笠原美月①

 高校の入学式が終わり、中学校の同級生で集まっているときだった。

 みんなで、高校の制服を着て、カラオケに集まろうという謎のイベントが開かれた。


 同じクラスだった青野あおの和人かずと。何の取り柄があるかも分からない、不思議な生徒。同じクラスだったなら、何か一つはその人のことについて知っているものだとは思うが、私は何も知らなかった。


 青野は、クラスの打ち上げに来ているにも関わらず、カラオケでは一曲も歌わないし、目の前に置いてあるジュースにしか手をつけなかった。


 一体、何のために来たのか分からないほど何もしていなかったのだ。


 私はコップにさしてあるストローを、口の中でぐちゃぐちゃにして、そのあと空気と一緒にメロンソーダを飲んだ。

 友達がアニソンを延々と歌っていると、青野が急に立ち上がる。


「俺、帰るよ」


 誰に言ったのかは分からない。だけど、そう呟いたあと、一人分の代金を机の上に置いた。すると、さっさとバッグを肩にかけて出て行ってしまった。


 私はここに残るつもりで、最後までクラスメートと時間を過ごそうと思っていたが、気付けば、彼と同じように立ち上がっていた。


* * *


 気が付けばもう夕方。遠い空から甘い朱色が放たれている。

 帰宅ラッシュ、駅前とだけあって人通りは結構あった。だが、その中でも私の目はしっかりと青野の姿をとらえていた。

 バレないように、私は青野に近づいていく。スマホを眺めているだけの青野。何をしているのだろうか。


「青野?」


 私の声に気付き、顔を上げる。そして、私の顔を三秒ほど見つめたあと、またスマホに目をやった。


「ちょっと、無視しないでよ。なんでカラオケ最後までいないの? 青野も歌えばいいじゃん」


 青野の顔面には、表情というものは無く、ただ面倒くさそうに生きて、そこに存在しているだけだ。

 スマホを右のポケットに放り込み、私の方に体を向けてくれた。


「笠原か。なんで俺についてきた」


「青野が一人でどっかに行くからじゃん。クラスでカラオケに来てるんだから、出来るだけ最後までいた方がいいよ? 何か用事あるなら別だけど、それだったらさっきカラオケで、用事あるから帰るって言ってるはずだし」


「別に、特に予定は無い。予定は無いけど、一人になりたかったんだよ。人が多いところ、苦手だからさ」


 一人になりたいときがあるなら、最初から来なければいいのに。青野ことは、よく分からない。


「青野、これから時間あるんでしょ? クラスメートは私しかいないし、人が多いわけでもない。時間を潰せて楽しいところ、私が教えてあげる」


 私は、自分でもよく理解せずにそう言って、青野の手を引いた。私がリードする形で、二人で一緒に歩き出した。

 



 

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