第39話

「あ、遅れてすみません」


 全く遅れていないが、一応謝っておく。


「全然遅れてないよ。詩音にも連絡したし、大丈夫」


 結局言ったのかよ。トイレ行くから先に帰っといていいよっていう俺の口実はどうなるんだ。


 早川の姉が、俺を自分の前の席に座るように促した。それに従い、座る。


「で、話したいことって、なんですか?」


 目の前の彼女は、少し間を挟み、口を開く。


「詩音は、元気にしてる?」


「あ、多分」


 この前会ったんじゃないか、と思ったが、気まずくて聞けないのかもしれないと考え、曖昧な返事をしてしまった。


「詩音は、友達いないから、高校で元気にしてるんだったら、よかった」


 この人は、結局何が言いたいのだろう。さすがにこの話だけで終わるということはないと思うが。


「早川とは、ゆっくり話をしなかったんですか?」


「私、また仕事始めたの」


「また」


 以前は仕事をしていたということだろうか。まぁ、大学生なら、バイトの一つや二つ、経験していても全くおかしいことではない。


「うん。去年は、仕事のために、休学してて、大学行ってなかった。頑張って勉強して行った大学だから、いくらお金が無くても、やめたくなくってね」


「あ、そうだったんですか」


 何と返せば良いのか分からず、なんだかテキトーな返事になってしまう。


「あのさ、武藤煌って、知ってるよね? 同じ学校だったと思うんだけど。まぁ、詩音が知ってたし」


 面倒だから知らない、と言おうと思っていたのだが。


「で、武藤がどうしましたか?」


「煌くんって、金持ちなの」


* * *


 長い一日だった気がする。実際、早川の姉とは、かなりの時間話していた。


 帰宅して、いつもと同じようにベッドに横たわる。ベッドの上に広げられた、学校の教科書やノートを、床に落とす。


 背中に汗をかいていて、正直寝転がりたくなかったのだが、疲労が半端ない。


「まさか……武藤がねー。早川のお姉さんのために、他の女と手を切ったらしいから、意外と紳士なところもあるのかな。ホントか知らないけど」


 仮に真実だとすると、現在武藤の女認定されているのは、笠原だけということになる。


 それにしても、武藤は大胆だ。この前付き合い始めた女を、いきなり爺さんの家に誘うなんて。俺なら絶対にしない。新幹線とってくれるとか、マジ最高。彼女にでもそんなことするかな……あれ?


 俺と早川の新幹線代は武藤が払ってくれてるんだよな。……あら? 何のために俺と早川を誘ったのだろう。


 俺と早川の二人がいれば、間違いなく武藤が笠原と二人きりでいられる時間は少なくなる。武藤がそんなアホみたいなことするはずない。


 ………………。考えても仕方ない。

 そう思って、俺はその体勢で、意識を手放した。



【あとがき】

 明日の投稿は、お休みします。

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