8 全てを見透かす瞳。

 それから1ヵ月たち、日常が戻り始めていた。

皐月と小春は少しずつ任務をこなしている。

暁斗はそんな二人のサポートや里のこどもたちに稽古をつけたりして過ごしていた。

弥生の怪我を聞きつけた悠牙も度々里を訪れている。


 季節は残暑残る初秋。

とはいえ、まだまだ暑さの残る日々だ。


 弓道場に響く、矢が刺さる音。

矢を放っているのは弥生だ。

しかし、その矢は的から外れる。

肩が重く、なかなか調子が戻らない。

険しい表情の弥生はため息をついて弓を降ろした。

調子が悪い理由が怪我だけではないのはわかっていた。


「病み上がりがあんまり無理するなよ」


 弥生の思考を遮ったのは暁斗だった。

暁斗はそのまま弓道場に入り込む。


「早く仕事に戻らなきゃまずいでしょ」


再び弓を構えた弥生の背中に向かって暁斗が言う。


「この時期にお前の調子が出ないことはみんな知ってるし、小春たちも頑張ってる。調子悪い奴に足引っ張られる方が迷惑だよ」


 辛辣な暁斗に弥生は大きく的を外した。

無理な射方をしたせいで右肩に痛みが走る。

重い空気が流れていた。

暁斗も皐月、小春も。

ちゃんと自分の弱さと向き合っている。

中途半端なのは弥生だけだ。

自覚はしている。


 弓道場の前には小春と皐月が心配そうな表情をして暁斗を待っていた。

3人は弓道場を離れ、話し出す。


「弥生さんどうだった?」


 小春に暁斗は首を横に振る。

皐月は目に見えて落胆していた。


「気にすんな。怪我のせいじゃねぇよ。こればっかりは弥生が向き合わなきゃいけない問題だ。まぁ、仕方ねぇな。しばらくはお前らに頑張って貰おうかな」


実りの秋。

今年も里は豊作。

青々としていた樹々も赤みを増して来た。

秋の収穫祭が近い。

里の人たちもどこか浮足立っているようだ。


「なんだ、三人ともいないのか」


 ある日訪ねてきた悠牙を迎えたのは弥生一人。

ちょうど三人とも任務で留守にしていた。


「怪我の具合はどうだ?」


「試してみる?」


 弥生が悠牙を武道場に誘う。

二人は向かい合い、共に竹刀を構えた。

皐月たちに稽古をつけてたのは見ていたが、実際向き合うのは初めてだ。


 隙がなく、それでいて無駄な力が入ってない。

悠牙がいつもより大きく感じるような威圧感。

さすがに人狼族の族長だ。

しかしそれで萎縮するような弥生ではない。


 先に打ち込んだのは悠牙だ。

それをさばき弥生が打ち込む。

悠牙は持ち前の反射神経で躱す。

弥生は剣術はあまり得意ではない。

技術うんぬんというより華奢な体格がどうしても不利になってしまうのだ。

人狼族の圧倒的な身体能力を前に真正面から打ち合っては力負けするのが目に見えている。

弥生が悠牙のタイミングをずらし体勢を崩そうとするが、そう簡単にはいかない。

悠牙の大胆でいて繊細な太刀捌きは天性のものだろう。


 逆に強く打ち込まれ右肩が痛んだ、その一瞬の隙があれば悠牙には十分だ。

一気に踏み込まれ弥生は竹刀を落とし、その瞬間には鼻先に竹刀を突きつけられていた。


「勝負あり……だな」


 竹刀の先には勝利の笑みを浮かべた悠牙が立っている。

初めから実力差は明らかだった。

悠牙も決して手を抜いていたわけではないが、全力を出していたわけではない。

たとえ弥生が怪我をしていなくても同じ結果になったはずだろう。

もし本気で悠牙とやり合うなら、そもそも近距離戦に持ち込んだ時点で負けが見えている。


「悪い。強く打ちすぎた。右腕、力はいらなくなってるだろ」


「完敗ね」


 悟られていないと思っていた。

強く打ち込まれ、右腕の感覚がない。

戦場で弱みを見せればつけこまれる。

弱みを隠す術は心得ているつもりだった。

逆に悠牙は気づいていながらも弱みにつけ込むことをせず弥生に勝ち、また気づいていることにも気づかせなかった。

まさに完敗だ。


 冷したほうがいい、悠牙に言われ素直に従う。

武道場出て、氷嚢を肩に当てる。

熱を持った肩がひんやりとする。


「大丈夫か?」


 頷きながら外に出る。

秋の高く澄んだ空。

涼しい風が汗をかいた身体に心地よい。

目を閉じ、全身で風を感じる。


「ちょっとはスッキリしたか?」


 振り返り悠牙を見る。

心の奥まで見透かすような視線。

思うようにいかないもどかしい想いを、半ば八つ当たりのようにぶつけていたのも気づかれていたようだ。


「太刀筋に迷いが見える。というかもがいてるというか。見えない答えを探しているような。どーした?あいつらも腫れ物扱いしてるしさ」


 あいつら、というのは暁斗、皐月、小春を指すようだ。

この時期、弥生は調子を崩す。

三人はそれを知っている。

しかし、今年はいつもよりひどい。

その理由が見えないため三人は気にしているのだろう。


「なんか、悠牙には本当に完敗ね。全部見透かされてるみたい」


 それでもそんな悠牙にも見えていないことがある。

全部、話してしまおうか。


「聞いてくれる?」


 弥生は語りだす。

五年前の悲劇を。

あの雨の夜を。

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