11 5年前の真実。

 ふたりは喧騒を離れ、河原に来た。

ここまで来ると静かなもので川の流れる音しか聞えない。

2人は岩の上に並んで腰を降ろした。


「あいつらに何にも言ってないんだな」


 悠牙は暁斗たちに居場所を聞いてきたらしい。 

そう言って、手許の石を川に投げる。


「なぁ、いつから気づいてたんだ?」


 チャポンと石を投げる音が響く。


「初めて会った日、すぐに気づいた。葉月ちゃんが死んだ日から心に焼き付いて離れない。5年経ったってすぐにわかるよ」


「ああ。あの日、俺が殺した――」


 5年前のあの夜。

初めての初陣に浮かれていた悠牙。

人の肉を切り裂いた感触。

血の臭い。

目の前の少女の驚愕の表情。

人の命を奪った生々しい感覚。

悠牙は自分の両手を見つめる。


「あの時の感覚が忘れられないんだ。人の命を奪った自分の力が怖かった。だから、族長になった俺は全ての殺戮を禁じたんだ。もう誰にもあんな顔はさせたくない」


 5年前、葉月を襲ったのは悠牙だった。

当時、度々里を襲っていた人狼族。

悠牙はあの日初めて、里を襲う男たちに交ざっていた。


「この間、弥生から話を聞いて驚いた。まさかあの時の少女が弥生だったなんて……」


 沈黙が訪れる。

さらさらと流れる川の音だけが響く。


「葉月ちゃんを返してよ」


 静寂を破る冷たい声。

五年間苦しんでいたのは悠牙も同じ。

それは前に話した時にわかっていた。

悠牙は苦しみながら前に進んでいた。

だけど、あの時から弥生の時間は止まったままだ。


「ごめん。謝ってすむことじゃないけど。本当に悪かった」


 立ち上がった悠牙が弥生に向かって頭を下げる。

謝ってほしいわけじゃない。

悠牙にどうしてほしいのか、自分がどうしたらいいのかわからない。

ただ悠牙の姿を見ていることしかできなかった。


「こんなところで何やってんの?」


「暁斗……」


 いつまでたっても戻ってこない二人を探しに来たらしい。

ただならぬ様子の二人に困惑気味だ。


「何でもない。戻るよ」


 弥生は立ち上がり先に歩きだした。


「悠牙、何があったんだ?」


「いや、ちょっとな」


 暁斗は葉月を殺したのは悠牙だと知らない。

弥生が話さなかった。

だとしたら悠牙から話していいものか。

結局、悠牙は口を閉ざすしかなかった。


 それから3日。

弥生の心を映しているような大雨が降っている。

収穫祭の夜から弥生は体調を崩し、臥せっていた。

毎日のように五年前の悪夢にうなされ、夢を見る恐怖から眠れない日々。

それは明らかに弥生から体力を奪う。


「なぁ、弥生。収穫祭の日、悠牙と何があった?」


 生気のない表情は痛々しい。

まるで、葉月が亡くなった頃に戻ったようだ。


「ずっと葉月ちゃんの夢を見るの。何度も葉月ちゃんが私を呼んでる」


 弥生は中空に手を伸ばす。

まるでそこに葉月がいるかのように。

そして、パタリと落ちる。


「私は何もできなくて、何度も何度も葉月ちゃんが死ぬのをただ見てるだけ」


 虚ろな瞳には何も写さない。

暁斗の声もどこか遠くに聞こえる。


「弥生!しっかりしろよ!」


「葉月ちゃんを殺したのは悠牙よ」


 ふいに弥生が言う。

虚ろだった瞳には光が宿る。

突き付けるように言う弥生に呆然とする暁斗。


「嘘……だろ?」


弥生がこんな嘘をつく訳がないことは暁斗にもわかっていた。

むしろ、嘘であればいいと願望を含んだ言葉だった。

暁斗の額から冷や汗が流れ落ちた。

そしてまた弥生の瞳から光が失われる。

力なく呟いた。


「嘘だったら……いいのにね。なにもかも」


 あの夜の事件で弥生がどんなに苦しんでいるか、暁斗は知っている。

あの時からずっと弥生のそばにいるのだ。

いくら悠牙と親しくなったからといって、実の姉を殺した相手を簡単に許せとは言えない。


「悠牙にね、言ったのよ。『葉月ちゃんを返して』ってね」


 暁斗は絶句している。

聞いた真実が衝撃的過ぎて。


「……どうするんだ。これから……」


「わからない。もう、わからないよ」


 弥生は微睡みに落ちた。

きっとまたうなされるだろう。

せめて少しでも休めるように。

暁斗はそっと部屋を出た。


 部屋の外には悠牙がいた。

腕を組んで壁にもたれている。

思わず声を出しそうになった暁斗に自身の唇に人差し指を当て制する。

視線だけで外に出るように促した。

弥生に気づかれないように。


「本当……なのか?さっきの話」


「ああ」


「なんで黙ってたんだよ!?」


 暁斗にとっても葉月は憧れの人だ。

葉月を殺した男には憎しみがある。

暁斗は悠牙の胸ぐらをつかみ、木の幹に押しつける。

悠牙は抵抗することなくされるがままだ。

二人を雨が濡らしていく。

暁斗は思い切り殴りつけた。


「好きなだけ殴ってくれ。二度と姿を現すなって言うならそうするし、俺を殺して気がすむならそうしてもいい。お前らにはその資格がある」


 暁斗は悠牙を押し倒し馬乗りになる。

そして、その拳を振り上げた。

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