第24話

 笠原に手を引かれるように移動、そして白い扉の前に立たされた。どうやらここが笠原の部屋らしい。


「いいよ。入って」


 笠原は優しい声でそう言って、俺を部屋へ招き入れた。部屋の中は、可愛らしいピンク色のベッドに、木目の目立つ白い机。壁は白を基調としていて、全体的にシンプルな印象を受けた。


「笠原って、意外に綺麗にしてるんだね」


「それ、どういう意味?」


「どうとってもらっても構わないよ」


 笠原は俺を見ながら、自分のふかふかなベッドを指さした。


「ベッド、座ってもいいよ」


「あ、ありがと」


 女子のベッドに座るのは、少し緊張する。っていうか、ここで男とヤッてたらイヤだな。


 笠原の机の横にある本棚には、大量の恋愛小説が並んでいた。案外理想が高いのかもしれない。恋愛小説なんて、どれも現実が美化されたものばかりだ。


「私さ、そろそろ、現実を見たい」


 笠原が、両手を後ろで組み、窓の方を向いて言った。笠原は少し笑っていた。

 だが———言っている意味が分からなかった。現実を見たくても見られない人なんて、この世にたくさんいるのに。


「どういうこと? 現実を見たいって? ……そんなの簡単だよ、目を背けるよりも」


 笠原は部屋の中を歩き回る。


「現実よりも、理想が勝っちゃうんだよね。そういうこと……無い?」


 俺は理想なんて一度として抱いたことが無かったので、笠原の気持ちは一切理解できない。


「笠原は夢を見たくない、ってこと?」


「……ちょっと違うかな? 夢は見たい。夢は見たいんだけど、現実を望みたい」


 本気で何言っているのか分からない。

 そう、俺には理解できないことを堂々と言ってみせた笠原は、ベッドに座っている俺の隣に腰をかけた。


「私、武藤と付き合おうかな。なんかそう思い始めてきた。その方がメリットあると、思わない?」


「スクールカーストの高いヤツとつるんでた方がいいっていうこと?」


「そう」


「そんなこと気にするなら、俺や早川に関わらない方がいいよ? 武藤とは違う星から来たんだ」


「陰キャ星かな? それで武藤は陽キャ星」


「笠原も武藤と同じだ」


「そうかなぁ……。私、陽キャ星出身なのかなぁ」


 笠原の儚げな笑顔。それはどの笑顔よりも美しいものだった。


 すると、笠原はよく分からない方向を向いて、


「私、青野と一緒に歩きたかったなぁ……。並んでいたかったなぁ……。笑わせてあげたかったなぁ……。私が武藤と付き合って、青野とこれが最後だって、そう言うなら」


 笠原は腰を捻り、俺の方を向く。そのまま両手で俺の顔を固定した。


「あれ?」


 ナニコレ。


「これは、早川さんの次かな? ……ううん、それでもいいの。今度、あのときの続きを」


 笠原の整った顔が、どんどん俺に近づいていき、唇同士が繋がったことによって、ぶつかった。

 俺の唇に湿った感触が伝わる。


「———またね」


 俺は早川とキスしたことなんて一度も無い。

 今日のこれは、俺のファーストキスだった。




【あとがき】

 レビューありがとうございます! 

 次話投稿は、七月十五日です。




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