第15話

「あ。ごめん」

「いえ……べつに……」

 テミスは顔を赤らめてまた俯いた。なにかがフードの中でピクピクと動いている。不思議に思った僕がフードに触れようとすると、テミスの手が先回りする。

「これは……その……。嬉しくなると……つい……動いてしまうのです」

「あ。そうなんだ」

(種族は分からないけど獣人なのかな? ウサビット? キャトロフ? それともウルフルかな? 確か獣人は気を許した相手にしか耳を触らせないって言うし)

 僕は大人しく手を引いた。そもそもシスターには気安く触っちゃだめなはずだ。

「えっとね。僕はなにも守れなかったんだ。大切なものは何一つ。だから今度こそは守りたい。守れるものはなんでもだ。もう世界が飲み込まれるのを見ているだけはいやなんだよ。一歩も動けずに自分の大切な物を目の前で叩き壊される。あれほど情けないものはないからね」

 今思いだしても腹立たしい。全てを奪ったダンジョンが。そして、なにもできなかった自分がだ。拳を握りしめる僕を見て、テミスは不安げにした。

 それに気付いた僕は苦笑して手を開いた。

「僕はね。君を見た時、すごいなって思ったんだ。君達セーバーほど誰かを救ってる人はいないって。現に僕も助けられた。あの時ね。僕は皆を助ける君を守りたいって思ったんだ。それがきっと、僕の望みに一番近づける気がするから」

「望み……ですか?」

「そう。妹が。ミストが目を開けた時、平和な世界を見せてあげたいんだ。もう二度と目を背けたくなるような光景は見せたくない。地獄なら十分に見たからね」

 僕は小さく息を吐いた。感情が昂ぶるのをなんとか堪える。それでもこの話をすると殺気立ってしまうらしく、リナにはよく怖がられた。

 でも僕の不安とは裏腹にテミスの表情は勇ましかった。

「全てはダンジョンが元凶です」とテミスは言った。

 首からぶら下げている縦に雷の紋章が入った十字架をぎゅっと握りしめる。

「この世にあれがある限り、わたし達に安寧は訪れません」

 テミスは立ち上がり、空を睨むように見つめた。見ているこっちが気押されるような、そんな強い意志が秘められていた。

 かと思えばテミスはふっと力を抜いて微笑んだ。

「わたしはこの世にある全てのダンジョンを許しません。全てを滅ぼしたいと思ってます。ですがその力がないので、わたしはセーブクリスタルを設置しています。正直、卑怯だとさえ思います。トラベラーの方々を輪廻の環から引きずり出して、戦いの環に押し込むような仕事ですから。でも、なんと罵られようがわたしはダンジョンを許しません」

 テミスはそっと手を差し伸べた。

「わたしのしようとしていることはあなたの見てきた地獄を上回る非道かもしれません。それでも、あなたはわたしを守ってくれますか? わたしと一緒に地獄の門番をする覚悟はありますか?」

 幼い容貌からは想像できないほど、テミスの覚悟は重かった。

 ミシアチル。メシアの子を意味するこのファミリーネームはある特定の孤児を指す。

 ダンジョンから帰ったトラベラーの女性。彼女達から生まれた少女にこの名前が付けられる。

 父親はいない。ダンジョンが少女達の父親だとされていた。

 教会からは神の子だと寵愛を受け、世間からは忌み子だと蔑まれる。

 それでも普通の人間が得ることのできない魔力を持った彼女達はまさに世界を救う救世主の子だった。

 握手を受けた僕はテミスがダンジョンに宣戦布告をする重みを肌で感じていた。

「ミストの為なら、僕は地獄にだって落ちるさ」

 手から伝わるテミスの小さな体は熱くて、だけど脆く見えた。

 この子は僕が守らなければならない。

 この子を守れないなら僕はミストも守れないだろうから。

 そう思うと体の奥でやる気のマグマが煮えたぎった。

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