第50話

「青野はさ、早川さんとなんで付き合ってるの?」


 早川と付き合っている理由……。

 何故付き合っているのかと問われれば、明確な答えは出ず、分からないと答える他ない。


 早川が勝手に……とか言える雰囲気ではないし、笠原が俺に訊いているのは、どんなところを好きになったのか、という点だと思う。

 好きだから、付き合って恋人になる。これを前提としている質問。とても笠原の口から出たものとは思えない。


 夜道に輝く笠原は、いつもより儚く俺の目に映る。


「……好き、だからだよ」


 果たして俺は、早川のことを本当に恋人として見ていたのだろうか。笠原にはこう言ったものの、俺の頭の中では、まだ理由を探している。


「それ、ホントのこと? ウソ、吐いてない?」


 俺は未だに笠原のことを直視できないのに、笠原は平気でこちらを向いてくる。


「うん……吐いてない、よ」


 なるべく優しい笑顔で、俺が言う。


 目的もなく歩いていると、ちびっこが遊ぶような、小さな公園にたどり着いた。公園内には、滑り台と砂場しかなく、高校生には全然楽しくなさそうだった。そもそも暗くて遊ぶ気もないし、元気もないけど。


 公園の端っこに、木製のベンチがあったので、なんとなく二人でそこに座った。もしかしたらむちゃくちゃ汚いベンチの可能性もあるが、暗くて確認できないし諦める。


「……中学生の頃、青野ってずっと一人でいたよね」


 本当はそんなことないんだけど、あまり関わりが無かった笠原からすれば、そんな風に見えても仕方がない。


「私は、今もその時も、ずっと人に囲まれてて。青野が少し羨ましかった」


 俺は別にボッチでもなんでもないよ、と言いたかったが、ここで言うのは空気の読めないヤツみたいになるため、口は閉じたまま。


「早川さんと青野は、似たもの同士だったのかもね。あ、今もそうか」


 笠原は言葉を次々に連ねていく。


「青野は、私のこと好きじゃないんでしょ?」


「……え? いや、そんなことないよ」


「だって、私じゃなくて、早川さんを選んだじゃん」


 もうそのときには、早川が俺を選んでたんだよ。そんなこと言わないで欲しい。


「私、武藤のこと嫌いになった」


 今更かよ。

 元々好きになってすらいないんじゃないか? そもそも、俺に相談してきたとき、自分の損得で武藤のことを決めていた。


 でも結局笠原は、損をしている。


「俺は……早川を選んだわけじゃないよ……」


「ん?」


「早川が選んでくれただけ。だから俺は、早川の隣にいるんだよ」


「人の気持ちなんてすぐに変わっちゃうよね。私みたいに」


 武藤みたいに。

 俺は何も決められなくて。自分の気持ちすら定まらない。


「俺、笠原のこと好きだよ」


「……ありがと。ずっと憶えてるから」


 笠原が、ふっと微笑む。


 笠原がベンチから立ち上がった。爺さんの家に帰る気になったみたいだ。笠原は、武藤とはどうするのだろう。


「俺は笠原の味方だよ。少なくとも、武藤よりは、なんなら早川よりも。笠原の家族よりも分かってあげられることだってある、今なら」


「……うん、ありがと」


 俺はベンチから見上げるように、立ち上がった笠原を見る。

 笠原と同じく立ち上がると、彼女が振り向いて、俺を抱きしめた。


 笠原の顔が近くにきて、少しドキッとした。柔軟剤の匂いがする。


「笠原……さ、将来何になりたい? 俺は、偏差値60の高校で、ケツから数えた方が早いくらいアホだけど、笠原はトップテンじゃん? これから、未来さきの話をしようよ。現在いまより大切なことだよ」


 笠原が俺の質問に答えることはなく。身体を少し離す。しかし、次の瞬間には、笠原の顔が目の前まで迫っていた。

 笠原は俺の頭を地面の方向に傾ける。

 そして二人は、額をくっつけた。恥ずかしいから、目は合わせず、その状態のまま少し笑う。

 俺は右手を、笠原の肩におく。


「私は、和人を選んだから」


 彼女の性格は、とてつもなくいい。俺みたいなヤツのことを気にかけてくれて。仲良くしてくれて。


 早川は今、何をしているだろうか。武藤とあの部屋で二人。寂しくて、退屈な思いをしているに違いない。


 額を離したあと、どちらからなのかは分からないが、俺たちは手を繋いでいた。


 キスはしない。

 彼女は今、武藤の彼女で恋人であることには変わりはないから。



【あとがき】

 今日、もう一話投稿しようかな、って思ってます。

 

 

 



 

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