10 悲しみを包み隠して。
「葉月ちゃん……」
その身が濡れるのも構わずに姉の姿を探して歩く。
広場は戦場になっていた。
里を襲っていたのは人狼族だ。
警備にあたっていた大人たちが戦っている。
そして、その中に探し求めていた人の姿を見つけた。
「葉月ちゃんっ!」
思わず叫び、駆け出した。
声に振り向いた葉月は思わぬ人物の登場に、驚愕の表情になる。
「弥生っ!? なんでここにっ!」
葉月は思わず叫ぶ。
あまりの剣幕に弥生は凍りつき動けなくなってしまった。
その瞬間、弥生の視界が塞がれた。
目の前に立ち塞がったのは弥生とあまり背丈の変わらない人狼族の男。
男は長い爪を振り上げた。
その爪が自身に振りおろされる。
弥生にはスローモーションのように見えた。
「弥生っ!」
弥生を呼ぶ声が、伸ばされた手が、雷鳴にかき消されて目の前が真っ赤に染まる。
そして、冷たい爪に貫かれた葉月は人形のように力なく崩れ落ちていった。
「……葉月ちゃんは私をかばって死んだの」
弥生は伏せていた顔を上げた。
哀しくてやりきれない。
もう涙も出ない。
「忘れられない。毎日のように夢を見る……あの雨の日のことを」
穏やかな秋晴れ。
弥生の話と裏腹に差し込んだ日の光りは暖かだ。
それが逆にあの日の凄惨さを際立たせる。
「あの日の葉月ちゃんも同い年になった。けど、私は葉月ちゃんに遠く及ばない」
同じ年の葉月は弥生を守ってくれた。
それに比べ弥生は弟ひとり守りきれず、過去にも囚われたまま。
誰かを護るどころか心配かけてばかりだ。
「あの日、私のかわりに葉月ちゃんが助かれば良かったのにって。そんなことばかり考えてしまう。最低だよね」
心の奥底に悲しみを包み隠して、自虐的に笑う。
葉月は命をかけて護ってくれたのに。
果たして自分は命をかけてまで護ってもらう価値があったのか。
「そんなこと言うな!弥生のせいじゃないだろう!」
弥生の肩を掴み、悠牙が叫ぶ。
そして、ポツリと呟いた。
「……弥生のせいじゃないんだ」
その顔は悲痛に満ちていた。
悠牙にそんな顔をさせてしまったことを後悔する。
言わなきゃ良かった。
悠牙は弥生を離し、背を向ける。
「それにさ、お前がこないだ皐月に言ったこと覚えてるか?」
“違う。私が自分の意志でしたことよ。だから、皐月が責任を感じる必要はないの”
皐月を庇って怪我をした後。
責任を感じて落ち込む皐月に言った言葉だ。
「お前の姉さんもそう思ってるんじゃねぇの? 」
弥生はその背中を見つめる。
あの夜、弥生の怪我を聞いた悠牙も里に来ていたらしい。
完全に気配を消していたから気づかなかった。
言わなきゃ良かった。
再びそう思った。
でももう止められない。
「じゃあどうして?どうして葉月ちゃんを殺したの?」
弥生は悠牙の背中に問う。
思わずといった風に悠牙が振り向いた。
その瞳は驚きと戸惑い。
そして、悲しみをたたえていた――。
そして1週間後、収穫祭の日が来た。
弥生たち4人は朝から準備に大忙しだ。
子どもたちと違い、若者は手伝いに駆り出される。
「悠牙さん、来ないのかな?」
皐月が言う。
皐月が誘った時は一つ返事で来ると言っていたそうだ。
「そういえば、ここのところ姿見なかったよね?」
続けて小春が言う。
弥生が過去を話したあの日から悠牙は里に姿を見せていない。
あの日あったことを弥生は誰にも話せずにいた。
「あれでも一応、族長だから忙しいんじゃねーの?」
悠牙にも族長としての仕事もあるだろうと、暁斗は気にしてはなかった。
だが、ここまで姿を見せないのは確かに稀だ。
「もう来ない……かもね」
弥生が呟く。
あの日、悠牙は何も答えなかった。
その理由はわからない。
だけどもしかしたら、もう来ないかもしれない。
「葉月ちゃんのこと話したの」
暁斗は驚いた顔をした。
弥生から話すとは思わなかった、という顔だ。
暁斗も悠牙に葉月のことを話すべきか迷っていたのだろう。
暁斗にとっても辛い過去だ。
「でも、族長だからって、あいつが責任感じることじゃないだろう」
もちろんあの頃の悠牙は族長ではない。
だけど、そうじゃない。
弥生は何も答えられなかった。
そして、夕暮れ。
傾き出した日が赤々と里を染めて行く。
収穫された作物を使った料理が人々に振る舞われ始めた。
一部ではすでに酒盛りも始まっているようだ。
弥生たちも今年の実りに感謝しながら楽しんでいた。
酔いがまわり始めた大人たちやはしゃぎまわる子どもたち。
鮮やかな料理を篝火が照らす。
そんな中、弥生はそっと輪の中から抜け出した。
ひとりぼんやりと物思いにふける。
どうしても収穫祭は五年前を思い出してしまう。
そして最後に会った悠牙の顔。
弥生自身、どうしていいのかわからない。
「ちょっといいか?」
声をかけられ振り向くと、そこには悠牙の姿があった。
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