第29話

「よし、先頭は園中に任せた。園中なら武藤との関係も深いし、もし笠原に振られたところを誤って目撃してしまっても、園中が文句を言われている間に逃げ出せる」


「振られるんだったら俺はいかないぞ」


「そんなこと分からない」


 武藤と付き合おっかな、という発言をリアルタイムで聞いてしまった俺からすれば、振られる可能性は限りなく低いと見ている。しかし、万が一にでも見つかった場合、その時俺が先陣を切っていたら、なんか不自然だなと思い始めたのだ。


「そもそも、写真だって一応撮るけど、もし武藤か振られたら絶対に見せないからな」


 そんなの当たり前だろ。

 振られたときの写真を見せられたところで、嬉しくともなんともないし、逆に煽っているようにしか受け取られないだろう。


「ちょっと、ほら、もう横断歩道渡るよ」


 ただ一人、武藤と笠原の様子を観察していた早川が、無駄な話をしていた二人に、少し焦ったように告げる。


 ふと武藤たちの現状を確認すると、校門の目の前にある横断歩道を、余裕で渡り切っていた。


 まだ、信号は青だ。ここで行かなかったら、確実に見失うので、意味が無いと分かっていながら、ヤモリのように小走りで追った。


 武藤たちの遥か後方を歩いてしばらく経った時。

 ドラマに登場しそうな分かれ道に差しかかる。武藤の家を把握しているわけではないので、ここでそれぞれ別々の道を行くことになるかどうかは分からない。だが、二人の様子、というよりかは、武藤を見て確信した。


「ここでキスとか、しちゃうのかな?」


 俺の前を歩いていた早川が、後ろを振り向いて言った。


「普通しないでしょ。絶対学校の人に見られてることを警戒してるだろうし。実際に、俺たちが、影から二人を覗いてるしね」


 そもそも付き合う初日にキスするカップルなど、果たして存在するのだろうか。するとしたら、付き合うまでに余程の信頼関係が築かれていないと成立しない。


 武藤と笠原は、つい三、四ヶ月前に出会ったばかりだ。休日に遊びに行った仲とはいえ、正直そこまではいっていないとは思う。


「お、なんか雰囲気変わったぞ。青野、見なくていいのか?」


「へ? いいわけないでしょ」


 俺は、武藤の方を向き、耳を澄ませる。そうしたところで、会話の内容は全く聞き取れないが。


 すると、武藤と笠原が足を止めた。武藤が右側にいる笠原の方を向き、肩を両手で持って自分へ向かせる。

 その数秒後。

 オレと付き合ってください、という言葉だけが、俺たちの耳に届いた。豪邸の外壁の影から不審者のように覗く俺たちに、なぜか気まずい空気が流れる。


「おい、こんな急に大丈夫なのか?」


 園中が不安そうに声をあげる。その瞬間、俺は彼らから視線を外した。

 でもすぐに戻したら———




 ———武藤と笠原は、二つの分かれ道のうち、左側を並んで歩いていた。


 


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る