第5話

 瞼の裏が眩しい。さっきまで薄暗い洞窟の中だったからだろうか。

 僕は手の甲で陽を避けながら目を開けた。そよ風の匂いが鼻腔をくすぐる。

「…………そうか。僕、死んだんだ……」

 手が震えている。正直、半信半疑だった。

 死んだ人が生き返るなんてことは――

「気がつきましたか?」

 ふと声がした。まだ幼さが残る少女の声だ。

 眩しさに慣れてきた僕の視界に青空と流れていく白い雲、そして水のように透き通った髪を風になびかせる可愛らしい少女が飛び込んできた。

 白い修道女の服を着た彼女は目が大きくて、肌が白くて、体つきは声の通り幼かった。

 肩のところが出たミニスカートの修道服は目のやり所を困らせる。首から提げた金色の十字架が動くたびに光を反射させ、僕の目に刺さった。フードを被っているので表情が暗く見える。

「……君って……もしかしてセーバー?」

「はい。そうですが」

 体を起こすと少女は僕から距離を取った。声といい、態度といい警戒されているのか素っ気ない。後ろで手を組み、視線をせわしく動かしている。

(年下みたいだし、僕から話さないと)

「えっと……。僕はシルド。シルド・リターニア。これでも一応トラベラーなんだ」

「わたしはテミスです。テミス・メシアチル」

 メシアチル。たしか教会に関係した名前だ。

「メシアチル……。そっか……。えっと、ありがとうね。君のお陰で助かったよ」

「助かってないからここにいるんでしょう?」

 テミスは僕の後ろを見つめた。振り向くとそこには空と同じ色をした石が浮いている。

『クリスタル』

 要はセーブポイントだ。

 そのクリスタルを設置できるのがセーバーと呼ばれる人達だった。

 僕はダンジョンに入る前に持っていた護符をクリスタルに登録したお陰で今、ここにいることができている。

 つまり現在目の前にある肉体はダンジョンに入る前の肉体であって、ダンジョンでぺしゃんこにされた肉体ではないってことだ。

 正直、自分でさえ分からない理論だけど、実際僕はこうして生きて手を動かせるなら信じるしかない。

 手をグーパーする僕を見てテミスは首を傾げた。

「どうしました? 魂の定着が上手くいきませんでしたか?」

「……いや、なんか不思議な感覚だから……。死ぬのって初めてなんだ」

「そうですか。よかったです」

 テミスは安心して微笑んだ。

(よかった……のかなぁ? なんかそう言われると違う気がするけど……)

 苦笑しているとなにか違和感に気付いた。

(なんだろう? ……あ! そうだ!)

 僕は慌てて腰に付けた鞄を開いた。中身は当然来た時のままだ。それは集めた素材がなくなっていることを示していた。

「ああああぁぁ…………。せっかく……集めたのに……」

 ガックリとうな垂れる僕を見てテミスは呆れて笑う。

「元気みたいですね。ではわたしはここで。近くに新しくできたダンジョンにもセーブポイントを作らなければならないので」

 立ち去ろうとするテミスに僕は尋ねた。

「あ、あの……。お礼をしたいんだけど、どこに行けば会えるかな?」

 テミスはきょとんとしてから口元を手で隠してくすっと笑った。

「不思議な人ですね。こちらとしては当たり前のことをしただけなのですが。わたしはメシア派の教会にいます。もし用があればそちらに」

「うん。絶対行くよ」

 テミスは会釈をすると町の方へと去っていった。

 小さくなるテミスの背中を見ていたら急に足から力が抜ける。どうやら今頃になって死の恐怖を体が思い出したらしい。

 その場で寝転び長閑な空を眺めていると、改めて理解した。

「……………そっか。僕は死んだんだ…………」

(でも生きてる…………。そうだ……。僕は守られたんだ……)

 今日、僕ことシルド・リターニアの人生は終わりを迎え、そして始まった。

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