えいりやん
KISSHO
えいりやん
えいりやん、に会ったのは、春の始まりで、場所は吉祥寺の伊勢屋だった。
井の頭通りの方、公園の前の奴ではなく。
今にして思えば、同じ伊勢屋でも井の頭通りの方というのが、いかにもえいりやんっぽい。
ドラマや映画だったら、絶対公園の方を選ぶと思う、たぶん。
私のやってるCFなんかでも。
どちらかというとCFの方こそ、公園の方を選ぶ。
でも、個人的には私も公園の方よりも、ポチっと気軽にハツとカシラと白ホッピー中外をたしなむのであれば、なんかの出会いや、気の利いた青春映画に似合うような公園の方よりも井の頭の方に来るのだった。
伊勢屋で座ってゆっくりってのも、どうも性分に合わない。
サクッと飲んで、ガリッと食べて、ほろ酔いで、またどこかに繰り出すのだ、それがいい。
そういう「さぁ、サクッと飲んで、バクッと食べて、どことなりに繰り出しな」と言っているような雑駁な雰囲気が井の頭通りの伊勢屋にはある。
えいりやんは、立ちカウンターの5人ぐらい向うから、同じようにホッピーを右手で持ちながら、口に何かを(たぶんネギマ)もぐもぐさせながら、背中を反らしてこっちを見て、
「ほ。」と言った。
なにが?「ほ。」なんだろう。
この人知らないし。ナンパかよ。伊勢屋で。しかも井の頭の方で。
最近は、いわゆる私みたいな若い女が、こういう気の置けない場所で、ホッピーをたしなむというのが、なんだかちょっと気の置けない気の利いた女子みたいなところもあるから、きっとそういう女子、気の置けない気の利いた女子(ちょっとやれそう)をナンパするには、絶好のプレイスであるのかもしれない、ここは。なんだプレイスって。それにしたって、そういうことをするなら、もっと公園前の方が合っている。しつこいけど。
私も徹夜明けで、ちょっと酔っていたから、調子に乗って、目が合ったことだし、
「ほ?」と言ってみた。
えいりやんは、自分から「ほ。」とこっちに向かって言ったくせに、なんだか照れてしまった様子で、反らしていた背中を必要以上に丸めて、またカウンターの5人置きの向こうに隠れてしまった。なんだよ、じゃあ、なんで「ほ。」とか言うんだよ、と思いつつも、まぁいいやと、目の前にあるハツに集中しだしたら、なんとその5人の人々、おじさま二人、一人とんで、なんか大学生のカップルをかきわけかきわけして、私の隣にたどりついていた。
「ほ?」
「ほ」。
「レバー食べる?」
「うん。」
「タレ?塩?」
「タレ?」
「じゃ、タレで、レバー2本!」
それが、私とえいりやんの出会いだ。
☆彡
えいりやんが、ホッピー3杯でかなり酔っ払ってしまったみたいなので、二人で酔い覚ましに公園に行ってみることにした。
なんだ、結局、公園でドラマみたいな会話とかするのか。
開花宣言を今しようか、明日にしょうか、もちっと焦らして明後日?みたいな時期なので、
桜の木は開花前の静けさ。
つまり黒い木と葉の影、に水銀灯、黒く漂う水面をただ二人で見ていた。
「・・けっこう、くる。」
「ホッピー?」
「うん、すごい。すごいやん、何あれ?ほ・・」
「ホッピー。知らないで飲んでたの?」
「うん。」
「何?帰国?帰国の人。」
「うん、まぁ、帰国ではないな、着国、いや、着地。着陸。」
「は?ま、いいけど。」
「すごいやん、この星の飲み物。」
「ですな~。」なんだこの人。
ちょっと酔いが冷めたら、えいりやんは、またああいうモノを飲みたいというから、なんだああいうモノって。酒だろ、要はw缶ビールを自動販売機で買って、二人で飲む。
「いや~、いいやん。地球。」
「でしょ~」もう、この感じにいちいち真摯な受け答え面倒くさい。
「いやいやいや、ほんまにたまげたましたわ。」
「インチキ臭い」
「何が?」
「関西弁。」関西芸人スタイルが東京の女子にキュンと来るとか思ってる?
「そりゃぁ、覚えたてヤカラ。」
「関西弁?」
「いや、地球語。」
「地球語なんてないぞ。」
「いや、なんや、日本語?関西弁?まぁ、なんでもええわ。」
そっちから変な感じの振り出ししといて、なんでもいいのかい!と、私も心の中でインチキ関西弁言ってみた。まぁ、実際、なんでもええわ、であったけど。
えいりやんの話によると、着陸してからずっと、ビジネスホテルで面白そうなテレビばっかり見ていたら、関西弁ばっかりで、話し方がそうなったと言う。
お笑い好きかよ、ただの。
もう、このノリにつきあっていくことに決めた、どうせ共通の会話もないし、あったところで、SNSちっくな予定調和なあれだろうから、むしろこういうタイプの会話が、なんだか落ち着く。変だけど。まぁ、新手のナンパとしては、かなり面白いのでつきあってやる。
場所は、ビールじゃ、もうなんだから、というか、えいりやんが「これはなんや?さっきと何かが違う」とか言うし、どうせ今日は飲みたい気分だったし、ウチの近くの高円寺の野武士まで、タクシー飛ばして来てみた、何やってんだろうあたし。
まぁ、いいか今月全然交通費使ってないし。
野武士には、つきあっていた当初、ナカタさんと良く来ていたから、あまり最近行きたくないんだけど、どうせ飲んで酔っ払ってしまうなら、部屋に近い方が良い。野武士結構遅くまでやってるし。でもこの人、どこ住んでるんだろう?ビジネスホテル?どこの?
「向うの方や。」右を指さす。
「おおざっぱやな。」
「ほうか」
「そや」インチキ関西人二人が、酔いとともにできあがる。
「家は?」
「それは、あっち」天井?てか野武士の上に住居あったけ?
「あんな、ワシ、地球人とちゃうで。」
ほないでっか。
これ関西弁としてあってます?
なんやこれは、なんやこれは、なんやこれは!とえいりやんはすっかり板についたインチキ関西弁を連発し、黒霧ロックやら日本酒やらをごくごくと飲み、
「なんやこれは~~!」と大声で叫びだしたので、野武士から連れ出し、どこからどうみても急性アルコール中毒寸前の早稲田新歓の学生みたいなえいりやんを抱えて、野武士から5分の私の部屋に押し込むと、私がブーツを脱いでる間に狭い玄関にのび~っとなり、そのまま寝た。まぁ、いいや、放っておこう。ちょっと俳優の東出君に似てるし、本当はちょっとやってもいいかな、とも思っていたが、なんだかこっちも眠いし、面倒くさくなった。
一応、明日も仕事あるし。
さぁ、寝よう、すぐ寝よう、メイク落としは、まぁいいや。よし!寝るぞ。
おやすみ、えいりやん。風邪引くなよ。
ナカタさんも、一回、玄関先で寝たことがあって、その時は私が無理矢理ベッドまで引きづっていった。ナカタさん痩せてるから、案外楽だったけど、そのまま寝てくれると思ったら、
ナカタさんはちゃんとやった。私もどうせやられるんだろうなぁと思いつつやらせたけど、
本当はシャワーぐらい浴びたかったなぁ、と思いながらシャワーから出てきたら、玄関の角でえいりやんが正座していた。
「えろうすいませんでした。」うなだれている。
マンションの玄関の角でこっそり飼われている犬のようだ。
「かまへん、かまへん。」
「あんな」
「はいはい、朝ごはんハムエッグとトーストだけだよ、いい?」
「はい。」
ハムエッグとトーストは知ってるのか地球外生物。
えいりやんは、普通にもしゃもしゃとトーストを食べる。何も付けずに。
それ、その黄色いのつけたらもっとおいしいよ。
あ、ほんまや。
でしょ。
「あんな」
「はいはい」女26歳の朝はいわば戦場、ちょっと黙ってて。ヘアメイク!シンプルに!
面倒くさいから今日はボーダー、靴は疲れてるからもうビルケンでいいや、どうせ今日は現場だ。楽な方がいい、あ~~今日の撮影もめるぞ~、香盤通りになんていかないな絶対。この人の関西弁より、あの香盤の方が絶対インチキ・・そしてその後反省会という名の飲み会か・・
「あんな。」
「ほい?」
「ワシ、地球人やないですねん」
「それ、昨日聞いた。あと私もう出るから、それ食べたら、鍵とか勝手にしまるから、出ていって大丈夫。あ~でもせめて一宿一飯の恩義って奴で、皿とかだけ洗っていって。」
「イッシュク・・?」四字熟語わかんねぇみたいだな、この人ただの馬鹿なのかな?
ま、いいや。
どうせ、やりそこねた、とか思ってるんでしょ。なんか気まずいし、とか。
それはこっちも一緒ですから、まぁオアイコ。
「ほな、さいなら」
東京の女子とか言ってたが、私の実家は群馬で、しかも埼玉に近い方だから、群馬の自然とかを楽しめる方ではなくて、東京も23区にいないと、なんだか東京にいる気がしない。
多摩地方とか、そういう東京周辺にいると(一度、上京したての頃、アパートを借りていた)なんだか実家の近所の国道の脇を入ったとこと同じで、これではギリギリ通える実家の方が何かと良いんでは?と思ってしまうし、せっかく東京に一人暮らしをするのだから、のせっかく感がもったいなくて、まぁ、それでも港区とかは合ってないから、ぎりぎり杉並区。
生まれも育ちも多摩人間のナカタさんはよく、
「そうか~、多摩はいいぞ~、畑とか自然もいっぱいあって。」と言っていたが、
群馬に比べたら、むしろ少ないよ。
「日本のニュージャージーだぞ。良い不良の産地!」
自分はスプリングスティーンを好きだからかもだけど、みんながみんなニュージャージーをかっこいいとは思わないよ?東京=NY=多摩=ニュージャージー?それなら、千葉とか神奈川の方なのでは?地理学的には。ね、多摩に海はないでしょ?あと不良に良いも悪いもないし、しかも良い不良って意味がわちゃわちゃになってんじゃん、それでも演出?にしても、不良の産地は自慢できないし、だとしても、それも群馬の方が上、私だって中学の時ギャルメイクだったんだよ、まじか~、花さんまじか~、花さんギャルメイクって、ちょっと見てみたいな~・・・あれ?何?私また酔ってる、うん酔ってる酔ってる・・。
「・・おかえりなさい、姉さん」うん、酔ってる・・ん!
なんだい!?姉さんって!
なんで?なんでまだいるの?そして、
なんでお前はそういうごろっとした姿勢で、そうやって人の家で普通にテレビを見てるのじゃ。しかも冷蔵庫から糖質0まで勝手に出し!
「あんたねぇ!」
「すんまへん、行くとこないんで。すぐ探しますから、姫とか」
「姫・・とか?」
「ええ、はぐれてしまって・・ムトゥさんとかともは連絡つかなくて・・。」
「あんた、頭おかしいの?警察呼ぶよ、本当に・・」
「いやいやいや、勘弁したってください、姉さん」
「姉さん言うな」
後ろでは、アメトーク、関西弁やまもり。好きだけど。面白いけど。
「そういうスタイル、今後もくずさないつもり?」
「スタイルいうか・・なんと説明したら・・」
「くずすな。」
「は?」
「そのスタイル、とうぶん崩すな。インチキでもいいから」
「はぁ。」
なんか、どうでも、いいし。どうでもいんだ。どうでもいいなら、面白い方がいい。
そんな抜群に面白いわけじゃないけど、今の私には、ちょうどいい。
「じゃ、話してごらん、その作り話、聞いてやる。」
「はぁ、、作ってはいまへんけど」
いまへん、って、それは絶対関西弁じゃないだろうっつ!
あのですね、いや、あのでんな、
私達の星は、ちゅうか惑星いうんですね、は、そりゃごっつう地球そっくりで、環境も生物もまったく同じでんねん、ただちょっとだけ地球より技術いうか、科学的なあれが進んでて、宇宙計画とかも、も100年ぐらい先進でんねん、いや、別に地球が遅れてるいうわけではなく、それはそれぞれの惑星の個性とでもいうか、で、宇宙計画とか移民とか進んでて、うちらの傍の惑星とか開拓とか入ってんですけど、いや別に地球はいいんです、侵略とかせんとおこうと、別にそんな困ってへんし、でもですね、一応、視野にはいれておこうと、いやあくまでも視察です、いったら観光みたいなもんです、そうです。てか、姫が一応地球とか見てみたい言うから、寄ったんですけど、一応ワシ官邸秘書官みたいなものやってて、へぇまぁ官僚言う奴です、向いてないんですわ~実は、本当は開拓官なりたかったんですけど、
で、ですね、着いたらあのお転婆の姫様、ふいっといなくなりよって、で、慌ててムトゥさんと探しまわっとったら、ムトゥさんともはぐれてしまって、おまけに、宇宙船言うんですか?あれがなんかイマイチ調子悪くて、消滅とかしよりまして、ほんまにわややでした、最新式とかほんと最初に使うもんじゃないですね、ウチの姫新しもの好きで、で、あと通信いうのも、来てみたら地球とうちらとまったく違う方式で、うちらのは電波とかじゃなくて、なんていうんですかね、あれは・・あれですね・・・ま、ええわ。
で、ですね、今やっと、ムトゥさんと連絡取れたと思ったら、ムトゥさん携帯の充電切らしてるみたいで、いや、充電いうても地球のとまったく違うので、当分無理やと・・・・
「はい、ストップ!もういい。」
「いや、こっからが重要で・・」
「とりあえず、行くとこない、金ない、襲ったりしない、知り合い見つかったらすぐ出ていく。で、いい?」
「いや、そうしていただいたら、そりゃもう。」
「じゃ、了解。興奮したら、腹減った。そして飲み足りない。野武士行くぞ。」
「はい、姉さん。」だから姉さん言うな!って。
野武士に行ったら、公平さんがいた。公平さんはいわゆるちょっと有名な芸人さんだ。
芸人でも関西弁ではない。東京の芸人さんだ。芸人さんとしては個人的な見解は色々あるけど、私は人間的には公平さんが好きだ。公平さんはここの常連で、たまに売れない後輩芸人たちとかを集めて、公平会とかいう奴を開催している、芸人としてのあれやこれやを上も下もなく話す会なのだそうだが、傍から見るとただのぐだぐだの飲み会だ。
「花ちゃん」
「どうも」
「今日はナカタさんは?」
「今日はこない」
「ためぐちかい?また酔ってる?」
「悪いか?氷と水とたんたかたん!えいりやんは?」
「えいり?」
「お前のことだ、さぁ飲め!たんたかたん!」
私は、野武士のおばさんが差し出す「たんたかたん」のボトルをもぎるように取ると、えいりやんと私のグラスにどぼどぼ入れる、いけね、氷忘れた、酔ってる、後付けで氷!ああ、もったいない、たんたかたん、少しこぼれた。
「あ、うま」
「だろ?」
「兄さんもCMの人かい?」公平さん、一人で暇らしく、話したいらしい、公平会はたまに一人きりで開催されることもある、私は知っている。
「違う、すまん、公平さん、ちょっとほっておいて。」
「私はただ姫をお守りする役でして・・」
「おーーー、姫をお守りするってかぁ、ナカタさんに怒られるぞぉ、兄ちゃん。」
「すいません、ほんとだまっててくれます?」気合いの敬語。
「・・すいません」こういう素直にびびるこの人の人柄がほんとかわいい。
「あ、煙草切れた。えいりやん、買ってきて。アメスピ、黄色。前のコンビニで」
「飴スピキイロ」
「そ、言えばわかるから。ん?何?あ、お金!ほい。いってらっしゃい」
「にいさん、えいりあん?芸人さんかい?」
いや、違いますって、もう、だから、公平さん、わかりました。お相手いたしますよ。
はいはいはい、すいませ~ん、こっちに移ります、最近忙しそうじゃないですか~。おかげさんで、そういや、この前見たよ、なんかのCM特集の番組で、ナカタさんのやってたCM、あれいいねぇ、俺もああいうヒューマンタッチでちょっとペーソスのあるようなさぁ、CM出たいんだよね~、まぁCM自体があんまあるわけじゃないから、あれだけど、ああいうさ~・・。ん、あるかもしんない、逆に!そう?そうだろ!なぁ~、やっぱ花ちゃんわかってくれるよな~・・・。
そのCFは実は、私の企画でナカタさんが演出したものだ。
結構話題になったので知っている人が多いのだが、ナカタさんはたまに企画も自分がしたような雰囲気を醸すからむかつく。でも、業界1年目で雑用に毛が生えたような仕事しかできなかった私の企画をポンっと採用してくれたのはナカタさんだ。
ナカタさんは、超有名ではないけれど、そこそこ腕のいいディレクターとして名は通っていて、代理店の人もうちの社の人も一目も二目も置く人だったから、その人が、
「お。これいいじゃん。」と言い。
しばらく黙ってから、
「うん、いい。ほんといい。」と言ってくれたものだから、誰も反論などできず、まぁ本当にいい企画だったんだけど、手前味噌ですが、大体、本当にいい企画じゃないとナカタさんは絶対誉めないし・・。
「姉さん、飴スピキイロです。」なんか違うな言い方。なんかつながってるし、ま、いいや。
「サンキュー!」
「姉さん、吸いすぎじゃ・・」
「そうだよ~、花ちゃん」
アメスピ黄色はナカタさんとお揃い、偶然だけど。
「お、アメスピ黄色。俺と一緒、ほら!」ジェロニモを見せるナカタ、何故?
何故そんな煙草が一緒だけで、旧知の友を見つけたような・・
ナカタさんの、
ナカタさんの、どうでもいいことばかり思い出す。
もっとキスとか、めくるめくセックスとか、甘い言葉とか、せつない瞬間とか、そういうのを思い出せばドラマみたいでいいのに、何気ないどうでもいいことばかり思い出すから、
泣きたくなる、どうでもいいことがとてもしあわせだったから、もっと泣きたくなる。
でも、泣かない。決めたから。決めたから。何をどうしてどう決めたかも今をもってしてもわからないのだけど、ただそう決めないとダメだと思ったから決めたのだ。
なんとなく、私偉い気がする。だから、そんなことでは泣かない・・・大体泣く意味がわからない・・泣けました~とか、ほんと意味がわからない・・・・・・う~~ん、ここは?
はっ。遺憾。また寝てしまった。そして、その隙にえいりやんが公平さんに芸人の心得とか教えてもらってる。勉強になります!とかじゃないよ!馬鹿、お前は芸人じゃないだろ、えいりやんだろ、関西弁だってインチキだろ・・あ、ねむ・・・。ふむ・・。
・・ほら、姉さんもういきましょう。
お、結構背中広いなえいりやん、たくましい、たくましん。ん?はは。
お~守ってあげろよ~姫を~。
すんません、ごっそさんでした。公平さん、失礼します。
公平さんまたね~~~
はいはい~~、花ちゃん、ナカタさんに今度CM出してって言っておいてよ~
はいはい~
もう会わないと思うけどね~
人を守る、ということは、その人より苦しい思いをするということだ、
その人を守るためにすごく苦しむということだ、それが守るということだ。
だってさ。嘘つきだね。
よく言うわ。守ってくれないくせに。守ってもくれてなかったくせに、苦しい思いだけ、自分で勝手にしてさ、馬鹿だな、ナカタ。ナカタバカ。バカナカタ。男なんてみんなバカだ。
「姉さん・・何か?」
「お前も馬鹿さ」
「はぁ」
うっすら目を開けてみた、なぜか少し早めに咲いてしまった桜の花びらが、落ちて、道の脇のわりとキレイなどぶみたいな川に流れている。なぜかきれいに列をなして、まるで・・。
「わぁ、花の葬列やん」
「・・うまいこと言うね、ロマンチスト?」どこで覚えた?葬列なんて。
「そりゃあ、まぁ、えいりやんですから」
「意味わからんな」
「ですな。」
月がえいりやんの割と苦み走った顔を照らした。
あっちの方から、来たんだね。
えいりやん。
「てやんでぃ」
「てや・・それは、関西弁?」
「ちゃう!」
「とりあえず、明日もがんばりましょう!」
どこでおぼえたんだ、そんな予定調和な言葉をも。
「てやんでぃ!」
「て、てやんでぃ!」あ、真似した。
とりあえず、
とりあえず、明日もがんばりましょう。
ライフ・イズ・ゴーインオンだ。
☆彡
そして、明日、つまり今日は土曜日で久々の休みだった。
「姉さん、飴スピです。」
「ありがとう、あんたアメスピ、よ。なんか言い方変」
「飴スピきいろ」
「いやいやいや」
「まぁ、いいです。でもすごいですなぁ、音楽!」お前から、いい、とか言うなよ。
えいりやんと二人きりで、部屋でぼ~っと休日を過ごすのも、あまりにシュールだから、会社の後輩の真ちゃんが、ライブだかレイブだか、パーティだかフェスだか、フェスは違うな、を土曜の午後にやると言っていたのを思い出して、渋谷までえいりやんを連れてきてみた。
えいりやんは、さすがに姫付きだっただけあって、うまく使うと何かと重宝する。
煙草がなくなると、ささっと小銭を貰い、ライターを忘れていたのだが、飴スピ、基い、アメスピと一緒にそのノベルティーのライターもきちんともらってくる、うん、気が利くね、やはり若手芸人はこうじゃないと。
「あ、花さん、来てくれた!」
「お~、盛り上げてやったぞ」
「サンキューです、あ、アメスピ一本いいすか・・」
「ほい。」
「あ、すんません・・・・ん、すんません、あの・・こちらは・・」
いや、だから本当の若手芸人じゃないんだから、姉さんの知り合いの煙草に火なんかつけなくてもよし、あと、無理矢理ノベルティ二個もらったんだな、お前、せこい!
「うん、なんというか・・」
「彼氏・・ですか?」
「では、全然ない。」
「私は・・」姫とか言うなよ。
「関西の親戚なの」
「はぁ、花さん関西に親戚なんていたんだ」
「吉本いいます。」切り替え早くなってきたな、何かと順応してきたな地球に。
吉本?ま、いいか。
「あ、佐野です。花さんにはいつも会社でお世話になってて。」
「さいですか。」また変な言葉覚えたなテレビで。
「さい?」
「あ、真ちゃん、この後打ち上げとか行くの?」
「あ、そうですよ、花さんもどうです?若いイケメンいっぱいきてますよ」
「あ~~、残念。今日は帰る。この吉本さん東京案内したいので」
「あ~、そうすか~。残念だな~。花さん、酔っ払うとおもしろいから、みんな喜ぶと思うんだけど~」
「あ~、ね~、残念残念」
酔っ払って面白い私の部屋にまんまと押し入って、危うくやりかけた君の手にはもう乗らない。その話した時、ナカタさん笑ってたけど超怒ってた。だって、その後、ナカタさんの現場で伝説の33か所ロケハンとかやらされたの真ちゃんだけだからね、ざまぁみろだ。
まぁ、ナカタさん、真ちゃんも結構可愛がってたから、修行ってことでw
大体私はちょっとかわいくて(ほほほw)歳より若く見えるのか、あるいは御しやすく見えるのか年下にモテる。モテるというか、御してみたい欲望を刺激するというか、やりたいと思わせてしまう節がある。やな節だな、まったく。考えてみれば年上とつきあったことなんて、中学以来ナカタさんだけだ。あまりに年上すぎたけど。なんか偏ってるなぁ、私の恋愛。
「姉さん、いいんですか、打ち上げとか?」打ち上げとかそういう言葉はさすがにお笑い番組やバラエティー見てるから、自然に使うところがなんかチャラいぞ、えいりやん。
「打ち上げっつても、自分の仕事のとかじゃないからいいんだよ。それにあいつ、この前漫画の新刊貸してくださいとかって、調子よく部屋にきて、やろうとして、」
「やろうと、、何を?」
「セックス!」
「あ、ああ、ああ、、」
「映画見に行こう。」
へぇ、と何がどうだか、わかったのかわからないのか、そんな返事をして、えいりやんは、ごうごう歩く私の30センチ45度右斜めにぴたっとついてくる。不思議、いつものナカタさんの位置にいる。ちょっとやだ。ちょっと思い出す。
「・・ああ、明日は雨やな。」
「え、こんな天気いいのに?予報でも晴れって言ってたよ」
「いや、そこはもう・・。」
「そう?」やっぱ宇宙から来たって自負するだけあって、そういう天候とか空や雲のことに詳しいのかしら?だったら、星座とか、もっと深遠な宇宙のファンタジーの話とかしてほしい。ナカタさんは、そういう映像を作るのは得意だったくせに、実は、全然興味なくて、星座なんて北斗七星ぐらいしか知らなかった。北斗七星って星座だっけ?
その夜、早稲田松竹でえいりやんと二人で見た映画は、ウディ・アレン特集でマンハッタンとアニー・ホールだった。
アニー・ホールのホールって、ダイアン・キートンの本名なんだぜ、すげぇよな、自分の彼女と一緒に映画撮って、そのタイトルを名前って、しかも傑作、すげぇすげぇ。ナカタも撮ってよ、私の名前の映画。う~~ん映画なぁ。映画は長いからなぁ、あたりまえじゃん。俺はやっぱCFでいいや。CFで、って失礼じゃん。そうだな、CFがいい、短いから。
なんだそれ。どうして、あの人はこんなにちょっとどうなのかなと思うくらい年下の私とあんな風に同じ目線でいつも喋っていられたんだろう?それとも、そういうのって、あんまり歳とか関係ないのかな、よくわからないけど。
えいりやんは、ウディ・アレンが出てくるたび、ちょこちょこ、
「姉さん、あの人、宇宙人ですよ」
と囁いてうるさいが、もう何度も見た映画だから、私も余裕で、
「へ~、そうなんだ」と何回も繰り返していたら、後ろのカップルの男の方に咳払いをされた。どうもすいません。
映画が終わったあと、松竹の前で二人で煙草を吸いながら、今一つストーリーがしっくりきていないえいりやんに、色々説明してあげた。
「はぁ、なるほど~~。いや~映画ってホントにいいですね。」
サヨナラサヨナラサヨナラ。ナガハルかよ、君は。
「良い映画は等しく人をしあわせにする。」なぬ?
「いや、そう思って。」照れるなよ。ワシもそう思う。
「良い映画は等しく見る人を幸せにする」
「ですね」
言葉の真意は結構曖昧だが、語感がいい。うん、いいじゃん。
ナカタさんなら、そのセリフ採用だ。
翌日の日曜日は、まぁ、これでもかってほど、晴。
「あれ?」
「どうなのよ」
「いや~、やっぱ地球だと感が鈍って」
鈍りすぎだろ。まぁ、いいや、結果、晴れたほうがいい。雨とか降るとなんだかんだ嫌な気分になる。これがお天気屋というのだろうか。
ほんとなら、この時期、飲料やらアイスやら、夏物や夏のキャンペーンの企画やら、制作準備で忙しいんだけど、社デレじゃなくてフリーの演出だけど、ナカタさんを中心に回っていた私の所属するチームは、ちょっとペンディングな感じで、そう猛烈には忙しくない、普通の勤め人よりもちょっとウィークデイに忙しい程度で、つまり私の働く業界での私の立場としては、かなり忙しくないレベルだ。たまの休日、動物園、いいじゃん、そういえば、動物園なんて本当に久しぶりだ。
小学校以来か?いや、大学ん時、デートとかで行ったか?覚えてない。
ナカタさんと、今度行こうと言ってたのは覚えている。考えてみると、いつも今度今度で絶対に今度はこない感じで、結局はいつも飲みとか食事とか喫茶店、良くて映画になってしまって、ついに今度と言われることも、もうないのだ。
「姉さん、象、見ましょう」
「てか、見てる」
「は~、こりゃまた、大きいですなぁ。」
「象とかいないの、あんたんとこ」
「いませんなぁ、大きい動物は非効率ですから。」
「そうなんだ」
「ええ、でも、小さいのはまだいてます、猫とか犬とか」
「あ、いるんだ」
「そりゃいます。動物園はないけど、ペットとかはいてます」
「動物園はないんだ。」
「そりゃポリティカルコレクトって奴で」
「なんだ、そりゃ」
「姉さん、もっとテレビとか見ましょう」
「あんた、テレビ見過ぎなんだよ」
「いや、あれは勉強いうか、情報収取ですよ」
「漫画も。あんた、あの漫画、全巻読破したでしょ、昨日」
「はい、面白かったです」
「読むの早いね」
「ええ、まぁ・・姉さん、新刊買わないんですか?」
「はぁ?」
「いや、いいです・・。」
珍しく、象さんがパオォと鳴いて、えいりやんは「ひっ」と身を反らす。
そうか大きい動物リアルに始めてだもんな。
よくやった。象さん。
☆彡
えいりやんが、朝ごはんを作ってくれるというから、ちょっと心配だったけど、ボーっとテレビを見ていたら、またナカタさんが演出していたらしきCFが流れた。いったい年に何本つくってたんだ、あの人は。それじゃあ、体も壊すって。
「姉さん、できました」
「わぁい。」
「どないです?」
「うん・・・うまい。」
「そですか」嬉しそうだな。でもうまい。ていうか、人に作ってもらう朝飯は正月に実家帰って以来だから、余計うまく感じる。
「見様見真似いうか、ネットを見よう見まねで。」
「あんた勝手に私のPC使ったの?!」
「すんません。ムトゥさん探すついでに・・」
「パスワードとか言ったけ?」
「そういうのは、ぶっちゃけ、どーにでもなるんです。今どき生物のいる惑星でパスワードとか使ってるの、地球ぐらいで。」
「kojihana1208」
「は?」
「私のパスワードなんて。免許見ればわかるわよ、そんなの。誕生日だもん」
「いやいやいや・・・いて座?」
「悪い?」
「あ、このCMっていうんですか?短い奴、いいですよね~~」
誤魔化したなインチキ宇宙人め。
「それ、私が作った。」
「え?これを?姉さんが?」
まぁ、よくわかんないよな、そんなこと言っても。
「ん、じゃ、その短い奴、今日もガンガン作ってきますわ~。」
「いってらっしゃい、姉さん。」
うむ。
なんにしろ、いってらっしゃいいう人がいるのは、なんだか気持ちがいい。
あ、なんかインチキ関西弁伝染ってる。
「小嶋」
「はい。」
「ちょっといい?」
「はい。」
築山さんは、私の上の上の人で、まだ30半ばなのに、役員兼企画演出部の部長で、
私のことを新人時代から育ててくれた人だ。まだまだ女性が幅を利かせるのが難しかった頃から、バンバン回りと張り合ってた人で、男勝りというか、男というか、まぁ中身が、そういう人で、普段は人を寄せ付けない怖い雰囲気がある人なのだが、実はよく人のことを見ているし、気を使っている人だ。まぁ、よく人のことを見て、他人のことをよく考えてないと、良い演出になんてなれない。私はどうだろう?まだまだ人より自分のことばかり考えている気がするが。ともかく、鋭く、怖いが、案外頼れる姉御、それが築山さんだ。姉さんとは呼ばれていないがw
「なんですか?」
「あのキャンペーン、動くよ、そろそろ。」
「あの・・・はい。」
「もう、クライアント待たせられないって、代理店が」
「はい。」
「来週全体制作会議やるよ」
「はい。あの・・」
「小嶋、あんた大丈夫?」
「何が、ですか?」
「・・・」
築山さんは、私が、私達がずっとずっと丁寧にバカみたいに神経を使って隠してきたことをうっすら気づいていた。でも、この人はうっすら気づいていることを気づかせないようにしてくれた。それが、今わかった、ありがたい。
でも、なんか、バカみたいなことを言いたくなる。
「大丈夫じゃないけど、大丈夫です。」
「うん、そういう時って、女の踏ん張り時だからね。私も良くわかるよ」
「・・でも」
「ん?」
「でも、たぶん築山さんのそれと、私のそれってちょっと違うんじゃないですか」
「・・・ん?何が?」
バカにもほどがある、自分の失くしたものが、まだ特別だと思ってる。思いたい。
たぶん、形は違っても、この人もそういうのを乗り越えて来たのかもしれない。
こんな自分のことばっかり考えてたら、いい演出になんかなれない。
あと、演出が一番たいへんなのは、自分と闘うこと、他人じゃない。
自分の心と闘うこと、だっけ?ナカタ、
「・・いえ。」
「・・いや・・いい?仕事、だよ。とにかく仕事、をするんだ。好きだろ?仕事。」
うん、知ってた。CFはビジネスだから、作らないと仕事にならない、代理店もクライアントもクライアントの工場の人だって困る、だからCFは何があってもずんずん作られ、何かを動かし、動かしてないものは、捨てられ、また新しいものをずんずん作る。
古いものは、新しいものの中に埋もれ、そのまた新しいものは、また次の新しいものに埋もれる、だから、ナカタもずんずん作った・・それが、
それが、埋もれる瞬間が、来週来るということだ。CFは仕事だから。
大切な人がいなくなっても、CFは作られなければ、いけないから。
「・・あと・・余計なことかもだけど。」
「・・はい?」
「そういう時って、す~~っと変なの入り込んでくるから、気を付けな。」
「はい」
もう、変なの入り込んじゃってるんですけど、すいません。
「姉さん、猫です」
見りゃわかるよ。ミャア。
「タマいいます。」ミャアミャア。
名前までつけて。どこで、拾ってきたの?
「善福寺公園で。」
「あんた、私が仕事行ってるあいだ、ぷらぷらして、猫まで拾ってきて、あんたねぇ、あんたねぇ、居候の身だってことがわかってないみたいだね」
「すんまへん、ちゃんと面倒見ますから、いさせたってください。この通り」
こいつは、なんかここぞって時の頼みようがもうプロだな。
その惑星の官僚はみんなこんななのか?あ、でも地球でも政治家に対する官僚の態度ってこんなもんか、いや、もっと悪いのかも、こいつのは割とかわいげがある、でもそこも計算?
まぁ、いいや。
で、
二人で猫のトイレを買いに行く。
たぶん、あそこで売ってる。でも、本当は猫とかあのマンション禁止なんじゃないかな~。
よく調べてないからわからないけど。まぁいいか、、
とりあえず、猫のおしっこだか、ウンチだとかを部屋にまき散らされるのだけは嫌だ。
私もナカタさんもどちらかというと、犬派だったし、実家も犬だけど、たぶんこういう時、
急に猫を飼うことになった時は、こうやって、猫用トイレだとか、ペットフードとかを買うものなのだろう、あ、何これ?猫用のおもちゃか、まぁ、これも買っておこう、ほれ、ちゃんと、これあんた持って帰ってよ、レジ終わったら・・ん?
何をしておるのだ?お前は?
勝手に猫拾ってきて、それをラジャーと了解してあげた部屋主をさておいて、何をそんなに子供のようにしげしげと見つめておるのだ。
自転車。
「姉さん」
「いや、聞かない。」
「いやいやいや」こっちがいやいやだよ。
「これ、なんか、あれですけど、安いんとちゃいます?」
「なんであんた地球の物価まで知ってるのよ」確かに安い。
ママチャリだけど、ちゃんとしたメーカーのだし、この値段は確かにお買い得・・・
だぁ!でも、そんなもの私には必要ない!猫、自転車、宇宙人、もう、お腹いっぱいですよ。
「これあったら、ムトゥさんとか捜すのも便利やろなぁ、思て。」
ちょっと拗ねたけど、僕我慢するお兄さんだから的な小学1年生な表情を作るな。
「姉さんの好きなあの糖質0の安い店まで、ごっつ早く買い物行けるし・・。」
「まぁ、あそこまでは確かに遠いんだわ・・」やべ、ちょっと傾いた。
「私が買い物とか全部しますさかい・・どうですか?」
「しょうがねぇーなー」あ、言ったらなんか気持ちいい。
人にこんな風に豪気になんか買ってあげる、なんてあんまないしね。
ま、いいか。来週から仕事忙しくて買い物とかできないし、そりゃあ、まぁ助かるし、あ、うちのマンションの駐輪場、まだ空いてたか・・あ、
「あざっす!」
買ってあげた自転車を嬉しそうに押しながら、えいりやんは、子供のように笑った。
うむ、まぁいいか。
なんだか、楽しい。
ナカタさんと電車に乗ってる夢を見た。
正確に言うと、夢ではない。思い出が夢に入ってきた。
横浜のスタジオに向かう電車に乗っている途中で、外がみるみる暗くなって、激しい雨が降り出した。午後の遅い時間の下りの車両には、他には人がいなくて、二人で並んで座って見ていた窓ガラスが暗幕のようになって、二人の姿を映した。
「昨日、花さんの夢を見た」
「どんな?」
「なんかさ~、スタジオの資材置き場で、花さんが俺を刺そうとするんだよ、しかもベニヤ板で。ベニヤだから刺すっていうか、押すって感じで、何度も何度も、それが痛くて、もうどっちかといったら、いっそのことブスッと刺す方でお願いしますって、いったら夢が覚めてさ~、その後なんだか腹が痛くなって、トイレ行った」
「そうやって。」
「ん?」
「腹が痛いのも、歯が痛いのも、腰が痛いのも、全部私のせいなんだね。」
「ん?・・ごめん。」
「結婚とか、やっぱり無理だと思う。」
「うん。」
「うん。」
「冗談、悪い冗談、うん、冗談でも、良くない、ごめん。」
「・・でも、あと10年したらできるかも。」
「10年か~~、じゃ、それで。」
「じゃ、それで。」
「うん。」
「ナカタ?」
「ん。」
「夢ってさ、」
「うん」
「好きな人が夢に出てくるんじゃなくて、自分を好きな人が夢に入ってくるんだよ」
「うん・・?」
「知ってた?」
ナカタの大きな手のひらが私の頭に被って、それを恥ずかし気もなく前の窓ガラスが映して、しばらく二人で見ていたら、雨が急に止んで、二人を見えなくしたところで、
電車はスタジオのある駅に着いてしまった。
☆彡
えいりやんは、自転車を買ってから、よく外に出て、色々なとこに出かけているようだった。
「ムトゥさんをまずは、探してますねん」とか言ってたけど、この広い東京でそんなに簡単に人(宇宙人?)が見つかるわけないだろう、私にはただ暇にあかせてぷらぷらと遊び回っているだけに見えるのだが。
だって、この前は、帰ってくる途中のコンビニで立ち読みしてたし(パチンコ絶好調!とかいう奴)ちょっと離れた駅向うのパチンコ屋にちょこちょこ行って景品持って帰るし、
(お小遣い、無駄遣いすんなよ)私が仕事で遅くなりそうな時を狙って、やっすうい居酒屋で一杯やってるみたいだし・・人が働いてる間に、猫拾ってきて、コンビニで立ち読みして、パチンコ行って、居酒屋で飲むって・・それはもう、れっきとしたヒモだろう!
でも、そうやってゆるゆる生きているえいりやんを見ると、なぜか癒される、どんどん働かなきゃ!なんて思ってしまうのは、何故だろう・・はっ!これって、なんかに絶対やられてる感じがするぞ・・でも、ナカタがいなくなって止まっていたような時間が、動き始めたような気がするのは、確かだ。えいりやん効果?えいりやん偉い!いやいやいや。違う。
☆彡
「築山さん、申し訳ない!小嶋ちゃんもごめんね~~。」
「・・そういうことですか・・残念です。」
「俺らも最後まで粘ったんだけど、クライアントが」
「思えば、この前の前がナカタ演出の遺作になったわけか。」
「・・畜生」
「真、代理店さんのいる前だぞ。」
「だけど、」
「あんなに可愛がってもらった小嶋でも抑えてるんだ。お前もちゃんとしろ。」
「しょうがないですよ、ナカタさん、ほんとにいい人だったし、ナカタ演出はほんといい演出でした。人の心がわかってる・・でも、すいません、御蔵です。」
「・・せめて今ある素材で仮編まで、させていただけると・・。」
「築山さん、すいません。無理です。」
この代理店の人は基本的にいい人だ。いい人だけど、何もわかっていない、というか何もわかっていないフリをしてくれている、ある意味、優秀な人だ。
その人が無理、と言ったら、たぶん、無理。
ナカタさんがいない今となっては、半分撮影はしたものの、あえてあのCFは仕上げをせず、御蔵入り。シリーズも終了。心機一転、企画から大急ぎで練り直しということで、私の企画も没になった。いい企画だったのに。ナカタと最後の現場だったのに。とにかく新規一転、あのナカタ演出を引き継ぐような、そしてナカタさんに喜んでもらえるようなものをみんなでがんばって作りましょう、
なんて、
そんなのできっこないじゃん。ナカタさんがいなければ、ナカタさんみたいなものはできないし、ナカタさんみたいなものでナカタさんが喜ぶはずない。
でも、もしかしたら、
もしかしたら、あの人は、本当は優しい人だから、マジか!と笑って、いいじゃん、いいじゃんと言ってくれるのかもしれない。
「ほんとにな~、いい企画だったんだけど、小嶋。でもあれは、ナカタさんいないと成立しないもんなぁ。」
「まぁ、クライアントもナカタさん気に入って3年やってたけど、これを機会に新しい方向を見出したいってことで、ごめんね、小嶋ちゃん、ほんといい企画だと思うよ、でも、ねぇ、
まぁ、言い方があれだけど、ナカタ演出ってのが売りだったし・・弟子みたいな小嶋ちゃんの気持ちはよくわかるよ、でもね。」
弟子じゃない。
弟子かもだけど、弟子だけじゃない。
始めてわかった。秘密にするって、嬉しくて、切なくて、ちょっと甘い楽しさがあったけど、
だから、ほんとに本気で秘密にしてきたけど、でも、その秘密の片割れがいなくなって、それでも、だから秘密にしなきゃいけなくて、誰にも言えないって、こんなに苦しいことなんだ。苦しいよ、苦しいよ、ナカタ。私には、そんな口の堅い女子の友達なんて、いないし、
そんなこと築山さんにちゃんという事なんてできないし、いったが最後、終わったことで、いろいろな人に迷惑はかけられないし、絶対にそんなことで泣かないって決めたし・・でもあなたとのことを誰にも言えないのは苦しい、苦しい、苦しい・・苦しいよ、ナカタ。
「ん?何?小嶋?」
「それ、私が編集とか仕上げやったら、ダメですか?」
「は?」
「お前。」
「ナカタさんの演出をなめてるわけじゃないよな。」
「小嶋ちゃん、ごめんねぇ、ちょっとそれは、クライアント的に」
「お前、まだ演出来て、3年目だろ」
3年近く、なるのか。ナカタさんと、そうなって・・。
「小嶋。」ごめんなさい、築山さん。わかりました。もういいや、なんでも。なんでも良くないけど、こういう時はなんでもいいと思わなきゃ、やってられない。本当は、
本当は、そういうことじゃない、ただ、これに関わらなかったら、これにすがらなかったら、もう一生ナカタに関われないんだと思っただけ、ナカタの嬉しいとか悲しいとか寂しいとかやりたいとか、食いたいとか、そういう気持ちにもう一生、関われないと思っただけだ。
ただそれだけだ。ただそれだけが、誰にも言えない。涙も流せない。
演出は自分の心と闘うこと、守るということは、守る人より苦しい思いをすること。
わかった、ナカタ、もううるさい、私、いい演出になるように努力するから。
でも、その前にいい社会人のフリをする。
「すいません、冗談ですよ。でもぶっちゃけ悔しくて、う~~ん。・・新しい企画、します!」
「お~~~~!いいねぇ!小嶋ちゃん!」
「そうか、木田も渡も、真も、フォローしてあげてくれな。小嶋、頼むよ」
「アイアイサー」
「なんだそれ」
なんだそれ、なんだこれ、なんだ私。
うぃ~~、おい!いまけえったぞ!
おい!えいりやん!ご主人さまのお帰りだぞ、にゃあーん、お前はタマか、タマはえいりやんではないな、タマは猫だな、猫はタマで、えいりにゃあ、って、うるせぇ!って、てやんでぃ!てやんでぇええ、おう、気持ち悪い・・
「あ~~あ~~あ~~、姉さん、飲み過ぎですってば、あ~、そんなとこで、脱がない、ああ、気持ち悪いんですか?ああ、ちょっと待って・・はい・・んで、水、はい、飲む。
はい・・もう~タマちゃん、驚いてるじゃないですか・・」
「・・うむ。すまん、ちょっと会社で嫌なことがあって・・。」
「ま~~ね~~、ストレスたまりますよね、色々」
「うん・・あれ?」
「なんですか?」
「標準語」
「やっとマスターしましてん、なんてね」
「はぁ、学習能力早いな」
「へぇ」
「うむ、じゃあ、キスして。」
「へ」
「キス」
「そりゃ、姉さんが良ければ、姉さんには世話になってますし・・まぁ減るもんじゃないし」
「お前が減るもんじゃない、いうな!」
「はは・・・・・」
「キスはそっちの惑星でもあるのか?」
「そりゃ。」なんで半笑い?そりゃ!・・・!
「・・どうだ?」
「・・いいもんですね、キスは宇宙のどこでしても。」
「ロマンティックだねぇ」
「そりゃ、えいりやんですから。」
「だな・・・・どう?もう1回。」
「そりゃ、あ、もう1回いいですか?それじゃ、遠慮なく・・」
「おう・・・、ん?ん?・・・」
ん・・・・・。腰、胸、、脱がす、あ~、そうきたか。やるのか~・・。
・・これってある意味、獣姦みたいなことになるのかしら?
えいりやんのセックスは、案外うまくて、結構気持ちよかった。
体がなんだか普通よりつるつるしていて、そこだけが、なんだか地球外生物としている実感があるような気もしたが、あるいはその星では脱毛技術が地球より100年ぐらい発達しているのかもしれないし、あるいはただ毛深くないだけかもしれない。
あと何回かしてもいいような気もしたが、
でも、
でも、私が欲しかったのは、うまくて、気持ちよくて、つるつるしたセックスではなくて、ナカタのセックスだった。
もう、あんまりよく覚えてなくて、気持ちよかったのか、よくなかったかも、ぼうっとしているけれど、ナカタのセックス以外はたぶん、どんなのでもみんな同じだ。
たぶん。
次の日、なんだか会社に早く行く気もなくなって、企画すると嘘をついて、
えいりやんが、服が欲しいというから、二人で近くのタローズメイトに行った。
なんで、わざわざタローズなんたら?ユニクロとかGAPとかそういうのでいいじゃん。
あんた外見だけは、そこそこいけてるから、なんでも似合うとは思うけど、なぜわざわざああいうどうでもいい感じただようカジュアルが功を奏していない感じのものを好む。
「前から、目をつけてまして。パチンコの帰りとか。」
パチンコ行き過ぎなんだよ、あんた。しかも常勝。なんか宇宙人的な操作してるんだろ、絶対、私もたま~にパチンコやるけど、そうそう勝てるもんじゃないぞ、あれは。
そういえば、最近、色々景品持ってくるし、パチンコで儲かってるからと、少し現金を返してくれたりする、ヒモ卒業か?いや、本格的ヒモになる前の何かの振りか?
「ねぇさん、これ。これどうすか?」
「どうすか?って聞かれても、って感じのものをよう選ぶね。」
「駄目?」
「だめじゃないけど、ん~~」なんだ、違和感?駄目じゃないけど全体的に違和感。
演出家にとって、違和感はとっても大切だけど、今は仕事じゃないから適当でいいや。
「まぁ、いいんじゃん。」
「そうすか!あ~、じゃあ、これと、あのジーンズいいすか、のび~ってなるんですよ、あれ、のび~ってなって、らく~~っていうか」
あ、すいません、じゃ、この変な柄のシャツと、そののび~って奴ください。
その後、えいりやんと野武士の裏の喫茶店で、なんだかコーヒーを飲む。
コーヒーを二人でぼ~っと、飲むってなんかいい。
それは、ただの時間の共有で、ただのってところが親密でいい。
思い出すのも面倒くさいほど、ナカタさんとはよく二人で喫茶店でコーヒーを飲んだ。
大概途中で思い出したように仕事の話や、仕事関連の話になってしまったけれど、本当はただぼ~っとコーヒーを飲みたかっただけのような気がする。
ただぼ~っと二人でコーヒーを飲んでいる姿を誰かに見せたかっただけのような気がする。
飲みとか食事とかって、親密感を増すための感じで、まだこれから親密感の伸びしろがある感じがするけど、親密感マックスを乗り越えた二人でコーヒーを飲むのって、なんだか素面で、ただただ一緒にいたくているようで、おいしいお酒とか食事とかそういうのがなくても、二人でいたいだけの感じがしたくているだけで、本当は夜来て、あわただしく朝帰るようなナカタさんの背中を見るよりも、仕事の合間でちょこちょこ二人でさぼって、向き合って、たまには席が混んでいて、ぎゅうぎゅうに隣り合って、コーヒーを飲んで、ほけ~っと煙草を吸うそんな時間が、私には大切だったんだな、これが。
「にがっ!」
お前は本当に雰囲気ぶち壊しだな。
そういえば、ビールも苦手だったな。子供味覚か?
ふふ、このビターさは、大人のたしなみさ。
「あ、にがっつ。」
「でしょ?」なんだろ、いつもより苦いや。
「砂糖?」
うむ、あとミルク取って。
☆彡
横浜の撮影スタジオで、
撮影に立ち会っていたら、
途中でナカタさんの奥さんが来た。
49日も終わって色々落ち着いたから、前からナカタさんと仕事をやっていた私達に挨拶しにきたという。奥さんには、葬儀の時に何度か顔を合わせた。
私はずっと受付にいて、あとからちょろっとお焼香をさせてもらっただけだから、言葉も交わさず、顔を合わせたというか、顔を見た、ということだけど。
奥さんは、まだ中学生になったばかりの娘さんの手をずっとギュッと握っていた。
そして、うつむきもせず、涙も流さず、ただ前を向いて、ナカタさんの写真をずっと見つめていた。はじめて見たナカタさんの妻だった。きれいな横顔だった。
「あなたが、小嶋さん・・・色々ありがとうね。」
奥さんは私の手を握ってそう言って帰っていった。
奥さんは葬儀の時よりもっとキレイだった。
奥さんがキレイなので、なんだか泣きたくなった。
私は、ナカタの看病もできなかった。ナカタの最後も看取れなかった。葬式も受付で外にいた。奥さんはずっとずっと側にいた。そんなことを思ったら泣けて来た。
照明の素材をぎゅうぎゅうに押し込んである倉庫で、泣けてきた。
泣きたい時に全然泣けなかったから、思い切ってざんざん泣いた。今はそんなに悲しくないから、泣けるだけないてみようと思ったら、思いのほか涙が次から次にあふれてきて、声が出そうになったから、両手で抑えた。抑えた両手にも涙が降ってきた。照明のセロファン紙にもポトポト落ちた。それがなんだか情けなくて、もっと泣けた。
さんざん泣いてから、あわてて顔を洗いに飛びこんだトイレから出てきたら、
同録音の撮影が始まっていて、築山さんに少し睨まれた。
部屋に帰るとえいりやんがカレーを作って待っていてくれた。
料理番組を見ていたらおいしそうなんで、真似してシーフードカレーを作ってくれたそうだ。
結構具は奮発しました。ほんとだ、豪華。
あら、おいしい。だんだん地球の料理も上手くなってきたね。
「あの~そろそろおいとまをしようと思いまして。」は?
「そうか。もうやったから、満足したか。おめでとう。」
「やった?いえいえいえ。そうじゃなくて、ムトゥさんと連絡つきまして」
「ほうかほうか。泊めてもらって、飲み食いして、やって、もう満足か。」
ある種の男はみんなそうだな。そんなに、たくさんの人とつきあったわけじゃないけど、まぁ、ちょっと興味があって、やってみたら、もう目標達成の女(私?)は男それぞれの好みでいるわけで、たまたまえいりやんには、私はそういう女だったと、まぁはっきり言って、このままずるずる居られるのも困るし、実はそういう感じを試すのもあって、あの夜やってみたのは否めない、でも恋愛なんて、そういうもんだろ。
「いや、姉さん、そんな言い方。。違いますって。ムトゥさんが・・」
もういいよ、そういうのも。大体私もどうかしている、伊勢屋でナンパされたどこの馬の骨かもわかんない男を部屋にあがりこませて、飲ませて、飯食わせて、やらせて、あ~~、でもそれは普通じゃないのか?さすがに宇宙人という男は要注意かもしれないけど、ナンパされたり、なんかで偶然会って、気が合って、連れ込んだり、連れ込まれたり、そうやっていろんな、いろんな思いでが勝手に積もっていって、それが気持ちよくなって、一緒にいるのがしあわせになって、一緒にいないと不安になって、またそんな不安な夜を越えて会うと、
コーヒー二人で飲んでるだけで、しあわせを感じたりして、そうやって、またくだらなくて普通で大切な思い出がたくさんたくさん増えていって、、、そういう思い出だか、愛情だかみたいのを勝手にどんどん私にためていって、、すっと勝手にいなくなる、そういうもんだ、恋愛なんて、そういうもんだ、ナカタのバカ、奥さんキレイじゃねぇか、バカ、もう全部忘れてやる、降り積もったの一枚一枚剥がしていってやる、えいりやん、お前もそうだ、可愛げはあったけど、お前もさっさといなくなりやがれ、泣ける、カレーが上手くてまた泣ける、人前で泣かないんじゃなかったけ?まぁ、いいか、相手は自称えいりやんだ、自称えいりやんはOKだ、泣いてやる、さっきも泣いたけど、涙なんてどんだけでも出てくる、カレーおかわり、そして泣く。
「姉さん、あの・・」
「なんだ?泣いて悪いか?」
「いや、それは、何かとたいへんだとは思いますが、あの・・タマがいません」
「は?」
「今、気付きました。あれ~~??」
「いつよ。」
「さっき、買い物して、いったん自転車に戻った時?荷物置きっぱなしにして・・あちゃ~あの時出て行ったか~」
「ま、しょうがないか」
どうせ、みんないつかいなくなちゃうんだ、だから、去るものは追わない、去る猫もしかり。
「ですね~。まぁ、しょうがない。」
「うむ、まぁ、しょうがない」
「そうっすね、しゃあない。」
「・・・・・・・・。」
「え?」
「・・そうやって、すぐ、どーでもよくなる。適当。」
「いや、でも、さすがに、もう、しょうがないっすね・・」半笑い・・半笑い?お前なぁ。
自分で拾ってきておいて!どういう了見だ。
そうか、そっちがそうなら、こっちにも考えがある。大した考えではないが、衝動!反抗!
「あきらめるな!」よし、カレーも食べた。涙も止んだ。
「はぁ?」
「探そう。」
「え?いやいやいや・・姉さん。さっすがに、探すとかって・・」
「姫探すより、簡単だ。」
「いや、猫と姫一緒にされても・・」
「いいから探すぞ。」
「・・・・はい。」
まだ遠くに行っていないような気がする。気がするだけだけど。確信はない。
あるいは、もうすごく遠くに行っている予感もする。そして、
早く探さないと、もう見つけられない気がする。
えいりやんと一緒に青梅街道に出る。こっちだ。
「姉さん。わかるんですか?」
「わかる」わけない。
でもこっちだ。なんか、こっちだ。こっちの気がする。
足早に歩く、右左、小さな道にも目を凝らす。夜だから、そう遠くまで見通せないが。
次、次、次、信号超えて、陸橋も超える。こっちだ。こっちだ、えいりゃん、急げ。
えいりやんは私の右斜め45度にピタリとついてくる。いいぞ、私が左に注意してるから、あんたは右方向の担当、わし、こう見えても目がいいんですわ。ならなおの事右方向、通りの向うまで見えるでしょ。はい。歩く歩く歩く・・ちょっとコンビニで水買おう。あんたは?ポカリ?よし、歩こう、歩こう、どこだここは?まだまだ、まだ。まっすぐ行こう。青梅街道をまっすぐ、まっすぐ、まっすぐ・・・・。水飲んだら、まだカレーが消化されていないお腹がぼこぼこちゃぷちゃぷ言ってるけど、そんなことに構っている暇はない、歩け、歩け、歩け、ただ歩くんだ、もう猫なんてどうでもよくなってきてはいるけど、とりあえず歩こう、とりあえず歩く、歩く、歩く・・・・・・。少し疲れた、スピード落とす、でもまだまだ歩く、こうやって、どんどん歩くんだ、景色やなんか色んなことは、どんどん後ろにいって関係なくなる、こうやって、どんどん、時にはたらたら、時には全速力で、マラソンじゃないんだから、たまには立ち止まってもいいんだ、少しだけなら、そして、また歩くんだ。
こうやって、なんだかたらたら、どんどんそれなりに生きていくのが好きだから、私は死なない、私は死ねない。いくらナカタが好きだったからといって、ナカタがいなくなったら、体の半分なくなったみたいに感じたって、私はそのことで、死ぬことなんてしない。世の中のほとんどの人がそうじゃん。そんなことそういう人達がしてたら、地球の人口あっと言う間に減少しちゃうじゃん。ドラマみたいに、映画みたいに、CFではそういうのあまりないけれど、誰かの死がトラウマになってとか、うつむいて生きるとか、そういうのは私には似合わない、というかできない。好きな人が死んだのに、それでも死ねない。そんなことでは私みたいな人間は簡単に死ねない。これって何だろう?若さ?欲?生存本能?なんだかんだ言っても明日も生きてるだろう。なんだかんだどうせくだらない事に笑って、うまいものでも食って、平気で生きているだろう。その次の日も次の次の日も。そうやってだんだんだんだんナカタのことも思い出になって、そんな思い出もたまにしか思い出さなくなって、たらたらと、あるいはガシガシと生きていくんだ。そんなもんだ、人生なんて、そんなもんの人生が、それが大切だっていうことが、あなたと生きていたことで、わかってきたのかしら?それともあなたが死んだことでわかったのかしらナカタ・・。なんなんだろう、これって。
教えてよ。教えてよ。ちょっとヒントだけでもいいから・・。
あ、タマだ。
嘘だろ?にゃあ~~ん。
そして、ここは、どこだ?北原?田無?西東京?
・・多摩?だじゃれ?
ナカタ、多摩まで来てやったぞ。そして、やっぱり多摩に海はないのだ。
でも、日本のニュージャージーには、OK出してあげる。
そして、だんだん自然とそういうのも忘れる。
忘れきれるわけじゃないけど、うっすらするまではできるはず、そうだ、私はまだ若いんだ。
私はまだ若くて若くて、忘れるためには、いっぱいいっぱい時間があるのだ。
だから、大丈夫、もう大丈夫。忘れるために、たくさん時間があるから、私はまだ若いから。
「・・そうだよ。」
「え?」
「そうだよ。お前はまだ若いんだ」
「ナカタ」
「・・月が出ている」
「ナカタ」
涙がまた出た。右斜め45度30センチ、今はえいりやんであるナカタの首に抱きつく。
「ナカタ」
「ほら、月」
「ん、キレイだ。」
「月の裏側は見えないが、感じることは、できる。忘れることもできる、でも、そこにあるから・・」
「なんだそれ、イイこと言おうとしてる・・ナカタw」
「うん、途中でわからなくなった・・すまん。」
「私、みんなの前では泣かなかった」
「うん」
「ほめて」
「うん」
「そして、生きて、どんどん生きて、ナカタを忘れる」
「うん」
「ほめて」
「うん、ほめる」
「やった。」
ナカタがほめてくれた、それはなんだかやっぱり、すごく嬉しい。
にゃあ~~ん。
☆彡
タクシーの運転手さんは、猫をいやがったけど、なんだかぐったり疲れたので、
えいりやんと土下座すれすれで頼み込んで、高円寺までタクシーで帰った。
カレーの匂いがうっすら残る部屋で、ぐっすり眠った。
目が覚めたらえいりやんはいなくなっていた。
あれは、えいりやんだったのか、ただのちょっとやばい人だったのか、はたまたあの世から来たナカタの化身だったのか、今になってもわからない。
ただ、えいりやんは、いなくなる時にこっそり、私の財布から2万円持っていったようだ。3万中の2万てとこが、なんだか、あいつらしい。
姫見つかったかな~。
にゃ~~あん。
タマか。
タマ、多摩は日本のニュージャージーだぞ。
海は、ないけどw
Fin.
えいりやん KISSHO @kissho
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