第51話
夜は基本的に静かである。車通りの多い地域で昼間はうるさいが、この時間帯になると子どもの声すら聞こえない。
高級住宅街とはこんなものなのだろうか。
俺と彼女の間に会話は生まれない。ベンチを立ち上がってから、二人は無言で歩き続ける。
これからについて、分からないことが多いものの、恐らく武藤とは別れてくれると思う。
人間が一人で生きていけるわけがない。でも、大勢いなくても生きていける。今の彼女には、俺がいるし、早川だっている。そこまで仲のよくないクラスの友達だっている。俺の方がよっぽど一人に近い。
窓から明かりが漏れた、爺さんの家。まだ二十一時。さすがにみんな起きている。
「美月、チャイム鳴らして」
「やだ」
家の前まで来て、やっと行われたやり取りは、非常に無駄なものだった。
結局俺がボタンを押す。古っぽい音が聞こえてきた。
そこで、二人は手を離す。
「はーい」
婆さんの優しい声がする。ドタドタと、音をたてて、戸を開けてくれた。腰が悪いのに、急いでくれたみたいだ。
玄関から見える廊下の突き当たりにあるドア。そこから、武藤が顔を出した。婆さんはすぐに部屋に引っ込んでいく。
「お前ら、帰ってきたのか。早川がお前たちが外に行ったあと、すぐに家を出たぞ」
…………は?
「外で会わなかったのか」
今もまだ家にいないということは、外出中ということだ。もう夜も遅い。そろそろ女子が一人で外をうろついていていい時間ではなくなってきている。
「俺、早川探しに行って———」
「和人くん」
背後から、聴き慣れている、透き通った美しい声がする。
和人くん。和人くん。和人くん。和人くん。和人くん。和人くん。和人くん。和人くん。和人くん。
ん? ……ん?
振り返って、戸の方向に顔を向けると、そこには早川が当然のように立っていた。
「は、早川……」
「早川さん……」
* * *
怖すぎだ。
後ろを振り返るのが、今後怖くなるだろう。早川には、体に鈴を付けてもらおう。
「は……早川さん。どこ行ってたの……? 今から、探しに行こうかな、と思ってたところなんだよね」
美月が、突然背後に現れた早川に、若干顔を引きつらせながらも、少しの冷静さで訊いた。
「笠原さんと、和人くんの後ろについて行ってた」
マジか。
今更何ができるというわけでもないし、武藤に聞かれるのが嫌だったため。
「とりあえず早川。靴脱いだら、武藤のいないリビングに集合。武藤がリビングに来たら、部屋に集合ね」
早川には色々訊きたいことがある。どこまで俺たちを見ていたのか、なぜ追ってきたのか。
あともう一つ、俺には訊きたいことがあったが、怖くてそれを忘れることにしようかと考えている。
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