第10話

 二階にある小さな部屋が僕らの寝床だった。

 二段ベッドが一つと普通のベッドが一つ。そして机が二つ。全部余った木材を貰ってきて作ったものだ。

 僕が料理の入った皿を持ってドアを開けた時、部屋には明かりがついてなかった。

 この部屋に光は必要ないからだ。

 窓から月光が差し込み、カーテンが風で揺れている。

 その下の椅子には真っ白な髪をなびかせる少女がいた。

 僕の妹、ミストだ。

 ミストは目を瞑ったまま僕の方を向いた。

「兄さん……。よかった……。無事だったんですね……」

「うん。ただいま」

 僕はミストに歩み寄り、机に皿を置くと跪いて手を取り笑った。

 するとミストの口元が緩んだ。僕の手を探るようにさすってくれる。

 ミストは目が見えない。性格に言えば瞼を開けられない。

 僕らの村が飲み込まれた時、あまりに衝撃的な景色を見たその瞳は自己防衛の為に閉じられ、それっきり開かなくなった。

 僕と同じ金色の髪は真っ白になり、恐がりだった性格に拍車がかかった。

 小さな世界が終わったような光景はまだ八歳だったミストには過酷すぎたんだ。

 ミストは両手を僕に向けた。抱っこの合図だ。僕はミストを優しく抱きしめた。

 ミストは確かめるように頬をすり寄せる。

「また明日もダンジョンへ行くんですか?」

「うん。今日も少しだけど素材を手に入れたんだ。そのお金でお肉も買ってきた。食べようね」

「はい♪」

 ミストは甘えた声を出し、僕から離れた。

 こんな風にできるのも僕とリナにだけだ。それ以外の人とは話すことも難しい。知らないものは全て怖がった。

 それでも最近はバゲットさんとジャムさんになら話せるようになってきて僕は安心していた。

「はい。あ~ん」

 僕はジャムさんが柔らかく煮込んでくれたお肉をスプーンで掬い、ミストに小さな口に向けた。ミストはぱくっと食べ、美味しそうにもぐもぐした。

「おいしいです」

「そう。よかった。これからは好きな物が食べられるからね。なんでも言って」

 そう言いながら僕はもう一口食べさせた。それを噛んで飲み込むとミストは微笑んだ。

「兄さんが食べさせてくれるならなんでもいいんですよ?」

「そう? あ。じゃあ明日はミクランの実を買ってくるよ。好きだったでしょ?」

 僕が口を拭くと、ミストはくすぐったそうに身をよじらせ、はにかんだ。

「はい♪ でもあまり無理はしないでくださいね?」

「……うん。分かってるよ」

 それから僕はミストがお腹いっぱいになってベッドで寝るまで世話をした。

 ミストの寝顔を見ると心がひどく痛んだ。

(ミストを一人にさせたくない。でも、守る為には誰かやらないといけないんだ…………)

 窓を閉めると月が雲に隠れていくのが見えた。なにもない部屋を闇が覆った。

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