12 止まない雨。

 しかし、その拳が振りおろされることはなかった。

振り上げた拳を掴んだのは弥生だった。


「何……してるの?」


「弥生……」


 暁斗の力が抜けたのを感じて手を離した。

全身一気に濡れそぼる。

どうして止めたのか弥生自身にもわからない。


「悠牙を殺しても……葉月ちゃんは帰ってこない」


 葉月を殺した人狼族の男をずっと憎んでいた。

いつかこの手で復讐したいとまで思っていた。

それなのに、その相手が悠牙だと知って、どうすればいいのかわからない。

それはもう、悠牙自身を知ってしまっているから。

悠牙を仲間だと思ってしまっているから。

雨に濡れて身体が重い。

三人とももうずぶ濡れだ。


「私はずっと葉月ちゃんを殺した相手を憎んでた。そして、それと同じぐらい私自身を憎んでた」


 葉月は当時、里1番の実力者だった。

そう簡単にあの頃の年若い悠牙にやられるはずがない。

あの時、不用意に飛び出した弥生をかばったせいなのだ。


「私が飛び出さなきゃ葉月ちゃんが死ぬことはなかった。葉月ちゃんを殺したのは私……」


「違う!……俺たちが里を襲わなかったら、こんなことにはならなかった」


 弥生は静かに首を降る。

本当は初めからわかっていた。

だけど、気づかないふりをしていた


「そうかもしれない。でも、私はずっと過去から、自分の罪から逃げてた。悠牙を恨むことで目をそらしていたんだ」


 そう全ての元凶は弥生なのだ。

弥生があの夜、不用意に家を出たから。

たとえ里が襲われても、弥生が飛び出さなければ葉月が死ぬことはなかっただろう。

罪の意識に耐えきれない弥生は、あの夜葉月を殺した男を憎むことで自分の罪から目をそらしていた。


「でも、悠牙は違う。過去を悔いて強さに変えた」

 

 それがきっと、悠牙を憎みきれない理由なのだ。

過去を引きずり立ち直れない自分自身と過去を教訓に前向きに生きる悠牙。

初めは悠牙が5年前のことをどう思っているのか知りたかった。

だから、近付いた。

過去を悔いていないような奴だったら即座に仇を討つつもりだったのだ。

だけど、悠牙は自分にはない強さを持っている。

そしてその強さに惹かれた。


「俺はただ……もう2度とこんな思いはしたくなかっただけだ」


 絞り出すように言う悠牙の表情は苦渋に満ちている。

悠牙も葛藤の中生きてきたのだろう。


「悠牙を許せない。悠牙を許したら私は……」


 誤魔化してきた思いに気づく。

悠牙を許してしまったら、自分の罪の意識と向き合わなくてはならない。

まだその覚悟はない。

弥生は力なく冷たい地面に座り込んだ。


「弥生、葉月さんはずっと弥生と皐月が何よりも大切だと言っていた。お前が苦しんでるのなんて葉月さんだって見たくないはずだ。自分のことだって許していいんだよ!」


 暁斗は叫ぶ。

弥生はきっと悠牙を許したいのだ。

そして、自分のことも。


「誰も悪くなんかない。それに大事なのはこれからどう生きるかだろ!?」


 弥生は顔をおおってただ泣いた。

泣けなかった五年分の涙を全て流すかのように。

ひたすら泣き続けた――。



 そして、それから少しして。


「弥生、緊張してる?」


「少しね」


 弥生は久しぶりの任務に出ていた。

怪我をした時からいろいろなことがあって任務どころじゃなくなっていたからだ。


 あの日、泣いて泣いてたくさん泣いて。

いまでも悪夢は見るし、何かが変わったわけじゃない。

悠牙へどう接していいのかもわからない。

だけど、それなりに眠れるようになり体力も回復してきた。

全快でもないが、そろそろ復帰できるだろう。


「大丈夫だよ、ひとりじゃない」


 暁斗がカラカラと笑っている。

弥生は肩の力を抜いて、そして弓を構える。

そして、現れた魔物に向かって放った。


「わかってる」



 無事に任務を完了して里に戻る。

訓練をしていた皐月と小春。

そこには悠牙の姿があった。

悠牙と会うのはあの雨の日以来だ。


「よぉ、久しぶり」


「悠牙、やっと来たか。小春たちが稽古つけて欲しいってずっと待ってたんだぜ」


暁斗の言葉に小春が少しむくれて続ける。


「そうですよっ。約束してたのに。全然来てくれなかったから!」


「わりーわりー。ちょっと忙しかったんだ」


 悠牙は笑って、ポンポンと皐月の頭を撫でた。

皐月はすぐに悠牙の手を払いのけた。


「だからっ! 子ども扱いするなって!」


「そうやって、すぐにムキになるからガキなんだよ」


 笑い声が響く。

ふと悠牙と目が合った。


「今日、復帰したんだって?」


 多分、それを聞いたから里に現れたんだろう。


「うん。……もう来ないかと思ってた」


「ああ。その方がいいかもとは思ったんだけどな」


 悠牙は伺うような視線で弥生を見ている。

もし、弥生が来るなと言えば来ないだろう。

でも……。

弥生は口を開く。


「でも、約束したんでしょ?皐月たちに稽古つけてやるって。みんな、待ってるから」


 その“みんな”と言う言葉に弥生自身も含まれているのだろう。

悠牙はそれを察して少し笑った。


 雨はいつか止む。

止まない雨などない。

弥生の心の中に降り続けた雨も今は止んでいる。


雨が上がるとそこには未来へ続く虹の掛け橋が続いているのだ――。


fin.

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止まない雨 結羽 @yu_uy0315

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