7 大切な人をこの手で守れるように。
それから一晩たち、皐月はずっと弥生に付き添っていた。
弥生の意識はまだ戻らないままだ。
皐月はろくに食事も睡眠もとっていないままだ。
そこに小春が様子を見にきた。
「皐月……、弥生さんはどう?」
「まだ眠ってる」
皐月は苦しそうな弥生をみたまま、小春とは視線を合わせない。
小春は皐月の痛々しい姿を見ていられなかった。
「そっか。あたし、しばらく付いてるから休んできなよ」
首を横に降る皐月。
弥生がまだ目覚めないのに。
自分だけが休んでいられない。
「俺のせいだから……」
「そうやって自分を責めていたって何も変わらないでしょ。 無理してまで付き添ってたって、弥生さんも嬉しくないよ!」
そう言って小春は部屋を出た。
後ろ手に閉めた襖にもたれ、涙をぐっとこらえた。
責任を感じているのは小春も同じ。
あの時、狙われたのは自分だったかもしれない。
小春も油断していたのだ。
その頭に温かい手が乗せられた。
小春が見上げると、そこには兄の姿が。
暁斗は何も言わず小春の頭をぽんぽんとなで、そのまま弥生の部屋に入っていった。
暁斗が隣に座るが、皐月は顔を上げないでいる。
責任を感じているのも心配なのもわかるが、このままでは皐月が倒れてしまう。
「別にお前のせいじゃねぇよ。弥生は自分の意思でお前をかばったんだ。怪我したのも弥生自身の責任だ」
その突き放したような言葉に皐月は思わず暁斗を見上げた。
厳しい視線。
それは皐月をひとりの退治屋として見ているからこそだ。
「こんなことこれからざらにあるぞ。目の前で仲間が傷つき倒れて、次は俺や小春かもしれない。お前自身かもしれない。お前にその覚悟があるか?やめるなら今のうちだ」
「そんな……!」
「ひどいこと言ってると思うか?俺たちの仕事はいつだって死と隣あわせだ。土壇場で迷う奴がいたら迷惑なんだ。迷ってるぐらいなら今できることをやれ」
こんなに厳しいことを言う暁斗は皐月にとって初めてであった。
それからさらに一晩。
皐月は相変わらず弥生のそばにいる。
弥生の状態も幾分か落ち着いてきたようだ。
見つめる皐月のそばで弥生がゆっくりと瞳を開いた。
「姉さん!」
「さ……つき?」
「良かった……。俺、本当に心配して……。俺のせいでこんな……。本当にごめん」
弥生はゆっくりと首を振るとその身を起こそうとした。
走る激痛に顔をしかめ、傷めた肩を押さえる。
「姉さん! まだ、起きちゃダメだ!」
痛みと右腕に残る痺れ。
まだ熱が高く頭が重い。
「 皐月……。違うよ。これは皐月のせいじゃない」
「でも……俺が……」
弥生はゆっくりと息を吐く。
ズキンズキンと痛みが身体を支配している。
「違うって。……私が自分の意志でしたことよ。だから……皐月が責任を感じる必要はないの」
そこまで一息に言うと、弥生はふっと力を抜き笑った。
「……大丈夫。強くなったよ、皐月は」
皐月の眼に力が宿る。
自分の弱さや甘さに気づいたとき、人はまた強くなれる。
皐月はきっと大丈夫だ。
「俺、もっと強くなる。もう、自分のせいで誰かを傷つけたくないんだ」
決意を新たにする。
もっと強くたくましく。
大切な人をこの手で守れるように。
そんな皐月を弥生は頼もしくみていた。
「暁斗。いるの?」
皐月が部屋を出た後、外に向かって声をかける。
弥生の声に暁斗が姿を現した。
立ち聞きしていたらしい。
目が覚めてからずっと暁斗の気配を感じていた。
「やっぱ皐月はお前の弟だよな。よく似てるよ」
弥生はゆっくりと首を横に振り笑う。
「きっとあの子は強くなるよ。私よりも」
皐月の強い前向きな決意。
それはきっと大きな力になるだろう。
「大丈夫か?」
「さすがに……キツいね」
目を閉じ大きく息をつく。
怪我をした右肩が熱い。
「もう少し休んだ方がいい」
「うん……暁斗、ありがとうね」
弥生は薄く笑う。
暁斗はその礼の意味を正確に理解しているだろう。
どんな理由があろうと、任務中に戦闘不能になったのは事実だ。
それにショックを受けていた皐月たちのことも支えてくれた。
こう見えて意外とシビアな考え方をしている暁斗は、厳しいことも言ったであろう。
皐月や小春の手前、表には出さないだろうが心配もしたはずだ。
仲間を失う辛さは暁斗だってよく知っている。
「無事で良かったよ」
暁斗も優しく笑って言った。
弥生はそのまま眠りに落ちる。
そんな2人の姿を月だけが見ていた。
次の日。
弥生は外の明るさに目を覚ます。
痛みはあるが起きれない程ではない。
熱も微熱程度だろう。
強く痛まないようにゆっくりと起き上がる。
立ち上がるとさすがに目眩がした。
壁に手をつき治まるのを待つ。
目眩が治まると部屋を出た。
さすがに歩くと傷に響く。
「弥生さん!」
そこに小春がいた。
ちょうど弥生の様子を見に来たらしい。
そっと駆け寄って支えてくれる。
「ありがとう。心配かけたね」
小春にも随分心配をかけた。
心優しい小春は弥生の怪我もそうだが、落ち込んだ皐月にも心を傷めていただろう。
ふと廊下から空を見上げた。
柔らかな陽射しが降り注ぐ。
今日は暑くなりそうだ。
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