第26話

「私のベッドに座っていいよ」


 早川は俺をベッドに座らせる。

 座るどころか、幾度となく一緒に眠ったこのベッド。何の緊張も無かった。


「私の姉さんは大学生ってのは、もう話したことあるよね?」


 それは以前から聞いていた。


「うん」


「男がいたの。一生懸命働いてたときから、彼氏みたいな人がいたらしいのよ。その人とお金が貯金しか無いのにも関わらず、ホテルに入っていった」


「別にいいだろ。たまには息抜きも必要だし? 金だって、もしかしたら男が全額払ったかもよ? ってか、その方が多いんじゃない?」


「それがダメなんて言ってない。そういう人なんだな、で終わる。いつも働いてるから、仕方ないと思った。でもね? その男が問題なの」


「へ? 誰だったの? その男。まさか早川の元カレとか? あるいはヤクザとか? またはAV男優。ないしはマジックミ———」


「———クラスメートだった。クラスメートだったの。その時は知らない顔だった。でも次の日学校行ったらそれらしき人がいて———」

 俺のボケを途中で切りやがった早川が、とんでもない早口で言葉を発する。

 正直言って、全然頭に入ってこない。だって話が突拍子もないんだから。


「それで? どうなったの? 早川はそいつに話しかけて、『お前ふざけんな、殺すぞ!』とでも言って脅したのか?」


「そんなバカなことしないよ」


「じゃあどうしたの? そもそも、そんなにはっきり顔が見えたの? クラスメートだって分かるくらい」


「いや、次の日学校に来たら、首にキスマークがあった人がいた」


「そんなんで判断すんなよ。男から付けられた可能性もあるんだから」


 早川の思い込みだった可能性も出てきた。早川が言うには、早川の姉とホテルに入った男は、俺たちと同じクラスだと言う。

 

 もしそれが本当であったとしても、何をするのか知らないが。


「背丈が同じくらいだったの」


 早川が判断した理由が、あまりにも少なかった。


「いやそれだけなの? 早川、頭おかしくなったのかよ」


「確かに顔も見てないし、背丈が同じくらいしか共通点が無かった」


「キスマークの人もそれだけで姉の男扱いされたら、たまったもんじゃないと思うよ。俺だって、中学生のときは彼女いたし。普通に彼女から普通に付けられたかもしれないじゃん」


「……は? か、彼女いたの……?」


「うん、同級生の」


 早川は、この世の終わりを見ているかのような目で、俺を見た。

 謎だ。


「なんだよ。彼女いたのがそんなに意外だったの?」


「……あ、でも、そっか。だからセックス上手なんだね」


 そんなところに結びつくのか。

 中学生のときの彼女とセックスしたのは、一回だけだ。そもそも、ほとんどセックスが目的みたいなもので、デートとか、そういう中学生の恋人っぽいことは何一つしていない。期間も短かった。

 早川は少し下を見ながら、微笑を浮かべた。


「じゃあ、いいや。私、和人くんが笠原さんと何があったのか知らないよ? でも、明日から普通に接すること、できると思う」


 早川の言葉によって、俺がここにやってきた当初の目的を思い出したが、もうどうにでもなる気がした。


 俺は早川に笑顔で見送られながら、家をあとにした。




【あとがき】

 二十日の用事が終われば、更新ペースを上げていきたいと思っています。

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