ?回復魔法が爆発を起こすなんて聞いた事がない。でも、この人は無傷でベッドに居座っているところを見ると、確実にこの人に何かあると思わざるを得なかった。
「なんでこんな爆発が起こんだよ?あり得ないだろ?」
僕の意識を勝手に乗っ取り、ジェミニは人魚に聞いた。そうすると人魚は怪訝そうにこちらを睨みつけてこう言い放った。
「お前、喋り方がコロコロ変わるんだな。気持ち悪い奴。そうだな。怪我人を救おうとするのは人間として当たり前だ。だけど俺にはその辻褄は通用しない。」
少し心を開いてくれたのか、悪口にきちんと質問の答えが返ってくるようになった。というかジェミニお前、内心めっちゃビビってるの僕にはバレバレだぞ。よく質問したな。
「あなたを救ってはいけないのですか?僕はジェミニの言ってることの方が正しく思いますけど...。」
僕も内心とても怖い。柄の悪いタイプに絡まれたんだ。当たり前に怖い。
「だーかーらー!俺はオリエントの一人。水を司る精霊王のリリス・アイリスだ!あなたとかお前じゃなくてリリスって呼べ。このアホ。」
相変わらず口は悪いが、自己紹介してくれた。つまり水の精が出ると噂の湖で、目撃情報もろくにない水の精を打ち上げちゃったのか。というかリリスって名前は完全に女の子なのでは。という疑問が僕とジェミニの間でかぶったが、これ以上激昂されても困るので、黙っておくことにした。それと同時にジェミニはもうほとんどを理解したような心情でいたのを僕は見逃さなかった。
「つまり回復魔法とリリスの魔力が逆流しあった結果がこれって事か。」
ジェミニは妙に頭がキレるため、すぐに爆発の原因を突き止めた。
「そういうことだ。てな訳で俺は帰る。あとお前ら、ふわふわ浮いてるクソガキ見つけたら湖に来い。」
多分探し人はマリンって人なんだろうな。なんて思いながら湖の方向を教える。妙に素直に帰っていったけど知らない間に、魚の尻尾のようだった足が人間の足になっていたのに気付く。さすが精霊の王。身体の形も変幻自在だ。あれ?って事は性別について怒られる必要性はなかったのでは...なんて、なんとなく怒られて損した気分になった。ジェミニにその心情を読み取られてしばらくイジられたのはまた別の話。
-その頃とある街角では...
「リリスに会ったのか...なかなか見込みがあるね。さて、と...」
「格好を付けるのも良いですが、お仕事もなさって下さい。下請けの私の身にもなって欲しいです。」
「まぁ良いじゃないか。もう少し彼らを見ておこうと思うんだ。」
「好きになさればいいと思います。私は帰ります。」
「釣れない奴だなぁ...」
*
「犠牲無くして守れるもの救えるものはありません。ジーク。己の全てをかけてでも守るべきものは何か。探してみてください。」
レジェは回復して早々に僕に課題を課してくる。レジェの話は嫌いじゃ無いけど、ジェミニがいつも水をさすから少し会話が成り立たないこともある。
「そんなの決まってんだろ?自分だよ自分。」
ほらね。分かっていたけど、やっぱりこうなるんだよね分かってた。しかしレジェは、とても穏やかな雰囲気でジェミニに正解を言い渡した。いつもはジェミニを毛嫌いしているのに珍しいこともあるもんだな。なんて思っていると、
「この問題に絶対的な答えなんてありません。しかもジェミニの言う通り自分がいなければ、人を守ることすら出来ませんから。」
やっぱりこの二人は己の強さを生業にしてきただけあって、とても答えが洗練されている。僕はまだお父さんの言葉の真髄に触れる勇気すら出ないと言うのに。
そんなレジェの短くも深い講義のあとカレンダーを見ると、今日の日にちの欄にはジークの文字が書かれている。三日に一回のお風呂だ。といっても毎日入っているが、メインの人格を一日交代でローテーションしてお風呂に入っているためにこのような物言いなのである。メインの人格以外で体内に待機している人格はぼんやりとした感覚しか与えられないため、互いの気持ちを読めているのは割と長年の経験みたいなのが働いているのだろう。僕は剣の鍛錬でかいた汗を一刻も早く洗い流したくてウズウズする。逸る気持ちが肩の振動と共に僕に伝わる。やはり無意識のうちに入浴を求めていたのだろう。僕は肩の振動をリズムに変え、歩幅は次第に大きくなる。そしてお風呂に着くと、なんだか家の中なのに遠かったような気がした。待ち侘びた気持ちと共に衣類をたたみ、ドアを開く。
「よぉ。気持ち悪りぃガキ。」
妙に感に障るニュアンスでお湯に浸かって居たのはリリスだった。
「リリス。帰ったはずじゃ?」
「あ?俺は気まぐれなの。とりあえず今日はこの家に世話になってやるよ。」
何故偉そうなのか分からないけど、精霊王だから多分偉いんだろう。
まぁ、誰かとお風呂に入るのなんて久しぶりだから少し嬉しい。相手が違っていればもう少し嬉しかったかな。なんて思ったりしたけど、この人は水の精の王なんだと思うといつもより湯船が清いものに感じた。そういえばレジェとジェミニは何も言わないけどどうしたんだろうか。レジェは見て見ぬような堂々たる態度でいたが、ジェミニはそうはいかなかったようだ。
「ど、どっ、ど、どうしてお前が居んだよ!」
いきなりジェミニが飛び出してきた。怖いなら篭っていればいいのに何故突っかかるんだろうか。
「出たな。そのオラついた態度。だが残念。俺が話をしたいのは聖騎士さんの方でな。」
イマイチいっている意味がわからないけど、レジェは何か知ってるんだろうか。そんなことをチラッと脳裏によぎらせると、レジェはおもむろに僕の意識を乗っ取った。
「あなたはわざと私に魔力を逆流させましたよね。その理由を聞かせていただきたく思います。」
レジェはあの爆発は事故じゃないと言い張るだけの根拠があるのだろうか。と少しピリついた雰囲気の中でふと考えると、何となくレジェが懐かしむ気持ちを抱いているように感じた。そうか、実は昔から知り合いなんだと感じとる。だからリリスもレジェの事を何の躊躇いもなく聖騎士って呼んだのだと納得する。
「俺に助けは要らねぇんだよ。お前はいつもいつも俺の事心配しやがって。鬱陶しいから少し吹き飛ばしてやったわけよ。昔のお前なら避けてただろうけど鈍ったな?」
随分とお喋りだが、素性は大体理解出来た。それにしても鍛錬からリリスを背負って帰る時に少し怒ったような態度を取っていたのは、ジェミニに命令されて嫌だったんじゃなくて、リリスとの再会をあまり快く思っていなかったからなんだと気付く。冴えた推理だと思ったが、少し違ったようで、レジェは僕に向けて意外な言葉を発した。
「私は別段誰かを嫌いになった事はありません。私が濁ったような心情をしていたのはきっと、私自身が私自身を守る理由を探していたからなんだと思います。」
さすがは聖騎士。自分の力は自分の意思で使っているように思える。例えそれが偽善だったとしても、正しいと思った事を成すために剣を振るのだという意志を感じる。
そんなやり取りをしている間に僕の身体は、隙間風に晒され着々と寒気に蝕まれていた。それを見てかリリスは早く風呂に入るように急かした。なんだかんだリリスも良い奴なんじゃないか。そう思って湯船に入ると、体感5度くらいの水で浴槽が張ってあった。リリスはとても大きな声でゲラゲラと笑い転げていたが笑い事じゃない。
「何するんだリリス!冷たいだろ!」
僕がリリスに怒ると、リリスはいきなり悪意で構成されたようなニヤケ顔を見せた。リリスが何か言おうと口を開いたその瞬間、張ってあった水はいつものような暖かいお風呂に逆戻りした。リリスは少し驚いた表情をしていたが、余裕そうな雰囲気を醸し出して何も言わずに浴場を去っていった。その時のジェミニにはリリスに対する恐怖心が綺麗さっぱり消えていたように思えた。
3日ぶりのお風呂は少し不思議な出会いがあったが、これはこれで。なんて思いながら昼間爆発が起きた部屋に足を運ぶと、大きないびきをかきながらリリスは寝ていた。
軽く夕食を済ませ、いつもの広い部屋のドアを開けると、なんだかいつもより騒々しい。一部屋挟んでも聞こえるほどの大きないびきが聞こえるからなのか、少し新鮮な気持ちが僕の心をかき立てた。この気持ちがなんというのかは分からないけど、周りに一緒にいてくれる存在がいるってなんだか嬉しい。無意識に笑みがこぼれ落ちたのに気づいた。レジェも同じ気持ちのようで、もともと優しい心がさらに柔らかみを帯びて、すべてを包み込むような暖かい気持ちになっていく過程をじんわりと感じた。
*
「ねぇ、さっきなんで怖くなかったの?リリスに怯えてたのに。」
僕は寝る前にジェミニに聞いてみた。
「それはお前...あれだよ...あのぉ...そのぉ...もう良いだろこの話!」
「分かったよ」
その時のジェミニはレジェの事を考えていたように思えた。
翌日僕は暗闇の中で目が覚めた。外はまだ薄暗く、いつもレジェが起きる時間の大体二時間前程だ。何を意識したわけでもないが、悪寒が酷いのだ。寝起きの悪そうなリリスの部屋へ小走りで向かうと、延々と廊下が続いており、全く部屋にたどり着く気配が無い。
僕が小走りを止めると、いきなり目の前に白黒の珠が一つ宙に浮いて僕に語りかけてきた。
「君は何のために剣を握るのかな?君は何のために守るのかな?君は何のために彼らと一緒にいるのかな?」
と、妙な質問に頭を悩ませる。夢ではない。はっきり分かる。しかし、それ以外のことが分からない。僕はいきなりカーペットの綺麗な廊下に倒れ込む。そして意識は一本の糸を刃物で断ったように呆気なく切れて消えてしまった。
「ジーク起きろ!おい!ジーク!」
「ジェミニ。落ち着いて下さい。」
虚な意識の中で誰かが話している。誰が話しているんだろう。僕はそよ風のようなふわっとした意識の中を泳ぐようにして光にたどり着く。それと同時に目が覚める。
「あぁ起きた起きた。ハハッ。お前寝てる間に何してたんだよ。ハッハッハッハ!」
昨日初めて聞いた声なのに、もう少し飽き始めた癪に障る声と口の悪さ。しかし今はどうでもいい。僕は起き上がると、珠の問いをかなり小さな声で復唱した。
「何のために剣を握るのか。何のために守るのか。何のために一緒にいるのか。」
リリスはこの復唱を聞いて吹き出していたが、ほかに笑う者はいなかった。それもそのはずだ。みんなこの問いの当事者であり、未だ答えを見つけ出していないのだから。
流石の二人もあまりに漠然とした永遠の探究に唖然とするばかりだった。その時リリスは僕たちの心境を悟ってか、真剣な面持ちになった。「奴が来たのか。じゃあ...」
そう言うとリリスは、僕の顔の横スレスレにモリ状の武器を突き立てた。
「ジーク危ない!」
レジェが咄嗟に僕の意識を乗っ取ってモリをかわす。そしてリリスの方を見ると何故か、今までにないくらい真剣な怒りの表情を見せていた。モリの先を見てみると、緑色の妖精らしき見た目をした小さな生き物が突き刺さっていた。その生き物は形を失い消えてしまった。が、そのかわりに赤い花びらがひらひらと舞い落ちた。昨日割ったレジェの花瓶に挿してあったバラのようだが、何故あんな形をしていたのだろうか。リリスは説明もせずにため息をついている。
リリスは少しするといつもの調子に戻って、
「あんのクソガキまたイタズラしやがって...今日という今日はぜってぇ許さねえからなぁ!」
と言って家を出ていった。その後、リリスが使った客室を掃除しようと部屋に入ると意外にも全て整えてあり、直す場所などないように思えた。そしてベッドの傍のミニテーブルにはとても殴り書きの書き置きと小さな麻袋が置いてあった。
"ドアと花瓶、壊しちまってすまないな。これで足りるか分からんが修理に充ててくれ。"
と書かれたボロボロの紙をテーブルに置き、麻袋を開く。ドアを修理して新しい花瓶に買い替えても大量のお釣りが来るほどのお金が入れてあった。レジェがあの人のことを良くも悪くも思っている理由が何となく分かった気がした。
*
今日は剣の鍛錬を休み、街に出ることにした。そういうのも、レジェとジェミニは僕が倒れたのは過労のせいだと思っており、少し休ませた方がいいという判断だと言う。折角なので、いろいろな場所に行ってみようと思う。僕は割と乗り気で街を歩いていた。商店街には雑貨や食品などが所狭しと並んでいた。今まで必要最低限の買い物しかしてこなかったからか、なんだかいつもみている景色がより一層鮮やかに彩られていくようだった。その時、耳を貫くような女性の悲鳴が響く。商店街にある八百屋の搬入口ら辺から聞こえたように思い、僕はその場所に出来る限りのスピードで駆けていくとそこには、首にコンセント状の舌を刺された女性の姿を発見した。そしてその女性を支柱にとぐろを巻く蛇のような見た目のロボットがこちらを睨んだ。睨まれるだけで身が竦むような威圧感。圧倒されないように体を落ち着かせるが、震えが止まらない。
「あいつは...ジークヤバイぞ。一旦退け!」
ジェミニは何かを知っているようだが、声色的に確実に危機であることを悟る。僕が後退りをしたその瞬間、女性は僕に掴みかかってきた。どうやらあの女性は一般人で、あの蛇が操っているようだった。
女性を殺すわけにはいかない。しかし、このままでは成す術なく殺されてしまう。そんな時レジェは何かを考えていた。考えている内容は読み取らなくても、もう分かっている。どうあの女性を救うか。彼女はそれだけを考えている。ジェミニはとにかくあの蛇を破壊する事を考えている。
聞いたことがある。機械の体を持った神「創星神」。実はジェミニもその一人で、双子座の創星神である。そのジェミニが過剰に反応する存在。間違いなく創星神だろう。
こんな路地では星龍の剣は振り回せない。だからと言ってこのまま放置したら街が危ない。僕は思考を巡らせた。何も解決策が出てこない。どうすれば女性を助けられるのか。どうすれば街に混乱が起きないか。
こんな命の選別みたいなこと僕には出来ない。考えている間にも操られた女性はジリジリとにじり寄ってくる。創星神は人の言葉を理解するはずだが、多分この状況で聞く耳など持ってはいないだろう。
僕は苦渋の思いで剣を抜く。
「ジェミニ。貴様を殺してお前の玉座に俺が君臨する。素晴らしいシナリオだと思わないか?」
女性がいきなりジェミニに話を持ちかけていた。なぜ僕の中にジェミニがいる事を知っているのだろうか。なぜ僕がここに戦いにくることがこいつには分かっていたのだろうか。全く分からない。
「お前如きが俺の相手になるとでも思ってんのか。乗っ取る体がなければなにも出来ない寄生虫が。」
僕とレジェの意思とは裏腹にジェミニは女性ごと蛇を葬る気満々だ。このままじゃまずい。何も救えないのではないかという恐怖に駆られ、意識が朦朧とする。
「分からない。何のために何を守りたいかなんて。でも私は今平和のためにこの街を守りたい!」
レジェはそう言い放つとジェミニが支配していた意識を強引に引き剥がし、体の支配権を乗っ取った。
女性がゾンビのように掴みかかってきたのを軽快に最小限の動きだけでかわし、すかさず蛇の顔に蹴りを入れようとするが、蛇は長い尾を使い蹴りを入れた右足を絡めとって締め付けた。
「この女性も、この街も!ジークもジェミニも私が守る!」
気合を入れ直すように叫び、とても硬いであろう蛇の装甲を剣で叩き切り、右足に自由を取り戻す。そして解放された右足でさらに相手の懐に潜り込み女性の首に刺さった蛇の舌を両断した。
「貴様ァ!俺の完璧なシナリオを邪魔するなァ!」そう言いながら蛇は暴れ回った。がしかし、極度のエネルギー消耗と、多数の破損で蛇は瀕死だった。それでも蛇は諦めず鋭い牙を突き立てた。しかしそれは僕の体ではなく女性の体に。レジェでも流石に届かない。助けられない。そう思った時。僕は諦めなかった。深層意識の中でジェミニに指示を出した。
「ジェミニ!」
「チッ。仕方ねぇなぁもう!レジェ!俺が引き受ける!神器・爆速!」
僕の体はたちまちのうちに女性を抱え、蛇の噛みつきは空を斬った。
蛇は流石に諦めたのか、地中に穴を掘って逃げてしまったが、女性が救えたことが何よりの幸いだ。と、思っていた。
戦いが終わってからしばらく経つが、女性の呼吸が戻ることはなかった。僕は嘆きと憤りが頂点に達し、悔恨の涙を流す。
「お父さん...ごめん...なさい...。
レジェもジェミニも必死になって助けてくれたのに...僕はまた救えなかった...。」
僕はそれからしばらく女性の肩を抱えて泣き崩れた。僕がもっと強ければ。
「それは違う!」
レジェとジェミニの声がシンクロする。
「慰めならよしてくれ...」
そういうとレジェはいつもの透き通った声とは全く異なる、とても形容し難い声を荒げた。
「違う!慰めなんかじゃない。私はこの戦いで分かったんだ。救うことの意味を...!」
その時ジェミニも心なしか僕に何かを訴えかけて来ていた気がした。
レジェはそれから何も言わなかった。僕はレジェの言った言葉の意味を考えるうち、また心がぐちゃぐちゃにかき乱されたような気持ちになり、嗚咽を交えて涙をすすった。
そしてレジェは昨日夜話してくれたように優しく僕に教えてくれた。
「あなたは自分を犠牲にして女性を守ろうとした。それはかわりようのない事実です。そしてこれからもあなたは人を救おうと自分を犠牲にしようとするはずです。それでいいんです。あなたが守りたいと思い続けて出した答えなのですから。」
僕はそれでも女性に生きて笑って欲しかった。僕が出した答えでこの人が死んだのであれば僕は正しい答えを出せなかったんだ。とそう思うしか無かった。
「俺は俺が正しいと思ったからお前らに力を貸した。それが間違いだと思うか?」
ジェミニは少しバツが悪そうに僕に問いかけてくる。
「全然間違ってないと...思うよ。」
「じゃあお前が女性の命を諦めず俺に指示を出したのは間違いか?」
僕は心の中でわかっていても口でその答えを出すのを渋った。
すると二人は、
「あなたが救いたいと思ったから救った。それが救う理由です。」
「お前が救いたいと思ったから救ったんだ。それが救う意味だ。」
と、それぞれの口調で同じ事を言った。なんだかおかしくて、涙が乾くまで掠れた声で笑った。
*
翌日、女性の身元がいつもひいきにしている酒場の一人娘である事を突き止め、娘さんのことを謝罪することを決めた。マスターに事の始終を全て話し、守ることができなかったと謝罪した。憎まれるのだろうかという付き纏う恐怖が、下げた頭を上げるのを封じ込めているようだった。
「いつまで頭下げているんですか。あげてくださいよ。」
聞き慣れたマスターの声が震えていた。マスターは泣きながら笑っていた。
「そんなボロボロになるまで娘のために戦ってくれて、ありがとうございました...!この御恩はいつか必ず...!」
そういうとマスターは昨日の僕のように泣き崩れ、動かなくなった娘を強く抱いていた。僕とレジェ、ジェミニはこの時強く、創星神を倒すことを決意した。
「また...店に来てください...娘もきっとあなたを事を見守ってくれる事でしょう...」
「僕は諦めません。まだ、あなたの中の娘さんは死んでない。あなたが生きている間にもう一度、娘さんの笑顔をあなたに取り戻して見せます!また来ます。美味しいご飯期待してます。」
そう言い残し、その場を去った。
*
「そういえばなぜあの時湯船が一瞬で暖かくなったのですか?」
「それは多分ジェミニが...」
「俺が炎と氷の魔法の使い手って事、お前だけは忘れんなよ。レジェさんよぉ。」
きっとジェミニが僕の冷え切った体を心配して暖めてくれたんだな。と思っていると、僕の思っている事を悟ったのか、
「俺はただ俺が動かせる体に死んでもらっちゃ困るからあぁしただけだ。助けたとか勘違いすんなよ。」
と一蹴。
あぁは言ってるけど実際、案外ジェミニは優しい。昔は創星神の中でも残虐で、“魔王"なんてたいそうなあだ名が付いてたらしい。やっぱり機械でも心を持っていれば変わることもあるんだな。って強く感じた。
ちなみにこの間初めて神器の存在を認知したけれど、凄まじかった。ジェミニのフルネームは"ジェット・ジェミニ"だからブーストをかけれたのか。いつの日かジェミニに教えてもらったことがある。創星神のみんなは神器の能力が名前にそのまんまついてることが多いって。ジェミニなんてそのまんまじゃないか。
そんな事を考えながら、昼間とは打って変わって静かな夜の街を歩いていた。体を軽く洗い流し、衣服を着替え、酒場へ向かっていた。
橋を渡っていると川のほとりに蛍が飛んでいるのを見つけた。どうもジェミニは早く酒場へ行きたいようで、蛍を見ている暇はなさそうだ。
でも、輝いて消えてまた輝いて。という終わらない連鎖を想像して、心にも火が灯ったように感じた。
橋を渡るとすぐそこが酒場で、少し重い扉を開けると、賑わう声が静かな夜の街に漏れ出す。漏れ出した喧騒をまた閉じ込めるようにドアを閉める。らっしゃい!とマスターが気前のいい挨拶をかまし、カウンターに案内される。沢山のボトルが並ぶ酒棚には娘さんが笑顔で遊んでいる写真。いつかこの笑顔をマスターの元に取り戻すんだ。そう決意すると、マスターが写真立てを伏せて言った。
「湿っぽいのはもう終わり!な?俺の料理せっかく美味しいって言ってもらったし、おじさん頑張っちゃうよ!」
マスターは娘さんと向き合いつつも前を向いて生きる事を決めたんだ。そう思うと、マスターに気を遣わせるのは悪い気がしてならない。
「マスターの炒め物はおいしいからね!オススメの炒め物よろしくお願いします!」
僕も前を向いて生きようと思う。
*
翌日はレジェに起こされる事なく起きた。やりたい事があったから。向かった先は鍛冶屋。リリスが置いていったお金が修理と花瓶だけではやはり余ったので、練習用の剣を星龍剣と同じ重さで作ってもらうことにした。
夕方ごろには出来上がるらしいので、今まで行った事のない町外れの丘に散歩に行くことにした。街から出てすぐくらいにレジェが起きた。
「おはようレジェ。」
「おはようございます。ジーク。今日はお早いんですね?」
「散歩しようかと思って。」
「そうですか。あなたが今向かっている丘から見える景色は世界でも有数の絶景だそうです。楽しみですね。」
レジェはやっぱり知識が広い。僕もレジェくらい博識で強い人間になりたいといつも思う。
しばらく歩いていると、ジェミニが大きなあくびとともに起きた。
だからジェミニ。そんなに大きく大きくしたら眠くなるでしょ。感覚繋がってるんだよ。
「おはようジェミニ。」
「おう。」
最近は割と"おう"って返してくれるようになったけど昔は全く返してくれなかったから少し新鮮ではある。
そんな新鮮さを味わっているといつの間にか、丘に登るための登山道の入り口まで歩いてきた。
それにしても大きな山だな。なんて上を見ると計り知れないほど大きく連なる山々が見えた。丘に登る前から壮観だ。
この先には僕の知らない素晴らしい眺めがあって、今その入り口をくぐっていると考えると、何というか興奮禁じ得ない。ジェミニあたりは何とも思っていなさそうだけど、レジェはとてもワクワクしているのが感じ取れる。レジェって普段落ち着いてるからこれも新鮮だ。
「さぁて!登ろう!」
何かに引き込まれるような不思議な感覚を覚えながら元気な声を出す。
きっと自分自身の好奇心がぼくを引き込んでいるのだろうと信じて疑わなかった。
しばらくして、川が流れている山の中間部程の場所で休んでいた。
「ほら。お帰り。」
道で干からびていたカエルを川に還す。こうして生命と触れ合ったりするとき、ふとした瞬間に思い出す。
自分が何かを"救う理由"を。
後書き
第一話どうだったでしょうか。楽しんで読んで頂けましたか?まだまだ楽しんでいただくためにたくさんネタを取り揃えて執筆していきたいと思います!バズりたい気持ちはありますが、それ以上に自分の作品を楽しんで欲しく感じています。良ければこれから始まるジークたちの旅を見守ってくれると嬉しいです!
大体一話一万五千字ほどで書いておりますけれども、実際のところどうでしょうか?初投稿でして要領が掴めていない部分は多々ありますのでご了承下さい。1ヶ月に1〜2話必ず更新したいと思います。好きな作家さんの傍、ぼくの作品も視野に入れていただければ幸いです。
実はこの「ホシケン」僕だけでなく友人がキャラデザインを考えてくれたりTwitterの可愛いアイコン描いてくれたりでめちゃくちゃ助けられて書いてます。結構本格的な高校生クオリティです。良ければお気に入りやハートやコメントくれると嬉しいです。
あと、何回も言いますが作家志望ですので厳しい意見も待ち望んでます。才能がないなら実力つけます!
どうか僕の成長を見守って下さい!
Twitter→矢口ウナム@ホシケン
フォローしてくれると舞います。
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