第2話
その子は、三尋ジュンと言った。本名のまま、彼女は公募に出していた。
彼女のことはよく知らなかった。仲良くしている相手があまり被ってないからだった。運動会のとき、リレーで並んで走ったくらいだろうか。教室で耳目を集めるタイプというわけでもなく、地味というわけでもない女の子。それが三尋ジュンだった。
近づけば、なにかわかるかもしれない。そう思って、次の日、学校で声をかけてみた。
「読んでた雑誌に、名前があったんだけど、もしかしてこれ、三尋さんのこと?」
ジュンはすごく嬉しそうに、私に受賞の喜びを伝えた。私の憧れの作家に褒められたことなんて、ちょっとしたことだというように、一言触れたくらいで終えて。賞金のことや、出版物に載った事を話していった。
初めて、憎しみにも似た感情を抱いた。舌を噛んで、痛みで自分を押し留めた。私は笑顔の仮面をかぶって、仲良くなろうと試みた。そして実際、すぐにジュンとは友だちになった。
ジュンは私にすぐに懐いた。友だちとは、小説の話はあまりしてこなかったらしい。ジュンの友だちはみんな、読むと言ってもケータイ小説やウェブ小説くらいで、話が合わなかったと言っていた。
教室が違う二年の間は図書室や、図書室の前の廊下の窓で。次第に、休日の日も、合わないかと誘われたりして。一緒に書店に通ったり、本の感想を話したりした。
三年になると、同じクラスになったから、たいていは一緒に時間を過ごした。私は親に言われて、受験勉強に打ち込んで、けどジュンは時折短歌を書いて。夏には、公募で佳作に選ばれて。
親があまり裕福ではないから、高校も大学も家に近いところへ行くことになるからって、彼女は全然勉強しなかった。
「クミちゃんも書けばいいのに。良い息抜きになるよ。あ、それにわたし、クミちゃんの書いた文章、読みたい」
そんな言葉で、私を傷つけながら。
……ジュンには、書いていることは、打ち明けなかった。口を開くと、何を言うか、解らなかったから。あの頃私は、心の底からジュンとの時間を楽しむ傍ら、心の底からジュンの存在を忌々しく思っていた。
いつも、ぐちゃぐちゃで。
ジュンが創作について話す時、そのとおりだと思う一方で、なぜ私は書けないのかと、本気で、悔しくなって。なにもかも、嫌になりそうになった。忘れるように、私は勉強に打ち込んで、県外の学校に合格した。
離れたかったから。得られるものなんて、なかったから。
ジュンは、思うままに、瑞々しい言葉を書くことのできる人間で、私は努力しなければそれすらできない。
ただ、それだけ。
たったそれだけが、たまらなく、苦しい。
だから、離れることにしたのに、卒業式のあと、ジュンは万年筆をくれた。
「いつか、クミちゃんが書いたものを読ませてね」
無邪気な笑みで。私が手紙でも出すと信じ切っている顔で。ジュンは私にそういった。
そこで、目が覚めた。
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