第6話
帰り道は、長かった。お店があるわけでもない、ただの道を、歩いて、歩いて。歩いて、それでも、家まで帰れる気がしない。足取りが重たくて、けど、動きたくって、タクシーやバスに乗る気も起きず、私はスニーカーの靴底から伝わる痛みに意識を向ける。
はじめは鈍い、痛みともかゆみともつかなかったものはだんだん、鋭いものへと変わっていった。
それでも構わずに、歩く。何もかもを投げ出したい気持ちになっていた。
私は歩いた。それ以外を考えなかった。だけど目を逸らそうとすればするほど、ジュンは創作なんてなくても行きていける事実が追いついてきた。
なくたっていいなんて理解できなかった。いらないなら、譲ってほしかった。あの言葉を、瑞々しい言葉を。そして私も、褒められたかった。あのとき、彼女に。それが、悔しくて、イライラして。
家に帰り着いたらすぐ二階へ上がった。母にただいまを言うこともせず、私はベッドに体を預けて目をつぶった。くたびれていて、なにも考えられなくなっていたから、すぐに眠ることができた。
夢の中でもジュンはいた。白くて殺風景な場所に、私の机が会った。そこにジュンは座っていた。手には私にくれたはずの、PARKERの万年筆があって、私のものだったはずのノートに、ジュンが小説を書いていた。
返して、と声にした。だけど、それは「ちょうだい」になっていた。
「ちょうだい。あなたのそれ、ちょうだい」
十三歳の私が、大人になったジュンに叫んでいた。ジュンは驚いた様子で、十三歳の私と私を交互に見た。立ち尽くす私の前で、十三歳の私が、飛びかかりそうな勢いでジュンに走り寄っていた。
「あなたが私が欲しかったものとったんだ」
十三歳の私は割れたガラスのような声で叫んだ。十三歳の私は泣いていた。制服のすそをギュッと握って、ジュンの前に立って、泣いていた。
「あなたがとったんだ」
握った手が震えている。私はああするとき、突発的な衝動に駆られる。慌てて走って、羽交い締めにする。十三歳の私は握りしめた拳を振り回した。
ジュンは呆然と私たちを見て言った。
「ごめんね」
泣きそうな顔――別れ際に見せた顔。
私は咄嗟に首を振っていた。
「違うよ。私は、ジュンが嫌いなわけじゃない」
大好きだけど、大嫌いなだけなんだよ。
口にしたとき、目を覚ます。
実家のベッドで、シャワーも浴びずに寝てしまったから肌がべとつくような気がした。痒くて、全身をかきむしりたい。唇を噛んでこらえる。立ち上がって明かりをつけると、机の上に置かれたノートが目に入った。
この家を出る前にも書いていたことをそれでようやく思い出した。近づいて、ノートを開く。白紙のページがずっと続いて、それから一ページ目に、こう書かれていた。
ジュンみたいになれたらいいのに。
胸に、強い憎悪が沸いた。このノートを破り捨てないといけないと、そう思った。
『クニの文章、最近カタいからさ』
電話越しの言葉。最近じゃないよと、言い返したくなった。ずっと、私は、縛られてた。ジュンの言葉に、私自身の、妄執みたいなものに。それが息苦しくて、どうしようもなくて。
たまらなく、苛立つ。
どうすればいいか考えて、咄嗟に、手が、ノートの両側を掴んでいた。
破る気だ。
指先に、十三歳の私がいた。抵抗する間もなく、十三歳の私が、ノートを引き裂いていた。
無理に力が込められて指も手も痛くなる。爪が引っかかったのか、変な向きに力がかかって痛みを発する。だけど指は、止まらなくて、何度も、何度も、ノートを破る。白い紙が、足に触れると、私はそれを、踏みつける。そのとき、胸が、すっとした。
ジュンに抱いていた暗い気持ちが、小さくなる。
ああ、そっか。私、私は、ジュンが大嫌いなんじゃなくて、負けたことが、悔しいだけで。
気づいた途端、思いつく。
捨てるべきだ。全部、今までを。
――その発想は、なぜだかとても、しっくり来た。
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