第43話

 俺は武藤のあとを追う。


 電車の車内では、武藤と笠原、俺と早川の、二つに分かれていて、なんのために四人で来たのか、ホントに分からないことになっていた。


 笠原が時折こちらを窺うように、視線を向けてくるものの、武藤の目があるため、何も話すことができない。結果、俺は電車でも、その後のバスでも、ずっと早川の隣にいた気がする。


 四人は、バスから降りても、無言のまま。美男美女カップルと、偽カップルの間に会話が生まれることはない。


 太陽の光が、容赦なく俺の頭を照り付けて、頭髪の上で目玉焼きが焼けそうなくらい熱くなった。


 首からかけているタオルで、頭の上から流れてきた汗を拭う。それにより、体内の水分が少なくなった気がして、リュックサックから、お茶の入ったペットボトルを取り出して、口をつけた。


 渇いた喉が、急速に潤されていくのを感じる。俺の様子を、羨ましそうな目で見つめている早川に、右手に持っていたペットボトルを渡した。


 無言のやり取り。早川は、俺に確認することなく、受け取ったあと、すぐに口をつけてお茶を飲んだ。ごくごくと音が聞こえてくるほどの飲みっぷりだった。


 ペットボトルを早川から返してもらい、歩くスピードが遅くなっていた俺たちには構うことなく、普段と同じ速度で、俺と早川の前を歩く武藤と笠原。

 そのため、彼らとの距離が、少し広がっていた。


「早川、急ごう」


 俺が隣をゆったりと歩く早川に告げると、


「ん」


 早川は俺の右手に、自分の左手をくっつけた。手を繋げ、ということだろうか。それ以外に思いつかなかったので、とりあえず早川の手をつかむ。


 俺は早川のリアクションを見ることもなく、武藤と笠原に追いつくために、歩くスピードを上げる。


「見えてないのかなー、武藤くんたち。私、本当に、ここまで何のために来たんだろう」


 俺が言っていた疑問と同じようなことを、ここまで来て口にする。


「あれ、俺に見せびらかしてんのかな」


「……? どういうこと?」


 早川が驚いたような表情で、俺の顔を見た。


「だから武藤は、笠原が俺に告白したことを知ってるんじゃない? もしくは、それを感づいている。笠原がもう俺のものになりましたよ、っていうアピール。笠原に後戻りさせないようにしてるのかも」


「あー、そういえばそうだったね。和人くんの予想で言うと、武藤くんはなんだか悪いヤツみたいだね」


「誰にだって悪いところも良いところもあるよ。全部たまたまだってこともあるから」


「武藤くんには、良い人でいてもらいたいなぁ」


「武藤なんか、まるっきり悪い人で———」


「おーい! 何やってんだー!」


 遥か前方からイケボがして、前を向いた。

 すると、武藤が俺たちに手を振っている。

 俺と早川が話に夢中になって、せっかく縮めた彼らとの距離がまた開いてしまっていたらしい。


「爺ちゃんの家、もう着いたぞー!」


 武藤と俺の身体的な距離は、約三十メートル。

 俺の声が聞こえるはずはない。


「早川、やったな。もうすぐメロンだ」


「うん、やったー、メロンだぁー」


 ニコニコしながら言う早川を見て、俺は無意識に微笑んだ。

 どんどん武藤との距離が近づくにつれて実感する。そして再確認する。


 武藤と俺の心理的な距離は、地球から月、よりも長い。


 





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