6 仲間を守るために。
暁斗と小春が同時に叫ぶ中、弥生は苦痛に顔を歪め、膝をついた。押さえ込んだ掌の隙間から筋のように血が溢れ出す。
「さっきの奴の毒針だな」
傷を見た暁斗が呟く。
皐月が倒したはずの魔物。
トドメを刺しきれてなかったようだ。
目の前の光景に茫然とした皐月は動くことが出来ない。
「皐月! しっかりしろ!」
暁斗の声に我にかえった皐月は、自分を庇い倒れた姉を見る。自分のせいで苦痛に歪むその姿を。
「姉さん!」
駆け寄り、側に跪く皐月。
暁斗が傷口に薬草を当て、応急手当てをしている。
それを、手伝っている小春の手も震えていた。
初めての仕事、当然仲間が傷つく姿を見るのも初めてだ。
動揺しないわけがない。
暁斗はため息をつく。
「二人とも落ち着けよ。冷静になれ。まだここは戦場だ。警戒をとくな。」
「……暁斗」
痛みを堪えながら弥生は暁斗の背後に視線を走らせる。
「ああ、わかってる。新手だな」
背後に魔物の気配がしている。
皐月と小春もやっと気づいて顔を強張らせている。
弥生も右肩を押さえながら身体を起こす。
先程よりも強力な魔物だ。
ただでさえ動揺している皐月と小春じゃあ相手にできない。
右肩を負傷したいま、弓矢は使えない。
それに動けば動くほど毒がまわるだろう。
なんとか立ち上がったが、波打つような痛みが全身に響き、右腕は痺れて力が入らない。
ここでこれ以上毒がまわるとまずいだろう。
弥生と暁斗はチラリと視線を交わす。
それで十分だった。
「小春!皐月!弥生を連れて先に行け!」
暁斗が叫ぶ。
スラリと剣を抜き魔物に立ちはだかる。
「行くよ!」
同時に弥生が踵を返す。
皐月と小春は動けないでいく。
暁斗を一人置いていくのか、自分たちが逃げるための囮として、まさにそんな顔をしている二人。
先の一瞬の視線だけで暁斗は囮となることを決め、弥生は二人を連れて先に行くことを選択した。
戦えない弥生と萎縮している皐月と小春。
まともに戦えるのは暁斗だけだ。
それが最善だろう。
「ここにいても足手まといなのよ!」
走り出した弥生を皐月と小春が追いかける。
暁斗が食い止めているのをわかっているからこそ、弥生は迂回することなく真っ直ぐと里への道を行く。
「暁斗なら……大丈夫よ。あいつは……強いから」
だから先に行った方がいい。
手負いの仲間を気にしながら戦うのなら一人で戦うほうがいい。
置いてきた兄をずっと気にしている小春に言う。
「……足手まといは……私のことよ……」
だんだんと意識が朦朧としてきた。
皐月と小春に支えられなんとか前に進む。
なんとか森を出たところで膝をついた。
痛みと痺れで全身に力が入らない。
視界がかすむ。
叫ぶ皐月の声が遠くに聞こえる。
「姉さん!」
ここまできたらもう大丈夫だろう。
弥生は意識を手放した――。
それから数時間。
里に戻ると弥生はすぐに治療に入った。
閉ざされた襖の前で皐月と小春は立ち尽くす。
今、二人にできることはない。
ただ、待ち続けることしか。
その襖が開かれたのは夜も更けた頃だった。疲れをにじました老医者は2人を見て眉をひそめる。
「何もこんな所で待っておらんでもよいだろう」
「姉さんは! どうなんですか!?」
駆け寄った皐月に渋い顔を見せる。
「まぁ……、傷自体は急所をそれていたよ。ただ毒がまわって高熱が出てる。熱が下がるまでは何とも言えんよ」
何があれば呼ぶように言って医者は帰っていった。
ふたりはそっと弥生の眠る部屋に入る。
部屋の中央には布団が敷かれ、弥生が眠っていた。
弥生の息は荒く、苦しそうな表情のその顔には大粒の汗が浮かんでいる。
「姉さん…」
皐月は弥生の元に寄るとそっと呟く。
「この仕事をしていると、こういうことはよくあるんだよ。最後まで気を抜くな。よくわかったろ」
「えっ!?兄さん?」
後ろから突然かかった声に振り向くと、開いた襖にもたれるように暁斗が立っていた。
いつになく厳しい表情だ。
「いつ帰ってたの!?」
「結構前かな。忘れたのか?長老に報告して初めて任務完了だ」
魔物を倒した暁斗は夕方には里に戻っていた。
しかし、任務の報告など雑務をこなしていたらしい。
“最後まで気を抜くな”の本当の意味を察してふたりは青ざめた。
里に戻ってずっと弥生についていたふたりは任務を放棄していたに等しい。
そんな二人の表情を見て、暁斗はフッと表情を崩した。
「とまぁ、上司らしい説教はここまでにしとくよ」
暁斗は部屋に入り二人の間に立つ。
ワシワシと二人の頭をなでた。
「大変だったな。よく頑張った」
初めて目の前で仲間が怪我をして冷静でいられるわけがない。
ましてや自分たちのミスならなおさらだ。
その状況ではよく頑張った方だろう。
「大丈夫だよ、弥生は。そんなに弱いやつじゃないさ」
二人はただ頷くしかできなかった。
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