第14話

 僕はテミスに連れられてメシア派の教会にある中庭までやって来た。

 噴水の前にあるベンチに座るとテミスは首を傾げた。

「……それで、なにしに来たんですか?」

 人見知りをするのか、テミスは少し冷たかった。

「ああ。そうだった。お礼しに来たんだった。いやあ、悩んだよ。君と同い年の妹がいるんだけど、いくつか候補を挙げたらこれが欲しいって言うからお揃いなんだ」

「あの……。わたしはべつに特別なことをしたわけじゃ――」

「これ! どうかな?」

 僕は鞄から小さいマルネズミのぬいぐるみを取りだした。マルネズミは森のダンジョンにいる白いネズミで、危険を察知すると丸くなって転がりながら逃げるふわふわしたクリーチャーだ。ぬいぐるみを見た瞬間、テミスの瞳が輝いた。どうやら気に入ってくれたみたいだ。

「い、いいんですか?」

「うん。どうぞ」

 僕は二つで八百リスタだったぬいぐるみを渡した。これで財布の中はほとんど空だ。

 テミスはぬいぐるみをじーっと見たあと、嬉しそうにぎゅっと抱きしめた。

(こうやって見ると結構ミストに似てるかも。名前も近いし)

「あ、ありがとうございます」

 テミスはぺこりとお辞儀した。僕もなるべく優しく返す。

「こちらこそ命を救ってくれてありがとう」

「救ってはないです」

「あ。そうだった。えっと。また戦える機会をくれてありがとう、かな?」

「はあ……。どういたしまして」

 お礼を言われるのに慣れてないのか、テミスの会釈はぎこちなかった。

 僕は中庭を囲む廊下を歩くシスター達に見られながら尋ねた。

「テミスは今日もダンジョンに行くの?」

「行きたいのですが、クリスタルの欠片が尽きてしまいまして。明日の朝には届くと思うので、行くとしたらそれからです」

「そっか。残念だな」

「どうしてですか?」

「いや、行くなら僕も一緒に行こうと思って。ほら、ダンジョンって色々危ないから。クリーチャーだけじゃなくて人もね」

 ダンジョンの内外に関わらず、敵対関係にあるトラベラー同士が戦うなんてことは日常茶飯事だ。

 もちろん法律はあるけど、そのトラベラーがダンジョンによって殺されたのか、それとも人によって殺されたのか。それを確かめる術は乏しい。

 だから自分の身は自分で守るがトラベラーの基本原則だった。幼いセーバーに安全が約束されてるほど、この世界は甘くない。

「パーティーは組まないの?」

「できれば組みたいのですが、子供は連れて行けないとギルドで言われてしまいました。わたし自身、まだ攻撃魔術が使えませんし」

「あはは。僕と一緒だ。周りは女の人ばっかりだし、軍に行こうにも歳が足りないし、魔術も使えない。やる気はあるのにね。でもまあ、ソロでダンジョンを攻略しちゃうような人もいるから言い訳にしかならないけどね。テミスはなんでセーバーになろうと思ったの?」

 テミスは答えるかどうか悩むように俯いた。僕は申し訳なくなった。

「ごめんね。聞いてばかりで。じゃあ、僕から。僕が住んでたノミコ村はさ、ダンジョンになっちゃたんだ」

「え……?」

 テミスは驚いて僕を見上げた。

「僕の両親も、学校の先生も、武道の先生も、パン屋さんも、お隣さんも、とにかく皆が飲み込まれた。村にあったたくさんの家も教会も跡形も残らずダンジョンになったんだ。生き残ったのは近くの川に遊びに行っていた僕と妹と幼馴染みとそのお兄さんの四人だけ。それからは大変だった。子供だけだし、助けてくれた人もいるけど、皆が皆ってわけじゃない。それでもなんとか生き延びて、幼馴染みのお兄さんは軍に行って、僕はトラベラーになった。幼馴染みの妹はパン屋で働いて、腕を上げてる」

「……妹さんは?」

 テミスは恐る恐る尋ねた。僕は努めて優しく笑った。

「……ミストはこの世界に絶望してしまったんだ。もう見たくないと、目を閉じて、開けられなくなった。でも誰もミストを責められない。皆そうさ。こんな現実、できれば見たくない」

「…………そう、ですね……」

 テミスはマルネズミのほっぺたをむにむにと引っ張った。

「ごめんね。暗い話しちゃって」

「……いえ。わたしはシスターですから。話を聞くのも仕事です」

「あはは。テミスは強いなあ。僕も見習わなきゃ」

 僕はつい、いつもの癖でフードの上からテミスの頭を撫でていた。

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