笠原美月②

 武藤の右手が、強引に私を引っ張っていく。私は青野や早川さんと、一言も話すことなく、武藤のところにいる。


 青野がずっと早川さんといるから、どこが私の居場所なのか、分からなくなって。私はこの四人の中に入っていないのかもしれない。そもそも、全てが破綻している。


 四人じゃない。一人が四人が集まっただけ。それで四人になるわけじゃなかった。私たちの場合。


「笠原……お前、青野のこと好きだろ」


 今日はよく、空が晴れている。雲も、ぽつぽつとしかなかった。その分暑くて、私の身体からは、汗がドバドバと分泌されていた。


 武藤の話なんてのは、ホントはどうだってよくて。

 武藤のお爺さんの家になんて行きたくなくて。

 武藤の嫌いなところはすぐに思いつくけれど。

 武藤の好きなところ、それはすぐに思いつくことはない。

 武藤の顔は好きになれなかったけれど。

 武藤の性格は嫌いになれた。


 重要なのは私の感情じゃなくて、客観的に見たら、ということ。


 最近、また何のために武藤の隣にいるのか、分からなくなる。

 そもそも、最初から分かっていて、分かっていないようなものだった。そこまで好きではなかった武藤と付き合って。


 付き合ってから、嫌いになった。

 私にはとことん才能がなくて、いつも大きな損をしている。でも、得ができる場面はいつになっても私の前には現れず、時が過ぎた。


 結果は簡単だ。

 武藤には才能があって、私には無かった。


「おい、笠原聞いてんのか?」


 呼び名は『笠原』。

 急遽作り出されたあのは、この場では全く適用されないらしい。私にとっても好都合だ。


「……………………うん、聞いてるよ」


 武藤の声から凄まじい圧を感じて、声が出しにくい。それでも、絞り出すように発した。


「いつもオレが誘うときは、青野も一緒に誘って。青野とはオレを誘わず、普通に居られるんだな」


 あれだけ態度に出していたら、そう思われるのも無理はない。武藤が満足しただけで、この関係は終わってしまう。


「笠原は……青野とヤッたのか?」


「うん……………………ヤッたよ」


 真面目に答えるのが面倒になって、訳の分からないことを平然と言った。それと同時に、青野との中学生のときの思い出が、頭の中を支配する。


 人気ひとけのない公園の近く。遠いところで、子どもたちの大きな声が聞こえた。


「……それ、いつの話……?」


「ちゅ、中学生のとき……かな」


 いつのことなのか訊かれるとは考えていなくて、回答を用意していなかったが、テキトーに答える。


 中学生のとき……。あながちウソではないのかもしれない。


「笠原、青野とはこれで最後。……この旅行で最後だ。それ以後、アイツとは関わらない。二人だけで遊ばない。これができるなら……そして、まだオレのことを好きでいてくれるのなら、オレの彼女でいてくれないか?」


 いつ武藤のことを、私が好きだと言ったのか。

 でも、そのときの武藤の声が思いの外優しくて。


「分かった……。考えとく」


 それだけ言って、元来た道を歩き始めた。



【あとがき】

 今日の十六時、次話投稿します。

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