第36話
「これとかどう?」
「似合わない」
「これは?」
「気に入らない」
「あ! これは? これはこれは!?」
「必要ない」
「バカ!」
俺に、ファッションセンスの欠片もないことが、改めて証明されてしまった。早川は自分のことを後回しにして、俺の服やズボンを選んでくれているが、どれがいいのか分からない。
もう二日連続同じ服でいいんじゃないかと思い始めている。
「そんな大きな声出すなよ。今、一番人が多い時間なんだから」
「あのね? 武藤くんに陰キャって言われるよ? それでもいいの?」
「笠原と付き合ったばっかで、機嫌良いから大丈夫だって。むしろ笠原になんか言われると思う」
ノリに乗っている武藤のことだ。たまたまちょっと仲良くなった俺のことなど、見向きもしないだろう。隣に笠原がいるから。
「じゃあ、笠原さんに嫌われないためにも、なんとかしなきゃ」
そういえば、早川は関係ない俺のことを優先して考えてくれているのだ。
俺がこの態度では申し訳ないと思い、真面目に探し始める。
「早川、俺なんでもいいよ。安めのTシャツ一枚あればいいし。さっき、早川が持ってきてくれたやつで」
やはり自分では決められないので、他人の意見に任せる。
早川は少し何かを考えたあと。
「……ま、いっか。どうせ一泊でしょ? じゃあ、私のやつ選んでよ」
と、言った。
店内は案外大きく、棚がたくさんあって視界が悪いので、はぐれたら迷子になりそうだ。そんなどうでもいいこと思いながら、俺は早川についていく。
「武藤くんのお爺さん、どんな人だと思う?」
早川は、歩きながら俺に訊いてきた。応答する前に店内のかどを曲がる。
「あれでしょ。武藤くらいのイケメンで、世渡り上手」
武藤とそっくり。
「豪邸だったよね。部屋が二十個くらいありそう」
すぐに爺さんの話から、豪邸の話になったので、俺の回答にそこまで期待していなかったみたいだ。
「あんな家に住みたいね、和人くん」
笑顔でこちらを見る早川に、一瞬ドキッとしたが、なるべく表情に出さずに、
「別に。あんな、デカくなくてもいいかなぁ」
と、控えめに呟いた。
早川は色々な棚を回っているが、気に入ったものが見つからないみたいだ。遠出とあって、ハードルを上げているのだろうか。
「和人くん、この店出よう。和人くんだけ、レジに行ってそれ買ってきて。私は、あそこのお店に行ってるから」
早川は俺が持っているTシャツに視線を移したあと、向かいのお店を指差した。
雰囲気がオシャレだった。
「うん、分かった」
「あ、和人くん。今日いくら持ってきてる?」
思い出したように、早川が俺に問う。
「二万」
「持ってきすぎでしょ。……あのさ、足りなくなったら、あとで貸してくれない……?」
申し訳なさそうに言う早川が、とても可哀想に思えた。
* * *
「あれ? 君、青野くんじゃない?」
早川と別れ、レジに向かって一直線に歩いていると、いきなり誰かに話しかけられた。俺が声のした方へ振り向くと、そこにはとても綺麗な人が立っていた。
「あ……なんですか?」
あなたは誰ですか、と訊くのがなんとなく怖くなって、途中でやめた。
白を基調とした、清楚な服装の女性は、俺に言った。
「この後、時間ある?」
【あとがき】
次話投稿は明日です。
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