9 誰よりも憧れる人。

――時は五年前に遡る。


「葉月ちゃん! おかえりなさい!」


 声の主は今よりも幼い弥生だ。

五年前、13歳の弥生。

今の皐月よりもさらにあどけなさが残る。


「弥生。お姉様と呼びなさいと何度も言ってるでしょう。あたしに逆らうなんていい度胸してるじゃない」


 答えたのは今の弥生によく似た少女だ。

弥生よりも少し大人びて聡明な顔立ち、勝ち気な瞳が印象的だ。

弥生が誰よりも憧れる姉、葉月だった。


「葉月ちゃんは葉月ちゃんだもーん」


そう言って弥生は駈けていく。

屈託のない笑顔。

ちょうど五年前、弥生13歳、葉月18歳の秋のことだ。

収穫祭が近づいていた。


「そういえば、今年の収穫祭は警備にあたることになったから一緒にいれないよ」


「えぇーっ」


 弥生は拗ねる。

弥生は葉月、皐月と3人で過ごす収穫祭を毎年楽しみにしていたのだ。


「仕方ないでしょ。決まったことだから」


 最近、人狼族に人間が襲われる事件が続いていた。

里のほとんどが集まることになる収穫祭で、安全を守るために里の実力者である葉月も警備にあたることになったのだ。


「ひどい。私と葉月ちゃんの仲を裂こうとするなんてっ」


 ふぅと葉月が笑ってため息をつく。

少しかがんで弥生と視線を合わせた。


「あたしは里のみんなが大切。それに何より弥生と皐月が大切。だから、守りたいの」


 ねっと葉月は笑う。

そんなことを言われれば、弥生はもう文句なんて言えない。

誰よりも強くて優しい葉月に憧れていたから。


 そして、収穫祭がきた。

葉月が警備をしているため、弥生は皐月と一緒に収穫祭に来ていた。

暁斗と小春も一緒だ。


「葉月さんはもう警備に行ったのか?」


「うん。私たちより先に出てったよ」


 里を歩くとあちこちから声がかかる。

収穫された作物で作ったごちそうを皆で食べる。

豊作に感謝しながら。

里は活気にあふれている。

4人も楽しい時間を過ごしていた。


 夜も更け、収穫祭の最後を飾る儀式が始まる。

広場に薪をくべ、火を焚く。

それを皆で囲み歌い踊る。

空の神に感謝を捧げ、来年のより豊作を祈るのだ。


 弥生たちも広場に向かう。

松明で灯された小さな火はみるみる間に大きくなった。


「うわぁ!」


 燃え上がる炎は弥生たちから言葉を奪う。

4人は大きく立ち上ぼっていく炎をただ見つめていた。


 そして、炎が燃え上がるとそれぞれが思うままに歌い、踊り、騒ぐ。

子どもたちにとってはこちらの方が楽しみだったりするのだ。

弥生たちもその輪に加わり、収穫祭の宴を楽しんだ。


「葉月ちゃんも一緒にあそびたかったなぁ」


「しょうがねぇだろ。葉月さんは仕事なんだから」


「わかってるわよーだ」


 弥生と暁斗のやり取りを皐月と小春が笑ってみている。

そこに葉月が通りかかる。


「あんたたち楽しんでる?」


 葉月は見回り中に通りかかったようだ。

4人を微笑ましく見ている。


「葉月ちゃん!」


「だから、姉様でしょ!ほどほどで帰りなさいよ」


 葉月は弥生の頭を人なでして見回りに戻っていった。

憧れの目で葉月を見ているのは弥生だけではない。

里の子どもたちの憧れだ。


「やっぱ葉月さんはかっこいいな」


「うん!小春も葉月さんみたいになりたい!」


 暁斗と小春も言う。

弥生にとって自慢の姉だ。


 夜も更け、焚いていた火も小さくなってくる頃。

そこからは大人だけの時間。

子どもたちは家に帰り、大人たちは静かに酒を飲みかわす。

弥生たちも家に帰った。

はしゃぎ疲れ、弥生と皐月はすぐに眠りについた。


 それから数時間。

弥生はふと目を覚ました。

隣りを見ると皐月は気持ち良さそうに眠っている。

逆隣りを見ると敷いておいた寝床の主はまだ帰っていなかった。

葉月は弥生たちが寝る頃には警備が終わると言っていた。

この時間まで帰っていないということは大人たちに混ざっているのだろうか。


 いや違う。

何かがいつもと違う。

嫌な胸騒ぎ。

外にはまだ人の気配がする。

弥生はそっと家を抜け出した。


 きっと気のせいだ。

すぐに葉月に見つかって叱られるだろう。

ひと目姿を見れば安心して眠れるはずだ。

弥生は自分に言い聞かせ、暗闇の中広場に向かう。


 それこそが全ての元凶だったのだ。

あの時。

目が覚めなければ。

そのまま葉月を待っていれば。

家の外に出なければ。

あんなことは起きなかったのかもしれない。


 闇の中をかすかに揺れる光に向かって走った。

広場の残り火だろう。


 しかし、たどり着いた弥生をまっていたのは予想外の光景だった。


 ポタポタと雨が降り出す。

それはすぐに勢いを増した。

弥生が見たのは傷つき倒れた大人たちの姿だった。


「そんな……っ」


目の前に起きている現実が理解出来ずに、ただ立ち尽くす。

雨の音だけが耳に響いてうるさい。

さっきまでみんなで笑いあった広場が別の場所のように見えた。

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