第44話

 武藤の目の前には、この辺の住宅街の中でま、一際大きい建物が。門がやけに豪勢で、駐車場には白いプリウスが止まっていた。


「ここ、オレの爺ちゃんの家な。結構デカいだろ? 爺ちゃん、もうやめたけど、子会社の社長やってたんだよ。何もすることがなくて、いつもパソコンで株価を見てただけらしい」


 武藤の話を華麗に聞き流し、笠原に目をやった。相変わらず武藤と手は繋がれたままであり、武藤がその手をむにむにしてるから、見ている方が気持ち悪かった。


「オレ鍵持ってるから、もう入れるけど、もう入る?」


 入るに決まっているのに、なんで聞いたのだろうか。


「よし、美月来て」


 うわっ、笠原のこと美月って呼んでる。ジジイに『コイツ、オレの彼女』とか言って、紹介するんだろうか。俺も全然関係ないけど、武藤のジジイに、早川は俺の彼女です、って紹介してやろうか。


 門を開けて、敷地内に足を踏み入れた。

 武藤が笠原の手を引いて、引き戸の前に立たせる。この向こう側にジジイがいるはずだ。


 武藤が空いている左手で、扉の鍵を開けた。ガチャ、という音がした。笠原が緊張しているのが、後ろで早川と共にその様子を見守っている俺ですら、確認することができた。


「ただいまー」


 武藤が、扉を開けた瞬間に声を出す。そして、家の中に入っていく。笠原もそれに続いた。

 武藤が俺と早川のことを、全く気にせずに行ってしまうので、俺たちのこと忘れてんじゃないか? と、心配になった。


 俺と早川は何も話すことはなく、淡々と武藤の背中についていった。笠原は武藤の隣に並んでおり、玄関先で彼女感を多量に醸し出している。


「爺ちゃーん? いるのかー?」


 武藤が大きな声で呼びかけるも、返事はない。


「ま、家が大きいから、声が聞こえないだけなのかもしれないし。とりあえず上がってよ。きっとびっくりする。むちゃくちゃ汚いからな」


 何を言っているのかは分からなかったが、その言葉は俺や早川ではなく、笠原に向けられていることだけは分かった。


 玄関は、当然のことながら、冷房は効いておらず、蒸し暑くて死にそうだった。早く涼しい場所へ移動したい。


「おじゃましまーす……」


 笠原が、控えめに小さな声で言った。

 武藤と笠原は、さっさと靴を脱いで上がってしまっている。俺と早川はそれに遅れないように、なんとかついていく。


 俺は武藤に聞こえないように小声で、早川に言った。


「武藤、さっきからひどくない? 俺のこと見えてないのかな? 呼んでる側なんだから、普通気にかけるだろ」


「笠原さんがそれだけ大事ってことだね」


 武藤の足が止まる。

 よく見ると、武藤と笠原の前に、白髪混じりのお婆さんが立っていた。


「婆ちゃん!」


 この家には、爺さんだけでなく、婆さんも住んでいるようだった。

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