4-4 勇者の生誕地へ

 魔王は苦しそうに唸り声を上げる。突き刺された剣は魔王の体にひびを入れ、まばゆい光とともに破裂した。


「勝った……ようやく、魔王を倒したんだ」

「勇者様……ご無事、ですか?」

「あぁ平気だよ、メーネ」


 魔法使いのメーネはボクを気遣ってくれた。ボクがこの異世界に来てからずっと一緒に旅をしてきてくれた仲間だ。


 ベルベロッソ王国は魔王の侵攻によって数々の村や町を失っていた。各地方を回ってモンスターを倒し、国民を助けながらボクらは魔王城へとたどり着いた。


 彼女の故郷、そしてボクが最初に目を覚ましたナモナキ村でのドラゴン退治も、走馬灯のように頭を駆け巡る。


「メーネ様こそ、お体が悪いのに」

「私は平気よ。みんなの脚を引っ張りたくないもの」

 メーネに話しかけたのはアルクだ。旅の途中で出会った魔法使い。彼女の攻撃魔法はどんなモンスターも圧倒し、常に先陣を切って僕と戦ってくれた。


「これで、メーネの呪いが解けるんだ……」


ボクは安堵し、まるで肩の荷が下りた心地だった。


 王様から彼女の呪いは魔王を倒すことでしか解けないと言われていた。解けなければ、彼女は死に、呪いが多くの人間を傷つけるとされているとも言った。


 神様の言った試練は、おそらくこのことだったのだろう。ならば、なおさらこの世界を救うことで彼女を救うことも、元の世界に帰ることもできるに違いない。


「そうですわね……あの勇者様」

「ん?」

「あ、あちらを、向いていてくださいます? エッチですわよ……」

「あぁ! ご、ご、ごめん!」


 そうだった。呪いは彼女の胸元にあるんだった。それを確認するのに、ボクが見ていたら流石に恥ずかしいだろう……。興味がないわけじゃないけど。


「アルク、見てくださる?」メーネはローブ脱ぎ、羽織の胸元だけはだけさせるように広げた。

「わかりました……え──」


 アルクの声が途中で止まる。再生していた動画とかCDを停止したようなぶつぎり感。

 それに鈍い音がボトンと床に転がったような気がする。

やましい気持ちは一切ない、ないつもりで薄目を開けながら後ろをゆっくり見る。


「アルク、どうだ──ひっ」


 メーネの足元、数センチのところに見知った頭部が落ちている。持ち主の体がゆっくりと後ろに倒れていく。


「ひ、あ、あ、あぁぁっあっああああ!!!」


 思わず尻餅をつき、そのまま後退する。メーネはあちらを向いたまま振り返ろうとしない。


 一番奇妙なのはメーネからなにかの触手が現れたことだ。触手は見知った頭部を丸呑みするとじゅるじゅると音を立ててメーネの体へと吸い込まれていった。


「メーネ……君は、何、をしているんだ……?」


 彼女は上半身をそらしながら、黒く光のない目でボクを見つめた。

『試練は失敗です またお会いしましたね』

 この口調、また、という発言。ボクはこの世界に来て夢現の中で聞いている。


「神様、なのか? なんで、メーネは、アルクは一体どうしたんだよ!」

『彼女たちを依り代に私をこの世界へ降臨させていただきました。一人の死と一人の生があなたと対話するための触媒だったのです』

「魔王を倒したら彼女は助かるんでしょ!? なんで、なんでそんなことに……」

『あなたは試練を失敗した。 彼女たちは試練失敗の生贄です』

「魔王は倒した! 国王の依頼も、村や町のみんなも救ってきた! 試練は達成しているはずだ!」

 神様は上空を指さし、空中にブゥンと映像を投影させた。


『この世界と試練の真実をお教えしましょう』




 マテラスは本調子でないナイムを放っておけず、彼女を背負って魔王城を後にした。

かばって戦えるほど、この先は甘い現実は待っていない。

僕と俊也、そしてウサムービットの三人は階段を上っていく。



 階段を上りきると、先ほどの部屋より一段と大きい場所に辿り着いた。

僕らの視線の先には、尻餅をついた眼鏡の少年とのけぞってた少女、そして首のない死体が転がっていた。


「どうなってんだよ……これ」

「ひ……」

ウサムービットは死体に気づくと、僕の後ろへと身を隠した。

「ねぇ、あれは?」


 僕は彼らの頭上にある投影映像に気づいて指をさす。

俊也も指を追うように顔を向ける。ウサムービットも僕の腕の影から目をほそめて見ようとしていた。


「映像……ベルベロッソ王国の人じゃねぇか」

 俊也がつぶやいた直後、映像は王室へと移る。


「王様、勇者がナモナキ村のドラゴンを倒したようです」

「そうか……あのドラゴンのせいでままならなかったからな。では、あそこも攻め落としてしまおう」


 眼鏡の少年、織田九太は震え始めた。自分が守ってきた国が、村を侵略しようと考えていたなんて考えもしなかっただろう。

しかし、あの村が廃れていたのは国民の皮を被ったモンスターのせいだったのか。


「いやはや、私が言うのも恐れ多いですが、ドラゴンを暴走させたのは妙案だったかと」

「いやいや、お前にしては上出来だ。転移者にドラゴンを退治させ、勇者と崇める。そして各地方の村を攻めやすくするために、道中の守り神たるモンスターを倒すよう誘導するとは」


「う、うそだ……」頭を両手で触り、今にも後悔の念で引きちぎりそうなくらい髪を掴んでいる。


「ずっと利用されてたなんて……こんなのあんまりじゃないですか!」

 ウサムービットはたまらず声を荒げた。


 映像は消え、沈黙が場を包む。のけぞった状態の少女はゆっくり体を動かし、上下さかさまの顔を僕らに向けた。


『ようこそ、勇者の生誕地へ』

 黒く染まった目が細くなる。にやけた笑い顔が背筋を凍らせるような不気味さ醸し出していた。


「てめぇが織田をはめた元凶か!」

『はめた……その回答は非。私はこの世界の観測者』

「観測者?」奇妙な少女に僕は聞き返した。

『この世界は、人がモンスターと戦い、魔王と争うはずだった世界。しかし人は人同士で争い、互いの資源を目当てに戦いを始めた。そして一つの国は、ある男の手によって大陸全土の統一を目論み始めた』

「ある男……もしかして」


 僕は真っ先に思いついたのはモノクルの男だった。さっきの映像にあった言葉とも合致する。


『ある男は力を使い、勇者という概念を創出した。二人の少女と旅をし、数々の試練を乗り越えたことも観測した……しかし、真の試練成功には能わず』

 織田九太は虚ろな目で地面を見ている。かすかな彼の自我が彼の手を動かしていた。


『私は幾度の時代に渡り、人間の戦争を観測した。常に滅びゆく運命、利用され徒労に終焉を迎えるものもまた、人間である』


「……モノクル野郎に力をやったのはてめぇか?」

 俊也が口火を切った。目の前の少女に敵意を向けているのがひしひしと伝わる。


『その回答は是。観測史上、人間が生み出した二つの可能性の一つである』

 ウサムービットも僕も見開いた。ナイムを人質にとったり、僕らを牢屋に閉じ込めたりした元凶。


「やっぱり元凶じゃねぇか! てめぇのせいでこっちは散々振り回されてんだ!」

『回答済み。非である。望むものを与え、観測する。それが私の使命』

「黙って聞いてりゃ観測って、人任せにして、お前は解決しようとしなかっただけだろ」


『人間は生まれながらにして試練を負うもの。そして誰も成功することは能わず。常に自らを堕落させ朽ちていく』

再び僕らに背──頭がのけぞっているので正面の体──を向けて『勇者よ』と語り掛ける。


 織田は腕の隙間から少女の顔を覗きこんだ。


『望む力を応えよ。そして元の世界で試練を乗り越えたとき、この国を、二人の少女を救うチャンスを与えよう』


「!!!!」

 耳を疑った。少女は望む力と言った。ここで勇者は現実世界で振るった超能力や武器を与えられたのか。俊也が歯ぎしりを立てながら怒声を上げる。

「マーズ!! あいつを止めろぉ!!!」


 右手に青く発光するアザが顕れると、瞬時にマーズが剣を構えて突進する。


「……ほんとに、ほんとに彼女たちを助けられるの? だったら、今度は失敗しない。誰よりも強くて、いじめられなくて、最強の勇者にしてくれよ!!! 神様ぁ!!!」


 マーズの剣が少女を真上から振り下ろされる。

『神名、アストライアー。勇者の力となりましょう』


 少女は剣を片手で受け止める。みるみる巨大化する少女の手は、ホチキスやハサミ、ナイフのように形成していく。どろどろの肉体からは人の顔が出入りを繰り返しながらうごめいている。


『ようやくこの姿になれたぜ……さっきぶりだなぁ、てめぇらぁぁぁ!』

 つんつんヘアーの織田九太、いや、僕らが止めるべき勇者が現れた。

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